国鉄があった時代blog版

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国鉄時代の思い出、番外編 黒猫 旅に出る 第7話

2010-02-14 00:45:32 | 国鉄思いで夜話
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みなさん、こんばんは。
またまた2週間近く開いてしまいました。
趣味のサイト「国鉄があった時代」の更新を始めてしまうとついつい時間がたつのも忘れて夢中になってしまい結局ほかなにもできないという悪循環に陥っています。

最初は軽いつもりで始めたサイトでしたが気がつくとすでに10年近く携わっている上、年表部分だけでもデーターが膨大に成っていることに改めて驚いています。

最近では、鉄道の年表というよりも法令と世相の年表に成っているのでこれは困ったなぁと思案しているところです。
それに、他のコンテンツも殆ど更新できないし。
第一、更新してもどこが更新されたのかほとんど分からないですからね、私自身もどこ更新したのかなと思うとこ有りますからね。

こう言ったサイトはある程度適当が良いのでしょうね。

しかし、中途半端にすると今度は才人として値打ちがあるのかと自問自答してしまい、またまた条文参照などというとんでもないことをしている自分が居ます。
完全にオタクの世界ですね。苦笑

オタクといえば、10日の日に東京に研修で出かけたおリに時間があったので房総方面及び秋葉地区を散策してきました?

秋葉は、単に携帯を充電したかっただけなんですけどね。

さすが、おたくの聖地と呼ばれるだけあって大阪の日本橋よりもさらにパワーアップ
電気街というよりもオタク街という雰囲気の秋葉に違和感を感じながらも時計の針を30年以上前に戻したいと思います。

東京に向けて旅を続ける黒猫は、蒲郡の駅で珍しい電車を見つけて歓喜しました。
今から考えれば、かなりオタクですよね。苦笑
> 164だと。それも低窓。【鉄道に興味の無い方からすればなんのこととなりますよね。】153系改造の164-1が先頭についていたわけですから、お上りさんよろしく写真を撮影しまくるのでした。
>
蒲郡駅で見かけた先頭車は、153系改造のクハ164、ヘッドライトは原型の大型ではなくシールドビームに改造され、貫通扉のステンレスも塗装されていましたが、日頃153系も165系も見ないものですから、鉄道に興味が無いものにしてみれば意味が無いことなのでしょうが、鉄道ファンを自認する当時の少年にはこれらは大きな刺激だったのでしょう・・・たぶん。

蒲郡から豊橋までの経路はよく憶えていないのですが夕方には、豊橋駅に到着することができました。

豊橋駅はご存じの方も多いと思うのですが、名鉄との共用駅となっており、3番線のみ名古屋鉄道が利用する形になっています。

これは、飯田線が私鉄だった頃の名残で、現在も飯田線の一部が名鉄と共用になっています。

実は黒猫はここで大変感激をします。

昭和51年といえば、旧国と言われた電車は鉄道ファン風の言葉で言えば、「絶滅危惧種」と呼ばれる電車が一部に生息すると呼ばれた時代でした。

長らく旧型国電の宝庫、動態保存博物館と呼ばれた阪和線も新性能化が進み、悪玉菌と言われた京浜東北線の中古車が大量に入荷?し、昭和50年にはほぼ置き換わっていましたし、東海道本線筋も同様の状況でした。

そんな中で、時代に取り残されたようにほぼ全車旧型国電という聖地がここ飯田線だったのです。

特に注目すべきは、戦前に人々を驚かせた流電(現在の新快速電車のご先祖様)が老後を過ごされているとの情報を得ていたので会えるかどうかとワクワクしていたのです。

残念ながら、豊橋駅ではあえなかったのですが、せっかく来たのだからと豊川駅まで電車にのることにしました。

豊川稲荷の最寄り駅である豊川は、モルタル3階建ての駅舎だったのですが今は建て替えられて立派な駅舎になったようですね。

そこで、簡単に駅前などを撮影、帰路にやって来た電車は、なんとあのモハ52流電でした。

思わず奇声を?発しそうになるのをもうひとりの俺が無理やり止めて??
撮影のみ続行、そのまま車中の人となりました。

乗ったのは、モハ52だったと思うのですが乗り心地はというと・・・・

やはり旧型国電でした、お世辞にも乗り心地は快適とは言えず、微妙なビビリ振動がおしりを通じて体全体をヴァイブレーションしてくれます。
わずか8kmほどの道のりがやけに長く感じたのも事実です。

誕生からすでに40年、しっかりした作りの電車であるとはいえ、やはり旧型国電でした。
引退の時期が迫っていることを感じさせてくれる乗り心地だったおは少し残念に思いながらも貴重な体験でした。

今は、JR西日本吹田工場に当時の姿に復元【正確には完全に当時のオリジナルではないけれど】されているほか、JR東海も晩年の姿で保存していたようなので今でもその姿を見ることはできますが、と書いて念のために調べてみると、JR東海も塗装を中心に当時の塗装に変更しているようなので中途半端な印象を与えますが、あの時に乗ったことが今もいい思い出として残っていますね。

さて、そんなこんなで豊橋駅に向けて動き出した流電ですが。

この後に起こる猫の悲劇はだれも知らないのでした。

この続きはまた後ほど。

本日は、太田裕美 さらばシベリア鉄道などチョイスしてみました。


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小説
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