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福禄寿は、星の仙人たちである・・七福神の由来(3)

2017-02-22 | 日本の不思議(現代)



七福神について、さらに「日本人と福の神」という本を読んでみました。

「福禄寿」と「寿老人」について書いてあるところをご紹介させていただきます。

いろいろな本を読んでみましたが、一番興味深いと思い、選びました。

古代中国文化は奥が深く、ミステリアスな魅力に富んでいます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


             *****

             (引用ここから)

「福禄寿・寿老人」

「南極老人星」への信仰

七福神の中の「福禄寿」と「寿老人」は、ともに「南極老人星」を神格化したものである。

そのために、しばしばその間に混乱が見られる。

「寿老人」と「福禄寿」の説明には錯綜した説明が展開しており、そのため、両者の間には明白な区別がみられない。

「南極老人星」は、中国の占星術では寿命をつかさどる星とされており、それゆえ「寿星」、「寿老人」などとも言われる。

「南極老人星」が見える時は、天下は太平に治まり、国主や人民の寿命も安泰であるが、

この星が見えない時は、国家に戦乱が続き、国主や人民にも危機が迫ってくると信じられた。


このような思想ないし信仰は古くからあり、中国最初の通史、紀元前91年頃に完成した司馬遷の「史記」に、

「地平線近くに「南極老人」という大きな星があり、この星が現れた時は天下太平である」と記されている。

我が国においても、すでに平安初期には「老人星」が現れると人々も長寿になるという思想が認められる。

ただ、中国も日本も北半球に位置しているので、「老人星」はわずかに、春分の夕方と秋分の明けた頃の南の地平線付近に現れるのみである。


この「南極老人星」は、宋代の頃になると、人格神化するのである。

たとえば1056年~1063年、「南極老人星」が「道士」の姿に化身して市井に現れた、との伝説がある。

この「道士」とは、「道教」の経典を読んだり儀礼を執り行ったりする宗教者のことである。

また、宋代の1086年~1093年に、老人星が一人の老人に化身して現れた、とも言う。


この伝説は、魔訶阿頼耶著「日本七福神伝」や山本亮著「七福神考」に引用されている。

この伝記によると、

宋の元祐の頃、都に背丈がわずか3尺ばかりの一人の老人がいた。

その老人の頭は、胴体と同じ位長かった、とあるから、長頭に短体ということになる。

目は優美で、豊かなあごひげを生やしていたとあり、また質素な衣服を着て、占いを楽しみながら、町をあちこち歩き、金銭が手に入ると、それで酒を買って飲み、頭を叩きながら、「自分は人の寿命を支配する聖人なり」と語ったという。


「寿命を支配する聖人」といえば、ただちに「寿老人」と思われるが、ここには「老人星の化身」と記されているだけであって、「寿老人」とも「福禄寿」とも記していないのである。


「七福神考」には、次のように言う。

「寿老人」は、その形、端正にして、仙老の像であり、「福禄寿」は「長頭短体」にして、最も異相なり」と記してある。

そうすると、一老人は「福禄寿」ということになる。


それでは、「福禄寿」とは、どのような神なのか?

「福禄寿」の「福」は、幸福を意味しており、その幸福も様々あるが、とりわけ家庭の幸福であり、

さらには子孫繁栄までも含んでいる。

次の「禄」は「俸禄」である。

これは官に仕える者に支給される手当のことで、したがって、「禄」には「富貴」の概念も見られ、これを広義に解釈すれば、「財産があって身分の高いこと」と言える。

最後の「寿」は「寿命」である。

「寿命」がいつまでも続くように、という願いが込められている。

このように「福禄寿」は、人間の三大願望といわれる「幸運・富貴・長寿」のことであり、これを換言すれば、したがってきわめて現世利益的である。


しかし「福禄寿」に対する信仰は、決して低俗なものでない。

「福禄寿とは、福人、禄人、寿人の三人を合わせ描ける名なり」と述べられている。

ここに言う「人」とは、「神仙」という意味である。

「神仙(仙人)」は、道教が理想とする人間像であり、よって、「福禄寿」は三つの徳を兼備する、「神仙の中の神仙」なのである。


それでは、「福」「禄」「寿」を授かるには、どうすればよいのか?

その方法や手段を知りたいものである、と、多くの人々はその尊像を守り、その前に酒肴を供えて饗応し、経典を唱えて祈っている。

また「福禄寿」の護符を受けて「肌守り」としている人々もいる。

このようにすれば「福禄寿」を授かり、豊かで楽しい幸福な生活に恵まれると信じている。


ところで、中国の道教では、もう一つの考え方がある。

それは、宗教的、道徳的行為を実践すれば、「福・禄・寿」に恵まれるという考えである。

そのためには、「罪過を告白しながら心身を清めること」、つまり一種の「懺悔法」をするのである。

また、祭壇を設けて祈ることであり、主として「天神」の祭祀が目的となる。


中国の古代では、「天神」と言えばほとんどが「星辰」であり、「福禄寿」の場合は言うまでもなく、「南極老人星」である。


そして、善行を修めて功徳を積み、悪行をなさず、罪過を避けることである。

このように、日常の暮らしの中で心がけることにより、「福・禄・寿」に恵まれるとしている。

さらに「善行」を積んだ家には、良い報いが訪れ、それが子々孫々にまで及んで、多くの人々が幸福になるというのである。

ここには、中国道教の深い幸福観が述べられている。

ややもすると、「福禄寿」に対する信仰は、ひいては「七福神信仰」は、民衆の卑俗な現世利益と片づけてしまいがちである。

しかし、これらの信仰は、深い宗教的・道徳的行為、ないし実践に支えられているのである。


中国人、詳しく言えば「漢民族」は、春節(旧正月)になると、各家で「福禄寿三星図」をかけ、その前に種々の供物を捧げ、「今年こそは「福・禄・寿」に恵まれますように」と祈願をする。

「福禄寿三星」は、「福星」、「禄星」、「寿星」の総称であり、「三福神」とも言っている。

「三星図」は、文字通り「三星」を「三人」に擬人化して描いたものである。



台湾を訪れた時、何種類かの「三星図」を見る機会に恵まれた。

その中で印象に残った一枚は、画面に向かって中央に、ドジョウ髭を生やした天官が威儀を正して立ち、

右側に同じようにドジョウ髭を生やした天官が嬰児を抱いて立ち、

左側に、長頭で白い顎鬚を生やした老人が杖をついて立つ、という図柄であった。

この「三星図」は「年賀」としても人気があり、新年になると「福禄寿に恵まれますように」と願って、戸口に張る風習もある。

台湾で某氏に受けた説明によると、中央が「福星」、右側が「禄星」、左側が「寿星」であるという。

いかにも明快な説明であるが、いささか納得がいかない。

中央の天官が嬰児を抱く図もあり、よく見ていると、それは抱くというよりは、今にも手渡そうとしているようでもある。

また嬰児が手を伸ばしている図もあり、さらに、背後に嬰児の母と思われる高貴な女性が立っている図もあり、その部分に視点を置くと、一つの聖家族のようにも思われる。

杖を突いて立つ老人の杖には、ヒョウタンあるいは巻物が結びつけてある。

また杖の先端が鹿の頭で飾ってあったりする。

「七福神考」によると、この巻物には、人々の寿命の長短を記してあるのだという。

       (引用ここまで・写真(下)は同書より。台湾の「福禄寿三星」の絵)

        *****

韓国の大企業「サムソン」株式会社の「サムソン」も、「三星」の韓国語読みだということを知りました。

明星ラーメン、みたいな感じでしょうか?


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