毎日がちょっとぼうけん

大阪→中国江西省南昌→大阪→中国山東省菏澤と国をまたいで移動する身にしてみれば国際平和は何より大事。

「沖縄:壊れかけたこの国の平和を作る人びと」No.1872

2017-02-18 11:42:55 | 我が心の沖縄

⇧1945年4月沖縄戦激戦地の伊江島では、「生きて米軍の捕虜になるな」と言われた住民たちが、この断崖から次々と飛び降りて、海岸は血で染まったそうです。「わびあいの里」専従ボランティアの方が、東京からの団体を迎えて超忙しい中、私たち3人のために車で伊江島の戦跡・反基地闘争跡地巡りをしてくださいました。心より感謝しています。

 

⇧米軍占領後当時は伊江島の60%が軍用地にとられ、

爆撃・落下傘降下等の演習に使用されてきました。

現在でもあの小さい島の35.2%が米軍基地です。

しかし阿波根昌鴻さんたち地主たちが体を張って基地内耕作を続けたため、

今は基地の中の黙認耕作地は全体の60%となっているとのことです。

写真は、黙認耕作地の葉タバコ畑。


伊江村の主産業は農業で、

電照菊の生産収益は年間約16億円、葉タバコは8~9億円、肉牛4億円とのことです。

牛はこの島の人口(4200人~4600人)とほぼ同じ頭数いるそうですが、

オスプレイが飛ぶようになって牛の流産、早産が相次ぐようになってしまったそうです。

「電照菊」…「かりゆし58」の歌に同名のものがありますね。

『♪電照菊の光よ この暗闇を照らしてくれないか 

大切な人がいつか 夜道に迷うことなく 帰りつけるように…♪』

 

 

⇧1951年旧安保条約締結にともない、

翌1952年には、その具体的な取り決めとして

「日米行政協定」(1960年日米地位協定へと引き継がれた)が調印されました。

それは日本国内において治外法権のアメリカ領土(米軍基地)を認めるというものでした。

写真は、米軍基地を横切らなければ学校に行けない子どもたちが、

米軍機が飛んでこないのを見計らい、大急ぎで横切って通学する様子です。

もし、自分の子や孫がこんな目に遭うとしたら……、

これがどれほど酷いことか分かりますね……(涙)。

安保条約に付随する日米地位協定は恐ろしいことに、

現在も、そして沖縄だけでは決してなく、日本全土の空を

米軍が好き勝手に飛ぶことを保証しています。

ただ、米軍兵士家族の住宅地を除いて。

なぜ除くかというと、もちろん危ないからです。

 

⇧書いてある通りです。

伊江島の戦争ー基地の歴史は、

阿波根昌鴻著『米軍と農民』、『命こそ宝』(岩波新書)に詳述されています。

私は中国にその本を持って行って、夜な夜な読んでいました。

写真は「ヌチドウ宝館」の展示から。


〈銃剣とブルドーザー〉で土地を盗られた島民が1961年に建てた「団結道場」のトイレに大きく書かれた言葉。

他にも、この道場には、

「殺し合いではなく助け合う人間、

奪い合いではなく譲り合う人間、

だまし合いではなく教え合う人間、

そういう人間が平和を作る」

「戦争は誰を守るために、誰が命令して、誰が殺し合いをさせられるのか

歴史に学ぼう」

「みんなの宝は 土地から生まれる」

といった平和を希求する数々の言葉があります。


今、日本は戦争できる国へと歩を進め、南スーダンに自衛隊員が

行かされています。

のんびりと(まさかこの平和な日本が戦争なんて)と感じている人の多いこと、

(自分や自分の家族には関係ない)と思う人の多いことに

呆然とすることがありますが、

戦争への前線基地とされる沖縄では、人びとの危機意識は本土と全く違います。

知らないまま、戦争したい政府に騙されるのではなく、

学びあい、教え合い、助け合って、平和な国を作っていきたいものだと、

しみじみ思いました。


伊江島での学びは本当に大きくて、

記録はまだこれからも続けたいと思います。


もうじき山東省に戻るとあって、一日でも娘や孫たちの側に居たく思い、

ブログも滞りがちですが、山東省に行くと暇ですので(笑)、

毎日でも記憶を記録にとどめる所存です(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「伊江島・ヌチドウ宝館:魂を持つ言葉たちⅠ」No.1871

2017-02-15 10:59:31 | 我が心の沖縄

 写真は伊江島「やすらぎの家」の裏にある「反戦平和資料館」の外壁にあった言葉 です。

今から六十数年前、

米軍の土地強奪を阻止するための行動規範になったこの「陳情規定」は、

今もなお沖縄をはじめ、各地で社会運動をする者たちの心構えとなっています。

「米軍」が「機動隊」に、「沖縄人同士」が「庶民同士」に置き換わることはあっても、

その実践内容は(本当にそうだな)と思えるものです。

自分だけの利益などこれっぽっちも考えていない人が、

社会の人全ての幸せを実現するためには、

どんなふうに、何をしなければならないのかを考え続けた言葉だからこそ、

強い説得力を持つのだと思います。

 

 

2月12日、施芳芳さん、広島のミツヨさんとの旅の最後に訪れた伊江島。

阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんが人生を賭けて作ろうとした、

みんなが幸せになれる農園づくりの夢と、

それをどこまでも阻むアメリカ軍基地との闘いの記録が

伊江島の「ぬち(命)ど宝館」(やすらぎの家+反戦平和資料館)にあります。

阿波根さんが2002年に101歳で亡くなった後、

後を引き継いだ館長の謝花悦子さんが、今も毎日訪問者に伊江島の歴史、

阿波根昌鴻の言葉と行動、自分の思いを語り聞かせてくださっています。

下は、

「みんなが反対すれば戦争はやめさせられる」

「平和の最大の敵は無関心である」

「戦争の最大の友も無関心である」

という阿波根さんの言葉と写真を背に話す謝花悦子さん。

 話すほどに、謝花悦子さんの後ろの阿波根昌鴻さんが

生きて謝花さんを後押ししているように思えてきました。

 

若い頃どん底の貧乏の末、キューバ、ペルーで出稼ぎした後、

帰国した阿波根さんが目指したのは、

伊江島に農民が心豊かに暮らせるための学校を作ることでした。

真謝地区に広大な土地を買って夢を実現しようとしたとき、戦争がおきました。

捕虜生活からもどってきたら、今度は土地が米軍に取り上げられ、

基地になっていました。

この時から、阿波根さんたちの長い、長い闘いが始まりました。

 

「わしの夢のこと」

 真謝のわしの土地は高地でなく、低い所にあったからか、

基地になったけれども、幸いに表土ははがされてなく、戦前の土地そのままが残っておる。

解放されたら、すぐ生産を始められる。

ただ、海岸だから、防風林、防潮林を植えておかないといけないから、

十年前、アメリカ軍の演習がないとき、その自分の土地に入って防風林とするために

苗木を植えておいた。

基地開放後に、真謝の地にわしの考える農民学校をつくりたい、

これがわしの夢であります。

この伊江島はね、海も動いているし、生きておる。

こうして木を見ていますとね、風は三味線ですよ。

静かな三味線をひくと、木の枝はみな、クミウルイ(組み踊り)する。

あれは王様の前で踊る踊りですね。

三味線という風が力強く吹くと、沖縄のカチャーシー、庶民の元気踊り。

そして、木によって踊り方がみな違う。

木の葉が大きい木の踊り、木の葉が小さい木の踊り、みな違う。

それも見事。

天を見たらですね、雲がどんどん動いて、いろいろな形に変わる。

船になったり、ライオンになったり。

それもまた見事。

何でも生かしていかなければならない。

戦争のない平和な島をどうしても作っていかなければならない。

わしは、そう強く思っております。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「沖縄の海:船上&美ら海水族館✧♡」No.1870

2017-02-13 21:52:37 | 我が心の沖縄

すぐに遅延する格安航空に乗って那覇を発ち、今日夕方6時頃大阪の家に着きました。

今回の沖縄の旅で今更ながら実感したことがあります。

旅の3日目、辺野古の船「平和丸」に乗せていただいて大浦湾を海上から観察し、

そのすぐ後に「美ら海水族館」を訪れて分かったことなんですけど、

「美ら海水族館」は、単なる魚を集めた箱ではなく、

沖縄の海と繋がっていると言うか、これぞ沖縄の海!の一部なんですねえ。

大浦湾には『ファインディング・ニモ』でおなじみのクマノミの棲んでいるエリアもあり、

コンクリートブロックが228個も投下計画されている海底には、

何百年もかかって成長してきた浜サンゴ、青サンゴなどが群生しています。

(平和丸の船上で水中眼鏡をお借りし、

成育歴400年ぐらいの浜サンゴをこの目で見ることができました!)

上の写真は施芳芳さんと行った美ら海水族館で撮ったものですが、

このような心ときめく美しい海が、日本政府の手による

大型コンクリートブロックで傷つき、砂で埋められ、

「強襲揚陸艦」という戦争用の超巨大船が接岸できるように、

新型で強力な基地が建設されようとしています。

沖縄県の中止要請を一顧だにせず……。

☝撮影:施芳芳さん(美ら海水族館で)

「美ら海水族館」には日本のみならず、海外からたくさんの見学客が訪れていました。

(なんと、米軍兵士とその家族らしいグループの姿も)。

もし、歓声を上げて見学していたみんなに、

「こんな美しい世界が、時の政治リーダーの考えで勝手に潰されていいのか」

と聞いたら、誰しも「YES」とは言い難いと思います。

(米軍兵士は分かりませんが)。

何百年、何千年もの時間をかけて形成してきた世界を数年で破壊することの影響が、

絶望的に大きいことは少し考えれば分かることです。

作り育んで来た時間の長さと対照的に、それをぶち壊す時間の短さ。

我が心には恐怖と怒りが渦巻いています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2月11日午前6時40分過ぎの辺野古漁港。

もうすぐ夜が明けます。後姿は写真を撮る施芳芳さん。

 

↓汀間漁港から出航する「平和丸」。

午前8時前、この船に乗せてもらい大浦湾へと乗り出しました。

 

↓一緒に乗った人たちの中に、沖縄タイムスと琉球新報の二社の記者の姿が。

完全防寒体制の人(左)が沖縄タイムスさんです(カイロも貼り付けている)。

琉球新報さんは寒さで顔を赤らめていました。

沖縄タイムスさんに、2月7日の社説を読んでの感動を伝えると、

「あの記事は書いている記者も泣きながら書いたものです。」とのことでした。

(その社説はまたブログでご紹介します)。


下はずっと平和丸に付きまとっていた海上保安庁のボートです。

海上保安庁とは、海の環境保全、安全で美しい海を守るために働くという仕事なのに、

フロートの向こう側で、基地工事推進の補助部隊に収まっているこの現実……。

平和丸のリーダーがマイクで「おはようございます!お勤めご苦労様です」と言うと

向こうも「おはようございます」と。

リーダーは

「海保の人たちは、こんな仕事をしたくてしているんじゃないはず。

私たちは人間対人間として彼らの心に訴えています。」ということで、

「この海は、沖縄県民だけでなく、世界にとって宝の海です。

海保のみなさん、非道な戦争のための新基地建設に手を貸すことは止めなさい。」

と呼びかけていました。

対する海保の赤マイクは、

「平和丸の皆さんにお知らせをいたします。

こちらは臨時制限区域になっております。速やかに安全区域に移動してください。」

と、何度も同じことを繰り返していました。

フロートの玉は、一昨年(2015年)6月に見たものより、めちゃでかくなっていました。

正確なところは分かりませんが、

1個2万円という説もあります。出所は全部税金です。

カヌーがフロートを乗り越えられないように柵を立てたり、網を張ったりしています。

 

しかし、早くもあちこち網がもつれたり、壊れたりしています。

 

船の上でも大変寒い日でした。

この日のカヌーチームは総勢8人。

網を張られても、決して海上での抗議を止めることはありません。

冬の冷たい海水に濡れながらカヌーを漕ぐ8人を見ると、

目頭が熱くなり、思わず船上から手を振りました。

 

 

↓海底のサンゴ観察に使った水中眼鏡

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

「今から沖縄に出発」No.1869

2017-02-09 08:44:41 | 我が心の沖縄

東京の大学院に交換留学している教え子が、

3月いっぱいで帰国します。

その前に、行きたいのは沖縄だと言います。

沖縄の観光地を巡りたいのかと思ったのですが、

彼女の行きたいのは、まず辺野古だと。

これにはグッときました。

日頃、私のブログを読んでいてくれて、

平和のために頑張る沖縄県民を心から支持するとも言ってはいましたが……。

 

今回、彼女と一緒なので座り込み中心ではなく、

沖縄の歴史と現実を学ぶ旅にしようと思っています。

「沖縄のガンジー」と呼ばれた阿波根昌鴻さんゆかりの伊江島も一日かけて回ります。

辺野古のキャンプシュワブゲート前にも行きますが、

あくまでも見学として位置付けます。

日本の平和な未来のためには

米軍基地をなくさなければならず(日米地位協定についてはまた改めて書きます)、

沖縄県民のがんばりは、

実は、日本国全体のためのがんばりだということを、

米軍基地の真ん前で踏ん張り続ける人々から感じてもらえたら…と思います。

 

 写真は今朝、雨の中基地建設反対・抗議を続ける仲間たち、

そして昨日のテレビニュース画面をフェイスブックから借りました。

(今朝)

 

 (昨日)

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「たそがれ泣き」No.1868

2017-02-03 13:56:47 | 自分事情

☝3歳の孫娘と私の合作・アンパンマンのパン(焼く前)

☝焼いたあとのアンパン、アンパンマンパン、雪だるまパン。


自分が2人の子どもを育てた技はとっくの昔に忘れてしまった私ですが、

3歳の上の娘と生後4か月の下の娘を抱えて奮闘努力している娘夫婦を見るにしのびず、

日本に帰ってからできる限り毎日、夕食の支度に行ってあげています。

なぜ夕食かと言うと、生後4か月の次女が朝からずっと機嫌がいいのに、

夕方になるとなぜか火が付いたように泣き出すからです。

「こういうのを『黄昏泣き』って言うねんて。」と娘は言いますが、

泣く名前が分かったからと言って、

解決策はただひたすらおんぶか抱っこしてウロウロ歩くしかありません。

そして、抱っこばかりしていてはご飯の支度も、洗濯物の取り込みも、

な~んもできません。

冬休みだけの短期間だけでも、このけなげな若夫婦の助けになりたくて

手伝いを申し出たというのが事情です。

 

このボランティア活動は、楽しくてたまりません。

なぜなら、もうペラペラと日本語を話すようになっている3歳の孫娘の、

言葉や仕草は相当面白いのです。

 例えば、イチゴのロールケーキが大人の分も入れて4個、それぞれのお皿に並べてあると、

すごい勢いで自分のケーキのイチゴを食べ、あとは大人たちのケーキをじいっと見つめて、

「ちさちゃん(自分のこと)、イチゴないから~。」と、

とても残念そうに言います。

聞こえないふりをしていると、何度も悲しそうに同じことを言います。

「ちさちゃんはもう自分でたべちゃったからないんやろ。

みんな、これから食べるんだから~。」

と言うと、また「でも、イチゴないから~。」と。

その、悲しそうな表情や言い方には心から笑いたくなります。

 

トイレでウンチができたときも、

「トイレでうんちできたよ~~!」と、これ以上ないという明るく爽やかなアピールをします。

今日は保育園で習ってきた節分の歌を歌ってくれました。

♪オニは外 福はうち パラパラパラパラ豆の音

オニはこっそり 逃げていく~~♪

2番も歌っていましたが私が忘れてしまいましたよ。

 その後、お父さんが帰ってきて、オニのお面をかぶり、

「オニだぞお~~!」

と言っただけでちさちゃんは大泣きし、泣きながら豆をポリポリ食べていました。

 

白菜にくっついていた虫を小さい容器に入れて置いたら、何度も

「青虫さん、どうしてる?」と

興味深く見る姿を見るだけでも虫好きの私は楽しい気持ちになります。

 

こんな子どもと大人の暮らしは、日々世界中で繰り広げられていることでしょう。

アニメ「この世界の片隅に」の主人公すずさんの真似をして、

「ありがと、この世界の片隅に、こんな子どもたちをさずけてくれて。」

と誰に向かっていうわけでもないですけど、心で呟いてしまいます。

この子たちを絶対に悲惨な目に遭わせたくはありません。

この気持ちはどの国のどの大人たちも同じです。

今、難民として苦難を強いられている子どもたち、

いつ爆弾で殺されるか恐怖の中で暮らしているパレスチナの子どもたち、

貧困で十分なことをしてもらえないこどもたち、

どこに生まれるか、子どもは選べません。

大人は、子どもを安心した環境で育てる責任があります。

我が孫たちを見るにつけ、

苦しむ子どもたちや辛い親たちの存在もいつも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ボブ・ディランの『FOREVER YOUNG』、アーサー・ビナード訳『はじまりの日』に」No.1867

2017-01-31 00:35:55 | 

『FOREVER YOUNG』・・・普通に訳せば『いつまでも若く』ですよね。

周知のようにボブ・ディランは生まれた息子にこの歌を作りました。

アーサー・ビナード(Arthur Binard)はそれを『始まりの日』と訳しました。

ビナードさんは言います。

「生まれた自分の子どもに『いつまでも若くあれ』とか言いますか。それ、変でしょう? 

子どもがお父さんに言うなら別だけど。

僕がボブ・ディランのこの詩の日本語訳を考えていた時、

ちょうどアメリカの妹に電話したんですよ。

そしたら、妹の子どもの12歳のJamesが

小学校でこの歌を新入生に歌ってあげたと言うんです。

12歳が6歳、7歳の子たちに『いつまでも若く』なんて、普通言いませんよね。』

 な、なるほど~~!

絵本からちょっとだけ御紹介しますと、

『きみが 手をのばせば  しあわせに とどきますように

きみのゆめが いつか  ほんとうに なりますように

まわりの 人びとと  たすけあって いけますように

星空へ のぼる  はしごを 見つけますように

 

毎日が きみの はじまりの日

きょうも あしたも

あたらしい きみの はじまりの日・・・・・・ 』

「young」を「新鮮に、日々新しく始まる様子」と捉えれば、

父が息子に、年上の子が年下に歌いかけてもピッタリきますよね。

ボブ・ディランの原詩がシンプルで温かさに満ちていることも

改めて噛みしめることのできる名訳です。

 

この絵本、ビナードさんの訳詩もさることながら、

ポール・ロジャース(Paul Rogers)の絵の数々も、

ポピュラーミュージック好きな私としてはとても楽しめます。

しょっぱなのページでは、ボブが影響を受けたウッディ・ガスリーがギターを弾き、

別のページには親交のあったアレン・ギンズバーグが登場したリ、

4丁目の地下道前では、ジングル・ジャングルレコード屋がリヤカーに

カントリーのハンク・ウィリアムスハンク・スノウ

フォークのオデッタランブリン・ジャック・エリオット

ブルースのロバート・ジョンソン

お馴染みのプレスリーハリー・べラフォンテ等々のレコードを積んで佇んでいたり、

(この絵の人はひょっとして…)と発見するワクワク感に満ちています。

 

本の帯についてもビナードさんはエピソードを語ってくれました。

 

ボブ・ディランがノーベル文学賞を得る6年前に出版されたこの本は、

6年間で3万部売れ、ビナードさんはそのことにとても満足していました。

しかし、ボブが賞を得た後には、一週間で3万部売れちゃったのですって。

岩崎書店は授賞のことが分かったらすぐさま、

「ノーベル賞おめでとう」とかいう帯を考えたそうですが、

ビナードさんは頑なにそれを拒否して、上のようなものになったという経緯でした。

「だいたい、この帯を付けるのはボブ・ディランがノーベル賞を受け取るかどうかも

分からなかった時点のことです。

連絡もつかないし。

でも、これでボブ・ディランと私に共通点があると分かりました。

ボブも私も携帯電話を持っていないということです。」

(ボソッと)「何がノーベル賞だ……。」

ビナードさんもノーベル賞がなんぼのもんやねんという考えであることが

伝わってきました。

それにしても、あの沈黙の数週間、ボブ・ディランはどんなことを考えていたんでしょう。

きっと、受けようか、断ろうか迷っていたのでしょうね。

ときにノーベル賞授賞選考会が持つ一面的、政治的見方について、

ボブはとっくにお見通しだったはずですから。


見開きのページにサインしてもらってウキウキの私ですが、

右端のボブが持っている「DIG YOURSELF」のカードを

「ひとりを たのしめ」と訳するビナードさんの発想が好きです。

 

〈付録〉ボブ・ディランの原詩/アーサー・ビナード訳

May God bless and keep you always
きみが 手をのばせば
May your wishes all come true
しあわせに とどきますように
May you always do for others
まわりの 人びとと
And let others do for you
たすけあって いけますように

May you build a ladder to the stars
星空へのぼる
And climb on every rung
はしごを 見つけますように
May you stay forever young
毎日が きみの はじまりの日

Forever young, forever young
きょうも あしたも
May you stay forever young
あたらしい きみの はじまりの日

May you grow up to be righteous
やくそくを まもって
May you grow up to be true
うそをきらいますように
May you always know the truth
このひろい 世界が
And see the lights surrounding you
きみの目に 光りますように

May you always be courageous
背を まっすぐのばして
Stand upright and be strong
いつでも 勇気がもてますように
May you stay forever young
毎日が きみの はじまりの日

Forever young, forever young
きょうも あしたも
May you stay forever young
あたらしい きみの はじまりの日

May your hands always be busy
きみの手が ずっと はたらきつづけますように
May your feet always be swift
きみの足が とおくまで 走っていけますように
May you have a strong foundation
流されることなく 
When the winds of changes shift
流れを つくりますように

May your heart always be joyful
きみの 心のうたが
May your song always be sung
みんなに ひびきますように
May you stay forever young
毎日が きみの はじまりの日

Forever young, forever young
きょうも あしたも
May you stay forever young
あたらしい きみの はじまりの日

 

 

 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

「沖縄「土人発言」の背景MBSドキュメンタリー放送」No.1866

2017-01-30 10:17:54 | 我が心の沖縄

https://www.youtube.com/watch?v=S29cY84vYgI&feature=youtu.be

上は沖縄「土人発言」の背景MBSドキュメンタリー放送 

映像‘17 沖縄 さまよう木霊(こだま)~基地反対運動の素顔~の動画です。

〈限定配信のため、良きなく終了されることあり〉とのことです。

下に関連記事があります。

どうぞご覧ください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170127-01770832-nksports-soci

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「アーサー・ビナードArthur Binardのことばと政治」No.1865

2017-01-29 00:13:17 | 文学

『日本語ぽこりぽこり』(小学館・講談社エッセイ賞)、

『釣り上げては』(思潮社・中原中也賞)、

『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社・日本絵本賞)、

『亜米利加ニモ負ケズ』(日本経済新聞出版社)など、

文学ジャンルで魅力的な作品を次々と発表しているアーサー・ビナードさん。

堺市で講演会があったので、寒い夜、ちょっと遠いけど行ってきました。


下はビナードさんの講演前のパフォーマンスです。

府立泉陽高校出身、平均21歳の男声合唱グループ「コール・ドラフト」の面々ですが、

男声合唱と言えばグリークラブを想起します。

しかし、彼らはそこから伸び伸びとはみ出た合唱団でした。

 

このパフォーマンスの後に登場したアーサー・ビナードさん、

「さすが晶子の故郷、堺ですね。」と開口一番に与謝野晶子の話に入り、

「コール・ドラフト」が金子みすゞの作品「みんな違ってみんないい」も歌ったので、

「晶子とみすゞとアーサーと」とか、すぐに口から出てくる人でした。

私は、ビナードさんの飾らず、分かり易い語り口に、

すぐに、ずっと前からの親しい友達のような気持ちになりました。

アメリカ出身のビナードさんが日本に来たきっかけがまた面白いです。

彼はニューヨークのコルゲート大学で英米文学を専攻し卒業も近づいたとき、

日本語を学び始めました。

アルファベットが26文字であるのに対して、

日本語の漢字は日本人もいくつ在るのか分からない、多分一万字くらいだと言われ、

たいへん驚き、どんどん惹かれていったそうです。

なぜならばビナードさんは大の昆虫好きで、昆虫は数が多く、漢字も数が多かったからと。

1990年に来日して日本語学校で

ジャポニカノートに日本語を書き、むさぼるように勉強していた彼は、

日本人が「戦後40年」、「戦後45年」と戦後何年経ったかをキチンと言えることに気がつきました。

アメリカ人は言えません。

一体、いつの戦争の後なのかわからないほど、アメリカは戦争ばかりしているからです。

ビナードさんは1967年生まれですが、

彼は自分をベトナム戦争の戦中派だと言います。

 

今回の講演テーマは「言葉と政治、そして日本の未来」でした。

以下、私が面白く感じたところをメモから抜き書きしてみました。

(できるだけ正確な文言を心がけましたがもし違う箇所があったら御免なすって)。

―――――――――――――――――――――

「表現者の大きな仕事に、

娯楽として笑ったり、楽しんだりできない、でも大切なことを伝えるということがある。

それに対して、メディア、マスコミはどうか。

ある人が「新聞は大事なことを伝えてくれない」と文句を言う。

でも、「新聞が大事なことを伝えてくれない」と文句を言うのは変じゃない?

なぜなら、新聞は「新しいこと」を伝えるから「新」聞なのであり、「大事」聞じゃないんだから。

新聞の伝えることは時間が経てば値打ちがなくなり、古新聞として捨てられる運命だが、

本当の文学表現、例えば、与謝野晶子の文学は百年経っても古くならない。

文学者の言葉は時間軸の幅が違う。百年経っても新鮮だ。

宮沢賢治もそうだ。

「駆け付け警護」の過ちを、賢治は『雨ニモマケズ』で今の私たちに教えてくれている。

東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ(駆け付け看護)

西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ(駆け付け収穫)

南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ(駆け付け見送り)

北ニケンカヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイイ(駆け付けない・距離を取る)

東・西・南へは「ガ」という助詞を付ける時間もないほど大急ぎで行くから、「駆け付け」だ。

しかし、北のケンカや訴訟(戦争)には、賢治は行かない。距離を取る。

大急ぎで駆け付けないのでケンカヤ訴訟「ガ」アレバ、と助詞もつく。

つまり、冷静に話し合いをするべきだと言っているのだ。

「駆け付け警護」という変な言葉は、英語にすると

「rush to guard」だが、そんなこと言うと変過ぎて、アメリカ人は笑ってしまう。

「rush to rescue」なら意味が通じる。

日本語では「駆け付け救出」だが、救出には戦闘行為が伴う可能性が当然ある。

「駆け付け警護」はウソの言葉でごまかしている。


僕らは政府の時間軸で物事を考えていると全てを失う。

いい例が東芝だ。東芝は潰れるだろう。

2006年、東芝はアメリカのならず者企業「Westing House」

(世界のどこも買わない、イスラエルさえも)を

ライバル社の2倍の価格6400億円で買収したが、

現在原発事業に絡む借金が6800億円もあるのだ。


小出裕章さんや広瀬隆さんなど、

ちょっと違う時間軸で物事を考えている人はいっぱいいる。

時間の幅を伸ばせば伸ばすほどいいものになる。

文学とはそういうものだ。

 

日本が劣化し、日本人が日本語を理解できなくならない限り、

日本の文学は百年経っても、その輝きを失うことはない。

―――――――――――――――――――――

 

ボブ・ディランの「FOREVER YOUNG」を「始まりの日」とした名訳本については

明日に続きます。







 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「基地反対リーダーはなぜ勾留され続けるのか」No.1864

2017-01-27 23:52:19 | 我が心の沖縄

写真:沖縄タイムス名護署前で「靴下を差し入れさせろ!」と手に手に靴下を掲げる支援者たち。

 

長期勾留のため、体調が悪化し、白血球数の低下で髭をそることもできない山城博治さん。

間違って傷つけたら、血が止まらなくなるのだそうです。

つい最近まで、「自殺防止」を理由に靴下の差し入れさえ禁止されていました。

山城博治さんは2年前悪性リンパ腫を患いました。

12月20日、同じ病に罹った女性支援者が長さの違う三種類の靴下を準備し、

「悪性リンパ腫に罹ると免疫力が低下し、指先が冷えて夜眠れない。」

と訴え、断られても30分以上粘り強く交渉することによって、

ようやく、短い靴下だけ許可されました。

(何だよ、それなら初めから認めんかい!)とは誰もが思うことですよね。

全国の留置所、拘置所、刑務所ではどうなっているのか調べたら、

「拘置所の売店で売っている靴下を買う」、

「規定より長い靴下、ストッキングはダメ」と書いてありました。

今回の沖縄県警の仕打ちは山城博治さんの病歴を知ってのことであり、実に生存権の侵害です。

なぜ、ここまで嫌がらせ・虐めをするのか。

なぜ、いつまでも解放しないのか。

下の沖縄タイムス記事の表は、山城博治さんの逮捕容疑の発生した日時と逮捕日時が

「器物損壊」以外の2つは、かけ離れていることを示しています。

「器物損壊」とは、ヘリパッド建設反対派が入らぬように張り巡らした有刺鉄線2本を

ペンチで切ったということです。

こんなことで3か月以上の勾留はあり得ません。

昨年2016年7月機動隊員の車が反対派を轢いたのが、

ただの書類送検であることと比較すれば、余りにも酷い差別です。

他にも、機動隊や海保の暴力で大勢の人たちがけがをして病院に運ばれています。

そこからすれば他の2つは、

後から何とか罪状をとってつけて勾留を引き延ばしていることが丸わかりです。

どんな手を使ってもリーダーを拘束し、皆から隔離して運動を潰そうとしているのです。

 

確かに、山城さんのみんなの心を掴む魅力は語りきれません。

彼が悪性リンパ腫で入院すると分かった時、ゲート前の警備側の警察官まで心配して、

肩を抱いたくらいなのです。

しかし、いくらカリスマ的魅力を持つ人たちを逮捕・拘束したからと言って、

沖縄の闘いが簡単にショボると思ったら大間違いです。

沖縄県民は自分だけの利益を求めているのではありません。

全ての子や孫に平和な沖縄を残すために、人間の尊厳を賭けて70年も闘っているのです。

 

―――以下、沖縄タイムス記事から

基地反対リーダーはなぜ勾留され続けるのか 沖縄、これまでの経緯

 

沖縄で基地建設反対運動をリードしてきた沖縄平和運動センターの山城博治議長の勾留が3カ月以上に及んでいます。

山城議長は、東村高江のヘリパッド建設や名護市辺野古の新基地建設に対する抗議行動で、公務執行妨害などの容疑で逮捕されました。

釈放を求める国内外の有識者や市民グループは「反対派リーダーを長期間拘束することで抗議行動を萎縮させようという思惑がある」と指摘します。これまでの経緯をまとめました。

有刺鉄線2本をペンチで切った疑い

“山城議長は17日午後3時半ごろ、北部訓練場内で、

ヘリパッド建設工事現場への進入を防ぐために設置されたフェンスの上に張られた有刺鉄線2本を、

ペンチのようなもので切って壊した疑いがある。”
市民運動リーダー逮捕、有刺鉄線2本切った疑い 高江ヘリパッドに反対(2016年10月18日)

 

“女性はその時の様子について「急な斜面から引きずり降ろし、

山城議長から私たち市民を引き離していった。機動隊員の数があまりにも多く怖かった」と振り返る。”
「連れて行かないで」 急斜面、飛び交う怒号 伏線あったリーダー逮捕(2016年10月18日)


“「リーダーである山城さんの狙い撃ちだ」。県幹部は、山城議長逮捕の一報を聞き、不快感を示した。

実際、この「狙い」は防衛省関係者の間で以前から語られていた。

関係者の一人は、市民らが訓練場内での直接抗議行動を起こし始めた9月下旬

「まずは山城氏を逮捕し、反対運動を収束させるべきだ」と周囲に語っていた。”

<高江逮捕の背景>工事遅れ、いら立つ国 「狙い撃ち」で反対運動収束図る(2016年10月18日)

 

米軍北部訓練場から出てきた市民を拘束しようとする機動隊員ら=17日、東村高江・N1地区表ゲート付近

防衛局職員に打撲を負わせた疑いで再逮捕

8月25日、通称「N1裏地区」で工事現場への侵入防止フェンスを設置していた男性職員の腕を強くつかみ、肩をつかんで激しく揺さぶる行為などで頸椎(けいつい)捻挫と右腕打撲のけがを負わせた疑い。”
山城議長を再逮捕 公務執行妨害・傷害容疑で(2016年10月21日)
平和運動センターの山城博治議長ら2人を起訴 那覇地検(2016年11月11日)

10カ月前の行動で3度目の逮捕

逮捕された4人は新基地建設の工事を阻止するため、今年1月28日午後2時5分ごろから30日午前8時41分ごろにかけ、シュワブゲート前にコンクリートブロック1400個余を積み上げ、工事を請け負った業者の資材搬入や沖縄防衛局の業務を妨害した疑い。”
辺野古で山城議長ら4人を逮捕 威力業務妨害の疑い(2016年11月29日)

抗議行動を萎縮させる狙いか

“それにしてもなぜ今、10カ月も前の抗議活動に対し、公権力を行使するのか。年内にもキャンプ・シュワブ陸上部分の隊舎工事が再開される。感じられるのは、さまざまな理由をつけて反対派リーダーを長期間拘束することによって、抗議行動を萎縮させ、一般市民との分断を図ろうとの思惑だ。”
社説[山城議長また逮捕]露骨な政治的逮捕劇だ(2016年12月1日)

“国の側にも似た「容疑」がある。防衛局は無許可で貴重な森を切り開き、機動隊員は強制排除で市民に無数の打撲を負わせ、記者を拘束して取材を妨害した。これらを県警は不問にし、正当化さえしている。”
<記者の視点>警察国家の入り口に・・・辺野古抗議で一斉家宅捜索と市民逮捕(2016年11月30日)

――――――――――――――――――――――――――――

コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

「山本太郎議員、胸のすく質問」No.1863

2017-01-25 23:29:36 | 政治

 

 

 

1月25日(水)山本太郎議員の参議院本会議での初質問。

私がいつもハラワタ煮えくり返る思いでいることをズバリ言ってくれました。

10分間でよくここまで言えましたね。

太郎さんの質問はいつもきっちり準備されているのを感じます。

普段、社会的に弱い立場に追い込まれている者の傍に立ち、

行動を惜しまない山本太郎さん。

すばらしい政治家の一人です。

アベ首相の答弁はどうだったのか、後で調べてみますが、

いくら何でももう、「批判デンデンしても何も生まれない」とかは言わなかったでしょうね。

(昨日か一昨日、「批判云々」を「批判デンデン」と読んだそうな)

以前、「画一的」を「ガイチテキ」と連呼していたとも聞きます。

ウソ・誤魔化し・メディアの取り込みは天才的に上手なのに……

アベ首相、漢字はダメだと明確に分かりましたが、

読解力や、相手の話の理解力なども果たしてどれくらいあるのか……。


太郎さんの質問、10分ほどの動画を見ながら文字起こししてみました。

しかし、どこかを議事録から削除する動きがあるとか。

一体、どこがアカンのか私には分かりません。

――――――――――――――――――――――――

自由党共同代表の山本太郎です。よろしくお願いします。

先日安倍総理が施政方針演説で「ただ批判に明け暮れても何も生まれない」とおっしゃいましたので、今日は批判ではなく政権の今までのお仕事を肯定的に振り返り、褒め殺し気味に希望の会、自由、社民を代表し総理に質問します。よろしくお願いいたします。

政治の使命は、この国に生きる人々の生命、財産を守ること、そう考えます。安倍総理は誰のための政治を行っていらっしゃっていますか。安倍総理はきっちりとお仕事をされています。庶民を犠牲にして、大企業を儲けさせる。その御活躍ぶり、歴代の総理大臣を見ても、ナンバーワンです!

庶民から搾り取った税金で、庶民への再分配は最小限に抑え、真っ先に手当をするのは選挙や権力基盤づくりでお世話になった経団連や大企業など資本家、高額納税者へのご恩返し。とことん美味しい減税・補助金メニューを提供。一方で、派遣法を改悪し、働く人々をコストとして切り捨てやすくするルール改正などを取りそろえる。お蔭で上場企業はあのバブルの時よりも儲かり、過去最高益。一方で中小零細企業の解散・休業は過去最高。見ているのは大口の支持者のみ。まさに、大企業ファースト。これぞ、額に汗を流す政治家の鏡ではないでしょうか!

子どもの貧困問題を人々の善意、基金で解決しようというウルトラCは、安倍総理が薄情で、指導者の器ではない、のではなく、総理はただ、興味がないだけなんです。

今まで国会やメディアで取り上げられてきた厚労省の国民生活基礎調査ではなく違うデータを持ち出して、総理は子どもの貧困率が低下した、と演説されました。持ち出したのは総務省の全国消費実態調査、この調査は非常に面倒な作業を対象者に求めるもので、お金と時間のある人しか、なかなか対応することができず、低所得者の実態をしっかり反映しづらいという傾向があると言われます。厚労省の国民生活基礎調査では子どもの貧困率は16.3%、今年、最新のものが発表される予定ですが、この調査でアベノミクス効果により子どもの貧困率がどれくらい下がるのか、総理の予想値を聞かせていただくとともに、今年、子どもの貧困改善の数値目標をお答えください。

ここ数年、奨学金問題、非常に大きくなってきております。OECDなどの先進国グループの中で、教育に最も金を出さない、ドケチ国家の第二位が日本なんです。個人消費を引き上げる意味でも、少子化問題を改善する意味でも「奨学金」という名のサラ金地獄から対象者を救い出す必要があるのは言うまでもありません。新たな奨学金国債を発行して借り換える、マイナス金利に合わせて過去の有利子奨学金返済を全て無利子に転換する、などはもちろんやりません。なぜ、国がサラ金のようなシステムで若い人たちを苦しめるのか。奨学金の利息収入は、年間390億円ほど、奨学金の延滞収入は年間40億円ほど。これらで金融機関を潤わせ、取り立てを行う債券回収会社に対しても手堅い仕事を提供する。若い者たちの未来には投資をしない。企業のためだ、若いうちの苦労は買ってでもしろ。安倍総理の親心ではありませんか!

安倍政権になってからは正規の雇用は36万人減って、非正規は167万人も増えています。ですが、安倍総理は以前、「正規の雇用が増えた」とおっしゃっていました。以前ですね。確かに、2015年労働力調査を見てみると、前年比を見てみると正規では26万人増えています。まさにこれこそがアベノミクス効果ではないですか。この正社員26万人のうち、25万人は介護・福祉職。介護・福祉職のうち福祉施設介護員は全産業平均より11万円給料が安いんです。もちろん、安倍総理はここにも改革を進めます。月額たった一万円ほど上げるそうです。現在労災認定で一番多いのは心の病、その中で労災申請、過労自殺のトップが介護・福祉職。現場の悲鳴は聞こえないふり、細かい中身は見ないでいただきたい、表っかわの数字だけで評価するんです。これこそが、アベノミクスの神髄ではありませんか。

安倍晋三閣下は、行政府の長であるばかりか、立法府の長でもあるとご本人がご宣言されました。司法の長になられるのも時間の問題ではないでしょうか。そのためにも現行憲法など守っていられませんし、守りもしません。当然です。不都合な真実、事実を声高に叫ぶ人間は邪魔です。オリンピックに向けて火事場泥棒的に治安立法を成立させます。安倍総理、オリンピックを成功させるためには、共謀罪が必要との趣旨の発言がありました。共謀罪を「テロ等準備罪」と名前を変えるようですが、この「テロ等準備罪」の「等」、この「等」とはどういう意味ですか。テロ以外にも適用される余地を残す理由を教えてください。「世界一安全な東京」とアピールをしておきながら、たった数週間の体育祭を開催するのに国民を監視し、密告制度で相互監視までさせ、相談しただけでアウト!という、権力が思想信条の領域まで足を踏み入れるとんでもない法律が必要な理由は何なんでしょうか。

東電原発事故による放射能汚染水問題について総理にお聞きします。ブエノスアイレスでのご発言、「汚染水は0.3㎢の港湾内でブロックされている。」これにお間違いはないでしょうか。海では潮の満ち引き、潮の流れなどがあり、港湾内で海の水がブロックされること自体があり得ません。8日間で99%、港湾内と港湾外の水は入れ代わります。大量の海水でゆっくりと希釈された結果、港湾外に出た汚染水の数値は低く見えるものの、垂れ流された汚染の総量に変わりはありません。去年はじめ、静岡県沼津市の漁港で水揚げされたアオザメから基準値に7倍ものセシウムが検出されました。汚染水の影響は明らかに海洋生物にも見られますが、皆さん、細かいことは気にしないでいただきたい。総理が「ブロックされてる」とおっしゃってるんですから、それを信じようじゃありませんか!

お聞きします。最終的に東電原発事故の収束費用はトータルでいくらかかるとお考えになりますか。将来、もう一か所で原発の過酷事故が起きた場合、国の経済負担は免れないとみるのですがいかがでしょう。日本は火山国であり地震大国です。それでも原発再稼働を進めて大丈夫だと言えますか。言い切れますか。お答えください。福島東電原発収束はその方法もなく、現在ではほぼ不可能、費用も今後桁違いの額になることは容易に想像できます。事故原因も究明しない、安全基準でたらめ、避難基準適当、原発がなくても電力は余っていますが、原発は再稼働します。海外に売りつけるために再稼働します。プルトニウムを持ち続けるために再稼働します。三菱、東芝、日立、鹿島建設、大林、大成、竹中、清水、IHI、富士電機、三井住友銀行、UFJなどなどなど。原発に関係する企業の皆さん、安心してください。安倍政権は脱原発など絶対にやりません!安倍政権は税金と電気料金を湯水のように使える発電方法は諦めません。首都圏直下型地震、30年以内にマグニチュード7で発生する確率約70%。東南海地震、南海地震30年以内、マグニチュード8~9で発生する確率約60%~70%。日本列島北から南まで50の活火山が24時間体制で監視されていますが、火山噴火予知連絡会はこうおっしゃってる。「全ての噴火が前もって分かるわけではない。我々のよりレベルはそんなものだ。」とコメント。火山予測のプロでもほぼ予測不可能だそうです。自動車事故、医療事故、過失であれば当然処罰されます。しかし、原発事故でいまだ処罰された者は一人もいません。全ては「想定外」という魔法の言葉で逃げるおつもりでしょう。次の事故が起きたとしても、安倍総理ならもっと上手に誤魔化せます。皆さん、安倍総理を信じてこのバスに乗り込みましょう。次の停車駅は地獄の一丁目一番地です。今回無理をして批判は避けようとしましたが、どう考えても無理です。

総理、あなたがこの国の総理でいる限りこの国の未来は持ちません。最後にお伺いします。

総理、いつ、総理の座から降りていただけるのでしょうか。教えてください。

以上持ちまして、私の代表質問を終わります。

 ―――――――――――――――――――――

山本太郎議員が「事故死」または「自殺」したり、「電車で痴漢行為で逮捕」されないように、

私たち庶民が太郎さんの身の安全を守る体制づくりの必要があると考えます。

もう、日本はそんな国です。

 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「格安航空でまた沖縄へ」No.1862

2017-01-23 22:15:34 | 我が心の沖縄

さて、2月上旬にまた沖縄に行ってきます。

ネトウヨが流すデマ「反対派は日当もらって座り込みに参加している」が、

100%の嘘・でたらめであることは、

私を含め、沖縄に自前のお金で行っている全ての人が証言します。

ネトウヨさんたち、

「沖縄新基地建設闘争は、一部のプロ市民とか左翼、中国とかが

組織しており、参加者はそこからお金をもらっている」

などという妄想は自分の頭の中だけにしておきなさい。

根拠もなくウソを平気でたれ流して、

人間の尊厳を賭けて戦う人々をこき下ろし、嘲笑する姿はとても醜いですよ。

 

なぜ、沖縄県民を始め、全国から辺野古や高江にお金持ちでもない庶民が

ぞくぞくと自前で結集するのでしょうか。

少し前(2015年2月23日)の沖縄タイムスの記事にそのわけが書いてあります。

日本全体の0.6%の広さの沖縄に日本全体の75%の基地が集中し、

基地があるために沖縄県民が苦しみを強いられ続けているのは、

あまりにも理不尽です。

私は、全国民一人ひとりが最低、一度は沖縄に行って、

基地を見、住んでいる人たちの本当の声を聞く義務があると思います。

日本全体のための犠牲になっているのが沖縄なのですから。

―――――――――――――――――――――――――――――

(2015年2月22日の名護市辺野古、米軍キャンプ・シュワブゲート前。

約2800人の市民ら参加)。

「なぜ辺野古に向かうのか」沖縄タイムス+プラス

今回、集会に足を運んだ親子2組と、子や孫のために参加した68歳の男性に声を聞いた。

■男性39歳、教員。うるま市から4人の子供たちとバスに乗って辺野古を訪れた。出かける前、自宅で子供たちにこんな話をしたという。

基地はお父さんたちだけの問題じゃない。新しい基地は、みんなが大人になっても、子供ができても、孫が生まれても基地は残る。一緒に考えよう

小学1年の娘と3歳の妹は「遠足みたい」とおやつを楽しみにはしゃいでいたが、小学3年の双子の息子は、あいさつにじっと耳を傾けていた。

一人は「大人の顔が真剣で怖い。でも、それくらい大きな問題なんだと思う」。もう一人は「お父さんが基地の話もジュゴンの話もしてくれる。沖縄には基地が多いから、もういらないと思うよ」とたくさんの大人たちのシュプレヒコールと拍手に包まれながら話した。

■33歳女性。小学4年と1歳の娘を連れて辺野古に来た。「基地を新たに造らせてはいけない」と、自宅のある豊見城市から自家用車で駆けつけた。4、5年前から抗議集会などに参加している。「自然を大事に、子どもたちのためにも平和に暮らせる沖縄を守っていきたい」と思いを語った。

■68歳男性。子や孫のために基地建設に抗議しようと、うるま市から参加した。沖縄の土地が米国に強制的に接収された歴史や、ベトナム戦争や湾岸戦争、イラク戦争時には嘉手納基地が出撃、中継の拠点となったことなどを振り返り、「これは、沖縄の心や財産を取り戻す闘い。自分たちの子や孫につらい経験をさせたくない」と訴えた。

―――http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/50215

 
 

 

 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「菏澤学院からの留学生との再会」No.1861

2017-01-21 23:26:52 | がんばれ留学生

今夕、半年ぶりに再会した菏澤学院4年生3人+

高知支局から駆け付けてくださった読売新聞石塚記者と我が家で団欒のひと時です。

きっと肉も野菜も高くて、普段あまり食べていないだろうと、

気合を入れて牛肉たっぷり、野菜たっぷりのすき焼きにしました。

すき焼きなんて自分でも何年も作っていなくてネットで作り方を調べたほどですけど、

美味しいと言って全部食べてくれたのでよかったです。ε-(´∀`*)ホッ

3人は、菏澤学院では4年生ですが、

菏澤学院は大阪のECC語学学校と提携しており、

1年間の留学で菏澤学院卒業の資格が得られ、ECC卒業後、

学生たちは日本の大学院に進学したり、就職したリしています

 

私の懸念は、日本で辛い思いをしていないか、

勉強する気持ちを堅持しているか、

痩せこけていないか、といったことでしたが、

全て杞憂に終わり、ホッとしました。

大阪ECCは出席が非常に厳しくて、絶対に休めないそうですが、

私にしてみればそれは親切なことです。

3人は明らかに聴解力がダントツに伸びて、語彙量も増えています

また、面白いのはコンビニなどのバイトで関西弁を学んでいることです。

「初め、『それナンボン?』と聞かれて、意味わかりませんでしたが、

すぐ後で『それいくら?』という意味だと分かりました。」

と言うので、「ナンボン」じゃなくて「ナンボ」と言っているんだと教えてあげました。

また、一人はバイト先に中国人が好きじゃないおじさんスタッフがいると、

悲しそうな顔をして言いました。

この子たちに何の関係があるでしょう。

「何で日本語なんか勉強する?」

と言われながらも一生懸命日本語を学び、

日本留学に自分の人生を賭けて、はるばる海を渡ってやって来たこの子たちに

中国の、あるいは中国人の悪口を言う素養の低い日本人には非常に腹が立ちます。

 

教え子たちが大阪の我が家に来るたびに、

身内の子どもたちを見る親戚のオバアサンみたいな気持ちで出迎えます。

どうか、日本でいい出会いがあり、

いい学びができますように

(日本に留学してよかった!一生の宝物だ)と思える日々が送れますように。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「『象にささやく男』読んだ!」No.1860

2017-01-20 11:49:53 | 日記

『象にささやく男』(ローレンス⁼アンソニー&グレアム⁼スペンス著:中嶋寛訳)を

読みました。

はっと気がついたら明け方になっていました。

昨夏帰阪した時にアマゾンリサイクルショップで買ったのですが、

選挙、北海道への帰省、広島行、沖縄行などのスケジュールが怒涛のように押し寄せ、

「ただ買っただけ」状態だったものです。


昔、『野生のエルザ』が話題になりましたね。

あの当時、私はひねくれていたので(笑)、

小学校の道徳の時間の副読本に書いてあった(50年も前のこと)、

シュバイツアーのアフリカ人に対する上から目線(副読本では、

「白人と黒人は兄弟だ。しかし、白人は黒人の兄だ。」とあったのです)に、

子どもながら胡散臭さを感じたのと同じで、

エルザとイギリス人夫婦の話に対しても、

(まず、白人がアフリカに居るって何なん?アパルトヘイト、どう思ってんねん)と、

その子どもライオンと白人夫婦の交流話に積極的に乗ることはありませんでした。

 

今回、象を敬愛する私がほぼタイトルだけで買った『象にささやく男』を読んで、

アフリカの自然環境保全に関しては、

(金持ち白人の趣味の猟など歴史的にいろいろ酷いことがあったにしても)

この時代において白人たちの果たした役割はあったんだなと

初めて心から認めることができました。

この本を書いたローレンス=アンソニーという人は、

アパルトヘイト下の南アフリカ、ヨハネスブルクで生まれ、

地元言語のズールー語も理解するイギリス系白人で、

彼にとってアフリカは故郷でした。

アフリカの歴史はアパルトヘイト以前の昔に戻せないけれど、

アパルトヘイト以降の黒人と白人の新たな歴史を作ることは不可能ではないと思える本、

世界は黒人、白人、カラードとかいう人間だけでなく、

動物も昆虫も植物も全部含めてこそ、

その全体が成り立つことを示す本、

そうした自然全体への謙虚さを持つ人が書いた本でした。

生きる基礎基本を確認するのに役立つ本だと思います。


前書きの最後に次の文があります(太字・ブルーはーと)。

「・・・これは、そんな象たちの物語である。彼らはともに幸福と生存を追い求める中、

全ての生き物がお互いにとって大切な存在であることを、私に教えてくれた。

生きていくということは、

自分や自分の家族、自分の種だけの問題ではないということを。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「『新千歳空港で中国人大暴れ』の真相」No.1859

2017-01-18 21:44:45 | 我が心の沖縄

私が

「『新千歳空港で中国人大暴れ』の報道はヒドイヽ(`Д´)ノ」No.1838

のブログに書いた話に関して、

今日、事実経過の詳細を書いてある下の記事を見つけました。

読んで、今回の事件に関して言えば、

「中国人はマナーが悪い」という見方がどれほど的外れであるか再確認すると同時に、

一般にものの見方・イメージが形成されるとき、

メディア報道の責任は絶大であると改めて背筋が寒くなりました。

同じ条件下でどれくらいの日本人が黙って耐え忍ぶことができるでしょう。

また、この場合、黙って耐えることがいいことかどうかも疑問です。

航空会社(中国国際航空)の乗客応対のひどさ、

新千歳空港ターミナル責任者の高圧的言動、

航空管理者の言動e.t.c.

私も同じ立場だったら大声で抗議したでしょう。


記事はただ「YOU TUBEに投稿した動画が独り歩きし・・・・」と書いてありますが、

大手新聞社やテレビ局は、事件の流れを独自に取材することもせず、

単に動画と空港会社に聞いただけを全てのこととしてセンセーショナルに取り上げ、

中国人に対するマイナスイメージを煽りました。

もし、今回、メディアが客観的な報道に徹していれば、

日本人の「中国人は、マナーを守らない素養の悪い人たち」といった反響は

なかった、又は、あっても非常に少なかったと思います。

さらに、今回、日本国内メディアは、

中国語で空港に缶詰めになった中国人客にインタビューするわけでもなく、

中国メディアと連携を取るわけでもなく、

非常に井の中の蛙的動線を描いたのみでした。

外国との交流が頻繁になってきた現代にあって、

メディア各社は各国メディアとの連携を強め、

日本国内の一面的な見方で終始するのではなく、

多角的に物事をとらえた報道ができるようにしてもらいたいと切に願います。

―――http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8701

「新千歳空港で暴れた中国人乗客」騒動の真相

西本紫乃 (北海道大学公共政策大学院専任講師)2017年1月17日

 12月22日から24日にかけて大雪に見舞われた新千歳空港では航空便の欠航が相次ぎ、一時、1万6,000人もの人々が空港に足止めされた。空港ターミナル内で寝る場所や食料が十分にない中で3日間にわたって空港ビル内で滞在を余儀なくされた人も多く、空港は大混乱になった。

 この空港の大混乱で最も注目されたのが、中国人が飛行機が飛ばないことに抗議して警察が出動する大騒動になった、というニュースだ。しかしこの情報、事実の前後関係や現場の状況など詳しい情報がないままYoutubeに投稿された画像が独り歩きし、「すわ!中国人が!」とばかりに、多くの日本人の耳目を集めた何とも奇妙なニュースの拡散の仕方だった。中国でもこの話題は大きく取り上げられたが、日本での報道ぶりに対して中国側は、事実を極端に捻じ曲げて大げさに伝えていると抗議。なぜ騒動が起こったか具体的な理由が明らかにならないまま、この一件は後味の悪さしか残さなかった。一体、あの時、新千歳空港で何が原因で騒動が起こったのか。騒動になった中国国際航空の北京行きCA170便に予約していて混乱に巻き込まれた人から、現場が実際にどのような状況だったのかを聞いた。

12月22日、大雪による遅延の発生とふりまわされた乗客たち

ターミナル内で過ごす中国人たち(微博に投稿された画像)

 22日午後から、新千歳空港では午後から雪の影響で航空便が軒並み欠航となった。13:50発予定の北京行の中国国際航空のCA170便も欠航となったが、欠航の決定は夜になってからだった。欠航が決まった後、中国国際航空は欠航便の乗客に対して翌日8時に、チェックインを再開する旨をアナウンスした。このため、翌朝のチェックイン再開に備え、同便を予約していた多くの人がターミナル内で一夜を過ごした。

 しかし、23日朝、前日に案内された時間にはチェックインをしても搭乗案内が一向になく、北京行きの乗客たちは空港内で待たされ続けた。23日午前には上海行きの便や台北行きの便など、22日欠航となった他の国際線の飛行機が次々に出発する中、北京行きのCA170便は午後になっても出発の目途が立っておらず、搭乗口で待たされ続ける乗客たちの不満とイライラは募っていった。

乗客の不満を招いた航空会社対応の不備

食べ物も手に入らない状況だったという

 23日16時頃、中国人観光客の50代くらいの男性が中国国際航空の日本人スタッフに事情の確認と要求をした。この中国人男性の声が大きかったことから、日本人スタッフが警察官を呼んだ。ただし、この時抗議をした中国人乗客の要求は理路整然としていて、出発を待っている人の中には高齢の人や病気を抱えた人がいる。空港内の売店では食べ物が売り切れていて手に入らないし、空港ターミナルは深夜、暖房が切られとても寒くなる。生後10か月の乳児を抱えた人もいて、ミルクをつくるためのお湯も手に入らない。もし、23日中に出発できず今晩も一泊しなければならないのなら、航空会社がホテルを手配してほしいという要求だった。警察官も丁寧に中国人乗客らの話を聞いたが、警察側はどうすることもできない。18時過ぎに中国国際航空の中国人責任者が現場に姿を現したが、結局、乗客が満足するような対応はしてくれなかったという。

 この時、空港内では国内線の欠航によって足止めされた多くの日本人もいたが、国際線の乗客は国内線の乗客に比べて多くの荷物を抱えている、外国人が大多数で言葉の壁もある。ましてや、北京行きの乗客たちは、他の国際線が飛んだのにどうして北京行は飛ばないのか、という不満も募っていた。

 中国人乗客の中には、新千歳空港での自分たちの窮状を、札幌にある中国総領事館に電話で助けを求める人もいた。この時に実際に領事館に電話をかけた人の話によると、中国総領事館の対応は冷たかったそうで、乗客たちにとって何ら問題解決にはならなかった。待っている中国人たちの中には、中国版Twitter「微博」を利用して中国政府の航空会社を統括する機関である民航総局に向けて「@民航総局」とハッシュタグをつけて、直接、中国国際航空の対応の不備を直訴する人もいた。

制限区域内に留まり続けた乗客たち

 夜、22時になって22日と23日のCA170便はついにこの日の欠航が決定した。この時になり、夜になって再び中国国際航空の中国人責任者が乗客の前に現れた。悪天候だから仕方がない、出国審査を済ませた制限区域内で待ち続けることはできないので再入国手続きをして空港内で待つように乗客たちを促した。乗客たちにとって中国人責任者の対応はとても冷淡に感じられたという。また再入国をすれば再度入国審査の列に並ばなければならないことを嫌って大部分の乗客、およそ200人が制限区域内にとどまり続けた。深夜、航空会社側は乗客たちの再入国を促すために、再入国した人には空港内のレストランで使用できるミールクーポンを配布したが、配られたのは23日のみ有効の日付のクーポンで乗客たちは一様に呆れた。

 天候理由での欠航は、航空会社は責任を負わないというのが一般的なルールだ。このため悪天候が原因で飛行機が出発しなかった場合に、乗客に食事やホテルを手配しないことになっている。ただし、実際にはイレギュラー時にどこまでサービスするかは、航空会社によって対応が異なる。実際に22日に欠航となり出発できなかった台湾人乗客の中には航空会社手配で食事やホテルが用意されて買い物や温泉を楽しみ、2日間の余分な日本滞在にも満足をしていた人もいた。こうした他の航空会社との対応の違いも、この時の中国国際航空の乗客の不満の原因の一つになったのは間違いない。

日本人の中国人を見下した態度

 23日夜まで、22日と23日の欠航になったCA170便の乗客たちの不満の矛先は、主に中国国際航空の対応に向けられていたが、日付が変わって24日の深夜、乗客らの嫌悪感は日本側に向かうことになる。

 深夜2時、日本人の空港管理者と警察官6~7名が乗客たちの前に現れ、制限区域内にとどまっている乗客ら一人一人に、速やかに再入国手続きをして制限区域内から出るよう声をかけて回った。その場にいた乗客の話によると、この時の空港ターミナルの責任者らの乗客への接し方は非常に高圧的で、制限エリアから出ると寝る場所がないと乗客らが訴えても、「あなたたちの自業自得だ」と繰り返し、「自業自得」という言葉に多くの中国人が反発を覚えたという。深夜でみんな疲れていることから、中国国際航空の中国人責任者と日本人スタッフは空港管理者に配慮を求めたが、管理者の日本人は「あと1時間以内に全員を制限区域内から出すように」と厳しい口調で要求した。中国国際航空の日本人スタッフに対して乗客たちの見ている前で「(日本人なのに)どっちの立場なのだ」、「中国人に譲歩してはいけない」と咎めた。空港管理者側と乗客との板挟みになり、涙を流す中国国際航空の日本人スタッフを見て、乗客の数人が駆け寄って慰める一幕もあったという。乗客のほとんどを占める中国人たちは、空港側の対応に強い怒りを覚えたという。

早朝から再搭乗手続きのために8時間立ちっぱなし

 結局、24日早朝4時に全員、制限区域内から退去させられ、乗客たちは6時から再びチェックインのために長蛇の列に並ぶことを余儀なくされた。韓国行きやタイ行きなど、他の国際線の利用客らも出発ロビーにたくさん集まったため、CA170便の利用客らがチェックインと入国手続きを終えたのは昼を過ぎた時間になっていた。23日の欠航便の乗客たちは空港で寝泊まりした後、チェックインのために8時間以上も立ちっぱなしで待たされたのだ。

 以前より、北海道への外国人旅行客は過去10年で4倍近くに増加している。増加する海外からの観光客を受け入れる上で新千歳空港の国際線の設備や人員数のキャパシティが十分でないことが近年問題視されていたが、この時、3日間に及ぶ悪天候を受けて、完全に国際線出発ロビーがパンクしてしまっていた。空港内はあふれかえる外国人らで大混乱が発生した。

 安全検査場を待つ行列も、韓国人やタイ人など様々な国の人たちで長蛇の列となった。この場に居合わせた人の証言によると、ここでも利用者らを誘導する日本人スタッフがきちんと並んでいないのは中国人と決めつけ、韓国人の利用客を中国人と誤解して「中国人はいつも並ばない」と見下したような言い方をする場面もあったという。

 めったにない3日連続の空港の混乱によって、空港の各部門の人々の疲労やストレスもピークに達し、大勢の利用者を相手にイライラも募っていたことだろう。そういう状況だからこそ、普段から思っていることが口を突いて出たり、外国人に対する潜在的な反感がどうしても態度に出てしまうものなのかもしれない。ただ、そうした相手を見下すような言動は、受けた側の心には強く刻まれるものであることも忘れてはならないだろう。

38人の中国人女性研修生が起こした騒動

 24日、本来なら22日と23日のそれぞれ午後に出発する予定だったCA170便の乗客たちは夕方頃にようやくチェックインと安全検査、出国手続きを済ませて搭乗口までたどり着いた。制限区域内は遅れている国際線の便の乗客らでごった返していて、北京行き以外の乗客らのイライラも募っていた。20時前頃、春秋航空を利用する中国人乗客らが飛行機の遅れに対し、搭乗口カウンターの上に上がって騒ぐ一幕があった。そのすぐ後に春秋航空の便が出発したことから、CA170便の乗客らも「騒げば出発できる」と冗談ながらに言いあった。

 22日に欠航したCA170便は、24日20時過ぎに出発した。23日の欠航便の利用客らは引き続き、搭乗口で待たされたのだが、その中に中国人研修生38人の女性グループがいた。彼女らは北海道の農家で、外国人技能実習制度で研修生として3年間働き、帰国するところだった。都会の比較的裕福な人たちが多い中国人観光客とは違い、彼女らは田舎の貧しい地域の出身で年齢は18歳から25歳くらい、学歴は中学校までしか卒業していない。日本人には想像しにくいが、中国では農村と都市とで育つ環境や受ける教育があまりに違いすぎて、人々の素養の差がとても大きい。23日夕方に航空会社に大声ながらも筋の通った要求をした中国人観光客たちとは同じ中国人とはいえ要求の仕方は少し違う。中国の田舎の人たちは忍耐強いが、論理的に物事を訴えることが苦手だ。

 日本語もわからず、携帯電話も持っておらず、彼女らは何も情報がないまま3日間空港に待たされていた。北京に到着してもそこから更に列車やバスなどに長時間乗って、遠くのふるさとまで帰らなければならない。故郷で待つ家族に連絡もできないまま、帰国が遅れて彼女らもまたイライラを募らせていた。

 そのような中で、21時ごろ、23日のCA170便が24日も欠航となることが伝えられた。38人の研修生グループのうちの3人が、雪が降っていないのになぜ出発できないのか中国国際航空の日本人スタッフに詰め寄った。そこで言い争いになり、日本人スタッフが床に倒れ、航空会社側が警察に通報して警察官が駆け付けた。警察を相手にスタッフを押した、押さないの押し問答になった。警察官が1人の中国人研修生を連行しようとしたところ、昨夜から日本人に対する嫌悪感が高まっていた中国人乗客らが、騒動に加担し警察への抗議に加わった。警察官が研修生の一人を連れて行こうとしたところ、女性が悲鳴を上げて倒れ、倒れた2人の研修生ともう1人の研修生の3名が、警察によってその場から連れて行かれた。

 23日に欠航になったCA170便は、結局、25日未明にようやく、北京に向けて出発したのだった。中国メディアは25日、テレビやネットを通じて、札幌の中国総領事館のスタッフが、新千歳空港で足止めになっている中国人に食べ物を届けたと、政府のイメージをアップのための宣伝をしている。しかし実際は、領事館は中国人の騒動が警察沙汰になったことで、責任追及を恐れて腰を上げて、形だけの対応をしただけというのが実際のところではないだろうか。領事館のスタッフが空港に食べ物を届けたときには、本当にサポートが必要だった人たちは出発した後だった。

伝えられたことの誤解と誇張

 以上が複数の乗客の証言から浮かび上がった、大雪で混乱した新千歳空港で起きた中国人乗客の騒動の一部始終だ。

 今回の一件は、必ずしも中国人の「民度」が低いから起きたとは言い切れない。騒動の背景には中国国際航空の乗客配慮に欠けた国有企業体質的なサービス、新千歳空港の国際線キャパシティの問題、それと日本人と中国人双方が潜在的にもっている相手に対する不信感、といった要素があり、それらがビッグ・イレギュラーに直面して問題を噴出させたことが原因だ。

 今回の一件は、雪で閉ざされた空港の制限区域内で起きたもので、外に伝えられた情報が断片的なものしかなかった。日本の新聞・テレビ各社はYoutubeの動画などごく限られた情報しか伝えていなかったが、日本人の反響はあまりに大きかった。このニュースに関心を寄せた多くの日本人が、「だから中国はダメなんだ」という気分に浸ったのではないだろうか。

 2015年度の中国人観光客の日本旅行ブームを受けて「爆買い」が注目を集めたが、2016年は「爆買い」の減少や中国人観光客への期待や依存に警鐘を鳴らす動きが目立った。実際には、2016年は2015年に比べて日本を訪れる中国人観光客は対前年比28%増加(JNTOの2016年11月推計値)で依然として増加し続けているし、「爆買い」で安いものを大量に購入するよりも、より価値のあるものを求めたり、グルメや体験により多くお金を使う傾向にある。

 日本人の心の中には「だから中国はダメなんだ」と思いたい心理がある。中国は経済の先行きなど、リアルにネガティブ傾向を示し始めている部分もあるが、そこは理性的に分析や判断をすべきである。「だから中国はダメなんだ」という期待を肯定するための情報に安易に飛びついたりしないようにしたいものだ。

―――以上全文掲載


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「未来の日本のために税金を使え!」No.1858

2017-01-17 22:59:31 | むかむか

日本では、大学の学費が高くて、子どもが大学進学をあきらめたり、

進学してもブラックバイトで病気になるまで働かされ、

大学にも通えなくて単位を取れない学生がいるという話は、

もう例外的ではないと聞きます。

貧乏で大学に行けないなんて……、

日本の国情も後退に後退を重ねているものです。

しかし、日本よりGDPが少なくても、大学の学費無料の国はたくさんあります。

インターネットでちょっと調べたら誰でもわかります。

要は、お金を何に使うか、という価値観です。

日本の未来は子どもたちの教育にかかっているとは誰しも言うことですが、

今の日本の政治は教育保障をちっとも大切にしていません。

この国をよくしたいなら、まず第一に教育にお金を惜しまないことです。


そんなことを言うと、必ず次のような反論があります。

「理想は口で何とでも言えるが、どこから金を出すんだ。出所がないだろう。」

いえいえ、ありますとも。

ぜひ、下のアベ政権が外国へのばらまきに使った税金の額を見てください。

(この表に書いていないものもあります。つい先週のフィリピンへの8兆円約束とか。)

 ↓      ↓     ↓      ↓

Abe pledged eight trillion yen in development assistance to the Philippines in a span of five years.
Read more at http://beta.philstar.com/headlines/2017/01/16/1662673/military-alliances-not-discussed-rody-abe#EAm6OQ63C5sw3Pfg.99


👇天文学的数字

安倍政権が外国にバラまいた総額、70兆8119億7000万円
大学学費無償化に必要な予算額、3兆976億円

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 
このままやられては、日本は確実に壊れます。 
 
 
 
 
 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加