パンセ(みたいなものを目指して)

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とりあえず復活、議会改革検討会議の傍聴

2017年05月18日 18時31分54秒 | 住民投票・市庁舎・リコール・市政

前回は根性なく途中リタイアした新城市の議会改革検討会議
今日(5/18)はちょっとした使命感と、議員さんに緊張感を持ってもらうために出かけた

しかし、これが長かった
始まったのは9時で終わったのは13時半過ぎ
途中で一度僅かな休憩を挟んだだけ

さすがにこれだけ長いと不機嫌になる議員さんもいた
後半の集中力は、大事な事が議論されているにもかかわらず
どこか投げやりな部分が見られたような気がしたが、
これは少しばかり仕方ないかもしれない
しかし肝心なことなら、時間とかスケジュール関係なく緻密な話し合いをすべきだったし
一気にその部分を検討する予定自体が甘かったのでは
(もう少し誰かさんの議事運営が上手なら時間短縮は出来たような気がしないでもない)

傍聴しているこちらの身もきつかったが、
あまりにもイライラを表に出しすぎる前回不謹慎な発言をした議員さんの態度は
少しばかり大人げないし、恥ずかしいといえるのでは!
(もうひとりイラツイている議員さんがいたが、それでも議論に関与しようとする気持ちは見られた)
※この二人は、分かる人にはわかると思いますが、、

この日の細かな内容は例のごとく白井市議のブログにアップされるだろうから
ここではお気楽な感想ということに

今回は議会条例の条文の訂正とか追加について
その4章部分(市民と議会の関係)で
いきなり条例を検討しても上手く進まないので
副委員長である白井市議がたたき台のような案をつくり
それを元に話し合うという形で進められることになった
当然、その白井案は事前にメンバーに配られて読んで各自検討されているべきと思われたが
どうもその宿題をやってきていない議員さんがいたようだ(傍聴席からはそう見えた)

ただ今日はあの討論内容がわかりにくいワークショップ形式ではなく
通常の討論形式で全体の内容が分かりやすかったのは良かった

4章の市民と議会の関係は、実は重要な問題で
時間が来たからとかあとが詰まっているからと言った感じで進められたくなかったが
市民の声を聞く機会としての議会報告会とか積極的な参加の意味合いでは市民議会、
市民懇談会などの議会モニター制度などが提案され、条文の書き込みの提案がなされた
しかし、ここでメンバーのこの会議というか議会基本条例の解釈についての共通認識が
それぞれ違っていることが感じ取れた
議会基本条例は基本であり目指す高みであり、細かなことまで書き込むことはそぐわない
というものと、敢えて書き込む事によって次の時代の議員さんにも、また市民にも
わかりやすいものとなる、、、という立場
これはどちらとも言い分があって、個人的にはそれほどこちらでなければ、、、
という思いはなかったが、もっと気になったのは「市民」という概念
概念という言葉が大げさなら「市民」という抽象的な存在に対する捉え方・考え方があまりにも
現実を反映していないのではないかという点

現在のように地方分権が進んできた社会では市民は議員お任せではなく
主体的に民主主義を推し進めていかなければならない
多くの市民が目覚めて関心をもって議員とが協力して政策提言をできるように
ならなければならない、、、
これがあるべき市民像のイメージとして(前提として)考えられている
しかし、最近のようにサラリーマン世帯が多くなっていると
以前の地域のコミュニティはその力を失い、必要な情報も(特に男性は)手にしづらくなる
その結果、地域に関する関心も残念ながら大きくない
その証拠が最近行われたばかりの「議会報告会」の傍聴者の数だ

正直、議会報告会にわざわざ関心をもって来た人は多くない
関心をもってもらうべきとか、関心を市民自身が持たねば、、、といくら声をあげたところで
市民自身がそのレベルに達していないのが現実だ
圧倒的な当事者意識(ATI)をもって市民が自らの問題として考えるには、
将来そうあるべきだとしても、とにかく現在はそれを望むべくもない

議員は地域・利益の代理ではなく、市民の代表として存在すべきだとはよく言われる
しかし、議会報告会などで出て来る意見を思うと、住民が議員さんに望んでいることは
地域の代理機能の要素がたくさんある
地域の人は議員さんに苦情や陳情を聞いてほしいし、解決して欲しいと思っている
確かにそれがすべてとは思わないが、このメンタリティが大きいのは事実で
だからこそ各地区で支援する議員さんが当たり前のように存在する

抽象的な「市民」
それを性善説をもって見るか、少し変わり者が存在する団体と見るか
理性的な存在と見るか、感情的な存在と見るか、
それら「市民」に対するイメージが議員さんの間で各自バラバラで
それぞれが自分のイメージする「市民」を前提に議論を進めるからどうしても
噛み合わないところが出てくる

正直なところ、この議会改革検討会議は
進むべき方向のプロの視点からの提案だけでなく、(Sさん勉強ぶりと真面目さはわかるけれど)
身にしみて感じている現実を見据えた認識のもとに進めないと、議員さんの間で
何かやってる、、、に過ぎないものとなってしまいそうな気がする

議会改革検討会議の多分最初の方の会で
議会改革の進展は、市民生活に落とし込まれて初めて評価される
と言ったようなことがあげられたが、市民生活にリアルに感じられるような何か
それがどうも、いつまで経っても欠けているような気がしてならない
(でも今日は、長い時間頑張ってくれた議員さんには、ご苦労様と言うべきかな)

ところで、今日の傍聴議員は下江市議だけ
依然として一度も顔を見せないのはY議員
こんなんで議員間の共通認識を図れるのだろうか、ちょっと心配

また将来、市民の声としてパブリックコメントを求められることになっているが
市民はこんな抽象的な問題にまともにパブリックコメントを発することができるのか
これも少し心配、
それにしても、疲れた、、、

 

 

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