始まりに向かって

ホピ・インディアンの思想を中心に、宗教・心理・超心理・民俗・精神世界あれこれ探索しています。ご訪問ありがとうございます。

退化し絶滅しそうな人類、という感覚・ゴーギャン・・南アメリカと南太平洋(6)

2017-04-19 | アフリカ・オセアニア


「南海文明・グランドクルーズ・・南太平洋は古代史の謎を秘める」という荒俣宏氏・篠遠喜彦氏共著の本の中の、荒俣氏のお話の部分をご紹介を続けます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。

               *****

             (引用ここから)


楽園の探究者ゴーギャン

ゴーギャンはフランスが政治的にも経済状況的にも混乱している中で、19世紀の終わりから大きく興隆しつつあった〝高度成長社会″というものに嫌気がさしていました。

そのような中で暮らしていると「人間がだめになるんじゃないか?」と、彼は思ったんです。

ダーヴィン流に言いますと「だんだん退化して絶滅するのではないか?」という危惧を彼は抱きます。


当時、タヒチというのは、非常に注目をあびていた場所でした。

フランスは19世紀以来、ずっと〝南方フリーク″だったと言っても言い過ぎではありません。

誰もが「南の島に行きたい」という渇望を持っていた。

さながら日本人が今、ハワイに行きたいと思っているのと同じです。

〝心が疲れたらちょっと行きたい場所″というのが、熱帯地方だったのです。

熱帯地方に行けば気分が回復する、心も癒される。


ブーガンヴィルという人が、たまたまキャプテン・クックと同じ時代にタヒチや他の南方を回って、帰ってきて報告書を出しました。

その中で特にタヒチあたりの話として、

「そこに住んでいる人々はギリシア彫刻のような姿をしていて、まさにヨーロッパ人たちが「古代の楽園」だと思っていたギリシア時代の暮らしをしている。

あの輝かしいギリシア文明を思わせる彫刻と全く同じような人々がそこに住んでいる。

あそこが本当の楽園だ」と書いたのです。

そのため、人々の間に「タヒチに行きたい」という憧れが広がりました。

タヒチはだんだん観光地になっていきます。


ゴーギャンはそういう流れの中で、私たち人類が失ったものを回復させるために、パラダイスへ出かけようと考えていました。

そして、ここで彼の血脈が効いてくるんです。。

いくら人間の未来を、文明人の未来を憂えたとはいえ、ゴーギャンはいきなり観光地として宣伝されていたタヒチに出かけたわけではないのです。

彼自身の血の中に流れていたペルー人の、、自然の生活を愛している、インカ文明の匂いを知っている血が、、「今のヨーロッパの文明とは違う自然の楽園」を求めた。

そして、それがどこかと、一生懸命探し当てようとしました。

そして、最初に行ったのが、彼が昔住んでいたペルーのあたりでした。

ちょうど当時パナマ運河を造るかどうかという最中で、日雇い人夫を大量に必要としていたので、そういう労働に一時携わっていました。


そしてその後、南米カリブ海の島々に行きました。

カリブ海は、確かに楽園でした。

これはすごい楽園だ、と彼も感じて、そこに住んでもいいとは思ったんですが、一つ足りないところがある。

やはり圧倒的な自然のパワーがない。

天国みたいなんだけれど、「神」の感覚を呼び起こすような圧倒的な自然がない。



もっとすごい大自然の楽園があるんじゃないか?と考えた時に残るのが、南太平洋の島々だったのです。

彼は南米の楽園では物足りなくなって、南太平洋の島々に渡り、有名な「ノアノア」という本を書きました。

その本によると、まさに都会の憂鬱から癒されたいと思ったアーティストが、都会にいろいろなものを全部置いて、奥さんや子供まで置いて、タヒチに乗り込んで行きました。

そして現地でタヒチの女性と暮らしながら、少しずつ癒されていくプロセスが書いてあります。

・・・

wikipedia「ノアノア」より

タイトルの「ノアノア」とは、タヒチ語で「かぐわしい香り」を意味する形容詞「noanoa」という語である。

タヒチでの妻テウラ(初期のゴーギャンのモデル)との愛の日々や、現地の漁業、宗教的儀式、神と自然とダイレクトに触れ合う体験を、ゴーギャンは、絵画として描くと同時に、随想に書き起こしたのが本書である。

ゴーギャンは、1891年4月、42歳のとき、フランス領タヒチに移住、1893年に一度フランス本土のパリに戻るが、1895年にはふたたびタヒチに移住、1901年にマルキーズ諸島に移住、1903年に同地で55歳で死去した。

本書は、最初のタヒチ滞在での日々をパリで執筆したものであり、パリでの1901年の初版出版時には、ゴーギャンはマルキーズにいたことになる。

・・・


そこで彼が何を学んだかというと、星や海、あるいは山の力がどんなにすごいもので、それが「神」という形でどう表現され、

人間は地上で死ぬと天上界へ行き、また次の新しい地上に行くという、南アメリカや南太平洋の人々の信仰がどんなに心をなぐさめてくれるかということでした。

後に19世紀末くらいになると、ゴーギャンのような人々、アーティストと称する人々が来て、自然や熱帯や楽園はファッションなんだ、このファッションを身に着けて暮らしましょうと、島の生活に精神的な変容をもたらしてしまいました。

そういうアーティストが入ってきた島々で、一つだけ良かったことは、どこも新しい民族芸術が生み出されたことでしょう。

一番有名なのはバリ島ですね。

バリ島に1920年代からヨーロッパのアーティストがどんどん入ってくることによって、ケチャダンスのような新しいタイプの民族舞踏や民族音楽が生まれました。

しかしそれが元からあった民話や風俗全般に非常に大きな修正を迫ったのも事実ですが。


      (引用ここまで・写真(下)はゴーギャン作「マリアよ、私はあなたに挨拶する」)

               *****

ゴーギャンが南太平洋に神の香りを嗅ぎつけた、という、荒俣氏の考えには同感します。

なにしろ、なにか資料を探そうと思っても、南太平洋というエリアは観光案内くらいしかありません。

歴史の本も、芸術の本も、なかなかありません。


ブログ内関連記事

「ゲートウェイとしての国境という発想・・ボーダーツーリズムの試み」

「アースマインド」(1)・・この地球はわたしの体」(2)あり

「地球は6度目の絶滅の時を迎えている・・温暖化のゆくえ」

「脱原発の展望とニューエイジ(1)・・原子力は人類を滅亡させる」(3)まであり

「先住民の知恵は白人にうばわれる・・河合隼雄のナバホへの旅(5)」(6)まであり

「タイの人々と学び合う・・紀子さま父の実践、18年目に」

「氷河とアメリカ大陸」

「南米大陸の古代文明・・14000年前の人々」

「アフリカ・オセアニア」カテゴリー全般
「環境(ガイア)」カテゴリー全般
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ダ―ヴィンは地球の息吹に触れ... | トップ | 「海を渡った神ビラコチャ」... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

アフリカ・オセアニア」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。