河童の歌声

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禁煙から5年経ちました

2015-08-31 09:54:56 | 日記
この9月で、禁煙5年となりました。
厳密には9月半ばなのですが、もう二度と煙草を吸う気は無いので、
5年経ったと言ってもいいでしょう。

そこに至るまでは、2~3回は短期間の禁煙をした事はありましたが、
結局長続きせずに殆ど3日坊主で終わっていました。
禁煙は、意思の弱い私には出来ない事なんだろうとも思っていました。

それが5年前の9月。
ある日突然・・「禁煙しよう!」なんて気になってしまったのです。
その数年前に何かで医者に行った時に、
「貴方は軽い肺気腫にかかってますね。肺気腫は一旦かかると二度と治らないんですよ」
「このままで行くと、鼻にチューブを着けて、酸素ボンベを引きづって歩く事になりますよ」
と、言われました。
時々街中で見かける光景ですね。
俺は「あれ」になってしまうのか、とイヤーな気持ちになった事がありました。

でも、きっと又ダメなんだろうと思いながらの禁煙。
家中の煙草を吸いまくり、それでも未練たらしくシケモクを指先が火傷するくらいに吸い直し、
もう、何処を探そうが家には一本の煙草も無いぞとなるまで吸いました。

でも、凄いですね~。
それっきり吸いたいという気持ちにはならなかったのです。
本当にその時の事を思い出すと我ながら不思議な気がします。
よく、「禁煙は医者にかかって治療しなければ無理」だとか言われますが、
全く何もせずに、ものの見事に禁煙が出来たのです。

しかし、一年間で3回くらい、
「あ~、煙草吸っちゃった~」という夢を見ました。
でも、それは夢だけで済んだんです。
とに角一本の煙草も吸わずに5年経ったのです。
禁煙は5年経たないとホンモノじゃないと言いますので、私の禁煙はとうとう本物になったのでしょう。

禁煙すると体重が5キロは太るよ。と聞いていたのですが、
それは、まさしくその通りとなったのがクヤシイ。
今までは酒を飲んでいる時は煙草がツマミだった感がありますが、
それが無くなった分、つい食べてしまう事のつけが来たのですね。
5キロどころか厳密には8キロも太ってしまいました。

このままで行くと身長と同じ数字まで行きそうな勢い。
それだけは何とか回避しなければとは思っているんですが・・・泣

以前、煙草を吸っていた人が、一旦禁煙すると、凄くあの臭いを嫌うと聞いてましたが、
本当にその通りで、煙草臭い人が嫌いになりました。
以前は自分自身がその臭いを振りまいていたんですね~。

女性とキスをする時も、後ろめたさがなくなりました。
試してみたい女性は、どんどん私に申し込んでくださいね~。
首を長くしてお待ちしておりますね~。
エリカさんが居る時は知らん顔しといてね。


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菜食主義

2015-08-29 04:55:31 | 日記
肉を食べない人というのが居ます。つまり菜食主義者。

以前、行きつけの食堂に、その菜食主義者(ベジタリアン)が居ました。
その人は40代くらいの女性でしたが、
ホンの少しの肉が料理に入っていても、丁寧に取り分けて食べない様にしていました。
何故にそこまでこだわっているかの理由は知りませんが、
私は、そこまでする必要があるんだろうか?と、いつも奇異に感じていました。

これはテレビで観たのですが、肉という食物は唯一「幸せを感じる食物」だそうです。
そしてその事は科学的にも証明されているそうです。
私も、美味しい肉を食べている時には「あ~何と幸せなんだろう」と感じますね~。
そういった幸せ感は野菜などでは感じない気がしますね。
そんな幸せ感はつべこべ言わずに味わった方がいいと思うんですけどね~。

私の知り合いの男性は、何の病気だったか、
あまり肉を食べない方が身体にいいらしいのですが、
それでも月に一回はビフテキなどの肉を食べたりするのを楽しみにしています。
その方はその為かいつも血色のいい顔色をしています。

それに比べて、かの菜食主義の女性の顔色はというと、
肌がカサカサで皮膚にツヤが無く、全く女性的な魅力が無いのです。
化粧っ気が無いので余計にそんな感じがするのかも知れませんが、
彼女にとっては自分がこだわる理由の為には、女性である事など問題外なのかも知れません。
それにしてもね~。
あまり無理はせずに、普通でいればいいのにと思いますね。

昔、キラー・コワルスキーというベジタリアンのプロレスラーが居ました。
力道山とかの時代の人で、長身痩躯のレスラーでした。
ユーコン・エリックの耳をニードロップ(ひざ落とし)でそぎ落とした事で有名になった、
怖い顔の実力のあるレスラーでした。
彼の皮膚がカサカサだったかは記憶にありませんが、
あんな激しいスポーツを菜食主義者でも出来るのかと、今にすれば不思議な気がします。
まあ、例外中の例外だったのかも知れませんし、単なる噂だったのかも知れません。

私も肉は大好きで、特に脂分の多い部位が大好きです。
焼き肉屋に行っても、殆どカルビばっかり食べています。
あの美味しさったらないですね。
カルビ2~3人分と、ビビンバとのセットで食べるのが定番になっています。
あ~~、焼き肉美味しいよ~、カルビ最高に美味しいよ~。

なんですが、ここ数年、焼き肉屋に行ってないのです。

その理由。
連れ合いのエリカさんが、ニンニクを全く受け付けない体質なんです。
ニンニクは食べるのは勿論、その匂いも全くダメなんです。
これじゃ焼き肉屋など行ける筈がない。
スーパーにある餃子を買う時も、袋の裏を見て、ニンニクが中身に入っていたらアウト。
徹底的にニンニク排除なんです。

それに比べて私はニンニク大好き人間。
あの匂いが何処からともなく漂ってくると、よだれが出て来るタイプ。
好みがここまで相反すると、ホントに困っちゃうんだよね~。

お肉だ~い好き!カルビだ~い好き!
焼き肉屋行きたいよ~、カルビたらふく食べたいよ~!(泣)







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海上自衛隊観艦式№2

2015-08-26 06:47:01 | 軍艦
とうとう3年に一度の大イベント、海上自衛隊観艦式の発表がありました。

期日は10月12・15・18日の3回です。
12・15日は予行演習とでもいいましょうか。
本番は18日(日)で、これは要するに総理大臣が出席するという事です。
私は過去に3回だったか、4回だったか観艦式に行きましたが、
それは全て予行演習の日で、こっちの方が当選確率が高いだろうという(読み)からです。
予行であろうが本番であろうが、やる事は全く一緒なんですから、
総理大臣が来ようがそんな事はどっちでもいい事なんですね。

世界広しと言えども、軍艦が隊列を組んでパレードするのは、
この海上自衛隊観艦式しか無いのです。
その軍艦に同乗できるなんていうのも、勿論これだけしか無いのですね。

子供の頃から大の軍艦オタクの私。
そのシーンを思い浮かべるだけで、も~夢うつつ・・・あ~~~ツ!

世界最大の人殺しの道具・軍艦。
青酸カリとかがホンのちっぽけな存在であるのに比べ、
お前は一体どれほどデカければいいんだよという軍艦(戦艦)の圧倒的な存在感。
それは、究極の武力を突き詰めると、
人殺しの道具であっても、得も言われぬ「美」を醸し出すのです。
一旦その「美」に魅せられると、私の様な(オタク)になるという訳なんですね。

その美学の世界には、やれ戦争反対だとかの論理は全く消し飛んでしまうのです。
それとこれとは無関係なんですね。

私は軍艦に関する戦記物の本を多数読んできましたが、
軍艦に於ける戦闘は非常に残酷な一面を持っています。
敵艦から攻撃される恐怖心は陸地での戦闘とは比較にならない恐ろしさなんです。
大きな軍艦といっても、陸地に比べれば、たった一点なんです。
その一点に乗っている人たちの恐怖心は、時によっては発狂者も出るくらいの怖さなんですね。

そして、もっと恐ろしいのは自艦が撃沈され沈没する時の恐ろしさです。
甲板は血まみれの肉片や手足、生首などで足の踏み場もなく、ヌルヌルで滑り、
脱出しようにも思うようには行きません。
最も恐ろしいのは機関室に居る兵たちで、
海戦が始まると共に、全てのハッチは固く閉ざされ浸水が他の部屋に及ぶのを防ぎます。
沈没する時に誰かがハッチを開けてくれればいいのですが、
そんな事はあり得なく、機関室など船の底部の部屋に居る人達は、
いくら叫ぼうが誰も助けてはくれず、そのまま船と共に海底へと沈んでいきます。

海底に達した後は、部屋の空気が無くなるまで彼等は生きているのです。
彼らが助かる事は絶対にありません。
永久に海底で死んでいくのです。
遺体が回収される事もまずありえません。
それは考えても恐ろしい死に方ですね。
軍艦というのは、そういった残酷さも持っているのです。

ですが、そんな事とは無関係に(軍艦は美しい)のです。
そんな軍艦に乗れる感動ったらありません。

私は自分を含め身内5人の名前を使って応募ハガキを書きます。
5名×3日間で15枚のハガキ。
それを6セット、合計90枚のハガキを書くつもりです。
既に30枚は投函したので、残りは60枚。

自衛隊側では一人一枚だけが有効とか言ってますが、
500枚を応募するツワモノだっているんですから、負けてなるかなんですね。
もし当選しなかったら、
以前みたいに、いきなり現地に行って、
「頼むから一人だけ乗せてよ」と係員に土下座して頼むか、
ネットオークションで2万円で手に入れるかしかないんですね。

全く、「たかが軍艦だぜ~」って言えないのが惚れた弱みなんだよな~。
恋する男は何が何でも手に入れたいんだよな~。
手に入れたくても入らなかった女性も居たんだよな~。
「軍艦」それは惚れた女と一緒かもしれないな・・・
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ナビの素晴らしさ

2015-08-22 05:52:48 | 日記
(ナビ)・・車に搭載されているナビゲーター。

現在の車でナビが搭載されていない車は・・そう多くはないと思います。
それほど(ナビ)は当たり前の物になっていますね。

私が初めてナビ付きの車に乗ったのは姉の車でした。
一年に一回行われる親戚の集まりがあり、
姉や母などと横浜から東京・小平市へと向かったのですが、
その車のナビからは「次はどこどこを曲がれ」とかうるさいので、
私は「こんな鬱陶しい物など要らない」と言ってナビを切ってしまいました。

自分の車にもナビなど付ける気は全くありませんでした。
当時、自分の行動範囲は大体限られていたので、
そんな範囲内でのナビなど全く必要が無かったのです。

しかし、ある日だけ困った事があったのです。
キャンプに行った先での、食料品などの買出しです。
キャンプ場自体は、ガイドブックで調べて行きますので、さほど困る事はないのです。
ですが、そこからの買出しが本当に困るのです。
キャンプ場の人に直近のスーパーなどの地図を描いてもらったり、
頭の中に叩き込んで出かけたりしたのですが、間違えるんですね~、これが。

そんなこんなで遂に私もナビを付ける事にしました。
カーショップに行って29800円の物。
これって自分で車に付けるんですね~。
てっきりお店の方がやってくれるんだと思ってたら、自分で付けるなんて・・
それほどいとも簡単に付けられる物だったという事です。

で、私のナビライフが始まったという訳なんですが、
イヤ~、こんな便利な物ないよな、と言う位の便利さ。
キャンプ場からの買出しは、もう何の心配も無くなり、
矢でも鉄砲でも持って来やがれってほどの便利さ。
こんな(時代の寵児)みたいな文明の利器を私は毛嫌いしていたなんて・・・
恥ずかしい。

昨年11月に行った、沖縄・宮古島。
今年6月に行った初体験の北海道。
どっちもレンタカーでの旅だったのですが、
ナビの恩恵にあずかりっ放しでした。
特に北海道は道のりが長丁場。
そんな状況でも、ナビが元気に頑張ってくれているおかげで、
私も、助手席の妻も(ナ~ンの心配もなく)走っていられました。

「間もなく左に曲がります」
ハイハイ分かりました、左に曲がりゃいいんざんしょ。
ここが何処だろうと、そんな事はど~でもい~事なんですね。
曲がれと言われれば曲がればいいんですから。
為に、助手席の妻など、半分以上は白川夜船・・・

これがもしナビが無かったら・・・
助手席の妻は地図と首っ引きで、寝るなんて出来る筈もなく、
私とて、交差点の度に車を停めて地図と睨めっこ。
ヤですね~、そんなんじゃ旅行を楽しめないよな~。
しかしね、妻のエリカさんて本当にスキさえあれば寝てるんだよな~。
ヒマさえあればじゃなくて、本当にスキさえあればなんだよな~。
ま いいけどさ(笑)

ナビゲーター殿!
私の今までの不遜なデカイ態度を、ど~かお許しください。
私が悪ゥございました。
今後わたしは貴方の忠実なシモベとなりますです、ハイ!
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会議は踊る

2015-08-21 06:45:28 | 音楽
会議は踊る.1 (1931) Der Kongress Tanzt. リリアン.ハーヴェイ. Lilian Harvey.


‘一世を風靡した‘という言葉がありますが、
1931年(昭和6年)に作られたドイツ映画
「会議は踊る」ほどその言葉に当てはまる映画は無いでしょう。
日本での公開は1934年(昭和9年)でしたが、
「会議は踊る」は、日本ではまさに、(一世を風靡した)のです。

「一世を風靡する」という言葉を辞書検索すると、
「ある時代に圧倒的に流行する」という意味らしいです。

私は、この映画・音楽を母から教わりました。
母は当時18歳の娘盛り。
「会議は踊る」を夢うつつ状態で映画館で何度も観たそうです。
現在は老人になっている数少ない日本人の中でも、
この映画が如何に衝撃的だったかを語る人は多いですね。
そして、その事は一種の伝説になっています。

戦前の日本は、アメリカ映画全盛の今と違って、
同じ同盟国として、ドイツ映画が全盛だったのです。
そういった時代の人にとって、
これほど(一世を風靡した)映画は無かったのですね。

私は母から散々そんな話を聞かされてきましたので、
十数年前にネットで、この映画のDVDを買いました。
そしてその中の、このメロディーのシーンを観て、
「会議は踊る」って、つまりこのシーンだったのかと痛く納得したものです。

今から15年くらい前だったか、
私の姉の友人女性(50歳代)は、何かの機会に全く初めて、
このメロディーを聴き、その素晴らしさに鳥肌が立ったそうです。
その気持ち、私にはよ~く分かります、
このメロディーは・・このメロディーは本当に素晴らしい!
単なる音符の組み合わせだというのに、
何でこんなにも素晴らしいメロディーが生まれるのだろうと、
人間の持つ能力に、関心し、また感動するのです。

この映画の挿入歌には「新しい酒の歌」というのもあるのですが、
私は以前、それも入ったレコードを持っていました。
どちらの歌もとても素晴らしいのです。


1997年、
レオナルド・ディカプリオ主演の映画「タイタニック」が公開されました。
その映画の謳い文句が「君はタイタニックを観たか」でした。
その意味は・・・
それは「会議は踊る」の事を言っているのです。
あの一世を風靡した映画「会議は踊る」
その映画を観た老人たちが今もってその素晴らしを語る・・
それを気取ったセリフなんですね。

しかし、今は亡きあの映画評論家、淀川長治氏がいみじくも言った様に、
「何てつまらない映画なんでしょうね」
そうなんですね、私も淀川長治氏と全く同感。
実につまらない映画でした。
要するに主演者に全く魅力が無いのです。
これほど、圧倒的につまらない事ったらありませんね。
それが「一世を風靡」だなんて、頭が高~いツ!
顔を洗って出直して来なさ~い。

「君はタイタニックを観たか」・・・
それはあまりの思い上がり。
「タイタニック」ごときが、
あの「会議は踊る」に勝てる筈など全くありませんでした。

私たち、1934年には影も形も無かった人間であっても、
そういった一世を風靡した人、物、には敬意を払います。
そんなチャンスに恵まれた人は幸せですね。

歌声喫茶にもこの歌は「唯一度の機会」とかで有りますが、
私の母は、これをドイツ語で唄っていました。
こういった原語の歌って、そのイメージを知る人は、
日本語で唄う事には抵抗感があって、あまり唄いたいとは思わないのですね。

この映画のシーンに出て来る人達は、
その殆どが今は生きてはいません。
幼かった人の一部が生き残っているのかも知れませんが、
「平家物語」の一節「ただ春の夜の夢の如し」が想い起こされますね。

しかし、現代人にとっては、
時代ズレして何だかトンチンカンに見えるかも知れませんが、
自分がその頃、若者だったら・・やはり・・衝撃だったとは思いますね。
それにしても、素晴らしい曲です。
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