海鳴記

歴史一般

日本は母系社会である(49)

2017-04-17 12:40:59 | 歴史

 

                                (49

 当時の中国は、三国に分立(ぶんりつ)していた時代とはいえ、すでに強力な父権制社会であり、倭国とは(くら)べようもない高度(こうど)な政治組織をもった社会である。いわば倭国などとるにたりない<未開>の社会である。それゆえ、倭国の三十国も、大陸に使いを出し、その先進性(せんしんせい)を学ぼうとしていたのだろう。しかしながら、騒乱(そうらん)(おさ)めるような強大な邪馬台国でさえ、世襲(せしゅう)的な呪術(じゅじゅつ)的王位の継承(けいしょう)に関する限りは氏族的(あるいは氏族的)な<兄弟>と<姉妹>が神権(しんけん)政権(せいけん)分担(ぶんたん)する構成(こうせい)(ほ)(ぞん)していた」のである

 では、これから三世紀半ほど経た「隋書倭国伝」ではどうなっているだろうか。

            

 開(かい)(こう)二十600年)、倭王あり、(せい)阿毎(アマ)、(あざな)は多利思比孤(タリシヒコ)、阿輩雉弥(オホキミ)と(ごう)す。使(し)(つか)わして(けつ)(もう)でる。(かみ)所司(しょし)をしてその風俗(ふうぞく)(おと)なわしむ。使者いう、「倭王は天を(も)って兄と(な)し、日を以って弟と為す。天(いま)(あ)けざる時、(い)でて(まつりごと՜…)(き)跏趺(かふ)して(ざ՜…)し、日出ずれば便(すなわ)(り)(む)(とど)め、(い)う我が弟に(ゆだ)ねんと」と。高祖(こうそ)(いわ)く、「これ大いに義理なし」と。(ここ)(お)いて(おし՜…)えて(これ)(あらた)めしむ。王の妻は雉弥(キミ)と号す。後宮(こうきゅう)に女七百人有り。太子(たいし)名付けて利歌弥多弗利(ワカミタヒラ?)(な)す。城郭(じょうかく)(な)し。(括弧等は自在につけてある)

 

 これらの話も、邪馬台国の統治形態も信じられるとすれば、吉本は「天皇位のもっているシャーマン的な呪術性(じゅじゅつせい)が、ある変質(へんしつ)を受けた」と言っている。

 なるほど、形式的には、神事を(つかさど)女性(、未明に政務を聴聞(ちょうもん)する男性(兄)に変わっている未明に「政務を聴聞する」というのは、卑弥呼以来の呪術という神事を(にな)っていたのかもしれない。だから、高祖は未開二重(にじゅう)(あるいは二重統治)合理性がないとして、(あらた)めさせたのだろう

 ただ、このことは、「変質」と言うのだろうか。

 問題は、王(天皇)の妻(皇后<きさき>)のことである。吉本は、妻をキミ>と号しているのが暗示的だという。なぜなら、南島(沖縄・奄美諸島)では氏族集団の(おさ)が<アジ>と呼ばれるのにたいして、祭祀(さいし)(ちょう)である巫女(みこ)が<キミ>とよばれているからである。だから倭王の妻が卑弥呼的(母権)支配形態の遺制(いせい)をとどめている、としている。つまり、ある変質」というのは、期大和権では、邪馬台(国)的(前)氏族的な体制が舞台(ぶたい)から消えてしまったということだろう。

                          

 

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