matasaburo3の散歩日記

日本各地を旅しながら、日本の四季を撮ります。
又、世界各地の街を巡りながらの印象記やあれこれ。

清澄庭園~深川芭蕉庵

2017-03-30 08:38:04 | 東京散歩



 (アンズの花)

 清澄

 3月中旬、清澄白河駅で降りて
清澄庭園へ行きました。



明治13年(1880年)、三菱創始者
の岩崎弥太郎が造園しました。



広大な池には各地の名石が置かれ、池に
せり出すように数寄屋造りの涼亭が建っ
ています。



自由広場には寒緋桜が咲いていました。



この広場の一角に、古池の句碑がありま
す。

「古池や蛙飛びこむ水の音」


小名木川と隅田川が合流する辺りに、
深川芭蕉庵がありました。

大正時代、旧地が発見されると、芭蕉稲
荷が祀られました。



松尾芭蕉(1644-1694年)は、
伊賀国に生まれ、1675年(延宝3
年)から江戸日本橋に住み、1680年
(延宝8年)に深川に居を移しました。

魚問屋杉山杉風から草庵の提供を受け、
大阪で病没するまで、ここを本拠とし
て名吟の数々を残し、全国の旅に出まし
た。

芭蕉は「笠」を最小の「庵」と考え、
風雨から身を守るに、侘び住まいの
芭蕉庵も旅の笠も同じという思想を
抱き、旅の中に身を置く思考が強ま
ったともいわれています。



隅田川と小名木川の合流地には、芭蕉庵
史跡展望庭園があります。

1684年から85年には、東海道を西
へ向かい伊賀・大和・吉野・山城・美濃
・尾張・木曾・甲斐を廻り、「野ざらし
紀行」を著しました。

西行500回忌にあたる1689年(元
禄2年)3月27日、弟子の曾良を伴い
「おくのほそ道」の旅に出ました。

各地で多くの名句を詠み、多くの門人を
獲得しました。

約5か月600里(2400km)の旅
です。





清洲橋はドイツ・ケルン市に架けられた
ライン川の吊橋をモデルにしているそう
です。

「おくのほそ道」を完成させて、169
4年(元禄7年)芭蕉は息を引き取りま
す。

最後の句は

 「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
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1 コメント

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清澄庭園~ (ひろし爺1840)
2017-04-03 07:35:44
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