DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

道(82)

2017-08-15 13:10:19 | ButsuButsu
風景画家ブライアン・ウィリアムズの新しい本の出版に寄せて(近刊)



「2次元と3次元の狭間(はざま)で」

私の専門は地球物理学である。
その中でも特に湖水の運動について研究している。
琵琶湖のような大きな器に貯まった水は、時として奇妙な動きをする。
それは地球の重力と自転の存在によって引き起こされる。
重力は、深さ方向に水を押しつけ安定させようとする。
一方、湖水は太陽の熱で加熱されたり冷却されたりする。
また、風によって波が起こったり、一方向に水が吹き寄せられたりする。
水が動き始めると地球の自転効果が働いて回転し始め、渦まき流れ(環流)という不思議な運動が生じる。
そこには、太陽から到達するエネルギーが、地球上の海や大湖沼に大きな渦巻運動を引き起こし、やがてさまざまな形に変化していくという壮大なエネルギーの物語がある。
こうして、琵琶湖の中には水平面内を流れる2次元流(環流)と、立体的な構造を持つ3次元流(乱流)が共存することとなる。
そして、この2次元と3次元の狭間には奇妙な関係が存在する。

!!!!!!!!!!!!!!!!

風景画家ブライアン・ウィリアムズに私が初めて出会ったのは、今から30年ほど前、1980年代後半のことである。
当時、私は滋賀県琵琶湖研究所に勤務していた。
その時に主催した環境に関わる講演会に、聴衆の一人としてブライアンはやってきた。
琵琶湖周辺を題材に風景画を描いている彼にとって、対象として見つめる自然の破壊は我慢のならないことだったのだろう。
強い調子で湖岸の改変を批判した。
折から琵琶湖総合開発の最中で、自然湖岸は人工湖岸に置き換えられ、美しいヨシ原はコンクリート湖岸に変わっていった。

ブライアンの絵には湖岸のヨシ原が多く登場する。
田舟とヨシ原の向こうに浮かぶ竹生島は、画家だけでなく多くの写真家の絶好のスナップショットでもあり、特に、夏場の太陽が西空に沈む頃には、多くのプロやアマの写真家が自慢のカメラをもって詰めかける。
それほど風情のあるヨシ原の原風景が、琵琶湖では激減してしまった。
それは、単に湖岸の改変だけが原因でもない。
1970年代、都市化の波が押し寄せてきた琵琶湖南湖周辺では、人間の活発な生産活動によって地下水脈がすっかり変わってしまった。
ヨシは、地下水がコンコンと湧き出す湖岸を好む。
そこでは根もとの水が常に入れ替わるからだ。
開発に対する批判を受けた滋賀県が人工的にヨシ原を復元したのだが、なかなか成功しないのもそこにある。
水の入れ替わりがない場所にヨシ原を造成しても、健康なヨシは育たない。
生き物にとって水の動きはとても大切で、単に水があればよいというものではない。
水温や栄養や濁りといった複合的な組み合わせの結果、それぞれの生物に好適な水環境が存在する。

ブライアンは、職業柄そのことをよく知っていた。
だからこそ、本書では分水嶺から話が始まっている。
山に雨が降り、森を涵養(かんよう)する。樹木から滴り落ちた水は、谷間を下り、小川を経て川となる。
そして、同じくらいの水量が地面にしみ込んで、地下水となる。
「分水嶺から少し下ったあたりに、原生林かそれに近い状態の森林が生き残っている一帯がまだある。
朽木の北西部、京都と福井と滋賀の境あたり、生杉(おいすぎ)の山村より数キロメートル奥まった場所だ。
そこの一画に、巨木が生い茂る小さな斜面がある。周長が2~3メートルからなるブナやナラなどの大木の間を散策すると、まるで緑の大聖堂にいるようだ。
特に新緑の時期には、淡い緑の若葉と、古くて太い幹とのコントラストが実に美しい。
その美しさ、その静けさが心に染み入る。

こうして琵琶湖の水は涸れることなく溢れ、ヨシ原は息づく。
その根源が琵琶湖周辺に鬱蒼として広がる森林地帯だとブライアンは語る。
そこには、樹木たちの息遣いがあり、瑞々しさにあふれた命の営みがある。
神々しささえ醸し出す巨木群こそ琵琶湖の源であると、この老齢の域に差しかかった風景画家は主張する。

「日本の一番美しい季節を彩っているのは新緑だ。
(中略)美しく芽吹くこの森が、向こうにキラキラ輝く湖を守ってくれている」

なんとブライアンの思いのたけがあふれ出た表現だろう。
こうして、私はすでに30年近くブライアンと付き合っている。
共に数回、モンゴルへも出かけた。
写生をする彼の姿を間近に眺め、自然を語り、ゆっくりとした時間を共有するときに、たびたび彼の人間性に触れてきた。
一見して大雑把な性格に比して、彼の絵は精緻である。
まるで写真のようだと皮肉る人がいるが、私はそうは思わない。
しっかりした筆遣いがあるからこそ、ごまかしがない美しさがある。
たぐいまれな表現力が、常に生存競争に明け暮れる自然の世界を生き生きと写し取っていく。
自然にごまかしは存在しないのだから。

そんなブライアンに転機が訪れた。
2007年のことだ。
それまでの平面画を曲面画へ発展させたのだ。
そう、2次元から3次元への華麗なトランスファー。
そこに自然科学をこよなく愛すブライアン・ウィリアムズの真骨頂がある。
普通の画家は平面の中に立体を描こうとする。そこには何となく窮屈な感覚がある。
キャンバスを曲面にすれば、見た景色にもっと近くなるのではないだろうか。
それが、ブライアンというちょっと変わった画家の発想だった。
彼は、そのことをトンビの目と表現した。

「私は、高所作業車を写生道具にする、世間ではまずいない絵描きだ。
絵にならない平凡な場面でさえ、作業車のバケツに乗って上がれば上がるほど、感動させてくれる景色に変わる。
松の木内湖との新しい出会いも、こうして始まった。
(中略)
水田、川、ヨシ群落、内湖、湖との間に農漁村、そして光る琵琶湖そのもの。
まさしく人の命をつなぎ、水質と生き物の多様性が守られる営み。
(中略)
魚の産卵・生息・水鳥も豊富、命あふれる美しい世界」

私は、そんな彼の発想が大好きだ。
それほどに、2次元から3次元への転回は大きな意味を持っている。
見方を変えることによって、彼は自由になった。
最近の彼の曲面絵画は精緻であることに加えて深みも出てきた。
平面から飛び出して立体的に表現しようとしている曲面絵画は、まるで漫画の「ど根性ガエル」のようだ。
平面から飛び出して自由になりたいというエネルギーのほとばしりがひしひしと感じられる。
こうして、ブライアン・ウィリアムズは自分自身を解き放った。
世界で唯一の曲面絵画師であるブライアンの絵画は、もっともっと多くの人々に知られてもよいのではなかろうか。
そういう熱い思いから、私たちは本書の制作に取り掛かった。

最初にも述べたように、2次元(平面)と3次元(立体)の狭間で起こるエネルギーのやり取りは、自然の中でもよく起こる。
ブライアンが風景画家として生涯をかけて表現しようとしている琵琶湖。
その中で起こっている奇妙な現象がある。
例えば、コップに水を入れて箸でかき混ぜると渦ができる。
混ぜるのをやめると、水の運動は次第に遅くなり、やがて静止する。
物理学では、このことをエネルギーカスケードと呼んでいる。
大きな渦が小さな渦となり、やがて熱に変わる。
こうしてできた渦は決して永続しない。

琵琶湖にも渦の流れがある。
環流と呼ばれる渦だ。
この渦を作るのは、太陽から与えられる自然の力だ。
風や熱によってエネルギーが供給される。
そして、奇妙なことに、この渦はなかなか消えない。
台風が来るとしばらく見えなくなるが、2~3日経つと元の渦が忽然と現れてくる。
かつて私たちが実際に琵琶湖で測定した渦の流れを図で示そう。



この渦は、世界で最も美しい渦だと言われている。
なぜ渦はすぐに消えないのだろうか。
その答えは、3次元から2次元へのエネルギーの流れの存在である。
風や熱によって琵琶湖へ入るエネルギーは、上から下へ流れる3次元のフローである。
一方、湖の成層が作り出す環流は水平方向に流れる2次元の性格をもっている。
水の流れと渦が共存するとき、そこでは小さな渦から大きな渦へとエネルギーが運ばれるのである。
このことを逆エネルギーカスケードと呼んでいる。
何と自然はよくできているのだろうか。
この逆方向へのエネルギー輸送がなければ、地球上の水や空気の運動はすぐに止まってしまう。
私たちは雨のない世界で暮らすことになる。
であれば、多くの生命は生存しなかったと言ってもよいだろう。
同じような現象は、20年から30年に一度現れる土星の大白斑にも見られるという。

ブライアンは、平面の世界から曲面の世界へ飛び出した。
それは、決して平面を無視するということではない。
むしろ3次元から2次元へ向けての大きなエネルギーの流れが、彼の絵をもっとダイナミックなものにしている。
ひょっとしたら、私たちは今、偉大な瞬間に立ち会っているのかもしれない。
琵琶湖という自然に触れて開眼した風景画家ブライアン・ウィリアムズが絵筆で表現する曲面絵画が、ちょうど物理学の法則が教えるように、琵琶湖から溢れでて地球そして宇宙の真理にまで触れる普遍的で壮大なロマンを紡ぎ出す、そんな新たな物語の始まりなのかもしれない。
何かしら心の疲れた時に、ぜひ座右においてひも解いていただきたい画集随筆である。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(81)

2017-07-21 14:55:19 | ButsuButsu


暑い日が続く。

熱したアスファルトの上を、カマキリがゆっくりと歩いていた。

カマキリを見ると山本地方創生担当大臣を思い出す。

最近のニュースを見るたびに、安倍さんは実にエライ人を大臣に選んだものだと感心する。

蟷螂の斧という諺がある。

見るからに、エラそうである。

が、山本大臣が声を大にして語れば語るほど、うさん臭さがにじみ出し、安倍内閣の信頼性が沈下していく。

本人が、そのことを認識していないだけに、なお始末が悪い。

困ったものだ。

もう、時代錯誤のおじさんやおばさん政治家は、わが国にはいらないのではないだろうか。

因みに、カマキリの卵は螵蛸(オオジガフグリ)とも言われるのだそうだ。

意味深だけど、知らなかったな。
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

道(80)

2017-07-10 12:38:28 | ButsuButsu


大学にいると、時々、面白い場面に遭遇する。

私の授業に出席していた留学生と話す機会があった。

彼は、アフガニスタンから来ていた。

「紛争が長引いて、さぞかしお国は大変だろうね」と言ったら、彼はにこやかに笑って答えた。

「Justiceが解決してくれる」

「それはどんなJusticeですか」という私の問いかけに、彼は

「General justice」と言った。

「それは宗教を越えたものですか」

「そうです」

こんな回答をアフガニスタンの留学生から聞くとは思わなかった。

Justiceというのは、アメリカ人が好きな言葉の一つだ。

しかし、アメリカにはJusticeと同時に影の部分が存在している。

それは暴力の世界だ。

私はもっとこのアフガニスタンの青年と話したかったが、授業も終わりそれ以降会っていない。

きっと彼にとって、Justiceは希望であり、あとは忍耐の世界なのだろう。

北朝鮮問題がややこしくなる中で、時々、こうした学生との会話を思い出す。

アメリカが係わって来た紛争で、成功した事例はない。

結局時間が解決するしかないのだろう。

彼の言うGeneral justiceは、日本で言う大義に近いのかもしれない。

大義のない行動は、人々から支持されないし、歴史の中では審判の対象となる。

混迷する東アジアにおいて、大義のある解決策を主張することが、結果的に成功するのではないかと思う。

それは、人間としての、人類としての、普遍的な正義の主張であろう。

このように、学生から学ぶことがたくさんある。

以下 Wikipediaより、
Justice is the legal or philosophical theory by which fairness is administered.
The concept of justice differs in every culture.
An early theory of justice was set out by the Ancient Greek philosopher Plato in his work The Republic.
Advocates of divine command theory argue that justice issues from God.
In the 17th century, theorists like John Locke argued for the theory of natural law.
Thinkers in the social contract tradition argued that justice is derived from the mutual agreement of everyone concerned.
In the 19th century, utilitarian thinkers including John Stuart Mill argued that justice is what has the best consequences.
Theories of distributive justice concern what is distributed, between whom they are to be distributed, and what is the proper distribution.
Egalitarians argued that justice can only exist within the coordinates of equality.
John Rawls used a social contract argument to show that justice, and especially distributive justice, is a form of fairness.
Property rights theorists (like Robert Nozick) take a deontological view of distributive justice and argue that property rights-based justice maximizes the overall wealth of an economic system.
Theories of retributive justice are concerned with punishment for wrongdoing.
Restorative justice (also sometimes called "reparative justice") is an approach to justice that focuses on restoring what is good, and necessarily focuses on the needs of victims and offenders.
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(79)

2017-07-07 10:37:48 | ButsuButsu


何気なく琵琶湖の水面を見たら、そこには複数の鴨が戯れていた。

突然、大きなオスがメスの背に飛び乗り交尾を始めた。

十秒くらいだったろうか、大きなオスは悠然と離れていった。

すると、隣にいた中くらいの大きさのオスが、同じメスにとびかかり交尾を始めた。

ふーん、鴨の世界もメスが少ないのかな。

しかし、知らなかったな。

複数の雄が次々と同じメスと交尾をするのはトンボの世界かと思っていたけど、鴨もそうなんだ。

ちょうど今時分が鴨の交尾の季節らしい。

世間では北朝鮮や米国の話題で賑わっているが、自然界ではひたむきに生殖活動が行われている。

がんばれ、鴨のお父さんたちとお母さん。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

道(78)

2017-07-06 14:06:42 | ButsuButsu


I got the joke from my friend.

Mr. A: I am “Sori”, the prime minister of Japan.
I say that government of my friends, by my friends, for my friends, shall not perish from the earth.

Mr. G: Oh “Sorry”, but please tell me how I can become your friend.

Mr. A: You have very little chance, but at least, you have to play golf with me like Mr. T and Mr. K.

Mr. G: Oh my God! I don't have golf clubs, but belong to an alpine club.
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(77)

2017-06-12 11:16:01 | ButsuButsu


いろいろ思うところがあり、比叡山の千日回峰で行者が巡る道を辿ってみることにした。
66歳になったこの年で、果たして30kmの山道を走破できるのか不安だったが、人生のカケのような気持ちで出かけることにした。

6月9日、金曜日の朝は、快晴だった。
6時40分のバスに乗り、瀬田駅に向かう。
7時1分の電車で、石山駅に着く。
7時14分、石山駅発、ホームは通学の子供たちで溢れていた。
7時44分、坂本駅着。
7時53分、日吉大社に着く。

順路は時計回りだが、あえて回峰の道を逆回りに廻ることにした。
と言っても山道の案内板があるわけではない。
ネットで調べた記載に従って、金大厳という大岩を目指すことにする。

いきなり急登が始まった。
8時26分、日吉大社摂社牛尾神社本殿に着く。
1595年に建造とある。
1907年の国の重要文化財となっている。
よくこんな高いところに建物を作ったものだと、感心する。
二つの建物の間の小道を登り、八王子山を目指す。

8時33分、八王子山、381mに到着。
9時19分、行者と鉢合わせ、一瞬、立ち止まる。彼もかなり驚いたようだ。
こんな道をたどるのは獣ぐらいだろう。
9時52分、恵心僧都の墓に着く。
往生要集を書いた、あの源信のことだ。
源氏物語や地獄変に登場する、横川の僧都のモデルだとされている。
せっかくだから、お参りして手を合わせた。


10時30分、横川中堂着。
11時18分、京都市街を一望できる玉体杉に着く。
12時26分、根本中堂着。
13時00分、無動寺・明王堂着。
13時54分、裳立山着。
ここにはなぜか紀貫之の墓がある。
参拝する。


15時00分、坂本下山
横川から無動寺までの一般道を除いて、登りと下りはかなりきつい傾斜だった。

約7時間の30km踏破だったが、それなりに充実感のある一日だった。
もう少し残りの人生を頑張ろうという気持ちが湧いてきた。

感謝
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(76)

2017-05-22 12:33:58 | ButsuButsu


よくわからない話である。

独立行政法人国際観光振興機構という日本の公的組織が発行しているYour Guide to Japanという外国人向けの英文ガイドブックがある。

この中にLake Biwaという言葉はない。

Shigaという語は、2件だけだ。

日本の著名な博物館の中に列挙してあるのは、Miho museumだけで琵琶湖博物館の記載はない。

私はこのことを、県庁職員であったころ(2012年以前)からあちこちで指摘しているが、修正された形跡はない。

最近、某大臣が学芸員の批判をして袋叩きになった。

私は彼に同調するものではないが、学芸員も、もう少しまじめに広報に取り組んだ方が良いのではないだろうか。

一体、何のために観光課や広報課があり、何のためにビジターズビューローがあるのだろうか。

世界にどのくらい日本に関するガイドブックが存在するのかは知らないが、どれも似たり寄ったりで滋賀県や琵琶湖の記載はほとんどないのだろう。

情報がなければ知りようもないし、来訪者も少ないのは当然のことだろう。

世界にアンテナをめぐらし、適切な情報を収集・提供するように努めるのはそんなにお金のかかることではない。

建前ばかりで現実を直視しなければ、いつまでたっても木阿弥さんでしかない。

基本に忠実に、できることをきちんとやりぬくことが、はでなパーフォーマンスより大切だと思うのだが、いかに。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(75)

2017-05-18 10:46:15 | ButsuButsu


大学の構内に未舗装の道がある。
少年期の郷愁なのか、私はこのような土の道を歩くのが好きだ。
道の両側からは、いろいろな花を咲かせた雑草が少しでも多くの場所を取ろうとはみ出してきている。
露出した地面では、忙しそうにアリやその他の昆虫がうごめいている。
この道もあと何年放置されるのかわからないが、私が勤務する間だけでもこうしてあり続けて欲しいと願っている。

今、世界は、ややこしいくらいに揺れ動いている。
トランプさんは、破れた鍋のように豪快に心の中身をまき散らしている。
金正恩さんは、ストレスの塊のような顔に満面の微笑みをたたえて、自己主張をしている。
クールなプーチンさんは、自己の権益を確保するのに懸命だ。
習近平さんは、下手な役者のようにひきつった顔を隠そうとしている。
そして、わが国の安倍首相は、アベノクライムに陥ってしまった。

こんな時には、ブレない方が良い。
無駄に動かないで、本来やるべきことを粛々とこなすのが良い。
未舗装の道だって、急いで舗装する必要はない。
アスファルトの道では見れなかった、生き物たちの営みを観察できるではないか。

まるでカンシャク玉を投げ込んだような騒動が世界中を駆け巡っているときに、周辺をゆっくり観察して次に備えるのが賢明だ。
一緒になって騒ぎたてると、冷静な観察者にはなれない。
どんだけ張り切ってみても、あと20年たったら、世界は様変わりしているだろう。
その時に、どんな社会であってほしいのかを、じっくりと思案するのもよいではないか。

憲法だって、急いで変える必要はない。
未舗装のデコボコ道だって、取柄はあるのだから。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(74)

2017-04-20 17:37:03 | ButsuButsu


陽だまりのアスファルトに、トカゲが1匹、立ち尽くしていた。

暑かったり、寒かったりして、トカゲも大変なんだろうな。

変温動物の宿命のようなものだが、日陰になれば止まり日向になれば歩む。

その間に、車にひかれたり、天敵に襲われたりしたら可哀そうな話だ。

まるで、今の日本の社会を見ているようだ。

一喜一憂の国際情勢に、立ち止まったり、動いたり。

一体、どこに向かって進めばよいのやら。

成り行きに任せるしかないのだろうか。

そんな春の日の通勤路だった。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(73)

2017-04-04 16:08:46 | ButsuButsu


本当に、築地より豊洲が安全なのだろうか。

築地は、約80年間、市場としての役割を果たしてきており、その間、大きな事故(食中毒や発がん物質による食品汚染)を起こしていないはずだ。
一方、豊洲は、まだ一度も使われていない。
しかも、地下から発がん性物質であるベンゼンが揮発している。
コンクリートに割れ目があれば、ベンゼンはいくらでも噴出してくる。

しかも、厄介なことに、豊洲の地下にどのくらいのベンゼンが貯留されているか検討もつかない。
閉鎖性空間で、今後さらに濃度が高くなる可能性もある。

私には、明らかに築地の方が安全だと思われるのだが。
どうも、ネット上で見受けられる豊洲安全論には、根拠が希薄な気がする。
もっと、科学者がきちんと説明するべきなのだろう。

例えば0歳の乳児と、80歳の老人を比較してみよう。
どちらの生存確率が高いのだろうか。

この場合、前提条件を明確にしなければならない。
どちらも身体健全だとしよう。

あきらかに80歳の老人の生存確率が高いはずだ。
なぜなら、0歳の乳児は、自分で食事をとることができないのだから。
生きてきた知恵と経験は、それだけの価値がある。
0歳児には将来の希望があるが、リスクもそれだけ高いのである。
当然、同じスタンダードではない。

このことは、豊洲に市場を移転する場合には最大限のケアが必要であるということを示唆している。
実績のない場所での生鮮食品の取り扱いには、100倍くらいの安全度を見込むべきだ。

もし私が東京都知事で、使う経費に制限がないとするのなら、少なくとも10年間くらいは築地と豊洲を併用するだろう。
それぞれで業務を行えばよい。
そして、10年たって豊洲で事故が出なければ、少しずつ移転すればよい。

ひょっとして、その頃には消費が拡大して、東京には築地と豊洲の両方の市場が必要になっているかもしれない。
その時には、両方を残せばよいではないか。

政治家の自己利益だけで庶民の安全を犠牲にしてはいけない。
都知事には、後で後悔しない選択をしてほしいものだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(72)

2017-03-31 12:24:33 | ButsuButsu


世の中にはいろいろ面白いことを考えつく人がいるものだ。

株式会社近江デジタルファブリケーションズの平山巧馬さんが開発しているのが、水中ドローンだ。

いままでの挑戦では、水深10mまで潜れるのだそうだ。

オープンソースで開発環境を提供しているので、だれでも参加できるらしい。

今度、子供たちの教育プログラムが採択されたら、ぜひ挑戦させたいと思う。

これまでは高額な水中ロボットが主流だったが、これからは安価で簡便なものに変わっていくのかもしれない。

一人でも多くの人と交流したいと、平山さんは語っている。

日本発のベンチャー企業が大きく育つことを期待している。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(71)

2017-01-26 12:06:08 | ButsuButsu


パシャ、パシャという音に目が覚めた。

そうだった、僕はのぞみの車両でふと微睡んだのだ。

多くの乗客が、快晴の富士にレンズを向けている。

今日の天気は抜群だ。

きれいな富士は、僕の心をいつも明るくしてくれる。

きっと何か良いことがあるに違いない。

そう思うと、うれしくなってカメラを向けた。

最近は嫌なことが多かった。

トランプが、アメリカの環境予算を大幅に減額するそうだ。

環境関係機関からの情報提供も制限しているらしい。

気に食わない言論を統制し、多くの研究者の職を奪おうとしている。

いよいよヒットラーのようになってきた。

単一の価値観は、急激な膨張を生むかもしれないが、破滅するときも早い。

いったい誰が、裸の王様に首輪をつけることができるのだろうか。

経済の発展は、いつの時代も犠牲を伴う。

犠牲を最小にするために、環境保全が必要だ。

そんなこと僕たちは、50年前に学んだではないか。

50年前の価値観を持った、巨大なモンスターがアメリカに現れた。

大変だ、大変だ。

私の友人であるブライアン・ウィリアムズはこう毒づいている。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

道(70)

2017-01-17 22:27:33 | ButsuButsu


あっという間に
雪が
降り積もった

夜の道に
雪と
灯がふれあう

知らない国に
ふと
迷い込んだ

さくさくさくと
雪の
声が聞こえる

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(69)

2017-01-04 00:02:33 | ButsuButsu

2016年7月18日 解氷が進む北極海にて(©Michio Kumagai)

******

2017年を迎えて、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は、初めての経験をいくつかしました。

6月にモンゴルのオソフ君10歳の火傷の手術を終えました。

7月に北極圏カナダ(北緯83度)にあるワードハント島を訪問しました。

8月に京滋の中学生とともに琵琶湖合宿をしました。

それぞれの場面で、多くの貴重な体験をしました。

65歳というこの年齢になって、なお新しい学習ができることに感謝したいと思います。

そして、今年はどんな年になるのか、楽しみでもあります。

一日、一日

一年、一年

自分の命を大切にして、なおかつ世の役に立てれば、望外の幸せだと思っています。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

道(68)

2016-12-01 15:03:05 | ButsuButsu


四人の中学生が集まった。

A君は中三、B君は中二、CさんとD君は中一だ。

空き時間に、彼らにマッチ棒のクイズを出した。

「ここにマッチ棒で8の数字があるね。2本のマッチ棒を動かして、4にしてくれませんか」

最初に「わかった」と言って解答を示したのは、科学クラブのB君だった。



「こうすれば4になります」

「そーだね。でもちょっと美しくないな」

私の意見に、A君が手をあげた。



「これでどうですか」

「そうだね。カタカナでヨン、実はこれが模範解答に書いてあったのだよ。でも日本人しかわからない解はどうかな」

それまで黙って考えていたCさんがにっこり笑ってマッチ棒を動かした。



「Cさんの答えは、私の解答と同じだ。この方が美しいと思わないかい?」

一方、4人の中で「博士」と呼ばれている物知りのD君は、ずっと黙ったままだった。

4人ともとても賢いと、私は思った。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加