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地に堕ちた名器・ストラディバリウス

2017-05-09 11:09:49 | 楽器
バイオリンの名器中の名器・ストラディバリウスを知らない人はいないと思いますが、
パリとニューヨークで専門家での実験をした結果、
現代製のバイオリンに負けたそうです。

今までもそういった実験が行われた事があったそうですが、
実験方法に問題あり、とかのクレームがあったそうで、
それならと、今回は何処からもクレームが付かない手法での実験でした。
その結果が・・アンタの負け。



ストラディバリウスは、
イタリアのバイオリン製作者・アントニオ・ストラディバリ(1644~1737)が、
製作したバイオリンの名称で、約1200挺が作られ、
現在に残るのは600挺だそうです。

でも、こういった実験が行われるという事は、
もう既に(どっちがいいのか?)というレベルになっているという事だから、
聴く人にとっては、もう聴いても分からないという事なんですよね。
だったら、どっちだっていいじゃんか。

2011年にはオークションでの最高価格12億7420万円の値が付いたそうです。
家を売り払ってまでストラディバリウスを買ったバイオリン奏者も居ましたね。
馬鹿にもほどがありますよ。
ど~もご愁傷さまで~す。
そこらにある楽器店で、テキトーなのでも買ってりゃ良かったのにね~。

バイオリンに限らず、楽器というのは
天井知らずの途方もない価格になってしまう、なんて事がままありますね。
そこまで(音)を純粋に追及する人は、それなりの音を出す自信があるのでしょう。
その事は私は手放しで褒めたたえたい。

しかし、楽器をやりながら、
音を究極に追及する事なく、いい加減な音しか出せない人が居ます。
こういった人は楽器をやる資格の無い人ですね。
声は生まれつきで、どうし様もない事ですが、
楽器というのは、スタートラインは皆、同じなんです。
そこから、スタートして如何にいい音を出すか、出せるかの問題です。
それを如何に出せる様になるかの勝負。
その意欲の無い人は楽器をやっても無駄です。
楽器をやるからには究極の(音)だけを出さなければなりません。

あ、つい頭に血が上ってしまいました。
で、楽器ですが、
あまり差の無い楽器に高過ぎるお金を使うのは無駄みたいなんで、
ど~でしょ~、
そういった高過ぎる楽器を持ち寄って、みんなでキャンプファイヤーやりませんか。



グランドピアノ・・2300万円。
この上に色んな楽器を積み重ねて・・・



アコースティックギター・・486万円。



エレキギター・・980万円。



これ、絶対に楽しいよ~。
俺はキャンプファイアーの隣でテント張ってキャンプしてるね。
みんなは、色んな高過ぎる楽器持ち込んで、いいよな~。
徹夜で燃やし尽くそうじゃない。






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ユーフォニアムは素晴らしい楽器です

2015-12-15 07:46:12 | 楽器
ユーフォニアム奏者 外囿祥一郎さん


私とユーフォニアムとの出会いは、高校一年生の時でした。
中学時代は、自分と楽器とは、まだ結びつかずでしたが、
段々と「高校生になったらブラスバンドに入りたい」と思う様になりました。

憧れの楽器はトロンボーン。
行進の時には大体最前列で、実にカッコいい。
楽器の入門なんて、大体はそういったいい加減な気持ちな事が多いですね。
私がそもそも何故ブラスバンド・・かと言うと、
それは中学生の時の初恋の女性がブラスバンドでクラリネットを吹いていたんです。
彼女を見ている内に段々と楽器に興味を覚えたのです。

それで高校に入ると、私は憧れのブラスバンド部を訪ねました。
私が「ブラバンに入部したい」と言うと、
それまで、そこにたむろしていた先輩達が急に衿を正したのをよく覚えています。

「それで君の好きな楽器は?」の問いに、
私は「トロンボーンです」だったのですが、
それは叶えられずでした。空きが無かったのです。

で、「君にはこれをやってもらう」と言って示されたのが、
このユーフォニアムでした。
あの華やかなトロンボーンに比べ、何と風采の上がらないその姿。
はっきり言って失望感しか感じませんでした。

しかし、言われたままに吹いている内に私はそのまろやかな音色に
段々と魅せられていきました。
日曜日もへったくれもなく私は学校に行っては吹きまくっていました。
練習すればするだけ当たり前に、見る見る内に上達し、
それは自分でもビックリする程でした。

学校の勉強そっちのけで、授業が終われば楽器。
日曜日も春休み、夏休みも学校に独りで行っては吹きまくり。
ユーフォニアムどころか、他の楽器・クラリネットもサックスも、
トランペットもトロンボーンも私は吹きまくっては楽しんでいました。

しかし、そのユーフォニアムとの付き合いもたった一年で終わってしまいました。
私が2年生になった時に、ブラスバンド部は新しい楽器を購入しました。
それはユーフォニアムより低音の(中バス)です。
私がその楽器を任され、私はまたもや日曜日も吹きまくり。
ですが、その楽器も一年間でお終いになったのです。

3年生になった時、ブラスバンド部はまたもや新しい楽器を購入しました。
それはスーザフォーン・・金管楽器の最低音を受け持つ大きなラッパです。
それはチューバという楽器を行進用に、
肩にかついで演奏する形態に変えた大きく重いラッパです。
その楽器も私が任される事になりました。
スーザフォーンの最低音の魅力というのは確実に存在します。


そんな楽器の思いではそこまででした。
私の中から楽器は遠ざかったのですが、
今から6年前になって、私はもう一度楽器をやりたくなりました。
そして購入した楽器は・・やっぱりユーフォニアムでした。
あのまろやかな音色は、私にとって最も好きな音だったのです。

さて、バンドに入って吹きまくるぞと、
地元のアマチュアバンドに電話したら、ユーフォニアムの空きが無く断られました。
それは結果的には正解でした。
その頃はまり始めた(歌声喫茶)
バンド活動と歌声喫茶との両立は、まず無理だったからです。

という訳で、せっかく買った楽器は押入れの中で野ざらし状態。
たまに車の中で吹いたりもしましたが、
楽器ってやはり皆とやらないと、ちっとも面白くないんですね。
それと、昔はあれ程の音を出せていた私が、
自分でも信じられないレベルになっていて、元に戻せないのです。
これにはひどくガッカリし、まったく気落ちしました。


そういった楽器の思い出があって、
この外囿祥一郎氏の演奏を聴くと、やっぱりユーフォニアムって最高だと感じます。
しかし、「外囿」という名前、読めないですよね。
これは「ほかぞの」と読みます。
彼の演奏は、5~6年くらい前、
錦糸町で行われた「航空自衛隊音楽隊」の演奏会で聴きました。

ユーフォニアム演奏家として、日本のトップルレーヤーである彼の演奏は、
とても素晴らしかった。
やっぱり、「いい音」を聴くと、心がなごみ、
とても耳が心地よいんですね。

外囿さんもユーフォニアムも最高です。






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何故、楽器が上手くなりたいと思わないの?

2015-07-21 05:36:32 | 楽器
先日、ある歌声会場に行ったら、数台のアコーディオン演奏の方々が居ました。
それは、いつもとは違う形式の歌声だったので、そうだったのですが、
それを眺めていて、ふと疑問に思った事があります。

「何故、楽器が上手くなりたいと思わないの?」という事です。

それは、演奏される歌によっては全員が演奏をするのですが、
演奏曲によっては、演奏しない人はまるで何もせずに座っているだけなんです。

私は「エッ?」と不思議でなりませんでした。
だって、仮にも楽器(アコーディオン)をやってるんでしょ。
だったら何故、演奏に係わろうともしないの?
何故、何もしないで座ってるだけなの?
そんな事は私には信じられない事です。



私は高校に入るとブラスバンド部に入りました。
先輩から「何を吹きたいの?」と希望楽器を訊ねられたので、
憧れの楽器「トロンボーンを吹きたいです」と答えました。
しかし、トロンボーンには空きが無いので「これをやってもらう」
と言われたのが、この楽器、ユーフォニアムでした。
その頃はまだ(ユーフォニアム)などという言葉は無く、
(小バス)と言ってたのです。
私は、風采の上がらないその楽器の姿に失望したのですが、言われるままに従わざるを得ませんでした。

だって、軍楽隊の行進を見ていると、まず先頭に居るのがトロンボーンなんで、
嫌でもその‘カッコいい‘姿が目に付くんですね。
それに比べて(小バス)なんて、一体どんな楽器で何処に居るのやら??

しかし、嫌々ながらでも、憧れのブラバンに入ったんですから、一応やりました。
その内、私は小バスの魅力に段々とはまってしまったんです。
高音楽器でもなく、低音楽器でもない中音楽器とでもいう楽器。
そして、そのまろやかな優美な音の魅力が解ってきたのです。

もう夢中になって吹きまくりました。
日曜日にも学校に行っては一人で吹きまくっていました。
とに角上手になりたい一心で、学校の勉強などどうでもよくなってしまいました。

2年生になった時、ブラバンでは新しい楽器(中バス)を購入しました。
小バス(B♭)に比べて半音低い音階の(E♭)楽器です。
その楽器の担当に私が任命されました。
その楽器にも私は夢中になりました。

3年生になった時、ブラバンでは今度はスーザフォーンを購入しました。



その楽器も私が任命され、またまた私はその低音に魅了されていきました。
現在のグラスファイバー製と違って、当時は全てが金属製なので、凄く重たかったのですが、
そんな事など何とやらで、やはり夢中になっていきました。
とに角、上手くなりたい、他の演奏者には負けたくないの一心でした。
バス系の楽器の低音の魅力に取りつかれると、そこからは逃れられなくなる様です。

そんな自分の楽器との係わりから思うと、
彼等が何もせずにただ座っているだけなんて、まるで信じられないのです。
音を出さないなら、せめて指で音を追うくらいの努力はすべきだと思うのです。
楽器というのは(音を出してナンボ)の世界なんんです。
何もしないという事は(上手くなりたい)と思わない人の世界なんです。

楽器というのは、それが他人からは「あんな楽器の何処がいいの?」と思われても、
その楽器なりの魅力というのは、必ずあるのです。
それだから皆、夢中になってやるのです。
どうせやるんだったら、自分が最高になりたい筈でしょう。
なのに、何もしないなんて・・・


これとは若干意味は違いますが、
歌声会場での休憩時間にゴチョゴチョと余計な音を出したがる演奏者が居ます。
そんな騒音源みたいな練習行為は、家ですべきであって、
他人にはそんな手の内の騒音は聴かせてはいけません。
他人の前に上がったからには、(絶対的な音)で納得させるべきなんですね。

楽器という魅力に取りつかれた人達よ、
自分は絶対に他人には負けないという努力をしなさいね、
みっともない行為はしてはなりませんよ。
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フルス・・その素晴らしい音色

2015-06-21 04:05:07 | 楽器
Hulusi 葫蘆絲: 李貴中 - 天涯歌女


この楽器は中国・雲南省方面の民族楽器で、フルス(瓢箪笛)といいます。
動画のタイトルに難しい3文字の漢字がありますが、
本来はそう書くのですが、パソコンではその漢字は出ませんね。

私がこの楽器を知ったのは今から30年以上前。
レコード屋にあった「世界の民族音楽・アジア編」そんなタイトルだった様な。
そのLPレコードに入っていたのが、
フルス演奏による「金の孔雀」という曲でした。

その音色に一発で魅せられてしまいました。
「二つの音が同時に出せる不思議な楽器」
虜になってしまいました。

その後、台湾や中国や香港などに私的に行く事があり、
その地の楽器屋さんに行っては「フルスが欲しいと」言っても、置いてなかったり、
「そんな楽器は知らない」と言われてしまったりでした。
もうすっかりあきらめてしまったんですが、
10年くらい前、インターネット検索したら、
何と東京の十条に中国楽器の専門店があり、そこに売っていたんです。
その時ほどインターネットの(凄さ)を感じた事はありませんでした。

早速、購入して吹いてみたんですが、
ドレミファソラシまでは吹けるんですが、最後のドが出せないんです。
仮にも昔、ラッパを吹いていた実積があるので、
ある程度の自信みたいなものはあったのですが、もうすっかりやる気を無くしましたね。

でも、何とかならないのかとアンテナを張っていたら、
東京の錦糸町に、平日の昼間に教えてくれる場所がある事を知りましたが、
平日の昼間に東京じゃ、もうどうにもならないと諦めざるを得ませんでした。

以来、もう野ざらし状態で押入れに放り込んでます。
それは、5年くらい前に買ってバンドに入ろうと思っていた、
ユーフォニアムと全く同じで、ホントにがっかりしてます。
歌声喫茶などにはまってしまうと、バンドに入ってなんて出来ないんですね。
歌声とバンド活動とは時間的に両立は不可能なんですね。

それでも、ネットで出て来たのが、
日本人の若い男性で、本場・雲南省で師匠に付いてフルスを学んだ人が居て、
国分寺の小さな喫茶店で演奏会をしたのを聴きに行った事があります。
大小何本かのフルスを持っていました。

でも、もうフルスは私の中では死に体となっています。
本当に無念です。
「金の孔雀」はYouTubeで検索しても、まるで出てきません。
時々はやはり、あの曲をまた聴きたいと思うのですが、
やはりダメです。
この「天涯歌女」も昔は何百回となく聴いた歌でとっても懐かしく、
この動画でやっと思い出した歌です。

以前の妻の所に、私のレコードや、中国のカセットが100本もあるのですが、
まさか取りに行く訳にもいかず、もう仕方ないですね。

でも、フルスといい、ユーフォニアムといい、
その音色の素晴らしい事ったらないんです。
本当にウットリするんです。
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田原順子の琵琶

2015-06-07 08:28:25 | 楽器
琵琶演奏 「祇園精舎」 ~伝統音楽デジタルライブラリー


数年前、東京目黒の小さな会場に、
田原順子さんの琵琶を聴きに行った事があります。

それよりずっと前には、上原まりさんの琵琶を聴きに行った事がありました。
元・宝塚スターだった上原まりさんは、
琵琶奏者・柴田旭堂氏の一人娘なので、
宝塚退団後に父親の道を継いだのは自然の成り行きだったのかも知れません。

上原まりさんは「平家物語」をライフワークとしていて、
自身で作曲したりもして「平家物語」に対する思いは並大抵ではありません。
そこに至る過程を著書に描いたりもしています。

それに対し、田原順子さんは「平家物語」に関しては、全編を演目にはしてないみたいで、
さわりの部分(例えば祇園精舎)とかを演じる様です。

しかし、私は上原まりさんのソプラノより、
やや低音のアルトで演じる田原順子さんの「平家物語」が好きです。
平家一門の悲しさは、やはりアルトの方が合ってる気がします。

(ちなみに田原順子さんは私たちの歌声仲間であり、
千葉県・船橋で「坪井の歌声喫茶」を主催する、ミクシー名(ポクテ)さん、
伊藤美知子さんと高校時代の同級生という事です)

3年前の9月に、
平家落人集落として有名な、栃木県の湯西川温泉に行きました。
そこには平家の資料館があり、
藁ぶき屋根数棟が立ち並び、平家琵琶の物悲しい音色が流れていました。
その音色は、天国から地獄へと叩き落された平家一門の悲しみそのものを感じさせました。


「平氏にあらずば人にあらず」とまで豪語し、
我が世の春を謳歌した平家は、総氏・平清盛が亡くなってから
わずか4年で・山口県の果て、壇ノ浦に滅亡していきます。
清盛の娘・建礼門院は我が子・安徳天皇と共に舟から海へと身を投げますが、
他の平家一門ことごとく滅んでいく中、彼女だけが助け上げられ、
京都・大原寂光院で尼となって平家一門を弔いながら生きながらえます。

源氏の総氏・源頼朝は、自身の生い立ちが、
平家一門の、ホンの情け、ホンの気まぐれから生き延び、
それが為に平家を滅ぼすのですから、
骨の髄まで、血の存続の恐ろしさが分かっています。
故に平家の「血」一滴たりとも見逃す事はなく、根絶やしにかかります。
それは長期間にわたり周到に徹底的に行われました。

壇ノ浦から落ち延びた平家一門は、
源氏の追及が尋常ではない事を悟り、必死の逃亡をします。
ちりじりバラバラとなって地の果てまでも逃げて行きます。
源氏の追手に見つかったが最後、女子供であろうと情け容赦なく、
皆殺しになるのですから、もう死にもの狂いで逃げて行きます。
源氏に見つからぬ様に煙を立てる事も、音をたてる事もままならず、
彼等の恐怖心は如何ばかりであった事でしょう。

そんな悲しい平家一門の姿を描いたのは、琵琶法師たちによる
筑前琵琶でした。
平家滅亡は文章でなく、琵琶法師によって口から口へと語り継がれていったのです。

そういった悲しみをたたえた平家琵琶の音色。
田原順子さんの語りを聴くと、彼等・平家一門の悲しさが伝わってくる思いがするのです。





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