スピリチュアル・ライフ by birch99

スピリチュアリズムを小脇に抱えて・・・スピリチュアルな視点で日常を綴ります。

花崗岩(地霊的考察)

2017-06-02 12:50:43 | ◆スピリチュアリズムを小脇に抱えて

2017.5.27 山梨県の日向山へ行ったのだが、頂上は、花崗岩のザレ場でとても美しかった。花崗岩の巨石は、
あちこちで見ているのだが、再度、花崗岩とは何ぞや?と調べていた。

それとは、まったく関係なく、借りてきていた「レイラインハンター」日本の地霊を探訪する(内田一成著)を読んで
いたら、「花崗岩」について書いてあった。

(「レイライン」は、知っていたが、パワースポット同様に、軽量スピ系かと思っていたのだが、この方のレイライン
考察はすごい。GPSとデジタル地図を用いて正確に割り出している。未だ読書半ばなので楽しみである。)

以下、抜粋

・ゲーテによれば花崗岩は、地球の創世の記憶を内に秘め、宇宙へ向かって地球の意思を放出する一種の記憶装置で、
 花崗岩の上に人が位置したとき、その内部に秘められた地球の記憶をリーディングできるのだという。

・日本の北東北で生まれ育った宮沢賢治も、しばしば静かな月夜の暁に花崗岩盤の山に登り瞑想し、そこで神から
 啓示を受けたような瞬間を体験したという。
「レイラインハンター」(内田一成著)p46

う~む・・・これは、ちょっと掘り下げる必要がありそうだな。。。。と感じた瞬間から、身体が震えだした。
活元運動の起こる兆候だ。すぐに座りなおして、ひとしきり活元運動を行った。私の場合、胡坐をかいた状態から
背骨に沿って上下に激しく動く動きが出る。以前、活元運動の講座に参加したことがあるが、「珍しい動きですね」
と云われた。私の活元運動は、運動の先入観抜きに単独自己流で始め、一晩1~2時間、二週間くらい座り続けて
動き出した。変な動きだなあと思ったが、動き終わると、ホントに爽快なのでたまに行っている。

活元運動を「憑依」的に考えて、あまり良くないのでは?と云われた事もあるが、運動後はスッキリするし、途中で
止めるというコントロールも効くので、私的には問題ないだろうと思っている。

話がズレてしまったが、私は、このような「繋がり」を大切に、掘り下げる方向へアンテナを向けながら生きている。

日向山山頂の花崗岩ザレ場から望む八ヶ岳

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エレメンタルにまみれながら

2017-05-31 16:57:54 | ◆エレメンタルにまみれながら

「エレメンタルにまみれながら」なんてカテゴリーを作りました(笑

ちょうど3年前辺りに「想念形体(エレメンタル)」の投稿をしていたわけですが、その流れを受けて、自分のエゴ、
人から人へのコントロール、睡眠障害経験から見えてきた世界、不食や糖質制限、認知行動療法、肉体とメンタル、
幸福は習得可能な技術、思考と感情コントロール、PTSDなどに効果的なTFT、EFT療法(タッピング)などなどが、
縁があって結びついていきました。
更に、以前から時々行っていた、ヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス)も新しい視点で見えるようになってきました。

「この世で生きる」という事は、メンタル体などの高いレベルの事は良く解りませんが、肉体やアストラル体の低いレベル
のエレメンタルとの戦いではないかと思います。その辺りについて、日々生きている間に感じている、くだらない事柄を
このカテゴリーに書いていこうかと思います。

2017.5.27日向山(山梨県北杜市)周辺にて。

朝靄の中、陽射しはまるでホログラムのよう。
わずかに位置を変えると陽射しは立体映像のように動きました。
数分後、朝靄は取れて陽射しは見えなくなりました。

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お久しぶりです。

2017-05-26 15:21:58 | ◆人間だもの・この世の中で

御無沙汰しております。

まー、生きていると、いろいろありまして・・・
まだまだ現世まみれを生きています(笑
今後は、あまり肩肘を張らずに、適時書いていこうかなと。

とりあえず、60日間、投稿が無いと挿入される広告を消しに投稿しました(笑

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睡眠障害からの脱出12(ブルーライトカット)

2016-12-09 14:56:32 | ◆睡眠障害からの脱出

睡眠障害から、ちょうど二年ほど経過。まあ、いろいろやってきて、どれもそこそこ良い
のですが、どうも、眠れたり、眠れなかったりで、不安定な状態が続いていました。

メンタル面の調子で、これだけクリチカルなのもおかしいなあと思い続けているわけです
が、一向に自分の状態が読めない。この状態も結構ストレスなんですよね。眠れない翌日は
目がショボショボしてかなり辛いし、倦怠感もあって活動範囲も自ずと消極的になっていま
した。

さすがに試すことも少なってきました(笑)で、もう一度、いろいろ原因追究して
みるかという事で「眠りが浅い」で調べてみました。その中で、寝る前にはPCやスマホは
控え気味にしてはいたものの、さほど注意していなかった事に気が付きました。

「ブルーライト」・・・それほど影響するものなのだろうか?と思いつつも、スマホの
iphone6の輝度を確認したら、画面の明るさが相当に明るい設定になっている。とりあえず、
90%カットのブルーライトカットフィルムを貼り、輝度を落としました。

その後、眠りの調子がいいし、目のショボショボ感が無くなった・・・・。えっ?もしかして、
ブルーライトが原因だったの???
まさか・・・と思って詳しく調べました。


「ブルーライト研究会」


このページを読むと、

・ブルーライトとは、波長が380~500nm(ナノメートル)の青色光のことでヒトの目で見ること
のできる光=可視光線の中でも、もっとも波長が短く、強いエネルギーを持っており、角膜や
水晶体で吸収されずに網膜まで到達する。

・ブルーライトのスペクトル?表を見ると、pcよりもはるかにゲーム機やスマホの方が多い。

・網膜において、近年、「第3の視細胞」が発見され、サーカディアンリズムをコントロールする
役割を果たしていることがわかってきた。この「第3の光受容体」は、460nmという強いエネルギーを
持つ光のみに反応する。つまり、ブルーライトこそ、体内リズムを整え、健康を維持する上で重要な
役割を果たしている光だった。

・最近ではディスプレイから発せられるにブルーライトこそ、目の疲れの大きな要因になっている
ことがわかってき。ブルーライトは目は波長が短いため散乱しやすい性質を持っている。これが
眩しさやチラつきなどの原因になり、その分、脳はピント合わせに苦労する。また、ブルーライトは
他の光よりもエネルギーが強いため、瞳孔を縮めようとして目の筋肉も酷使され、眼の疲れや肩・首の
凝りなどに影響する。

・夜も明るい環境や、夜遅くまでパソコンなどのLEDディスプレイでブルーライトを浴びる生活は、
サーカディアンリズムを乱れさせ、自律神経系や内分泌系、免疫系にも悪影響を及ぼす。
寝付きが悪い、眠りが浅いといった「睡眠の質を低下」も、そのひとつだろう。しかし、
サーカディアンリズムの乱れをリセットしたりするために重要なのも、ブルーライト。
網膜が強いブルーライトの刺激を受けると、脳は「朝だ」と判断し、メラトニンという睡眠を司る
ホルモンの分泌が抑制され覚醒し、ブルーライトの量が減少すると「夜だ」と判断して、メラトニンの
分泌が活発になる。


それほど、執拗にスマホを見ていたわけではなかったと思うんですが、強いブルーライトによって、
目がショボショボ、睡眠が浅くなっていたとしか思えません。睡眠が浅いから目がショボショボする
のではなく、目のショボショボはブルーライトが原因だったのでした。

その後、pc作業にもブルーライトカットのレンズを装着したメガネをかけたりしています。それでも
眠りの浅いときがありますが、昔のような睡眠不足のような状態で目がショボショボすることは無く
なりました。

更に、中途覚醒、朝方の頻尿状態で睡眠不足と感じる事があったので、長年晩酌していたビールを
止めて、日本酒やワインに切り替えたところ、トイレで起きる回数も減って睡眠は安定してきました。
現時点で、就寝後3~4時間で一度トイレ、その後3~4時間寝れるという二年前とほぼ同じ状態に戻り、
生活も活動的になってきました。

しかし、ブルーライトが大きな要因だったとは・・・・。この二年間の苦労は・・・・^^;;;
でも、何も無駄なことは無いのでしょうね。。。。。。しかし・・・悔しいな・・・(苦笑

 

安定してますが、またおかしくなったら投稿します。

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なぜ人は生まれ、そして死ぬのか(大門正幸著)

2016-11-27 17:24:42 | ◆スピリチュアリズム・本

 

 

題名から察すると割と軽い感じかなと思いましたが、内容は近代スピリチュアリズムをまとめた
情報が詰まっていました。

私自身も、スピリチュアリズムを知るきっかけは、シルバー・バーチの霊訓を読んでからですが、
同時にこの本に登場する、イアン・スティーヴンソン博士の「前世を記憶する子供たち」、
マイヤーズ、稲垣 勝巳の「前世療法の探究」、最近では、池川医師の「子どもは親を選んで生まれてくる」、
ジル・ボルト・テイラー博士の「奇跡の脳」、エベン・アレグザンダー医師の「プルーフ・オブ・ヘヴン」
も興味深く読んでいました。

下記に覚書として記しておきます。

●退行催眠中にクライアントが語った異言を詳細に分析した研究はイアン・スティーヴンソン博士による
二例のみで、里沙さんの事例は、世界で三番目の研究となった。

こちらに関しては、
真性異言(過去世の外国語で会話する)の実例がテレビ「アンビリバボー」で紹介されました。

●「生者の幻影」
100年以上も前にエドマンド・ガーニー、フレデリック・マイヤーズ、フランク・ボドモア・・・
心霊研究協会の主要メンバーによる。
・死亡時刻の確認
・目撃者が死者を見た時刻の確認
・目撃者が死者を見たことの確認
上記の分析結果
受信者(見た側、聞いた側)>男42%、女58%
発信者(見られた側、聞かれた側)>男63.3%、女36.7%

上記の受信者と発信者の男女の割合が面白いですね。この世で受けるのは女性の方が多く、
あの世からアプローチしてくるのは男性の方が多いという事ですね。

●コールド・リーディングとは、
偽ミディアムがクライアントから巧妙に言葉や言葉以外の反応を引き出し、あたかもクライアントしか
知らないような情報を知っているかのように見せかける技術。

相手の事を事前に調べておくのはホット・リーディングというそうです。

●「認定ミディアム」(ウィンドブリッジ研究所)
怪しげなミディアムが横行する中、研究所による実験で力が認められ、さまざまなトレーニング
(グリーフ・ケア含む)を積んだミディアムであれば、安心してリーディングが受けられる。

日本においては、(財)日本心霊科学協会の霊能者さんなどはどうなのでしょうね。

●ミディアムが故人と交信しているという考え方に反対する研究者が持ち出すアカシック・レコード説が
あるが、アカシック・レコードが存在するとして、そこに記録される内容は単なる情報ではなく人間の
感情や性格・才能、そして意志まで含んだものにならざるを得ない。それはもはや故人が消滅せずに生き
ているのと同じことなのではないか。

●34ヶ国の人達の「生まれ変わり」に関する見解・・・「絶対ある」+「多分ある」は
トルコ 89%
台湾 59.8%
フィリピン 52.1%
メキシコ 45.6%
南アフリカ 45.2%
ドミニカ共和国 43.9%
チリ 43.4%
日本 42.6%

●イアン・スティーヴンソン博士
父は英国日刊新聞タイムズのオタワ在住主任特派員、現実主義的な父に対して、神智学に興味のあった母親は、
超常現象に関する書籍をたくさん集めていた。

「生まれ変わり」論文筆頭の事例は「勝五郎」の事例だった。当代随一の国学者・平田篤胤の「勝五郎再生記聞」。
しかし半世紀あまり日本人の事例がなかった。池川先生からトモくんを紹介され、日本人児童の事例を発表。

「子どもは親を選んで生まれてくる」池川 明 (著) >こちらで紹介しました。

●筆者は2013.3~2014.3 バージニア大学医学部精神行動科学知覚研究所で研究。内容は

・臨死体験が人生に及ぼす影響
・過去生を語る子供達~データの分析
・心臓発作時に生じる輪生体験
・てんかん発作時の神秘体験
・死者と交信できると語るミディアム(霊媒)の研究
・歴史的に見たミディアム(霊媒)現象と人格かい離

ネット調査(3~12歳の子どもを持つ日本人女性1000人対象)子どもさんの
過去生記憶 3.8%
中間生記憶 15.3%
胎内記憶 86.4%
誕生時記憶 40.7%

筆者による研究所の生まれ変わり事例2030例分析・事例報告40ヶ国、うち20例以上あるのは、
インド、スリランカ、タイ、トルコ、ナイジェリア、ビルマ(ミャンマー)、レバノン、アメリカ、カナダの9ヶ国。

子供が過去生について語り始める平均年齢は2歳10ヶ月。
自分から話さなくなる平均年齢は7歳4ヶ月。
過去生の死から次の誕生までの平均年月は4年5ヶ月。

同じ宗教内での生まれ変わりが多いが、キリスト教徒が仏教徒に、またその逆の例もある。

生まれ変わり性転換事例は、レバノンでは皆無、トルコでもほとんど見つからず。

過去生の人物が見つかった例は72.9%

北米のネイティブ・アメリカンの事例とナイジェリアの事例は全て同一家族か近親者間での生まれ変わり。

過去生で非業の死を遂げた事例が67.4%を占める。本来働くべき忘却のメカニズムが衝撃的な死によって
働かなかったという解釈が可能。その他の要因として「やり残した仕事がある」「同じ家族のところにもう一度
生まれてきたいという願望」「経験で、瞑想する習慣がある」が考えられる。

生まれ変わりによって、経済的環境や社会的地位が向上する場合もあれば、逆の場合も、変化しない場合もあり、
一定の法則性は見つからない。

過去生で悪いことをしたから、今、身体に障害がある、と語る事例はまれ(4例)。

「前世を記憶する子供たち」に関しては、2007年にこちらでまとめました。


●ハーバード大学、132人の学生に対して、貧しい人々の世話をするマザー・テレサの映像と第二次世界大戦の
ドイツ軍の残虐行為を見せたところ、前者の映像を見た時のほうが唾液中の免疫抗体の量が増加することを実証している。

●カルフォルニア州1973人の高齢者を対象に行った調査では、二つ以上のボランティア活動をする人は全くしない人より
死亡率が63%も低いことがわかった。

●マイヤーズらは、脳の役割を一種の濾過装置、あるいは圧縮弁のようなものと考えた。

人間はどの瞬間においても自分の身に生じたことをすべて記憶することができるし、宇宙のすべてのところで生じる
ことはすべて知覚することができる。脳および神経系の機能は、ほとんどが無益で無関係なこの巨大な量の知識のために
押し潰されないように、大部分を閉め出し、僅かな量の、日常的に有効そうなものだけを特別に選び取っている。
チャリー・ブロード

シロシビン摂取時の体験と脳活動の関係を脳の活動を視覚化するfMRIを使って調べた最新研究では、神秘体験をしている時の
脳は暴走状態にあるのではなく、むしろ活動が抑制されていることがわかった。この実験結果は、脳を濾過装置と考えてよい
のではないか。

ジル・ボルト・テイラー博士の体験から、宇宙と一体感のような悟りの体験をするためには、少なくとも左脳の活動を抑制
させる必要があると思われる。

●光子を検出する機械を用いての実験では、霊が部屋に入っていたとされる時間のほうが、検出された光の量は、それ以外の
時間帯よりもずっと多かった。このことから、霊は少なくとも光子と強く関係した存在である。

●我々の脳は受信機だともいえる。
受信周波数が「AM」=「この世の情報の受信周波数」、「FM」=「あの世の情報の受信周波数」だと仮定すると、
生まれたての赤ん坊、すなわち脳の未発達な段階では、FM放送を受信していたが、脳が発達するにつれてAM放送を
受信するようになる。受信の中心がFM放送からAM放送に変わるのは7歳くらいだと考えられる。
この時期は7年周期による教育を訴えたルドルフ・シュタイナーの最初の周期が終わる時期でもある。
脳の機能が弱まる「老い」はAM放送からFM放送受信への移行だとも言える。
古来より、人は子どもと老人に対して「あの世」に最も近い存在として、畏敬の念をもって接してきた。


●多くの医師と同じように「臨死体験」について調べようともしてこなかった。疑り深く見えている人々の大多数は実際の
ところ、ほんとうの懐疑論者ではない。真に疑うのであれば、それを真剣に取り上げて吟味しなくてはならない。
エベン・アレグザンダー医師

プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界 エベン アレグザンダーに関してはこちらで投稿しています。

私はそれまで、自分は心理学の分野について、十分に勉強していると思い込んでいた。この分野の研究や文献資料が図書館には
こんなにたくさんあるのに、ほとんどの人はそれを知らないのだ。どの証拠も、圧倒的に輪廻転生の存在を支持するものだった。
ブライアン・ワイズ

●映画「かみさまとのやくそく」
この映画が広く受け入れられた理由のひとつは、「お空からおかあさんをみつけて選んだ」「死後「悪いことをしてしまった」と
気づくと、自分で反省部屋に入って反省するまで出てこない」「今度の人生では傷つけた人を喜ばせようと生まれてきた」
といった話を、まるで学校であった日常の出来事のように語る姿が印象的だからだろう。

●ジェームズくんへの質問
誰もが生まれ変わってくるの?
「ううん、選ぶんだ。戻ってこなくてもいいよ。戻ってこれるけど、戻ってこなくてもいいんだ。」

●死は(見方によっては)全ての人間が必ず遭遇する「究極の災害」です。にも関わらず、それに対する制度的な備えは、あまりに
お粗末なように思われる。いずれ来るべき死へのよき準備として、またよりよい生への導きとして、死後の生命や生まれ変わりに
関する知識をもっておくことは何よりも重要ではないか。

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さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール著)

2016-09-14 15:51:16 | ◆スピリチュアリズム・本

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール著)

 

今年の2月、某会に出席した時に、この本を教えて頂きました。ちょうど年明けからヴィパッサナー瞑想にチカラを入れていた

ので実にタイムリーでした。出逢いとは本当に不思議なものです。

もし、紹介されなければ、この題名を見て、まず手に取らないだろうと思います。「さとりをひらく」が非常に安易に使われて、

私の今までの蓄積された先入観では、「かるい」としか思えないからです。

しかし、内容は実に濃く、分かり易く、スゴイ本でした。

(但し、この本に関してのamazonのカスタマーレビューを見ると意見も様々です。 知人からはこの本は「初心者には猛毒」

だと意見をもらっています。私的には、エレメンタルの研究→ヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス)から縁があって、

この本に出逢った感想です。)

覚書として、内容の一部を自分の言葉で抜粋しておきます。

 

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ブッダの定義
悟りとは、苦しみの終わりである。
悟りの正体は自分自身でで見つけ出すべきものである。

この本での「悟り」とは、
完全に強烈に「いま」という時に集中していれば「大いなる存在」を感じる事ができ、
「大いなる存在が、自分とともにある」という感覚を保ち続ける事が「悟り」である。

「大いなる存在」こそが「人間の本質」である。

自分の思考は、「本当の自分」ではない。
思考の騒音、暴走は不安や苦しみをこしらえる「にせの自分」をでっち上げる。

悟りを開くと、思考をコントロールできるようになり、思考に振り回されなくなる。
思考すると、レッテル、決めつけなどの歪んだ形で世界を眺めてしまう。
自分自身さえも、そのように眺めてしまう。自分を病気にさえしてしまう。

「思考」に振り回されるのではなく、「思考」を使いこなす。
「思考」は問題を抱えたがる。
「思考」のオンオフスイッチを持つ。
「思考」を客観的に眺める。
「思考」は意見する、推測する、判断を下す、比較をする、文句を言う、好き嫌いを言う、
といった事を休みなく行っている。
「思考」は過去というものさしを使って物事を判断し、現実を歪める。

思考を客観的に眺める、頭の中の声に耳を傾ける、思考を見張る。
すると、それを観察する本当の自分が居ると分かるようになる。

思考がおしゃべりを止めると「無心状態」が生まれる。心の平安を実感する。
経験を積めば積むほど平安の度合いは深まり、この度合いには限界はない。
この「無心状態」(無我の境地)=「大いなる存在との一体感」なのである。

「思考を客観的に眺める」以外にも、「意識を100%「いま」に集中させて、思考回路を
遮断する」無心状態を作る方法がある。(ヴィパッサナー瞑想・マインドフルネス)

「思考」を「ほんとうの自分」とみなすことを止める。
「思考」と「思考」の間に隙間を作る。
「思考力」は、あくまで「道具」である。
「道具」は仕事をするために使うものであり、仕事が終わったら片付ける。
しかし、人の思考活動は80~90%が堂々巡り、無駄、ネガティブな性質、快楽
の為にむしろ有害である。

「コントロールできない思考」は、中毒症状の一種である。

人は、思考力によって自分のアイデンティティを確立している。自分の存在価値を
測る尺度にしている。

「にせの自分」(エゴ)は、思考活動があることで、その存在が成り立っている。
エゴには、「いま、この瞬間」という時はない。
エゴにとっては、過去と未来が全てである。
エゴはいつでも、過去というメガネを通して、現在を眺めている。
それが原因で、現実をひどく歪めている。

思考は意識活動の中のひとつの側面である。意識は存在するために思考を必要としない。
悟りを開いてからでも、必要な時には、もちろん思考を使う。
悟りを開いた人は、目的がある時にだけ、思考を使う。
思考状態、無心状態を交互に経験しなければ、真に創造的なアイディアを着想する事はできない。
思考力は、基本的には、人間にとって情報収集、保管、分析、さらには他の思考に対する防御や
攻撃などの「サバイバルのための道具」である。


感情は思考の状態に応じた、からだの反応である。

思考と感情にギャップがある場合、思考が「ウソ」で感情が「ほんもの」である。
その時の感情は、その時点での本音である。表面的な思考と潜在意識の食い違いは多々ある。
感情の観察の仕方は、思考を客観的に眺める方法と基本的には同じだが、感情はからだの
多くの部分と密接に結びついているために、主にからだで感じられる。

感情を観察する事も思考を観察する事と同じぐらい大切である。
「いま、この瞬間、わたしの心で、何が起こっているのだろう?」と自問する習慣をつける。
分析せずに観察するだけでよい。感情は、たいてい思考がエネルギーによって膨れ上がり
表面化したものである。

感情は私たちを支配したがり、ほとんどの場合、それに成功する。ただし、自分が感情を
追い払えるだけ、「いまに在る」なら、話は別である。

思考の主な仕事は、感情的な「痛み」と闘い、それを取り除くことである。これが休む暇も
なく活動している理由のひとつである。
ところが皮肉なことに、思考が、「痛み」を取り除こうと奮闘すればするほど、傷口は広がる
一方である。
なぜなら、そもそも思考そのものが、「痛み」をこしらえている「張本人」だからである。
思考とひとつになり、それを「ほんとうの自分」だと思い込むのを止めない限り、「痛み」
から解放されることはない。

感情を超えた本物の「愛」「喜び」「平和」は、「大いなる存在」と繋がっている状態の三本柱である。
悟りを開いていない人が体験する「喜びのようなもの」は、永遠にうつり変わる「痛みー快楽」
サイクルのうちの、つかのまに「快楽」であることがほとんどである。
「喜び」は、自分の内面から湧き出るものであるが、「快楽」は自分の外側からもたらされた
ものである。

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幸福の探求(マチウ・リカール著)

2016-09-10 16:52:08 | ◆スピリチュアリズム・本

幸福の探求(マチウ・リカール著)

スゴイ本でした。

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著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)によると、

1946年フランス生まれ。チベット仏教僧。パストゥール研究所のノーベル医学賞受賞者フランソワ・ジャコブ教授の指導の下、

分子生物学の国家博士号を取得後、チベット語を学び、仏教修行の道に入る。チベット仏教の文献を欧米に翻訳・紹介、

ダライ・ラマ14世のフランス語通訳も務める。フランスにおいて細胞遺伝子の分野で将来を嘱望された研究者の経歴を放棄し、

ヒマラヤ山間で仏教僧として35年間修行に専心。現在は著述家、翻訳家、写真家としても活躍するほか、瞑想の脳に及ぼす効果に

関して展開中の科学研究にも参加。チベットとネパールを生活の拠点として人道的プロジェクトに従事。 

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幸福とは何か?以前、某会の議題にとなって、

食べるのに困らない状態、戦争の無い平和な世の中で暮らすこと、健康であること、心の平安な状態などなど・・・・物質的な事柄

から心の状態まで様々な意見が出ました。で、ふと、この本を思い出しました。

以前、知人の薦めでこの本を購入していたのですが、ずっと本棚で眠っていました。内容がスピリチュアリズムとは、あまり関係が

無さそうだと思っていたからです。実際、「第23章 死を意識した幸福」の章でも来世や死後存続などの話は全く出てきません。

ですので、スピリチュアリズムとは関係ないといえば関係ないのですが、最近実践しているヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス)

には大いに関係ある内容で、やっと私的に読むタイミングが訪れたようです。

 

「幸福は習得可能な技術である」

「人間は誰でも、苦しみから自らを解き放つ力を備えている」

「根源的かつ永続的な苦しみはない」

 

著者は、かつて分子生物学、細胞遺伝子学の研究者でもあったわけですが、それらの知識から「瞑想の脳に及ぼす効果」に関する

科学研究にも参加され、上記の言葉を科学的、論理的に説明している箇所もかなりあります。

スピリチュアリズムに辿り着かないまでも、瞑想による訓練や幸福習得の技術を手に入れれば(思考回路端正・コントロール)、

この世を幸福な状態で過ごす事も可能なようです。

琴線に触れた個所に付箋紙を付けて読みましたが、付箋紙だらけになってしまいました(笑)

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幸福の探求(マチウ・リカール著)

目次

第1章 幸福に関する名言

第2章 幸福は人生の目的か

第3章 両面の鏡 内から外から

第4章 見せかけの友

第5章 幸福は可能か

第6章 苦しみの錬金術

第7章 エゴのベール

第8章 自分の考えが一番の敵になるとき

第9章 感情の川

第10章 厄介な感情とその治療法

第11章 欲望

第12章 憎しみ

第13章 羨望

第14章 自由への大いなる飛躍

第15章 幸福の社会学

第16章 幸福の実験

第17章 幸福と利他心

第18章 幸福と謙遜

第19章 楽観主義、悲観主義、世間知らず

第20章 黄金の時間、鉛の時間、浪費の時間

第21章 時の流れと共に

第22章 幸福の倫理学

第23章 死を意識した幸福

第24章 道

瞑想の実践

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睡眠障害からの脱出11(自己催眠による睡眠誘導法)

2016-08-20 15:36:55 | ◆睡眠障害からの脱出

前回の投稿からの「睡眠障害からの脱出」カテゴリー投稿から、ちょうど一年になります。

実は、昨年秋ごろから、一昨年の秋ごろと同じような睡眠障害に悩まされていました。
今は落ち着いていますが、とりあえず、経緯を記しておきます。

その前に、前回書いていた「夏バテ対策」の「暑熱順化」ですが、暑くなり始めて車内に冷房
をかけはじめた頃に、さほど冷やさず、若干汗が出るくらいの温度を継続しました。同時に、
なるべく汗をかくようにしたところ、今年はなかなか良い状態です。やはり暑くなり始めが
肝のようですね。

さて、睡眠障害の方ですが、仕事柄、10月~翌年5月頃までは例年いろいろと頭を悩ませる事が
多いので、加齢+自律神経系の不調だと思われます。車も運転しますし、眠れないと仕事に
ならないので、対処的に睡眠導入剤の服用でしのぎました。

眠りが浅い状態の翌日は、目のショボショボ感と倦怠感がひどかったので、もしかして目に
関しては、レム睡眠時の急速眼球運動が原因ではないかとも思ったのですが、どうも違う
みたいです。眼医者で処方してもらったヒアレイン点眼液で結構ラクになりました。

更に、安眠枕、耳栓、アイマスク、サプリメントなど今まで試したことのない安眠法も試しました。
安眠枕は、確かに寝易かったし、耳栓をすると明け方に家の前を通過する新聞配達のバイク音も
消えました。アイマスクをすれば明け方も気にならないし、それなりに良かったです。
サプリメントは、2種類試しましたが、ほとんど効果はありませんでした。

今回の睡眠障害からの脱出に最も貢献したのは、「自己催眠法」でした。ふとしたきっかけで
聴いた(見た)自己催眠誘導法がなかなか効果があって、これは良さそうだという事で催眠療法の
本を読んだり、別の催眠誘導CDを聴いたりしています。

催眠療法は、催眠状態に誘導して寝かせない状態をキープしながら行う療法なのですが、その手法は
睡眠への誘導と同じで、放っておけばそのまま寝てしまうようです。実際に行うと自律神経訓練法に
似ていますが、催眠状態での睡眠誘導暗示も含まれています。

悩みなどがあったとしても、「悩むこと」と「寝ること」は別問題だと、脳が理解できるように回路が
出来上がれば、より深く眠れるようになるのではないかと考えました。

結果、今までと同じように中途覚醒はあるものの、眼のショボショボ感や倦怠感は、だいぶ少なく
なってきました。同じような中途覚醒でも深く眠れている時間が増えているのではないでしょうか。

しばらく自己催眠による睡眠誘導を試していきたいと思います。

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霊学概論

2016-07-15 18:41:04 | ◆スピリチュアリズム・本

「霊学概論」は、東京スピリチュアリズム・ラボラトリー会員によるブログ、

「スピリチュアリズム・ブログ」の高森光季氏の「霊学概論」投稿をまとめたものです。

スピリチュアリズムの歴史、スピリチュアリズム周辺、キリスト教、神道、仏教・・・と

非常に濃い内容です。是非、お読みください。

霊学概論

東京スピリチュアリズム・ラボラトリー

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プルーフ・オブ・ヘヴン

2016-07-15 16:14:51 | ◆スピリチュアリズム・本

以前に

脳外科権威が発表★死後の世界はあったプルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界

を投稿して、読んだつもりになっていたのですが、よくよく考えてみたら読んでなかったのでありました^^;

で、本を読んで、DVDも観てみました。

 

この体験は、「特別な種類の臨死体験」です。

脳が機能を停止していたせいか、臨死体験中に、人生を振り返ったり、関わりのあった人に出会ったり、

自分の行為の良し悪しを見たりなどはせずに、「世俗記憶喪失状態」での霊的臨死体験であるわけです。

 

高次の世界へ入る段階的プロセスにおいては、この世での愛着や執着を捨てなくてはならないが、

「世俗記憶喪失状態」だったために、純粋(私心・エゴの無い状態、本心の状態)にあちらでの体験が

されたように思われます。

 

息子さんのアドバイスにより、臨死体験などの本を読む前(先入観を入れる前)に、まず自分の臨死体験を

記録に残した上で、他の臨死体験の事例などに照らしています。

 

体験者に共通の心情かもしれませんが、以下の記述が心に響きました。

「(生還後の教会にて)以前には何も感じていなかった目に入るもののすべてが美を謳いあげ、


音楽を奏でて、記憶を鮮明に呼び戻した。聖歌の低音のリズムは、貧寒としたミミズの目の世界を

思い出させた。ステンドグラスの雲と天使たちを見れば、ゲートウェイのうっとりとする光景が思わされ、

パンをさいて弟子たちに渡すイエス・キリストの絵には、コアで神聖な交わりを想起させられた。

あちら側の尽きることのない無条件の愛がありありと思い出され、私は身体を震わせた。」

 

また、この世界を生きている間の心情の中では、

「ユーモア(人を笑わせるための言葉 や行動)、ペーソス(物悲しい情緒、哀愁、悲哀感)、

アイロニー(反語、逆説)は、慰めとして機能しているだけでない。慰めであると同時に、ほんの短い一瞬

ではあっても、存在の本質を認識させてくれてもいる。」

という表現も、臨死体験からの解釈のようにも思います。


昏睡から目覚め、あの世とこの世のつながりの為に、最も役立ったのは、モンロー研の瞑想法だった

語っています。

 

最後に解説(他界の証拠 by 京都大学教授・カール・ベッカー)から・・・・メモ的に。

●レイモンド・ムーディ・・・アレグザンダー医師の臨死体験は、この現象を研究してきた40年あまりの中で、

 最も驚異的な話だった。

●しっかりとした他界観を持っている方が、燃え尽きずに介護をやり続けられる?

●日本人は古くから臨終体験のことをどの民族よりも記録し大事にしてきた。奈良時代以前・・遺体を数日の間

 安置する「モガリ」という慣習の間に蘇って、あの世の話を語るケースが記録されている。(「往生要集」

 「日本往生極楽記」「扶桑略記」「元享釈書」「往生伝」など)1000年に渡る臨終の記録の中には、死んでも

 意識があり、後で確認できる情報を得ている、というものも多々ある。

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