須藤徹の「渚のことば」

湘南大磯の柔らかい風と光の中に醸される
渚の人(須藤徹)の静謐な珠玉エッセイ集。

ガラスの気持ち text 54

2006-02-22 23:50:39 | text
と題された井東 泉さんのガラス展が、神奈川県藤沢市のキテーネ(JR辻堂駅下車)で2月21日から開催された。(同月23日まで。)私は中日の2月22日に行って、アートスペースのすべてのガラス作品を鑑賞。柔らかい色彩が、穏やかな盛り上がりを見せるガラス面に彩色されていて、たいそう好ましかった。

井東 泉さんは、「ぶるうまりん俳句会」の会員であると同時に、ガラス工芸作家としてのキャリアをもつ。数年前に平塚市から大磯町に引っ越されて以来、月一回大磯町立図書館で行われる「ぶるうまりん」の句会にも熱心に参加されている。

<体内の水傾けてガラス切る>の拙作をもつ私(須藤 徹)も、昔からガラス素材の作品に、おおいに関心を寄せており、その意味で今回の個展は、ひじょうにタイムリーであった。井東 泉さんのガラス作品は、俳句と同様、高原を吹き抜ける「風」を思わせるような繊細さが横溢していた。

作品展のタイトル<Turn Over>は「転換」という意味だ。「ガラスの気持ち」に「転換」した中に、井東 泉さんの作家的個性が、ぞんぶんに輝いた一瞬だった。

東京吸血鬼眠らない闇   井東 泉   
秋刀魚焼き声つぶれてもカルバドス  同 
(「ぶるうまりん」3号より)

  


コンラッド・メイリと鎌倉 text 53

2006-02-22 00:50:47 | text
スイス人画家コンラッド・メイリ(1895~1969)の展覧会が、2006年2月14日から同月19日まで、鎌倉の生涯学習センター内のギャラリーで行われた。彼はエコール・ド・パリを代表する印象派の画家で、日仏の混血妻、キク・ヤマタとともに、戦中戦後の過酷な日本に身を寄せた人だ。鎌倉の長谷の日本家屋に住み、自ら絵を描くとともに、日本人の画学生に、西洋画の本質を教えた。また、高浜虚子の弟子となり、俳句を創作したことでも有名。

昨年(2005年)2月26日(土)に、現代俳句協会青年部の勉強会で、「俳句における異文化理解とは何か─コンラッド・メイリとキク・ヤマタ」のタイトルで、四ッ谷龍氏が、貴重な報告を行い、私(須藤 徹)は、そのとき強い印象を受けたのだった。私が会場に行った日、そこでたまたま多彩な活躍をされるふなこし・ゆりさんと出会い、少しお話をした。彼女は、コンラッド・メイリと弟子の少女との交流を描いたノンフィクションを、2004年12月にポプラ社から刊行した。

会場には、コンラッド・メイリの絵画作品や俳句のパネルや写真など約40点の資料が並べられ、私はじっくりそれらを鑑賞した。メイリの絵画作品は、彼の死後ほとんどが散逸してしまっているそうだから、本展覧会は、その意味で貴重なもの。

栓ぬけば故国の秋の香りかな   コンラッド・メイリ



俳句という迷宮 text 52

2006-02-08 00:37:07 | text
立春(2月4日)が過ぎたが、とても寒い。冬かなり温暖な大磯だけれど、2月に入って雪が2回も降ったのだ。しかし空から注ぐ日の光りは、春への助走をどことなく思わせる。私は昔から冷たい中に、明るくも柔らかい2月の日差しがとても好きなのである。

立春や床屋の椅子にトロンボーン   須藤 徹

アメリカのスタンフォード大学院に在籍するT.U君(哲学専攻)から私(須藤 徹)宛てにメールが入り、ブログ「渚のことば」にホルヘ・ルイス・ボルヘスのハイクが紹介されていたが、そのほかのハイクがあれば、ぜひ教えて欲しいという。内田園生氏の『世界に広がる俳句』(角川書店/1500円+税)には、ボルヘスの俳句が4句紹介されている。

闇深し在るものは只香りのみ
遠き震え声夜鶯は知らず君を慰めていることを
月の下伸びゆく影は唯一つ
軒下の鏡月のみ映すなり(既出/「渚のことば」text 42)

現実と非現実の境界に炙り出される「迷宮」の俳句は、やはり彼の幾多の小説群を彷彿とさせる。このハイクは1981年にボルヘスが上梓した『ラ・シラフ』(命数)の中の「十七のハイク」におさめられているそうだ。

写真は『伝奇集』(岩波文庫版)カバー表紙のホルヘ・ルイス・ボルヘス。