国鉄があった時代blog版

 国鉄当時を知る方に是非思い出話など教えていただければと思っています。
 国会審議議事録を掲載中です。

参議員-運輸委員会-2号 昭和五十五年十月十六日 第九話

2016-09-28 14:59:04 | 国鉄関連_国会審議
みなさまこんにちは、毎度固い内容で恐縮ですが、参議院運輸委員会からのお話を抜き出して書かせていただこうと思います。
今回も元広島鉄道管理局長、江島氏の質問からですが。地方交通線対策として道路整備がセットにおなっているのか否かと言う点で質問されています。
「地交線をどうするかというふうなことだと思いますが、その辺の対策として、先ほども私がしばしば申し上げておりますが、まずやはり道路等の整備をやって、そして地方住民の足が奪われないようにする、そういうことの不安感を除くということがこの地方交通線対策として一番必要なんじゃなかろうか。地方では、私たちがいろいろ見開きしておりますと、非常にその辺の、交通量は少ないけれども、地方の住民にとっては必要な足だということになっておるわけです。」
この辺は、非常に重要な視点だと思いますし、昨今の場合これに加えて道路整備だけではなく、沿線の住民の高齢化に伴う自動車自体を運転できない人の対策をどうするのかという視点も出てくると思うのです。
ただ、現状でもそうですが、本当に必要な道路整備よりも整備新幹線であるとか、高速道路の整備ばかりに目が行ってしまって結果的に地方の疲弊を招いていることがあまり注目されていないように思われます。

さらに、次の問題は現在のJR北海道を考えるうえで非常に重要かと思うのですが北海道は沖縄同様にかつては「北海道開発庁」(2001年1月6日までが在りました、現在は北海道開発庁は国土交通省北海道局として、省内の一部局)により北海道の一言開発がなされてきたわけですが、JR北海道は思い切って再度国土交通省の現業機関として戻したうえで、北海道の観光開発等と一元化していかないとJRとして形式上は株式会社にして置くことはむしろ北海道地方をさらに疲弊させる結果にならないかと思うのですがいかがでしょうか。
以下は、江島氏の質問(昭和54年ですから32年前の質問となりますが、こうした問題が未だ解決されずに残っているのが問題ではないかと思うのです。)
「今度の地交線などは非常に北海道は多いということで、北海道関係の皆さんからの要望事項が非常にあります。たとえば北海道では北海道開発庁がございまして、年間に七千億という巨大な投資がしてあって、北海道開発のために国が投資しておるということからしますと、先ほどのいろいろな総合交通政策とすれば、その七千億のうちからも、鉄道の整備だとかあるいは鉄道を維持していくための金ということなどが当然あって、それが国家的な見地じゃないかと思うんですけれども、そういう点に関して恐らく実際的にはなかなかタブー視されておって進んでおらないのじゃないかと思うんですが、そういうことに関してどういうふうになっているのか、」

ということで、現在の地方交通線の問題等は実は30年ほど前から何ら解決されないまま先送りになって来たのではないかと思われて仕方がありません。
何らかの改革をするのは痛みを伴うことは十分承知ですが、やはり考えていくべき問題ではないかと思います。


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*****************************以下は、審議録の内容となります。****************************************

○江島淳君 それから二番目に、「公的助成等」という項がございます。そして、いろいろ書いてありますが、たとえば今度御審議に係ってくる再建法案などでも、一番大きくなるのがたとえば地交線をどうするかというふうなことだと思いますが、その辺の対策として、先ほども私がしばしば申し上げておりますが、まずやはり道路等の整備をやって、そして地方住民の足が奪われないようにする、そういうことの不安感を除くということがこの地方交通線対策として一番必要なんじゃなかろうか。地方では、私たちがいろいろ見開きしておりますと、非常にその辺の、交通量は少ないけれども、地方の住民にとっては必要な足だということになっておるわけです。
 ですから、それの代替として、これを見ますと、道路の整備もするんだとかいうことがありますけれども、実際に具体的に建設省なんかと、たとえば地交線対策として特別に予算を、これだけの金を見るぞと、これだけの項を設けると、そういうふうなことを具体的に決めないと、なかなか地方に落としても、建設省に行ってもあるいは県に行っても、その辺の道路整備の金は、そんなものありませんと言われるのが落ちじゃないかと思うんですが、その辺のことを具体的にもうちょっと詰めていく必要があるんじゃないかと思いますが、それが実際に建設省とそういうふうなことが進んでおるのかどうかということが一点。
 それと、たとえば今度の地交線などは非常に北海道は多いということで、北海道関係の皆さんからの要望事項が非常にあります。たとえば北海道では北海道開発庁がございまして、年間に七千億という巨大な投資がしてあって、北海道開発のために国が投資しておるということからしますと、先ほどのいろいろな総合交通政策とすれば、その七千億のうちからも、鉄道の整備だとかあるいは鉄道を維持していくための金ということなどが当然あって、それが国家的な見地じゃないかと思うんですけれども、そういう点に関して恐らく実際的にはなかなかタブー視されておって進んでおらないのじゃないかと思うんですが、そういうことに関してどういうふうになっているのか、そういう具体的なことをもうちょっと詰めていただかないといけないのじゃないかという感じがするんでありますが、それに対していかがでございましょうか。
 たとえばいろいろな自治省とか建設省との話し合いを具体的に詰めていきませんと、ここには非常にきれいなことが書いてありますけれども、本当にどれだけのものが実っておるかと。たとえばけさテレビで見ておりましたら、山地局長がきのうの衆議院の運輸委員会でいろいろ言われたことに対して、もうすでにあれは大蔵省の方で反発しておるとかいうふうなことのコメントをきのうのテレビでも言っておりましたけれども、そういうふうなことをもう少し具体的に詰めていかないと、この辺、実際に進んでいくのが非常にむずかしいのじゃないかと思いますが、それに対して。
○政府委員(山地進君) まず最初の地方交通線対策で、関連道路の整備等で建設省等他省といろいろ相談をしながらやっていかなきゃいけないのじゃないか、そういうことについてどうだというお尋ねでございます。この閣議了解そのものは御承知のとおり閣議で決定したものでございまして、その中に、「国鉄地方交通線の転換に伴い、関連道路の整備を図る等所要の措置を講ずる」というのが建設省も含めた各省の合意事項でございます。ただし、建設省と、おっしゃるように具体的に個々の地方交通線の問題を議論するときには、さらに細かいお話し合いということがぜひ必要になるわけでございまして、かねてから、この法案を出す前から道路局の方とはいろいろと事あるごとにお話をして、私どもの方の国鉄の窮状をお助けいただくようにひとつ御配慮いただきたいという観点から話を進めているわけでございます。
 それから二番目に、北海道の問題を全般的に考えるべきであろうというお話でございまして、北海道開発それから交通等の整備に関しまして、北海道開発計画等で北海道開発庁がお進めいただいているわけでございますが、この地方交通線対策の実施に当たりまして、北海道のローカル線問題というのがほかの地域から比べて非常に大きな問題であるということは私どもも十分認識しているわけでございまして、これをどういうふうな形で政令等で処理していくのか。地方交通線対策を進めるに当たりましては、廃止、転換の基準等は政令で定めることに私ども考えておるわけでございますが、政令をつくる段階においてこれまた閣議で決定するわけでございますので、関係各省と十分協議しながらその点について実施をして図っていきたい、かように考えております。
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餘部橋梁物語、その後 第3話

2016-09-28 14:02:05 | 妄想小説?
皆さまこんにちは、本日も少しだけ更新させていただきます。
さて、前回はちらっと見かけた女将が親しげに話している男性といるのを見てしょ気てしまった猫尾ですが、どんな展開になるのでしょうか。
実は私も想像がつきませんというか、気の向くままに書いてみたいと思います。

> 気の毒な猫尾、仕事も手につかずで親方に怒られてばかり。
> さてさて、その後はどうなるのでしょうか?
>
猫尾にしてみれば、まさかの展開にちょっとパニックになっていました。
まさか、まさか・・・。

女将のことを思う気持ちが強かっただけに、その反動も大きなものだったのでしょう。
完全に手が止まっています、

おい、「猫」この仕事は急ぎなんだから・・・猫尾をせっつく親方の声が聞こえても生返事

「はい、・・・お、女将もう一杯」

これには親方も呆れて、

「猫尾、何が女将だ、今日中に目標達成しなかったら残りの区画は猫一人でしてもらうぞ。」

親方の怒鳴り声が響いたものですから、他の職人も手を止めて猫尾の方を一斉に見ます。

 「す、すみません。親方」

「お前朝からちょっと変だぞ、・・・。」

現場は餘部鉄橋から少し離れたところでの荒れ地の整地作業でしたので汽車の通る音が聞こえます。
時刻はちょうど昼頃でしょうか、2本目の餘部駅に停車するディゼルカーが鎧の方から走ってきて今まさに駅に停車しようとしているところでした。

一緒に仕事していた猫尾の同僚が、「俺たちが作った駅だよなぁ」と呟きます。

親方も、「そうさな、俺たちが作った駅だ、途中からガキも手伝いに来たけどな。」
「あの時は、大変だったなぁ、猫に殆ど最後は任せたけどちゃんとやっていたじゃないか。」

「おっと、ちょうど昼だなぁ。残りの仕事は昼からするか。」
そう言って親方は周りを見渡すのでした。

誰にも異論はありません。

更に親方は、「おお、そうだ、今日は女将のところで一杯やるか。」

「今日は、俺のおごりだ」

そう言うと親方は猫尾にも声をかけるのでした。

「猫、お前も行くよな。」

有無を言わさない親方の迫力に、思わず「はい」と言ってしまう猫尾

「よし、そうと決まったら飯食って休憩したら、夕方までに個々の現場片付けるからみんな頑張ってくれよ。」

そういって、親方早速弁当を広げて食べ始めるのでした。

親方の手前、「はい」と言ったものの猫尾の気持ちは複雑でした。
女将の傍にいた男は誰なんだろう・・・。

聞いてみたい気もするし、そんな勇気もないし・・・。
しかし、夜は一緒に女将の店に行くと言う

聞いてみたい気持ちと、失恋した気持ちが猫尾の中で揺れ動いています。
そんなこと思っていると、猫尾の同僚の職人の、武井が声をかけたのでした。

「猫、お前女将にホの字だろう」

 「何言ってるんだ、お、お、俺は、お、お、女将のことなんかこれっぽちも思っちゃいねぇ。」

顔を真っ赤にして否定するものですからもうバレバレなんですけど、それでも必死に否定する姿に苦笑しながらも、

「そうか、それじゃ俺もちょんがーだから女将に言い寄ってみるかな。」

それを聞いて猫尾は、顔を真っ赤にしながら、

「お、お、女将には、だ、だ、旦那がいるんだ・・・。」

そう言ったきり黙ってしまいました。
それには、武井も驚いて、その話は本当か?
武井も聞き返すのでした。

猫尾は少し元気なく、「うん、そうみたいだ。」

そういったきり黙り込んでしまいました。

そうか、それじゃ今日は女将に直接聞いてみるか。
そう言って、武井は笑うとタバコをふかすのでした。

さて、さて猫尾としては昼からの仕事は、時間までに終える事が出来たのですが、女将の店に行くことを考えると少しだけ憂鬱な気分になるのでした。
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餘部橋梁物語、その後 第2話

2016-09-27 07:19:28 | 妄想小説?
皆様こんにちは、今日も懲りずに更新させていただきます。
餘部橋梁物語、今回はどのような展開になるのでしょうか。
早速始めていきたいと思います、

> いつもはすれ違いばかりの二人ですが、今回は神様がちょっとした悪戯を仕掛けたようです。



香美町香住観光協会餘部橋梁の歴史から参照
一番列車はファーンというじゃ間間延びしたような汽笛を鳴らすとでエンジンの音を少しづつ大きくしながら走り去っていくのでした。
今まではただ走り去るのを橋の下から見るだけだった住民にしてみればそれは驚きでしかありませんでした。

猫尾は実は、この日は別の現場で作業だったのですが、少しだけ時間があったので駅に一番列車を見に来たのですが少し家を出るのが遅れたものですから、ホームには多くの人があふれ、仕方なく駅の上り口付近で様子を見ていたのでした。

列車は猫尾が見ている前を通り過ぎてやがてエンジン音が高くなり、やがて小さな音になったので走り去ったことは何となくわかりました。
そして、地元の人も三々五々と小さな猫の額のようなホームから階段を通じて降りてくるのが見えます。
足腰が弱いのか、先ほど旦那さんの写真を抱えていたお婆さん、恐る恐る階段を下りてきます。
そのためという訳ではないでしょうけど、狭いホームはまだまだ混雑したままです、でも誰も文句を言う人はいません。
だって、今までの苦労から比べたらどれほど楽で、どれほど安全になったかをみんな知っているのですから。
多分、このお婆ちゃんが一番それを感じているのではないでしょうか。

実際、駅のホームに列車が滑り込んだ時お婆ちゃんは目頭を押さえながら。「あんた、汽車がやって来たよ。あんたと一緒に、温泉でも行きたかったね。・・・。」

それを聞いていた周りの人もついぞ貰い涙で・・・。

だから、帰りがけお婆ちゃんがゆっくりゆっくり歩いているのを見ても誰も文句は言わないのでした。

そんな住民が少しづつ降りて来る中に猫尾は女将の姿を見つけたのでした、

「おーい、女将・・・」と言いかけて猫尾は隣に親しく話している男性がいることに気付きました。
あの男は?
見かけない顔だが、・・・それにしてもやけに親しくしているなぁ。

猫尾にしてみれば気が気ではないのですが・・・こうしたことには奥手な猫尾。

気になりながらも、声をかけることも出来ず…ちょうどその同じころ女将も猫尾に気付いて、
「猫尾さん」と声をかけたのですが、

猫尾は気付かないままスタスタと歩いて近くに止めてあった自転車に飛び乗ると現場に向かって走っていったのでした。

猫尾はペダルを漕ぎながら、誰なんだろうか・・・あの横で親しげに話していた男は・・。
女将の旦那がシベリアの抑留から帰って来たのだろうか・・それとも・・・猫尾の妄想は広がるばかりです。

気の毒な猫尾、仕事も手につかずで親方に怒られてばかり。
さてさて、その後はどうなるのでしょうか?

気になりますか?
でも、その続きは次回までのお楽しみといたしましょう。

画像は、浜坂町に観光協会様のHPから引用です。
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和歌山発紀伊行き

2016-09-26 00:13:37 | 国鉄思いで夜話
その昔、阪和線の和歌山方にも区間運転の列車が走っていました。
昭和50年頃までは走っていた記憶があるのですが、・・・・。
JRになってからも、一時期走ったみたいですけどね。

昭和50年当時の阪和線の運転をみてみますと。

快速2本、区間快速2本、これに特急・急行が1本づつ和歌山まで来ていました。
区間快速は、鳳から向こうは各駅停車になるため、和歌山から天王寺に向かう場合は早く行きたい場合は特急か急行に、それでも快速は当時は55分運転でしたので快速を使っても急行に乗ってもさほど時間がかからなかったので殆どは急行に乗らずに快速に乗っていました。

なお、快速電車当時は、和歌山・紀伊中ノ島・和泉砂川・熊取・和泉府中・鳳・堺市しか停車せず、日根野も東岸和田も通過でした。

昭和50年頃では紀伊中ノ島も停車していました。
阪和電鉄時代からの和歌山線連絡の名残だったのですが、その後は朝夕のラッシュ時に停車する以外は原則通過となり昭和61年のダイヤ改正では東岸和田駅が快速停車駅に追加されることとなりました。

さて、前置きが長くなってしまいましたが。

朝夕のラッシュ時には、紀伊駅までの区間列車が走っていたのです。
私が覚えているのは、クハ76を先頭にした4連の70系電車がその区間列車に充当されていたことでしょうか。

当時の阪和線は、前面サボを付けて走って走っており。
快速電車が赤い地のタイプ、区間快速は鶯色が使われていました。

それにたいし、区間列車は白地に駅名を書く方式であったと思います。


白い看板なので余計に目立つわけです。
当時の快速電車は、和泉砂川まで停車しませんから、快速が出てすぐ位に発車する普通電車はある意味重宝されていたと思います。

今では、和歌山から日根野間は紀州路快速しか走っておらず、1時間に4本の普通電車が走る反面、昔ながらの快速電車が走っていないので、急ぐ場合は特急を利用しないといけないというジレンマに陥っています。

せめて、昔の新快速並みとは言いませんが、快速列車を復活して紀州路快速以外に普通の快速で60分程度で運転してもらいたいなぁと思ってしまいますね。

取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメールまたはメッセージ、コメントにてお待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era
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餘部橋梁物語、その後

2016-09-25 11:27:04 | 妄想小説?
餘部橋梁物語、その後

久々に、妄想小説なるものを書き始めてみたいと思います。
今回のお話は、以前に連載させていただいた餘部橋梁物語の猫尾と女将の物語です。

まぁ、鉄道とはかけ離れたお話ですが、出来るだけ鉄分を加えながら書いてみたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

昭和34年4月16日、1通の少年が知事に出した手紙が発端で餘部橋梁横に念願の駅が出来ました。
行き違いも出来ない、小さな小さなホームだけど地元の人にしてみれば待ちに待った駅でした。
当日は、住民が総出で日の丸の小旗を持って列車が来るのを待っていました。
停車する列車はディゼルエンジンを積んだ気動車と呼ばれる列車のみであり、1日上下合わせて6本しか停車しない・・・それでも地元の人にとっては集落から列車に乗れると言うことはとてもありがたいことだったのです。
あるお婆さんは、朝の3時に家を出て一番列車が到着する到着するのを待ったと言っていました。
実はこのおばぁちゃんも、若い頃にご主人を亡くしておりその後は女手一つで子供を育ててきたと言っており、駅がなかったことによる犠牲者の一人だったのです、お婆さんは両手で旦那さんの写真をもっていました。決して大きな写真ではありませんが、今日の開通の様子を旦那さんに見せてあげたかったのでしょう。
万感の思いを込めて多くの人が集まっていました、そこには知事に手紙を書いた鈴木君の姿や、ガキ大将の二郎の姿もありました。

二郎は、俺たちが駅を作ったんだと少し鼻高々です。

そして、猫尾が懇意にしている飲み屋の女将も日の丸の小旗を持って、列車の到着を今か今かと待っているのでした。
その横には・・・、あれ?
猫尾ではありませんね、男の人が立っていますが・・・ちょっとこれはどうしたことでしょうか。
女将は猫尾に見切りをつけて新しい男性と新しい人生を歩み始めたのでしょうか?

いえいえ、それではお話がこれで終わってしまいますよね。
実は、この男性は女将のいとこで、駅に列車が初めてやってくると言うので鉄道とやらを見に来たのでした。
だって、彼の住む集落には鉄道はおろか未だに電気も届いていなかったのですから。
夜はランプで暮らす、そんな生活をしていたのです。
ちょっと信じられないかもしれませんが、昭和40年代前半頃までは田舎ではまだランプを使っている集落もあったのです。

いとこの名前は孝(たかし)といいました。
孝にしてみれば電気があって箱から音楽が聞こえてくることに驚きを禁じ得ませんでした。

「浩ちゃん(女将の名前は浩子なのですが、孝はむかしから浩ちゃんと呼ぶのでした。)、この箱は何なの、声がするけど。」

 「ああ、それはラジオというのよ。」

女将にしてみれば当たり前のものでも、孝にしてみればすべてが初めてです。
そんな孝ですから、迷子になっては大変と思って、女将が孝と一緒に列車を待っていたのです。

やがて餘部の橋梁のほうから音がして列車が近づいてくるのが判ります。
今まででしたら、ただただ見送るだけの汽車、それがいよいよ新しくできたこの餘部駅に停車するのです。
住民の期待はいやがうえにも高まってくるのでした。

先ほどのお婆ちゃんは写真を両手で握ったままじっと列車が来るのを今か今かと待ち受けています。
また、あるお婆ちゃんは手を合わせて「ありがたい・ありがたい」と呪文のように何度も何度も呟いています。
Img036
時刻は7:41 鎧方面から餘部橋梁を渡って来た列車は村人たちが待ち受ける中で静かに滑り込み停車したのでした。
歓迎式典は昼に到着する列車で行われる予定ですので特に歓迎行事もなく少しだけの地元の人を乗せて浜坂に向かって出発していくのでした。

軽いタイフォンの音ともに出発したキハ10形気動車は走り去っていったのでした。


お終い・・・

じゃないって。  これから始まりなの。

というわけで、女将と猫尾の物語いよいよ始まりでございます。

いつもはすれ違いばかりの二人ですが、今回は神様がちょっとした悪戯を仕掛けたようです。
その辺のお話は、また来週以降にさせていただこうと思います。(^^♪
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参議員-運輸委員会-2号 昭和五十五年十月十六日 第八話

2016-09-22 13:19:16 | 国鉄関連_国会審議
すみません、2週間以上も開けてしまいましたが、再開させていただきますのでしばしおつきあいくださいませ。

> 体質改善、つまり国鉄の再建を図らなきゃならぬと、こう思うている次第です。
と言う塩川大臣の答弁を受けて、下記のような発言をしています。
これに関しては、国鉄再建を実施してもらいたいとお願いするととともに、「ひが目じゃございませんが、いままで感じておったのは、非常に道路関係、建設省関係の方が、先ほどのお話にございましたように財源を持っておるということで強いので、ぜひ閣議においても建設大臣関係に負けないようにその辺の正しい総合交通ができるようにいろいろお願いしたいと思うわけでございます。」

まぁ、この辺は国鉄が運輸省の外局ひいては国有鉄道として公社化したことへの流れの中で、国鉄こそ「運輸行政の本流である」という意識があったことも影響しているかもしれません。
高速道路が開通しだした昭和40年代前半からお互いの対抗心から道路偏重の施策が取られて行ったのではないかと考えており、その結果が特定道路財源であり、道路偏政策に繋がっていったと思われます。

さらに。同じく下記の点に関しても質問しています。
当時の運輸省の中では、本気で国鉄に対して何とかしようという意識は低かったのではないでしょうか。
そこから出た質問が、下記の内容であると思います。

> 「運輸政策の推進にあたっては、各交通機関の特性を生かした効率的な交通体系の形成を図る観点から、国鉄の有する特性も十分に発揮しうるよう配慮しつつ、具体的施策を講じて行くこととする。」と書いてありますけれども、この「具体的施策」ということに関しては何らそれ以上のコメントがないんですが、

ただ、これに対する答弁が正直かなりしょぼいというか、取りあえず埋め合わせ的に書いた感じなんでしょうね。
> 運賃政策の問題が一つございます。それから、基本的な設備投資の問題がございます。それからさらに、トラックの過積み規制等いろいろ競争条件の整備の問題、それらのものを総合的に運輸政策上の配慮と私どもとしては考えているわけでございます。

本来であれば、長距離輸送のトラックから鉄道輸送へのシフトとか、仮にそれで物流コストが上がったとしても鉄道輸送のシェアが改善して全体のエネルギー消費が抑えられたりすれば全体としてはコストダウンにつながったと思うのですが、当時の答弁ではそうしたところへの配慮等を見ることができません。

まぁ、これが当時の運輸省のたいしつといえるかもしれません。



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○江島淳君 大臣のおっしゃるとおりでありまして、そういうふうにぜひお願いしたいと思うわけでございます。
 特に、私が、ひが目じゃございませんが、いままで感じておったのは、非常に道路関係、建設省関係の方が、先ほどのお話にございましたように財源を持っておるということで強いので、ぜひ閣議においても建設大臣関係に負けないようにその辺の正しい総合交通ができるようにいろいろお願いしたいと思うわけでございます。
 それから、先ほどの総務審議官からの話でも、幹線輸送ではいいけれども、いろいろ末端においてさらに経費がかかるというお話がございましたが、もちろん物流ですからドア・ツー・ドアの一貫した輸送が必要なのでありますから、それができるような鉄道にしなくちゃならぬ。そのためには金も要るということでありまして、そういうことで必要な金をどっちに向けたらいいかということを検討していただかなくちゃならぬと思うわけでありますから、よろしくお願いしたいと思います。
 それから、これも総合交通政策に関することでございますが、去年の十二月の二十九日に閣議了解事項が出ております。その中で、いろいろ拝見しておりますと、鉄道の再建のために経営改善措置ということだとかございますが、「行財政上の措置」という項がございまして、そこでは、「運輸政策の推進にあたっては、各交通機関の特性を生かした効率的な交通体系の形成を図る観点から、国鉄の有する特性も十分に発揮しうるよう配慮しつつ、具体的施策を講じて行くこととする。」と書いてありますけれども、この「具体的施策」ということに関しては何らそれ以上のコメントがないんですが、たとえばどういうことを考えておられるのか、お聞きしたいと思います。
○政府委員(山地進君) いまいろいろ御議論がございましたように、運賃政策の問題が一つございます。それから、基本的な設備投資の問題がございます。それからさらに、トラックの過積み規制等いろいろ競争条件の整備の問題、それらのものを総合的に運輸政策上の配慮と私どもとしては考えているわけでございます。
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国鉄があった頃、昔の思い出編・・・和歌山駅とポンパ号

2016-09-15 23:28:48 | 国鉄思いで夜話
和歌山駅と言うと若い人はJR和歌山駅を思い浮かべると思いますが、私が子供の頃は和歌山駅と言えば今の紀和駅でした。
今でこそ、高架に小さなホームだけの駅になってしまいましたが、当時は1面2線+中線もあるる立派な駅で、駅構内には客車区・保線区などもありました。
また、和歌山線も基本は和歌山市まで直通していたので、当時は和歌山駅よりも和歌山市駅の方が賑やかだったのです。

また、現在の和歌山駅は当時は東和歌山と名乗っていました。
丁度、新幹線開業前の西鹿児島と鹿児島のようなイメージですね。
西鹿児島の方が発展しているのに、鹿児島と名乗らないみたいな。

さて、その東和歌山駅ですが、ちょうど近鉄の和歌山駅舎寄りが阪和線専用のホームになっていました。
そして、その横が貨物ヤードになっていたのです。
今はホテルグランビア和歌山の建っている辺りから駐車場付近は全て貨物扱いの駅となっていました。

貨物駅はその後、現在はビックホエールが建っている付近に貨車区とともに移転してしまいました。

その後はどのような経緯で開発されていったのかちょっと記憶が曖昧なんですけど、昭和45年頃はまだまだ整地が進んでおらず、ここでポンパ号の展示が行われたと記憶しています。

ポンパ号と言っても何のことかと思われるかもしれませんが、当時日立が作っていたカラーテレビ「キドカラー」の宣伝の為の専用車両で、蒸気機関車+5両の客車で編成された列車で日本中を巡回しました。

車内には、カラーテレビや洗濯機なども展示されていたように思います。
私も、親にねだって並んで乗った記憶があります。

Wikipediaを参照しますと、当時の編成が書かれていました。


1号車:C1191(日立製作所製。無火回送扱いのため、別途牽引機関車を配した。)
2号車:オハユニ6172(電源車)
3号車:オハ612028(ポンパの森と称した、カラーテレビの色の組み合わせ原理などを展示)
4号車:オハ612068(カラーテレビの製造工程のパネル展示やテレビを使ったゲーム等を展示)
5号車:オハ61562(ディスカバージャパンコーナーとして鉄道模型や日本の風景をカラースライドショーで紹介)
6号車:オハユニ6174(日立家電品の展示)

2号車から6号車までは国鉄60系客車。

私自身は、小学校4年生の頃なんですけど、一緒に行った記憶はあるのですが、中々どんな内容だったか思い出せないのですが・・・皆さんはこのポンパ号覚えていますか?

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参議員-運輸委員会-2号 昭和五十五年十月十六日 第七話

2016-09-08 23:57:15 | 国鉄関連_国会審議
すみません、また2週間ほど開けてしまいましたが、今回も私なりに自分なりに考えをまとめてみました。

運輸大臣官房総務審議官 石月 昭二氏の答弁から始まるのですが、個人的な感想を述べさせていただくと、官僚の回答があまりにも形式的な形でしかないなぁと感じてしまうのです。

現在は運転手の不足で話題に上るトラック輸送ですが、当時はまだまだ深刻な問題ではなかったようで、トラック輸送の方が鉄道よりも有利でしょうと言うことを回答しているのですが、実際に当時の国鉄貨物輸送を見ていますと、コンテナ輸送は順調にその扱いを増やす半面、車扱い貨物(いわゆる昔ながらの貨物列車)は、その性格から表定速度が4km/hなどと言われていました。
拠点間を直通で結ぶ地域間急行貨物列車などを組成したりして、少しでもヤードを経由しないようにしたり、ヤード自体を近代化して少しでもヤードの滞留時間を減らす工夫などが行われましたが、いくら拠点間を高速で結んでも、両端の部分でトラックに頼らざるを得ず、そう考えた場合にトータルコストではトラックの方が安くなるので事業者はトラックを使うのではないのかという指摘がなされています。

実際に当時の国鉄の貨物輸送ではその指摘は外れているとは言えないわけで、59年には鉄道開業当初から行われてきたヤード系輸送が全面的に廃止されていくわけですが、JRになる際に一番その処遇に困ったのが貨物であり、JR貨物ならぬ、JRお荷物と揶揄されたわけです。

国鉄ローカル線に関しては、一定の基準を設けて国鉄から切り離す。(地方鉄道として再生させるかバス化)という手法が取られました。
その反面、物流を担う貨物については流石に全面的に鉄道以外に丸投げするわけにもいかず、現在のように旅客鉄道などの線路を借りて走る第2種鉄道事業という形態が生まれてきたわけです。

最後に、塩川運輸大臣の答弁がなされているのですが、国鉄は今後も基幹的な交通機関として役立つと思うが現状では、「病める巨象」問う言葉で表現しています。
まぁ、この辺の言い回しの上手さは、塩川大臣独特のものかと思います。



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*********************以下は、本文となります。*******************************

○政府委員(石月昭二君) 先生御指摘のように、現在の交通行政は、運輸省、建設省、警察庁というような各省に所管がまたがっております。したがいまして、総合性に欠けるという問題につきましては、そういう点もあろうかと思います。しかしながら、私どもこれから運輸政策審議会で議論いたします場合には、単に運輸省所管の交通施設だけではございませんで、道路も含めまして、たとえばその道路のコスト、それからエネルギー消費、それから要すれば需要量と道路コストというような関係も含めまして、各交通機関にわたりまして、施設整備のあり方、それから優先性、優劣というようなものについても議論をしていくつもりでございます。そういう意味におきまして、道路の問題もこの際十分に議論していきたいと思っておるわけでございます。
 それから、第二東名のことにつきましては、私も新聞で承知しておるところでございますが、一つには、やはり道路投資の方が進んで、鉄道の整備がおくれるという先生の御指摘かと思いますけれども、この点につきましては、道路の方の財源調達システムというものが非常にうまくできておると申しますか、鉄道の方で、そういう資金の調達システムというものが、非常に調達が困難になっておるというような事情が一つあろうかと思います。この点につきましては、そういう問題も踏まえまして、私ども過去に資金調達のための特会というようなものも要求してまいったわけでございますが、諸般の事情でこれが実現できなかったということは先生御承知のところだと思います。
 また、道路と鉄道の優劣の問題でございますけれども、これにつきましては、やはり鉄道の場合には、端末でどうしても自動車輸送を必要とする、小運送を必要とするというような問題もあり、それから現在の輸送機関選択の場合の荷主の選択基準というものが、トータルコストで物を考える。やはり幹線上の輸送コストだけでなくて、たとえばその端末輸送、さらには保管に要する費用というようなことも踏まえて輸送機関を選択する。したがって、幹線輸送が安くとも、大量に鉄道で輸送される場合には、それを保管する必要がある。
 そういうような場合には、やはり若干高くともトラック輸送を使った方がトータルコストで安いというような、いろいろ荷主サイドの事情というものもあろうかと思いますので、この点につきましては、鉄道の輸送がそういう荷主の需要に対応するような、たとえばコンテナ輸送であるとか、機動性に富み、なおかつ小ロットの輸送が可能であるような輸送であるとか、そういう形で、鉄道の側でサービスの改善その他の努力をしていかなければならないと考えておりますし、そのような努力が現に行われているというように理解しているところでございます。

○国務大臣(塩川正十郎君) いま江島さんのお尋ねになっているのは、総合交通政策の中で鉄道というものをどう位置づけていくのかという、この問題をめぐりましてのいろいろと御質問があったわけでございますが、私は将来にわたる鉄道というものは、必ず、依然として国の基幹交通機関として維持発展していくものだと思うております。
 それは現在でもエネルギー事情が相当複雑、かつ非常に困難な状態になってきておりますが、さらにこれから進んでまいりますと、石油エネルギー使用に対する相当な経済的、社会的な制約というものが加わってくると思う。その場合に、やはり大量輸送としての交通機関、つまり鉄道というものが必ず見直されるときがあると思うております。したがって、どのように位置づけるかということの質問の中で、先ほど総務審議官が申しておりますように、鉄道としての特性というものがあるわけでございますから、これを十分発揮するような方向に投資なりあるいは管理形態というものを持っていくこと自体がこれからの鉄道のあり方にふさわしいものになってくる、こう思うておるのであります。
 したがって、現在国鉄、この国鉄は、いわば病める巨象のような形になっておりますけれども、これの体質を一回改善をいたしまして、非常な体力を回復したときにその特性を発揮し得るような、つまり先ほど説明しておりましたように、大都市間を結ぶいわば基幹鉄道としての旅客であれ貨物であれ、それを受け入れられる体制をとっていくということができるならば、私はこれは省エネルギーの観点から言い、また国民経済の観点から言い、やっぱりそういうことが望まれておると私は思うのであります。そのためにも何としても体質改善、つまり国鉄の再建を図らなきゃならぬと、こう思うている次第です。
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冬の風物詩、紀文号

2016-08-28 23:03:00 | 国鉄思いで夜話
みかん列車 紀文号

和歌山と言えば、果実の生産量が多く梅・桃・柿・みかんといった果物が年中取れることで有名ですが、とりわけ「有田ミカン」は昔から有名で毎年11月頃から12月にかけて全国に出荷されています。
今は、殆どがトラックで輸送されていますが、その昔高速道路がない時は、すべて鉄道に依存していました。

湯浅と金屋口を結んでいた有田鉄道はみかん輸送のために建設された鉄道であり、元々は湯浅港まで続いていました。

紀勢本線が延伸してからは藤並駅を設けて接続を図るなどしていましたが、昭和19年に並行する藤並から湯浅港間は不要不急路線ということで撤去され、昭和25年にその救済と言う名目で湯浅まで一部列車が乗り入れる形となりました。
この乗入は紀勢本線が電化されたのちも続けられ、キハ58の単行が湯浅駅まで乗り入れたりしたものでした。

私が小学校の頃には、紀文号が出発する初日は間違いなくニュースで流れていたものでした。
当時の出発は宮原もしくは、箕島駅からだったようで、箕島始発が紀文号、宮原始発が紀州号となっているようです。

昭和34年紀文号

もちろん有田鉄道の沿線の選果場から積み込まれたミカンなども宮原で連結したのでしょうね。
当時は田村のミカンよりも宮原のミカンが有田ミカンの本場と言われましたけど、最近では田村のミカンがブランド化していますね。

昭和34年当時の天鉄局の写真を見ると、宮原発が紀文号となっているようです。
晩年は箕島始発が紀文号になっているようですが。

ちょっとだけ懐かしいので思い出を書いてみました。
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男はつらいよ名場面  第26作 国鉄職員の誌

2016-08-28 12:12:06 | 国鉄思いで夜話
ちょっと異色ですが・・・こんな場面もあったのですね。
国鉄職員の当時の苦労が偲ばれます。

男はつらいよ名場面  第26作 国鉄職員の誌


https://www.tora-san.jp/movie/26/
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参議員-運輸委員会-2号 昭和五十五年十月十六日 第六話

2016-08-27 16:41:33 | 国鉄関連_国会審議
皆様こんにちは、2週間ほどまた、開けてしまいました。
出来るだけ毎日更新をしたいのですが、中々そうもいかないよ言う状況で申し訳ございません。
さて、今回も江島参議院議員の質問がなのですが、元広島鉄道管理局長と言うこともあり、鉄道に対する質問は中々鋭いと言いますか、「道路に有って鉄道に無いもの」について厳しく指摘しております。
ここに見て行きますと、
「具体的にこれだけの金が地交線対策として道路側にもとってあるのだよというふうなことがないと、個々に、建設省にしてもこれはむずかしいと思うのですよ。」
ということで、建設省(現・国土交通省)による地方の道路対策費用を明記させるように求めています。

更に、国鉄の経営改善措置と言う再建に関する事項で、非常に注目的な質問をしています。
すなわち、工事は出来るだけしないでおけと謳っていることに対して、総合交通体系の構築と言う観点から、質問をぶつけています。
「工事規模については、極力これを圧縮することとし、当面、現状程度の規模に抑制する。」というふうに書いてあります。
これに対して、国鉄の工事が総合交通体系を考えれば戦略的に「十年先の交通はどうなるかというときのための投資も」という視点から考えるべきではないのかと言う正論を述べられております。

さらに、国鉄が国民の足であるべきためにも、この発言は注目すべきことかなと思っています。
特に、国土軸を考えた時、民営化自体も拙速では無かったのか・・・歴史にIFはなく、これは現在進行形の問題である以上この辺は改めて議論すべき問題だと言えましょう。

「十年先の投資、そのときでもやはり国民の本当の健全な足である鉄道であるための投資ということが非常に抑制されるんじゃないかと思うわけであります。私が言うまでもなく、過去と現在と未来、これを常に考えて行うのが本当の再建じゃないかと思いますから、その点で余り現在にとらわれ過ぎて、過去のこととか、あるいは未来のための投資ということが抑えられるんじゃないかと思います。」

更に今回は、質問が続くのですが次の質問です。
道路にしろ、空港にしろ財源がある。(関西空港の場合は民間資本の空港として建設されたという経緯がありますが)鉄道だけが昔の非常に独占的な輸送機関であったことのそのままで、そういう財源がない。・・・現状では地方鉄道に関しては助成金と言う形で補助金を出せるようになっていますが、JRの場合はその規模が大きいこと、地域独占であるという理由から引き続きそうした補助金は出ないのが現状です。
道路の場合は、かっては道路特定財源から、現在は一般財源化されていますがそうしたところから復旧費用が賄われることを考えると、大きな矛盾と言わざるを得ません。
JR東日本が被災した只見線を復旧したがらない背景にはそうした問題を抱えているわけで、そうした意味では三江線を律儀に復旧させたて来たなぁと思うのです。

運輸大臣官房総務審議官 石月 昭二氏がそれに対して回答しているのですが、車の利用が急速ぬ増えており、その対策を考えていく必要もあり、・・・云々と言う形での回答に終始されています。

ただ、こうした問題の先送りが結果的には、地方におけるストロー効果などが顕著になってきているのではないでしょうか。
むしろ、この時期にきちんとした交通体系が考えていたらまた違った展開が図れたのではないかと思ってしまうのは私だけでしょうか。



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****************以下は、国会審議の議事録の再掲になります。*************

○江島淳君 それは御苦心のほどはわかるんですが、要は、やっぱり具体的にこれだけの金が地交線対策として道路側にもとってあるのだよというふうなことがないと、個々に、建設省にしてもこれはむずかしいと思うのですよ。ですから、やっぱり私は、建設省でもそういうことにすればおわかりになるのじゃないかと思うので、特段の御努力で、そういうふうな具体的にこれは地交線対策用のアイテムなんだというふうなことはできるようにしていただくことが一番緊要じゃないかと思いますので、よろしくお願いしたいと思うわけであります。
 それから、やはりいまのこの閣議了解事項のところに関連してなんですが、「国鉄の経営改善措置」というところの四項のところで、「工事規模」というのがありますね。そして、「工事規模については、極力これを圧縮することとし、当面、現状程度の規模に抑制する。」というふうに書いてあります。しかし、私は先ほどからも総合交通体系のことでいろいろ議論しておるわけですけれども、この再建のために、むだな投資はもちろん必要じゃありませんけれども、次の、十年先の交通はどうなるかというときのための投資も、こういうふうなことによって非常に抑制されるのじゃないか。これはやはりいまの時点ではいいかもしらぬけれども、十年先の投資、そのときでもやはり国民の本当の健全な足である鉄道であるための投資ということが非常に抑制されるんじゃないかと思うわけであります。私が言うまでもなく、過去と現在と未来、これを常に考えて行うのが本当の再建じゃないかと思いますから、その点で余り現在にとらわれ過ぎて、過去のこととか、あるいは未来のための投資ということが抑えられるんじゃないかと思います。
 それで、先ほどから、建設省の方は道路財源があるということでありますけれども、私が一番感じておりましたのは、いままでは空港にしてもあるいは港にしても、あるいは道路にしても、皆それぞれ特会があってそして財源がある。ところが鉄道だけが昔の非常に独占的な輸送機関であったことのそのままで、そういう財源がない。そして利子のついたお金を借りなくちゃいけない。その利子が非常に積もり積もっておるというのが国鉄の経営を圧迫しておる大きな原因じゃないかと思うんです。
 ですから、やはりそういうためにはほかの競争機関とイコールフッティングまで持っていってやる。インフラ論議になりますけれども。そうしてイコールフッティングにしておいて、ここまではほかの競争機関と同じである、これから先は国鉄はほかと競争しなさい、そして競争して、さらに負けるならこれは国鉄の職員の幹部を含めた経営努力が足りないんだということでいいと思うんですけれども、現実的にはそうじゃなくて、国鉄にはそういう利子のついた金だけしかないということであると思うんです。
 そういう意味において、先ほどもちょっとお話ございましたが、去年まで出しておられた陸上特会ですね、それが、何かそういうふうなものがないと、現実的に非常に国鉄の将来のためにも投資面においても無理がくるんじゃなかろうかという感じがいたします。ことしはそういうことは出しておられないようですけれども、陸上特会というものを今後どういうふうに考えておられるのか。これからもそういうイコールフッティングな論議をするためにもそういうものは必要じゃないかと私は思うんですが、それに対していかがでございましようか。
○政府委員(石月昭二君) 陸上公共輸送整備特別会計というものを運輸省といたしまして昭和五十四年度予算、五十五年度予算の策定に際しまして要求をいたしましたけれども、諸般の情勢でこれができなかったということは事実でございます。私どもといたしましては、先ほどから先生の御指摘がございますような、最近のエネルギーとか環境とか交通空間とかというような制約条件がますます強まっております現実を考慮いたしますと、陸上公共輸送の維持、整備を強化する、それで国民の皆さんに豊かなモビリティーを与え、豊かな社会生活を確保するということはますます緊急性を増しているというぐあいに考えておるわけでございます。
 しかし、現実に自家用自動車輸送というものが非常に進展いたしまして、現実の都市におきましても地域におきましても相当な交通のシェアを占めているというのもまた事実でございます。しかし、また、自家用自動車がそれだけ進展したことによりまして、都市におきましては道路の混雑とかそれから環境問題とか公害問題とかというようなものをいろいろ惹起しておる。地方におきましても自家用自動車が非常に便利に使われておりますが、一方そのために自家用自動車を利用できない老人とか主婦とか子供というような方々が非常にお困りになっておるという点もございます。
 したがいまして、都市におきましても大量公共交通輸送機関というものを整備する、地方におきましても必要な公共輸送機関を維持、確保するということのためにもぜひ安定した財源が必要である。そういう観点から、今後とも安定した財源の確保というものにつきましては前向きに取り組んでいきたいと思っておるわけでございますが、以上のような問題を含めまして、長期的に総合的に将来の情勢を展望いたしまして、たとえば自家用自動車と公共交通輸送機関との分担関係をどのように考えたらいいのかというような問題を含めて運輸政策審議会にただいま諮問いたしておるところでございます。その結果を待ちまして、さらに今後の対策を強化していきたいというぐあいに考えている次第でございます。
 それから、先ほど先生からお話がございましたイコールフッティング的な問題というものも含めて考えるべきではないかという御指摘でございますけれども、確かに四十六年度の総合交通体系に関する答申の場合におきましては、やはりそういうイコールフッティング的な考えから国鉄が非常に不利な立場に置かれているんじゃないか。そのために国鉄というものが交通市場におきましてだんだんシェアを失っている結果を招いているという御議論が盛んにございまして、いろいろ勉強したわけでございますけれども、非常にむずかしい問題で、いわゆるハード論、施設の資金調達というものについてどれだけ利用者負担で行われているかという問題、それからいろいろな公共的な負担、たとえば制度的な負担、たとえば国鉄が政策等級というようなものを貨物の運賃においては取り入れている。その結果、農産物とか国民生活に必要な物資を安くするような制度をとらなきゃならぬとかというような、いろいろな制約条件がございまして、それから公共割引の問題とか、これらの問題、ソフトのイコールフッティング論、この両面があろうかと思います。
 まずソフトのイコールフッティングにつきましては徐々にこの点が改善されている。御承知のように、先回の運賃改定におきまして、貨物運賃は一律運賃になりまして等級制は全部廃止されましたし、その他公共負担についても今後のあり方等について目下関係省庁で検討されている状況でございます。そういう形でソフト面はだんだんよくなってきた。
 ハード面はどうかと申しますと、最近国鉄の経営が悪化いたしまして累積赤字が六兆円にも及ぶことは先生御承知のとおりでございますが、国鉄の赤字というものは、そういう国鉄の背負ったいろいろな歴史的な経緯もございますので、あながちその企業の経営の面からだけで論じられない面もございますけれども、現在の利用者負担、総投資額の中の利用者負担というようなものを計算いたしたものを、試算でございますけれども、たとえば五十五年度で見てみますと、国鉄の場合には六五・七%が利用者負担という形になっております。これに対しまして航空は五十五年度では九九・五%が利用者負担になっております。ほとんど利用者負担で航空の施設は賄われている。それから道路は七五・九%という形になっております。それから港湾が一二・五%という形で利用者負担が比較的少ないという数字になっておりまして、利用者負担が国鉄は非常に多いという形には現状では必ずしも言えない状態になっていることを御報告申し上げます。
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国鉄 旧武田尾駅から旧型客車

2016-08-19 08:35:59 | その他雑談
懐かしい画像がYoutubeでアップされていましたので、紹介させていただきます。

国鉄 旧武田尾駅から旧型客車


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消えた引き込み線 本州化学への鉄路

2016-08-15 23:46:18 | 国鉄思いで夜話
和歌山市にはオークワと言う地元のスーパーマーケットがありますが、実はその敷地を横切るように鉄道の引き込み線がその昔ありました。

今では、殆ど面影が残っていませんが、航空写真をみると何となくこの辺に鉄道がとおっていたのかなと思わせてくれます。

丁度、オークワ本部のビルがある向かい側に本州化学と言う工場があります。
ここに原料を運ぶ、もしくは製品を搬出するのでしょうね。1日2回ほど走っていたようです。
私が記憶しているのは、15時頃だったと思いますが、引き込み線から引き出されたタンク車が小さな機関車に引かれて和歌山操駅まで走っていくのが印象的でした。

本州化学

当時の国体道路は今と比べるとこの付近はまだまだ田畑も多く、広い道を遮るように大きな踏切が道路を遮るようになっていました。
バーではなく、上からロープが下りて来るイメージです。

現在沖斎場がある辺りを線路が横切っていました。

ただ、こうした引き込み線の列車は1日1本程度ですので、踏切信号機と呼ばれる信号機が踏切に設けられてありました。

引用元 http://law.jablaw.org/br_railroad

踏切信号があれば、一旦停止しなくてもよいのはご存じの通りだと思います。
私も、この引き込み線を走る列車は1階しか見たことが無いのですが、移動機ではなく、本州化学で保有している機関車だったような気がします。

今となっては、当時そんな線路があったことを示すのは、オークワ駐車場の一部にその痕跡を残すだけとなりました。


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元気な昭和のニッポン、昭和40年代の長距離急行列車~Express train

2016-08-14 14:15:37 | 国鉄思いで夜話
昔はこんな時代でしたね、駅で長時間待つのは当たり前、そんな時代でした。
そして、旧形客車冷房などもちろん無くて窓を開放にして・・・何も無かったけれどむしろ、人が支えあえるそんな時代でした。


元気な昭和のニッポン、昭和40年代の長距離急行列車~Express train
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参議員-運輸委員会-2号 昭和五十五年十月十六日 第五話

2016-08-14 12:11:51 | 国鉄関連_国会審議
しばらく開けてしまいましたが、久々に更新させていただきます。
ここで、地方交通線に関する問題として江島議員が質問されています。
「地交線」をどうするかということに対しては、闇雲に反対と言うことではなく、「道路等の整備をやって、そして地方住民の足が奪われないようにする、そういうことの不安感を除くということがこの地方交通線対策として一番必要なんじゃなかろうか。」と言う質問をされています。

そして、その後の秀銀難度の経緯を見ていますと、こうしたローカル線問題と言うのは地域の反対(自分は利用しないけれど、あると何かと便利だから的な発想ですね。)により一部地域では、ローカル線を鉄道で残しましたが、かなり厳しい経営を強いられていることは間違いないのではないでしょうか。
 その辺の話は今後の話として、ここで注目したいのは、下記のくだりです。

> 地交線などは非常に北海道は多いということで、北海道関係の皆さんからの要望事項が非常にあります。たとえば北海道では北海道開発庁がございまして、年間に七千億という巨大な投資がしてあって、北海道開発のために国が投資しておるということからしますと、先ほどのいろいろな総合交通政策とすれば、その七千億のうちからも、鉄道の整備だとかあるいは鉄道を維持していくための金ということなどが当然あって、それが国家的な見地じゃないかと思うんですけれども、そういう点に関して恐らく実際的にはなかなかタブー視されておって進んでおらないのじゃないかと思うんですが、そういうことに関してどういうふうになっているのか


少し長いですが引用させていただきました。
 ここからは、しばし個人的な私見を述べさせていただくのですが。
現在のJR北海道の現況を考えるとき、この会社は存続すること自体が難しい状況に置かれていると言えます。
 改めて北海道だけでも再国有化というか、(元々上場していないので実質的な国営会社ですが)北海道開発庁辺りが一体となって鉄道政策を行っていかないと言うのも一つの方策ではないかと言う気もするのです。
北海道の場合は本州地域と異なり、その特殊性から鉄道による冬季の高速輸送などは必要であり、特に貨物輸送の充実などを考えれば、新幹線による貨物輸送も含めた方策なども積極的に考えるべきではないでしょうか。

以上私見終わり

なお、それに対して山地進鉄道監督局長の見解として下記のように述べられています。

> 北海道のローカル線問題というのがほかの地域から比べて非常に大きな問題であるということは私どもも十分認識しているわけでございまして、これをどういうふうな形で政令等で処理していくのか。地方交通線対策を進めるに当たりましては、廃止、転換の基準等は政令で定めることに私ども考えておるわけでございますが、政令をつくる段階においてこれまた閣議で決定するわけでございますので、関係各省と十分協議しながらその点について実施をして図っていきたい、かように考えております。

同じく引用させていただいたのですが、最初の質問に関してはさほど目新しい内容は無く、また北海道に関しても「廃止、転換の基準等は政令で定めることに私ども考えておるわけでございます」と書かれていますが、これが後になって政令で定めるということで恣意的になるのではないかと色々物議を読んだと記憶しております。

結果的には、線区ごとの通過人員と言う形で整理が図られたのですが、北海道の場合はそれ故にかなり大幅な路線廃止、更に路線廃止による培養線の廃止もあって国鉄改革前の北海道と比べると路線網は大幅に減少することとなったのは皆様よくご存じのとおりかと思います。


昭和53年(1978年)国鉄の営業路線線


平成15年(2003年)JR北海道の営業路線

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以下は、国会審議の本文になります。

○江島淳君 それから二番目に、「公的助成等」という項がございます。そして、いろいろ書いてありますが、たとえば今度御審議に係ってくる再建法案などでも、一番大きくなるのがたとえば地交線をどうするかというふうなことだと思いますが、その辺の対策として、先ほども私がしばしば申し上げておりますが、まずやはり道路等の整備をやって、そして地方住民の足が奪われないようにする、そういうことの不安感を除くということがこの地方交通線対策として一番必要なんじゃなかろうか。地方では、私たちがいろいろ見開きしておりますと、非常にその辺の、交通量は少ないけれども、地方の住民にとっては必要な足だということになっておるわけです。
 ですから、それの代替として、これを見ますと、道路の整備もするんだとかいうことがありますけれども、実際に具体的に建設省なんかと、たとえば地交線対策として特別に予算を、これだけの金を見るぞと、これだけの項を設けると、そういうふうなことを具体的に決めないと、なかなか地方に落としても、建設省に行ってもあるいは県に行っても、その辺の道路整備の金は、そんなものありませんと言われるのが落ちじゃないかと思うんですが、その辺のことを具体的にもうちょっと詰めていく必要があるんじゃないかと思いますが、それが実際に建設省とそういうふうなことが進んでおるのかどうかということが一点。
 それと、たとえば今度の地交線などは非常に北海道は多いということで、北海道関係の皆さんからの要望事項が非常にあります。たとえば北海道では北海道開発庁がございまして、年間に七千億という巨大な投資がしてあって、北海道開発のために国が投資しておるということからしますと、先ほどのいろいろな総合交通政策とすれば、その七千億のうちからも、鉄道の整備だとかあるいは鉄道を維持していくための金ということなどが当然あって、それが国家的な見地じゃないかと思うんですけれども、そういう点に関して恐らく実際的にはなかなかタブー視されておって進んでおらないのじゃないかと思うんですが、そういうことに関してどういうふうになっているのか、そういう具体的なことをもうちょっと詰めていただかないといけないのじゃないかという感じがするんでありますが、それに対していかがでございましょうか。
 たとえばいろいろな自治省とか建設省との話し合いを具体的に詰めていきませんと、ここには非常にきれいなことが書いてありますけれども、本当にどれだけのものが実っておるかと。たとえばけさテレビで見ておりましたら、山地局長がきのうの衆議院の運輸委員会でいろいろ言われたことに対して、もうすでにあれは大蔵省の方で反発しておるとかいうふうなことのコメントをきのうのテレビでも言っておりましたけれども、そういうふうなことをもう少し具体的に詰めていかないと、この辺、実際に進んでいくのが非常にむずかしいのじゃないかと思いますが、それに対して。
○政府委員(山地進君) まず最初の地方交通線対策で、関連道路の整備等で建設省等他省といろいろ相談をしながらやっていかなきゃいけないのじゃないか、そういうことについてどうだというお尋ねでございます。この閣議了解そのものは御承知のとおり閣議で決定したものでございまして、その中に、「国鉄地方交通線の転換に伴い、関連道路の整備を図る等所要の措置を講ずる」というのが建設省も含めた各省の合意事項でございます。ただし、建設省と、おっしゃるように具体的に個々の地方交通線の問題を議論するときには、さらに細かいお話し合いということがぜひ必要になるわけでございまして、かねてから、この法案を出す前から道路局の方とはいろいろと事あるごとにお話をして、私どもの方の国鉄の窮状をお助けいただくようにひとつ御配慮いただきたいという観点から話を進めているわけでございます。
 それから二番目に、北海道の問題を全般的に考えるべきであろうというお話でございまして、北海道開発それから交通等の整備に関しまして、北海道開発計画等で北海道開発庁がお進めいただいているわけでございますが、この地方交通線対策の実施に当たりまして、北海道のローカル線問題というのがほかの地域から比べて非常に大きな問題であるということは私どもも十分認識しているわけでございまして、これをどういうふうな形で政令等で処理していくのか。地方交通線対策を進めるに当たりましては、廃止、転換の基準等は政令で定めることに私ども考えておるわけでございますが、政令をつくる段階においてこれまた閣議で決定するわけでございますので、関係各省と十分協議しながらその点について実施をして図っていきたい、かように考えております。
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