苦節4年・・・。
◆3年前:雪の量少なし。凍結あまりなし。
もともと雪道をドリドリさせながら走らせる事は得意な気がしていて、
雪のラリーだったらめっちゃ僕いけるんじゃないか?
世界の人にも・・・もしかして勝ってしまうんじゃないか???
と思いっきり勘違いして思いっきり返り討ちにあいました。
◆2年前:雪の量めっちゃ少なし。凍結多し。
前年の反省を活かし「スタックしないぞーーー!!!」
と心に誓って出たところ、
スタックこそしませんでしたが、
タイム的にも、何にも目を見張るものがありませんでした。
いやいやどうやったら凍結路であんなタイムが出せるのよ、と。
◆1年前:雪の量そこそこ。凍結とても多し。
前年の反省を活かし、
たまご入り様より教えてもらった「雪壁の使い方」
社長様より教えてもらった「姿勢作りの心得」
うりぼう様より教えてもらった「高速コーナーの攻め方」
をしっかりと心に刻み意気込んで出たところ、
ラジエター液が凍って立ち往生・・・出走順が最下位に。
その後、ほぼ毎SSで様々なスタック車をかわして、
最終的に出走順を10番手くらいあげた気がします。
そうですね、ラリーでなく、レースをやった気がした2011年。
◆今年:雪の量ベストコンディション!凍結の危険性は過去最強・・・
前年の反省を活かし、
ラジエター液が凍結しないようにクーラント濃度を高めました(笑)
雪練もたくさん行きました。プレオで行きました。
凍結路、圧雪路、フカフカの雪、など、いろんな雪質を走りました。
あとよく某峠で軽トラの兄ちゃんとバトルし、メンタルを鍛えました(笑)
準備はヒラギモータース代表が去年の11月くらい?から開始。
SS JIROという、関西の自動車部員がよくお世話になっている
ラリーショップにて組み上げられたロールバーと、
ご存じだと思います、TAKUMI CRAFTという
ラリーショップにて溶接補強されたGC8に、
ノーマルエンジンと14年前のコンピューターを組み合わせ(笑)
ミッションはカーツのクロス、足回りは
ヒラギモータース代表がヤフーオークションで集めた部品でセットアップ。
ブレーキはもちろんCLブレーキ。そんなインプレッサsti ver.3。
インプレッサsti ver.3 は僕がラリーに興味をもつ
キッカケを作ってくれた車なので、めっちゃくちゃ感慨深かったです。
年初からは僕やイツキ君も参加し、車内のラリー化、
補機類の取り付け、など色々と行い、1月中旬には車検取得。
そしてここらへんでナビゲーターがようやく決定。
頼りになるナビが全員参加不可・・・というピンチも実はありました。
いよいよシェイクダウン。
敢えてこの時、感想をブログにはアップしませんでしたが、
実は、ビッッッッックリするくらいに感動していました。
今まで、雪を「走れる」車に乗ったことはありましたが、
雪を「攻めれる」車には乗ったことがありませんでした。
こんな「攻める」コントロールが可能な車があるのかと、感動しました。
なので、ひょっっっっっとしたらマジでこの車は「行く」んじゃないか、
と思った・・・けど、いやいやいや勘違いの可能性もあるので
落ち着け落ち着け・・・とその思い気持ちを封印。
そしてナビとの最初で最後の合わせ&最終練習。
ナビとの合わせは、一回でもう合格!だったのでその一回で終了。
手ごたえがありました。
その後に、世界の人も「あいつは上手い、センスもある、けどバカだ(笑)」
と認めるマクリン大地氏の横乗りで勉強。
世界の人も認めるマクリン大地氏は、雪走りも世界レベルでした。
ただしその後マクリン号は世界レベルの走りに耐え切れずエンジンブロー。
マクリン号のエンジン様、僕が横乗りするまで耐えていてくれてありがとう。
(そんなマクリンはSS1の1、4、8コーナーで刺さりデイリタイヤしました)
その後もヒラギモータース号は小改良を続け・・・そして、
最後の最後、出発の1時間前にして、ようやく最後の部品である
F1と同じように光るシフトタイミングインジケーターが装着されました。
うぉぉぉ住宅街で真夜中に7000回転まで上げてセッティングするのか・・・
と覚悟しましたが、プログラマーのヒカル君は
手動でシフトタイミングを設定するプログラムを組んでくれていました。
ありがとおかげで試合中もちょくちょくイジって調節できました。
視認性は・・・抜群!!!さすがはF1と同じ光り方・・・。
よしこれでオールOK!!で猛吹雪の中・・・いよいよ出陣・・・。
到着、レキ、車検を無事にこなして迎えたSS1・・・
SS1リザルト
うぉぉおおおおおーーーーー!!!!!!!!
なんじゃあこのタイムは!!!!
やっぱりあの時の印象は正しかったんだ、と思うと同時に、
僕の気持ちはさらに高まっていきました。
その後はGENKIくんや、たまご入り親方と、
気持ちは全日本ラリー、で散々バトルをして、真剣に走って、
最後の最後で、親方の意地を見せつけられ、
順位は総合3位となりました。

↑パルクフェルメ解除後の写真
なんか、とてもかっこよく見えますね!
まあそんなわけで苦節4年、ようやく表彰台に立つことができました。
協力してくれた皆様、本当にありがとうございました。
特にヒラギモータース代表様とイツキ様、
ありがとうございました。
今回のことも全日本ラリーの方へしっかりとフィードバックし、
より、いい戦いができるよ