河童の歌声

歌声喫茶&キャンプ&ハイキング&写真&艦船

呪われた軍隊の名曲

2017-12-13 10:29:15 | 音楽
20世紀を地獄に変えてしまったのが、ヒトラーとすれば、
ヒトラーに率いられたナチスは呪われた軍隊でした。

呪われた軍隊であっても、その音楽に責任はありません。
その内容・歌詞を考えると、それを演奏する事にためらいがあるでしょう。
しかし、言葉の解らない私には、単に音楽として受け止められるのです。
それらの中には名曲も当然あります。

こういった曲を聴いただけで身震いがする人も居るでしょう。
あの恐怖を思い出して身の毛が逆立つ人も居るでしょう。
しかし、そう言って打ち捨ててしまうには勿体ない曲もあります。
そういった曲を集めてみました。

WEHRMACHT - Wenn die Soldaten (2) - Helenenmarsch



Badenweiler March [HD HQ] バーデンヴァイラー行進曲


バーデンヴァイラー行進曲は、ヒトラーの個人的行進曲と言われましたが、
作曲者は何もヒトラーの為に作った曲ではありませんでした。


Königgrätzer Marsch [HD HQ]ドイツ行進曲  ケーニヒグレッツ行進曲



Preußens Gloria [ドイツ軍歌] プロイセンの栄光



Horst Wessel Lied [ナチス党歌] 旗を高く掲げよ [ホルストヴェッセルの歌] ナチス国歌


ホルストヴェッセルは若いナチ党員でしたが、
反対勢力に殺されたのを、祀り上げられてナチ党の象徴的な存在になりました。

フェールベリン騎兵隊行進曲

FEHRBELINER REITERMARSCH BY THE GARDE-KUERASSIER REGIMENTAL BAND,BERLIN 1898.wmv



ドイツ行進曲エリカ(日独字幕付き)



Panzerlied [ドイツ軍歌] パンツァーリート[戦車の歌]


この曲は映画「バルジ大作戦」の中で唄われ一躍、有名になりました。

Unser marine [ドイツ軍歌] ドイツ海軍旗行進曲


Lisa Lisa [ドイツ軍歌] リーサリーサ


WW2 Lili Marleen (1939 Version)


リリーマルレーンは歌声喫茶でも唄われる歌で、
ドイツ軍兵士にも、また敵軍の兵士達にも愛された不思議な歌でした。

ドイツ映画「Uボート」の中でも、
ドイツ兵たちがアメリカの軍歌を面白がって唄うシーンがあります。


これらの映像を見ると思うのは、
ここに映っている兵士達、一般のドイツ人達のその後の運命です。
彼等の多くが命を落としたでしょう。
生きてあの戦争を乗り越えた人も、その全員が涙を流した事でしょう。

今まさに死んで行く自分の運命に泣いた兵士も居るでしょう。
家族や親戚や、友人や戦友の死に泣いた人も居るでしょう。
この映像に映っているほぼ全員が、涙を流す運命を背負わされた人々です。

戦争とはそういうものなんですね。
恐ろしい時代を彼等は身をもって体験せざるを得ませんでした。



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プロの世界

2017-12-08 08:44:43 | 音楽
歌声喫茶を知ってから、
音楽におけるプロの世界という事も知る様になりました。

音楽におけるプロというのは、
今までは歌謡曲の歌手だったり、クラシックの世界だったり、
いわゆるテレビに出てくる様なランクの人達、
そういった世界がプロの世界だ、くらいの認識しか持っていませんでした。
と言うか、そんな事はどうでもいい世界だったのです。
しかし、それはあまりにも認識不足だと知りました。
テレビに出ない演奏家の世界が実に広い事を知りました。

歌声喫茶というのは(音楽)の世界ですから、
そこに行くと当然ながら音楽系の話題、チラシだとかに対面します。
こういった活動をしている方も居るんだ。
こんな世界があったんだ。
という一種の驚きに出会う事が多々あります。

そういった人達で、
何処からがプロで、何処までがアマかという線引きは、
これは本人にしか分からないのかも知れません。
世間からは「あの人はプロだ」と思われていても、
本人にすれば「自分はプロじゃないアマだ」と思っている事もあるだろうし、
反対に「あの人はアマチュアだ」と世間から思われていても、
「イヤ、自分はプロだ」と思っている方も居ると思います。
プロとアマの線引きは実に曖昧、自己申告的なんですね。

実は、この私もプロになりたいなんて思った事もあったのです。



ユーフォニアム、この楽器に魅せられてしまい、
プロと言っても、それは若い頃に映画スターに憧れる様なものだったんです。
「先輩達から、お前は上手い」とおだてられ、
その気になってしまっただけの単細胞だったのです。

歌声喫茶で知った様々な演奏家達を見ていると、
私の音楽的才能なんて、取るに足りない貧弱なものだったと、
「井の中の蛙大海を知らず」を痛感するのです。

プロというのはアマチュアではありません。
演奏する事によってお金を頂くのです。
お客さんは、その人の演奏に「お金を払う価値がある」から、
会場に足を運び、お金を払うのです。
お金を頂く以上、いい加減な演奏など出来る筈はありません。
それこそが(プロ)なんですから。

しかし、私は以前、見てしまったのです。
彼はプロな筈でした。
でも、お金を払って来てくれた方々を前に、
彼は酔っぱらっていたのです。
その醜態は、実に哀れであり悲しくもあり、
共演の歌手はあまりの惨状に色を失い、
スタッフは呆然自失で悔し涙を流していました。
これがプロと言えますか?

彼のコンサートがありました。
私はやる前から(やるだけ無駄なコンサート)と公言していました。
それに行った方に感想を訊いたら、
「良かったよ」のお義理のひと言だけで、後は何も言いません。
だから言ったでしょ「やるだけ無駄だ」と。

テレビに映らないからといって、
中には本当に(凄い)人が居ます。
そういった人に何気なく出会えるのですから歌声喫茶って凄い。
フェイスブックには、そういった(凄い)仲間達が居ます。
そういった方々に出会えた事は、
音楽好きな私にはとても(凄い)事なんです。




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一番好きな中国の歌

2017-11-18 21:08:55 | 音楽
横浜・瀬谷海軍道路の桜並木


私が中国の歌を好きになったのは、
この動画の冒頭の歌から始まりました。
27~28歳の頃でした。

それからは、明けても暮れても中国。
以来35年間以上、日本はおろか何処の国の歌にも興味なし。
カセットテープは100本以上持っていましたが、
離婚と共に殆ど全てを失ってしまい、
今では曲名すら分からない状態です。

本当に残念至極ですが、
それでもパソコン&ユーチューブを知ってから、
少しではありますが、忘れた歌を聞ける様になっています。
そんな歌の一部を紹介しましょう。

[八大巨星] 喜洋洋 -- 万紫千红迎新岁 (Official MV)


【陳佳】翻唱鄧麗君《月亮代表我的心》


邓丽君 - 甜密密


蔡琴 - 最後一夜


この歌は中国版「今日でお別れ」菅原洋一みたいな歌で、
私はこの歌が大好きでした。
台北のスナックでホステスの女性にこの歌を唄ってもらった時は、
かなり感激しました。

鄧麗君 / 又是一個下雨天


香港之夜 - 鄧麗君 - 1978年


邓丽君 - 小城故事


蔡幸娟_天涯歌女(200702)


これ以外にも、いい歌は数限りなくあったのですが、
もう二度と聴けなくなってしまった事はかえすがえすも無念です。
中でも「一片情意忘不了」などという歌が、
ユーチューブでは何としても出て来ない事が残念です。

【怀念邓丽君】何日君再来 1985 NHK演唱会


一番有名なこの歌を入れるのを忘れていました。
「何日君再来」は中国を代表する歌で、沢山の歌手が唄っていますが、
やはり鄧麗君(テレサ・テン)の歌が最高ですね。

歌声喫茶では勿論、ロシアですが、私は中国だったんです。
それ以前には、軍歌だったりマーチだったり、
沖縄だったりとかがありましたが、
歌声喫茶という世界にはまると、
そういった音楽とは別に、童謡や歌謡曲・革命歌・労働歌・
フォークソングやニューミュージックなどがあるのですが、
それはそれで新しい歌を覚える楽しさがあります。

こうしてみると、やはり鄧麗君(トン・リーチン)テレサ・テンの歌が多いのです。
彼女は(東洋の歌姫)と言われるスーパースターでしたから、
そうなるのは当然ですが、彼女以外にもいい歌手はいっぱい居ました。
中でも私が最も好きだったのは、
暁黄君という女性歌手で、特に声がいいというのではなく、
彼女の持ち歌に、いい歌が多かったのです。
冒頭の動画の歌手も彼女でした。

私はやっぱり中国の歌が今でも一番好きなんですね。



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NHKのど自慢大会が好き

2017-10-30 00:50:54 | 音楽
NHK のど自慢のテーマ


「NHKのど自慢」が好きです。
日曜日の昼にテレビでやってますね。

私の母はこういった手拍子で始まる番組が、あまり好きでなく、
その影響で私も以前はあまり観る事は無かったのですが、
最近は大好きで、日曜日の昼に在宅している時には、
必ずと言っていいほど観ています。

何がいいかと言うと「人情味」がいいんですね。
涙あり笑いありの、まるで「寅さん」みたいな感じ。

その歴史を見てみると、
1946年(昭和21年)の終戦後すぐに始まっています。



第一回の司会者は高橋圭三でした。
その当時の番組名は「のど自慢素人演芸会」でした。
1960年からはラジオ・テレビ同時放送となりました。



1966年、それまで17年間司会を務め、
のど自慢大会の(顔)だった宮田輝アナウンサーが降板すると、
視聴率が急降下し、出演者も減り、
NHKでは廃止論まで出る状況になります。

1970年に番組名が「のど自慢素人演芸会」から、
現在の「のど自慢大会」になります。
「素人演芸会」は歌の上手い人に限られていのですが、
「のど自慢大会」になってから、
不合格者の中から熱演賞を選ぶ様になり、
「あの程度なら私も出られる」となって、出場者の幅が広がり、
これが「熱演賞」最大の功績でした。
今は「今週の特別賞」になっています。

NHKのど自慢:東京都八王子市◆合格♪91歳!高校3年生!


ここで歴代アナウンサーを紹介しましょう。



金子辰雄・・1970~1987



吉川精一・・1987~1993



宮川康夫・・1993~2005



宮本隆治・・2005~2007



徳田章・・2007~2010



松本和也・・2010~2011



小田切千・・2013年~

ただ、この継続は正確ではなく、同じ人が再登場したりしています。
私は、現在の(小田切千)アナウンサーの持つ、
人懐っこさ、人間味がとても好きです。
歴代アナウンサーの中でも出色ではないかと感じています。

テレビに出られるのは毎回20組に限定されていますが、
その前に行われる予選会には250組の方々が出場します。
その250組に出場するには、
平均倍率4~5倍という難関を突破しなければなりません。
テレビに出るというのは、物凄い狭き門なんですね。

のど自慢大会に出場して芸能人になった方は、
美空ひばり・若原一郎・坂上二郎・北島三郎・五木ひろし・
森進一・島倉千代子・牧伸二・里見浩太朗・賠償千恵子・
京塚昌子・遠藤実・大津美子・田中星児・などとても多いですね。

北島三郎は鐘2つ。
島倉千代子・作曲家の遠藤実は鐘1つだったそうです。

応募ハガキから出場者を選出する時点では、
選曲が重視されるみたいです。
そして、
歌で何かを伝えたいとか、自分の人生を歌に重ねる方、
歌を通じて人と触れ合いたいという思いを持つ方が多いそうです。

アナウンサーは1分間のインタビューの中で、
その人の人生、人柄を引き出せれば大成功なんだそうです。

テレビ番組の終了後には、
出演者が別室に集まり、感想を語り合うのだそうですが、
話が盛り上がって、このまま別れるのは名残惜しい、
「どうでしょう、皆さんとこれから同窓会をやりませんか」と、
まるで家族の様に盛り上がるのだそうです。

そういった中から愛が芽生え、結婚していった人達が、
何組も居るんだそうで、
司会者が結婚式に招待されたり、司会を頼まれたり・・
のど自慢大会って、ホントに人間味があっていいんですね~。





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音楽的生活

2017-08-25 09:26:33 | 音楽
Cobalt Sky March コバルトの空 - 海上自衛隊東京音楽隊


私が楽器に係わっていたのは、
16~22歳くらいまでの、たった6年間くらいです。
ヘリコーン(この楽器は今では全く見ない)
小バス(ユーフォニアム)中バス・大バス(スーザフォーン)トランペット。
全部、金管楽器でした。

それから、ずっとブランクがあり、
60歳から歌声喫茶にはまってから、再び楽器とのご対面。
アコーディオン・ピアノ・キーボード・ギター・ドラム・
ベース・エレキ・・
そういった楽器と再び向かい合うと、
本来の楽器好きが疼くのです。
やっぱり、私は楽器が好きなんですね。

高校時代、日曜日も夏休みも、
一人で学校に行っては、ラッパを吹きまくっていた変な高校生。
先輩達からは「いい後輩が入ってきた」と期待の星。
下手くそな先輩からは、チョッと嫌がられては、いい気になっていた。
生意気で、それでいて楽器はメチャメチャ好きで好きで・・

水を得た魚という言葉の様に、
自分がそんなに楽器に夢中になるなんて、信じられなかった。
真綿に水が染み込む様に、ぐんぐん上達し、
楽器だったら誰にも負けたくないと必死で夢中で練習していた、
そういった高校時代。

あの頃の感覚。
真ちゅうの金属の匂い。バルブ液の匂い。グリスの匂い。
手に伝わる真ちゅうの冷たく、
それでいてこれからいよいよ音を出すんだという温かな想い。
初めて唇に触れるマウスピースの触感。
そこから管を伝わってくる真ちゅうの輝き。

一旦演奏に入ると、もうそこにあるのは桃源郷。
自分の出す音にしびれ、うっとりとただただ音楽をする歓びに溢れ、
その感覚は楽器をやらなければ絶対に味わえない。

街中を行進する時の感激。
沢山の人達の視線を浴びて行進する晴れ晴れしい胸の高まり。
それは、それを味わった人にしか判らない感覚。
あの味を味わいたいが為に吹奏楽から離れられない人も、
きっと沢山いると思います。
あれは一種の麻薬なんですね。


さて、再び楽器と向き合う様になると、
私は金管楽器が大好きではありますが、
出来ればピアノをやってた方が(得)だったな、なんて思うのです。
ラッパがいくら上手くなっても、大勢を相手にたった一台では、
どうし様もありません。
その点、ピアノだったら一台だけで大勢の人達を相手に出来ます。
そして何より、
ともしび、韓国クルーズみたいに、
115000トンの豪華客船にタダで乗れたりするんですね。

それって、ズルイ!
ただで115000トンの豪華客船だよ~。
やっぱり、ピアノなんだよな。
音的には、それほど好きな音でなくても、
そんな事は全然関係ない事なんですね。
要は豪華客船に乗れたり、
あるいはヨーロッパ歌声旅行にただで行けたり、
そっちさえあれば、あとはど~でもいいんですね。


それはね、分かってはいるんですけど、
やっぱり俺はあのラッパの音色が忘れられないんです。
いいんだよな~、
ユーフォニアム、スーザフォーンの、あの輝き。

私に歌は無理。
私はやっぱり楽器なんです。
合唱団に入りませんか?とか言われても、それはあり得ない。
やっぱり私は「楽器」
絶対に楽器が私の音楽の根幹なんですね。

楽器・・金管楽器・・いいんだよな~。




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