海鳴記

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日本は母系社会である(8)

2017-01-03 12:33:25 | 歴史

                          (8) 

 わが隣国(りんごく)徹底(てってい)した父系連鎖(れんさ)(れい)垣間見(かいまみ)たが、他の大陸(たいりく)諸国家(しょこっか)(とく)に西洋社会については(しょう)(あらた)めて、あるいはその都度(つど)(と)(あ)げてみる。まずは、日本の古代(こだい)母系社会を追ってみよう。

  私は、昨年一年ほど茨城県(いばらきけん)居住(きょじゅう)していた関係(かんけい)で、そちらの(れき)史書(ししょ)(すこ)しひも(と)いた。かつて幕末(ばくまつ)薩摩藩(さつまはん)史料(しりょう)(よ)んだ延長(えんちょう)で、水戸藩(みとはん)関係の本が中心(ちゅうしん)だった。そして実地(じっち)史跡(しせき)(ある)(まわ)ったりもした。それも一段落(いちだんらく)すると、(わか)(ころ)、読まなければと思って、そのまま等閑(なおざり)にしてきた本を(おも)(だ)したのである。それは、『常陸(ひたち)風土記(ふどき)』であった。その舞台(ぶたい)(い)れば、それなりに(あたま)(はい)るだろう、と思って。

 読み出すと、なかなか興味(きょうみ)がつきない。そして(ひさ)しぶりに小説(しょうせつ)などとは(ちが)った、読書(どくしょ)(よろこ)びと興奮(こうふん)(おぼ)えた。『常陸風土記』は、8世紀の常陸(ひたち)(こく)における記録(きろく)(す)ぎないといえばそれまでだが、大袈裟(おおげさ)表現(ひょうげん)すると、その時代(じだい)がそのまま現代(げんだい)にタイムスリップしたかのような錯覚(さっかく)さえ覚えたのである。おそらく、その地に居なければ、そういう感覚(かんかく)(あじ)わえなかっただろう。いわばそういう(しゅ)の興奮だった。当然(とうぜん)地元(ぢもと)郷土(きょうど)係書に入るので、その本についての注釈書(ちゅうしゃくしょ)はかなりあった。それらも読み(すす)めていくうちに、今度(こんど)は『万葉集(まんようしゅう)』の「東歌(あづまうた)」や「防人歌(さきもりうた)」の世界(せかい)に入り(こ)んだのである。

 もちろん、これらは茨城から清水(しみず)のほうへ(もど)ってからになるが、とにかく、空想(くうそう)(か)(た)てることこの上ない「古典(こてん)」だった。

 ただこの日本の「古典」と(よ)ばれる本に(たい)して、私の関心(かんしん)は、「万葉秀歌(しゅうか)」を(かんしょう)することではない。日本古代の母権(ぼけん)・母系社会が、特に「東歌」や「防人歌」に、つまり現代のわれわれと(か)わらない位置(いち)にいる庶民層(しょみんそう)に、どう表現(ひょうげん)されているか、という(てん)につきた。

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