パンセ(みたいなものを目指して)

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日馬富士の報道について

2017年11月15日 08時13分23秒 | あれこれ考えること

へそ曲がりを自覚しているので、その名に恥じないつぶやき

少し違和感を感じるのが昨日今日の日馬富士の貴ノ岩への暴力事件の報道
詳しくは知らないし、報道の通りであったとしたら
良くない行為であったことには間違いないし反論のしようがない 

ところが、この反論のしようが無いことに乗じてマスコミは
まるで鬼の首をとったかのように、そして自分たちには彼を攻める権利が
あるかのように徹底的に叩く
それは芸能人の不倫騒動や例の豊田真由子氏の大声事件とそっくりだ

なにか、違うぞ、、、
それが偽らざる気持ち
反論のしようがない、、、でも、これって酒の席のことでもある
責任能力がある中で行われたことなのか(結果として被害届が出ているが)
日馬富士の味方をする気がないが、そこまで人格否定するまでいって良いのだろうか

バカだな、、酒に飲まれてしまって
だから気をつけなければいけないというのに、、
相手も相手、もう少し対応のしかたもあっただろうに
起きてしまった時間は取り戻せない、、、あーあ、、 
横綱の品格とか資格を考慮すると、こんな感じじゃとても許せないようだ

確かに怪我の状況は限度を超えているようだ
しかしなあ、それでもこの一方的に誰かを叩く
それ以外の報道(相手も悪かった)は出来づらいような雰囲気
これにはどこか息苦しさを感じてしまう 

このマスコミの同じ切り口の報道とか、
日本中が同じような考えに染まることを要求するような同調圧力 
これはちょいと恐い
表立って反論できないことに対して、思いっきり正論で徹底的に叩く
それは、どこか違っている、、と思えてならない
表立って反論できないその背後に、人って時にはそんな馬鹿なことをしてしまう存在だ
という視点が・想像力が欠けている
特別な人間ではなく、時と場合によって自分もしてしまうかもしれない
たまたま運良く自分はその場面に遭遇していないだけにすぎないのに、、

でも、こんな思いは簡単に無視されてしまうだろう
検討する価値もまったくないものとして、、

何かな、理屈の上ではそうなんだけど、、どこか違ってる
そんな気持ちを拭い去ることが出来ない
そこで思い出した言葉が「正しい人が恐い」
正論以外の答えを拒否するような社会、、、それは果たして住みやすい社会か
とつい考えてしまう 

 

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2 コメント

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Unknown (かりん)
2017-11-15 21:04:25
私も日馬富士が暴力をふるったのは事実のようなので、
何と言うことをするのだろう、この人は酒乱なのではと思っています。弁解はできません。でも、これで、正々堂々!?といじめられるぞという雰囲気にはまたですかとうんざりします。
これほど追求できますか?あのヒットラー云々と言った
麻生副総理や加計問題等の安倍首相に。
どこへ行くのでしょうか、この国は?
長いものに巻かれていれば平穏なのでしょうか?
あまりに悲観的でしょうか・・・
Unknown (腰痛持ち)
2017-11-16 09:18:00
なにか怒りを示す対象が違っているような気がしてなりません。
怒りの対象はもっと別のものにあるはずです。

でも、右に倣え!長いものに巻かれろ、、
今の世にはびこっているのはこの諺
人々が苦労して手にしたのがこの知恵(諺)がでは情けなさすぎます

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