毎日がちょっとぼうけん

大阪→中国江西省南昌→大阪→中国山東省菏澤と国をまたいで移動する身にしてみれば国際平和は何より大事。

「歴史が見えなくなるとき」No.1924

2017-04-19 08:42:40 | 中国事情

「中国の学生はよく勉強するね。」

日本でよく聞く賞賛の声です。

しかし……、層としての学生が勉強するかどうかは、

やはり、学校に依ることが今の大学に来てよ~く分かりました。

ここのインターネット募集に応募した後、

大学のエージェントが大阪で私に面接しましたがその際、

「なぜ、前の大学を辞めたのですか?」

と大いなる疑問を隠しませんでした。

学校なんかどこでも同じと思っていた私は、

日本に帰らなければならない個人的理由があったから辞めて帰ったが、

それを解決したので、再度、中国で働きたいと普通に言ったのです。

しかし、彼はどうも腑に落ちない様子でした。

その様子は私にこそ腑に落ちなかったのです。

後で聞くと、余りにランキングが低い大学だったんですねえ、

この大学。(*´∀`)

中国では毎年、国家と各省など管轄別に一位から最下位まで

ランクが更新されます。

大学の種類(管轄の仕方)が幾つもあるので、

全国の全ての大学が一覧できる表はありませんが、

例えば、今年の山東省管轄の大学ランキングを見てみたところ、

40校中、35位でした(;^_^A

しかし、歴史はあるようです(末尾の中国語説明をご覧ください)。

日本語学科の楚主任は、

「2009年度に日本語学科ができたばかりのとき、

学生たちは、それはそれは熱心に学びました。

自分たちが日本語学科の歴史を作るという気概があったんだと思います。」

と言います。

8年後の今、日本語学科の学生たちには感じられないものです。

 一昨日、キャンパス内を歩いて教室に行く途中、

いつの時代の寮か、廃れた建物から固定ベッドを運び出していました。

こういう具体物を見たとき、ハッと思い出し、

しばらくすると、また見失っていくのが私たちの頭なのでしょう。

歴史というものを……。

狭い部屋に8人がぎゅうぎゅう詰めで暮らしていたそうです(今は6人以下)。


建物入口を入ったところ。

何世代にも渡り、何千人もの学生たちがこの階段を上り下りしていた姿を

想像してしまいます。

 

以前師範学校だったことがわかる標語が壁に。

 

この硬い木のベッドで夢を見た学生たちは、今どこで何をしているのでしょう。

 

一昨日。

 

昨日。

〈付録〉菏澤学院の歴史

菏泽学院是一所具有半个多世纪办学历史的高等院校。她的前身是诞生在解放战争时期的冀鲁豫区第二师范学校,1949年初改称菏泽第一师范学校。1958年7月根据山东省人民政府的决定,更名为菏泽师范专科学校,1978年经国务院批准为普通高等专科学校。2002年1月,经山东省人民政府批准,菏泽师专、菏泽教育学院、菏泽广播电视大学、菏泽农校、菏泽师范学校等五校合并,成立新的菏泽师专,并以此为基础筹建菏泽学院。2004年5月17日,经教育部批准,菏泽师专改建为菏泽学院。


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