河童の歌声

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俺が日本兵だったら

2017-08-08 10:06:40 | 日記
陸軍分列行進曲 ~Japanese army march past~


私は戦後生まれですから、戦争を知りません。
その事は実に幸せな事でした。

しかし、まかり間違ってあと20年とか30年早く生まれていたら・・・
それは実に悲惨な人生であった事は間違いありません。

私はどうせ兵隊に行くなら、決して日本軍には行きたくありません。
どうせならアメリカ兵として戦争に行きたかった。
たかが一兵卒であっても「人格」を尊重してくれるアメリカと、
一兵卒など虫けら同然の日本軍とでは天と地の差。

同じ死ぬなら「人格」を判って貰えながら死ぬのと、
単なる虫けらとして死ぬのとは天と地の差。

私は「軍艦」が大好きな事もあって、
他人より少しは戦争の本を多く読んだと思います。
そういった中でも思うのは、
自分がもし日本軍の一兵士だったらという事です。

連日、上官から無意味に殴られ、
意見など聞いてももらえず、死ねと命令されれば、
何の為にとか考える事も許されずに死ななければならない。
そんな馬鹿な事があるか。

極寒のシベリア大地で雪にまみれて土になっていくのか。
南方に送られる輸送船が潜水艦の攻撃を受け、
何も出来ずに何処で死んだのかも知られずに、海の藻屑になって死ぬのか。
ビルマの山中を敗走し、軍服もボロボロの浮浪者同然の姿で、
飢えに苦しみながら、温かいご飯を夢に見ながら死んでいくのか。
南海の孤島で食料が無くなり、先に死んだ兵隊の肉を食べて生き残るのか。
弾丸を浴び傷口にウジが湧いているのを眺めながら死ぬのか。

傷ついて歩けなくなった自分を見捨てて逃げ落ちて行く、
戦友たちの後ろ姿に「置いていかないでくれ」と叫ぶのか。
自分の肉体を弾丸とされて特攻隊として死んでいくのか。
何処の地で、どんな死に方をしたのかを身内にも知られずに、
ただ死んで行く無念さ。

せめて自分の最期は判って欲しいと願ってもそうはならず、
「お母さ~ん」と逝った若者達。
戦争は本当にイヤだ。
そして、日本軍はもっとイヤだ。

日本人というのはどうして「縦」ばかりで「横」が無いのだろう。
そういった体質からは何も生まれない。
欧米人の捕虜収容所でも、みなの体質にはユーモアがある。
それがあるからこそ、それがバネになって何かが生まれてくるが、
日本兵の捕虜は縦だけで横が無く、ユーモアなど何処にも無い。
それゆえに何も希望的なものは生まれようもない。

私の記憶には無い写真での父親の姿。
沢山の中国人の中の父は、サーベルを下げ、
偉そうにふんぞり返っている軍服姿。
俺と同じ顔をした親父は本当に偉そうにしている。

そういった父だったので、
戦争に負けた後はまるで「腑抜け」だったそうだ。
昭和24年に病気で(本当は戦病死に近かったとか)で、
死んだ時は母は、ある意味ホッとしたそうだ。

そういった戦争バカを作り上げる日本軍。

俺は本当に戦後生まれで助かった。
もし、軍隊に行ってれば、それはとんでもない事になっていただろう。
要領が悪く、真っ先に最前線に送られていたか、
父親と同じ様に、偉そうにそっくり返っていたか・・・


本当に戦争に行かなくて良かった。
平和って事がどれほど有難く、
これを私達は大切にしなければならないか、
時々、つくづくそう思うのです。



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