河童の歌声

歌声喫茶&キャンプ&ハイキング&写真&艦船

私の中国狂いは、この歌から始まった

2015-06-25 03:51:14 | 音楽
横浜・瀬谷海軍道路の桜並木


私が初めて中国の歌を聴き始めた頃は28歳くらいの時でした。
友人に台湾好きな男が居て、彼の持っていたカセットテープを聴き、
興味が湧き、横浜中華街にある専門店でカセットを色々買い始めたのです。

最初はまるで何も判らないのですから、当てずっぽうで買うしかありません。
その内、好きな歌が出てきて、
よく見ると作曲家で選べば当たり外れの無い事に気づきました。

つまり、いい歌を作曲する人の曲は大体いいのです。
ダメな作曲家はどれを取ってもやっぱり、面白くはないのです。
そんな中で気に入った作曲家が判ってきたのですが、
その作曲家の歌を一番多く唄っていたのが「黄暁君」という女性歌手でした。

彼女は後々知ったのですが、どうもシンガポールの歌手らしいのです。
と言うのは、中国本土でも、台湾でも、
そんな歌手は知らないと言うのです。
おっかしいな~?一体彼女は何処の歌手なんだろう?
それで、やっと判ったのです。
シンガポールしかないという事が。

それからというものは、彼女のカセットを買いまくりました。
本当に、実にいい歌がいっぱいありました。
日本的に言えば、それはたかが歌謡曲だろうとも言えるでしょう。
ですが、日本の歌謡曲と根本的に違う所は・・・
それは民族楽器を多用しているという点です。
これは日本には絶対に無いのです。

日本の民族楽器、ショウやヒチリキを使っている歌が何処にあるでしょう?
そんな歌など聴いた事も無いし、
そんなものは雅楽にしか存在しません。

雅楽・・・それが歌謡曲に取り入れられてなんか・・絶対にありません。
ですが、中国ではそれがごく普通な事なんですね。
その差に私がシビレた事は間違いありません。

さて、そんな黄暁君の歌で、
私が最も忘れられなくなった記念すべき歌が、
この動画の最初の歌だったんですね。
タイトルは「娘惚・・・」
中国の漢字が出てこないし、チョッと忘れてしまったし。
ですが、歌詞の内容は男女の恋の歌だったんですが・・・

この歌が無かったら、私の中国狂いは絶対にありませんでした。

私の音楽人生を狂わせた歌。
それが、この動画の歌です。
以来、中国の歌、一辺倒で35年以上も心酔するなんて・・・

歌声喫茶にはまっていなかったら、私はまだまだ中国の歌ばっかり、
聴いていたんでしょうね、きっと。

私は何となくかかっている、いわゆるBGMというのはダメで、
聴くとなったら一生懸命に耳を澄まして、没頭する音楽じゃないとダメなんです。
だから、電車の中でイヤホーンで聴いていると乗り過ごしちゃうんですね。
何度か、乗り過ごしの失敗に嫌気がさして、ICレコーダーも人にあげちゃいました。

そういった意味では、中国の歌はまさに没頭できる歌でしたね。
今でも、やっぱり好きで好きで・・・
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奇跡の大番狂わせ・石田順裕

2015-06-23 04:39:03 | 日記
石田順裕ヒストリー アスリート波瀾万丈~崖っぷちからの大逆転~ Nobuhiro Ishida Upset of the Year 2011


私は、この石田順裕(のぶひろ)というボクサーを、
つい最近まで知りませんでした。

2012年のロンドンオリンピックで、
ミドル級で金メダルを取った村田諒大の試合などを観ていたら、
「村田と試合をしたい」と言っていたのが、この石田順裕だったのです。
「何だ?誰なんだ、こいつは?」
というので、石田順裕を知ったのです。

ミドル級(体重75キロまで)というのは、
世界中で最も選手層の厚い種目で、そんな超難関を乗り越えて
日本人で唯一世界チャンピオンになったのが、あの竹原慎二ですね。

今度は石田順裕の動画を観まくっていたら、
飛び込んできたのが、この感動の動画でした。
アメリカ人のボクシングジャーナリストが、
25年間仕事してて最も衝撃的な番狂わせだったと言うのですから凄い。

カークランドはマイク・タイソンの再来と言われ、
ランキング世界第4位。27戦全勝(24KO)というハードパンチャーの27歳。
片や石田は22勝6敗2分け(7KO)・無名の35歳。
誰の目にも勝敗は明らかで、まさに石田はカークランドのかませ犬でした。
(かませ犬・・要するに練習台)

カークランドも無名の日本人・石田など物の数ではなく、
きっとなめ切っていたんでしょうね。
それは、負けた時の顔つきが憮然として、怒り心頭といった表情でも見て取れます。

しかし、石田の奥さんはいいですね。
「負けたら全部お前のせいや」と言った石田に対し、
「じゃあ、勝ったら全部私のおかげやね」
あの一言があったからこそ、石田の勝利があったのかも知れません。

試合に勝った瞬間、私は感動で胸がジーンとしました。
まさに映画「ロッキー」を地でいった瞬間でしたね。
知らなかった、でもいいものを見せてもらいました。

石田順裕はその後、体重を20キロ増量しヘビー級に転向して、
日本チャンピオンを目指しましたが、夢は叶わず
今年8月にエキシビジョン引退興行を行うそうです。
その月に石田は40歳になるんですね。

石田順裕・・こんな選手が居たんですね。今まで知らなくてゴメンね。
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ベイビーブーと共演

2015-06-22 04:54:57 | 日記
昨日は、エリカさんと新宿ともしびに突撃。

4時の開店時間に行くと、予約席だらけで良い席はまるで取れず。
仕方なく最前席に座ると、ほどなく店長の斎藤さんが、
「キャンセルが出たので」といつも大体座る席が空いたのでホッとする。

何でこんなに大混雑なんだ?と思ったら、
6時からベイビーブーのミニコンサートがあるとの事。
皆さんには申し訳ないけど、我々はそんな事とは露知らず。
ベイビーブーさん、知らなくてゴメンね。

私たちの向かい側に座っていたのは、何と御年8歳の双子の姉妹。
お母さんと言っても、とっても若いママさん。
訊くと、以前娘たちの幼稚園だかに彼等ベイビーブーが来て、
それ以来のファンだとか。
彼女は何だったか?ベイビーブーのある歌を聴いて涙ぐんでいました。
歌ってホントにいいんですね~。

店内はそんな具合で若い人がいっぱいで熱気ムンムンです。
普段には絶対に見られない若い女性だらけだし、
いつも来る、我々世代のオバチャマ族も彼等ベイビーブーのイケメン達にうっとり。
あのね~、いい歳こいてやっていい事と悪い事ってあるんじゃないの?
エッ、全部やっていい事なの?そ~なの~・・・
ま、いいか~。

彼等ベイビーブーさん達はコンサート終了後も、
店に居残ってみなさんと一緒に歌を楽しんでいました。
そろそろお終いの時間近くになってかかったのが「たんぽぽ」
私のリクエストではありませんが好きな歌なので、
例によってパソコン片手に前に出て唄ったんです。
ところが私の隣に来て一緒に唄ったのが何と・・・
ベイビーブーでエリカさんも私も一番好きなユウさん。





そうです、いつも一番右側で帽子をかぶってバスで歌っているイケメンさん。
彼は私が片手に持ったパソコンを見ながら「お~、素晴らしい」ってね。
彼の惚れ惚れする低音が私の耳にビンビンに響いています。
だって私の右隣にぴったり寄り添って唄ってるんですから。
彼の張りのある低音は本当に素晴らしい。
歌が終わった時、私はユウさんに「素晴らしい低音ですね、感激です」と
握手をさせてもらっちゃいました。
その時の写真は・・だ~れも撮ってないんだもんね~(涙)

しかし、俺ってよく芸能人と共演するんだよね~。
いつだったか山手線一周歌声列車でも、
あのアントキノ猪木さんから「一緒に写真撮らせて下さい」っておねだりされるし。
今回もユウさんが俺の隣に来たがるし・・・

エッ、勘違いすんな?
うるせ~、俺は芸能人にモテるんだゾッ!




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フルス・・その素晴らしい音色

2015-06-21 04:05:07 | 楽器
Hulusi 葫蘆絲: 李貴中 - 天涯歌女


この楽器は中国・雲南省方面の民族楽器で、フルス(瓢箪笛)といいます。
動画のタイトルに難しい3文字の漢字がありますが、
本来はそう書くのですが、パソコンではその漢字は出ませんね。

私がこの楽器を知ったのは今から30年以上前。
レコード屋にあった「世界の民族音楽・アジア編」そんなタイトルだった様な。
そのLPレコードに入っていたのが、
フルス演奏による「金の孔雀」という曲でした。

その音色に一発で魅せられてしまいました。
「二つの音が同時に出せる不思議な楽器」
虜になってしまいました。

その後、台湾や中国や香港などに私的に行く事があり、
その地の楽器屋さんに行っては「フルスが欲しいと」言っても、置いてなかったり、
「そんな楽器は知らない」と言われてしまったりでした。
もうすっかりあきらめてしまったんですが、
10年くらい前、インターネット検索したら、
何と東京の十条に中国楽器の専門店があり、そこに売っていたんです。
その時ほどインターネットの(凄さ)を感じた事はありませんでした。

早速、購入して吹いてみたんですが、
ドレミファソラシまでは吹けるんですが、最後のドが出せないんです。
仮にも昔、ラッパを吹いていた実積があるので、
ある程度の自信みたいなものはあったのですが、もうすっかりやる気を無くしましたね。

でも、何とかならないのかとアンテナを張っていたら、
東京の錦糸町に、平日の昼間に教えてくれる場所がある事を知りましたが、
平日の昼間に東京じゃ、もうどうにもならないと諦めざるを得ませんでした。

以来、もう野ざらし状態で押入れに放り込んでます。
それは、5年くらい前に買ってバンドに入ろうと思っていた、
ユーフォニアムと全く同じで、ホントにがっかりしてます。
歌声喫茶などにはまってしまうと、バンドに入ってなんて出来ないんですね。
歌声とバンド活動とは時間的に両立は不可能なんですね。

それでも、ネットで出て来たのが、
日本人の若い男性で、本場・雲南省で師匠に付いてフルスを学んだ人が居て、
国分寺の小さな喫茶店で演奏会をしたのを聴きに行った事があります。
大小何本かのフルスを持っていました。

でも、もうフルスは私の中では死に体となっています。
本当に無念です。
「金の孔雀」はYouTubeで検索しても、まるで出てきません。
時々はやはり、あの曲をまた聴きたいと思うのですが、
やはりダメです。
この「天涯歌女」も昔は何百回となく聴いた歌でとっても懐かしく、
この動画でやっと思い出した歌です。

以前の妻の所に、私のレコードや、中国のカセットが100本もあるのですが、
まさか取りに行く訳にもいかず、もう仕方ないですね。

でも、フルスといい、ユーフォニアムといい、
その音色の素晴らしい事ったらないんです。
本当にウットリするんです。
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エスカレーターは歩くな!

2015-06-20 08:27:51 | 日記
何処の駅でも、エスカレーターの右側は歩いて登る人の為に空けてあります。
これは下りのエスカレーターでも同じに空けていますね。
関西では関東とは逆に、左側を歩く人の為に空けているそうですが。

私は、このエスカレーターの片側を歩くという行為に反対です。

以前、横浜の東戸塚という駅をよく利用していました。
そこの駅で降りると、私のよく利用する後ろ側には、階段が無くエスカレーターだけなのです。
電車から降りて来た人たちは、もう夜であるし疲れていてエスカレーターを歩きたくないので、
みんな左側に行くので、延々と長蛇の列になるのです。

右側はというと、そんな長蛇の列に嫌気がさし我慢できなくなった人が行くのですが、
左側に比べて圧倒的に少ない人数なんです。
私も、大体が新宿ともしびあたりの歌声喫茶帰りな事が多かったんですが、
別に急ぐ理由がある訳じゃなし、左側の行列に我慢して並んでいるクチでした。

これがエスカレーターは歩いてはダメですとなり、
左右がみな歩かなくても良くなったら、
長蛇の列はかなり解消すると思うのです。

東京駅・中央線のエスカレーターは3階まで登る様な長いエスカレーターなので、
皆さん左側に行きたがります。
しかし、駅が東京の中心、忙しい人の多い駅ですから、
右側を歩いて上がる人は、東戸塚駅とは比較にならないくらい多いですね。
でも、3階まで歩くのはかなりの運動量ですよね~。

それと・・・ここが重要な点なんですが、
右側を歩く人の何かが、左側の人の何かに触れて転びでもしたら、
状況によってはかなりの惨事となってしまいます。
若い人は反応速度も速く、急な対処も出来るでしょうが、
お年寄りや体に何らかの障害を抱えている人など、まるで対処は出来ないと思います。

日本人って何でそんなに急ぐんでしょうね~?
そんなに急ぐ用事って、私には無いんですけどね~。
もし仮にそんなに急ぐ用事があったとしたら、私だったら階段を駆け上がりますね。
そっちの方がエスカレーターを歩くより、よっぽど速いと思うんですけどね。

急ぐ人の為にエスカレーターの片側を空けるという(常識?)は、
かえって遅くする要因だし、危険な行為だと私は思うのです。

みなさん、どう思いますか?


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