笑われて・笑わせて・オートバイひとり旅16年・122ヵ国 道に迷い・親切に泣き・走った38万キロ・「バイクの松尾」

国境206ヶ所・赤道直下4ヶ所・2000年10月57才から2015年10月72才まで15年間・記録。やぉーなかったばい。

オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・カンボジアからベトナムへ

2017年07月14日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
2017年7月7日から13日まで









プノンペン市内



ネオンの作業中

荷造りゴムをヒモ買う


7月7日金曜 はれ 34℃

まわりを散策…屋台の食堂、路上市場…自宅前で日本のうどんみたいな、こねて伸ばしてる。ここでは油であげている。

ホテルで簡単なメニュー食事も注文できるようだ。缶ビール小、ワンドーラ、110円と安い。ビール3本飲んで500円で

すみそうだ。

日本ではきょうから海外ツーリンフェスタが今年も始まった。原宿竹下通りの行き止まりに近いEastギャラリー…

海外ツーリング経験者たちの写真展示会とミニ講演会が開かれている・・メールでエールを送る。





7月8日 土曜 はれ 暑い陽射し34℃

川の岸まで歩いてみようと朝7にホテルを出た。1時間ほど歩いて川岸はどっちと聞くと、全く逆の方に

歩いてきたようだ。

散歩だから別にかまわない、ホテルに戻ろう。これからベトナムに入ってレンタルバイクで走る予定だ。

タイ国境に預けてきたバイクの中に荷造り用の自転車チューブも置いてきた。

ゴムをひっかけるS字型を用意しとく必要がある。骨とう品みたいな中古品を扱っているお店に寄っていいのが

ないものかと探したがなかった。

注射針みたいな針の先から接着剤で細かい破片を貼り付けて精巧なネオン作りを見学したりして。日本の100円

ショップみたいなお店に寄って見た。

ノートに書いていたS字型を見せると、探してくれて金属製S字型が見つかった。4本入りで願ったりの必要本数だ。

ついでに簡単に縛りつけるつけることができるナントカバンドも買った。

これであとはチューブを手に入れれば万全だ。ないだろうと思いながらS字型の金具、当たってみると意外にある

ものだなーと感心する。

午後陽射しの強い中、ポルポト政権時、大量虐殺された記念センターまでトクトクタクシーで行って見た。

外国人も結構見学に来ている。

貸し出されたオーディオでは国ごとに説明されている。無料で貸し出されていた。

それまでの政権は贅沢三昧の暮らしをして来たかどうかはわからないが。困って暮らしているたちの面倒を

見てこなかったのは、事実だろう。そのうらみやつらみを感じる人たちがいたのかもしれない。

しかし気にくわない人たちを、残酷、無比、無残に殺してしまうことは、いつの時代も、だれにも許される

ことではない。

人が人を殺すことがなくなる世界であってほしい。

帰り道トクトクタクシーのドライバー自転車のチューブ買いたいと途中止まって、ノートに自転車を書いて、

タイヤを書いて…チューブを切って荷造りの絵を描いた…なかなか意味がわからないらしい。

ようやくわかったようだ…走り出そうとした途端、同じトクトクタクシーと何か話している。

Uターンして、そのトクトクタクシーのそばへ。座席をあげて引っ張り出したのは、荷造り用ゴムひもだった。

おーよしよし。

これは充分だけど、もうひとつほしい。15ドル…1600円払う。ホテルの近くになってタイヤショプが出て来た。

幅広の黒ゴムひもが下がっているのをドライバーが見つけた。さっきのゴムより薄手だけど、二本10ドルで買った。

S字型金具もそろった、これでスクーターに載せるバッグをガッチリ固定できそうだ。

乗る前に約束していたトクトクタクシー代往復10ドル…1100円。ありがとうございました。

ベトナムを結構走っているオートバイ仲間からベトナムの情報を寄せてくれている。中には悪徳ポリスがいるからと…

国際免許証のカラーコピーした。

15・6年前悪徳警官はロシアが多かった、これまでも警官にいちゃもん付けられて時間がかかりそうになった時、

「そんなもんいらねー」

「パスポートおまえにあげるよ…」そのままオートバイにまたがりスタートさせるしぐさを見せる。

すると警官があわててて「持っていけ」とパスポート返されたこと事、4・5回ある。

いまのロシアは悪徳警官はいなくなった。

今回も悪徳警官に出会ったときにはその手を使うことがあるかもしれないので、今回はパスポートじゃなくて、

国際免許書のコピー試そう。



ポルポト虐殺記念館



7月9日日曜 はれ 34℃

あした10日移動することにする、ベトナム、ホーチミンへ。ホテルフロントに聴いてみると毎日バスは運行

しているとの事

プノンペンから国境越えてホーチミンまで280キロ…12ドル…1400円ぐらいか。ホテルに7時すぎにホテルまで

迎えに来てくれるとの事…

途中…国境出入国の手続きがあるので約8時間程かかるらしい。



ベトナムまでの途中の景色



カンボジアからベトナムに入る



7月10日 月曜 はれ

ここんとこプノンペンに来てから激しい夕立は見なくなった。今日はベトナム、ホーチミン アデノ移動する。

7時15分バス乗り場までトクトク三輪車タクシーが迎えに来てくれた。何回も言うようだがホテルに予約すると

迎えに来てくれるので本当にありがたい。

バスの時刻など調べなくてすむのだからバックパッカーにとって東南アジアは旅がしやすいだろうなぁと思う。

ホーチミン行きのバス、国境で乗り換えるバスと乗り換えなしで穂まで向かうバスがあると聞いていた。

今日のバスは乗り換えなしで直接ホーチミンまで向かうとバス事務所の話。乗り換えがなければ、荷物の積み

替えなどせわしさがなくなるので助かる。

8時に定刻通りに出発した。走りながら空いていた車内も次から次とお客さんをひろって満席なって来た。

パスポートを集めにきた、国境でスムーズに通過を済ませるためだろう。

11時に食事休憩…12時過ぎに国境についた。カンボジア出国…歩いてベトナム側へ。パスポートにはすでに入国

スタンプが押されている。

見せるだけで入国終わり。ベトナム側にバスが来るのを待って再び強い陽射しの中乗り込む。

14時過ぎてホーチミン市内に着いた。ここまで約300キロ…バス代12ドル1400円ぐらい。

呼びこみのトクトク三輪車だと思ったらバイクタクシー…大丈夫かいな…

川の流れのようなバイクの群れ…に入ってホテルに到着。3ドーラ330円。



ネットで一番安いホテルを予約してた…1180円…シングルベッド二つエアコン、トイレ、シャワー、快適なホテルだ。

早めの晩飯と持ち帰りの食堂に…「ノー」ベトナムのお金でないとダメ。ええー。ドル、カンボジア紙幣ダメ…

ATMの場所聞いて聴いて…なかなか引き出せない…最後は外人に操作を見てもらいながら、ようやく引き出すこと

ができた。小一時間かかった。

1000000←50万札2枚出てきた…100万…を2回おろした…100万っていったいいくらなのだろう…

(100万は5千円・50万は2500円とあとで分かった・・それ以下の紙幣の計算は今もわからないまま・・)

さっきの食堂に戻って持ち帰り弁当にしてもらう。お札のおつりいっぱい…勘定できない。

八百屋でもトマト、きゅうり代お札見せてとってもらうしかない。

ATM、買い物で1時間以上かかっていた。最後はホテルの隣、コンビニみたいなお店で、ビールを仕入れる…


ああぁ腹へった。



多くの見学者





枯葉剤の名kを歩く・・当時の少年は一児の親になった・・が体が不自由になってしまった


ベトちゃん



上の写真を撮ったのは日本人カメラマンなのかな・・下、家族で元気に暮らしておられるようです


日本人戦場カメラマン・・石川洋文氏・の写真も多い。(石川さんは今も元気で活動しておられる・・2017年)




洪水のように流れていくバイク






ホーチミン博物館



7月11日 火曜 朝26℃ はれ

ホーチミン市内観光に出かけた。歩いて行けるホーチミン博物館など)三ヶ所…、

ベンタイン市場、サイゴン大教会、ホーチミン郵便局、ホーチミン人民委員会…見学した。

行きにサングラスの代わりに「水泳」に使う水中メガネもかった。

スクーターで走るときに風が眼に入ってしまうのを防ぐためである。

右目は緑内障が進んで来ているように感じるので、用心のため普通のメガネではなく、完全防風にした。

歩いてホテルに戻る時テント屋の店が軒並みに出てきた。自分のスースケースの雨対策のの為カバーを作ろう。

あしたスースケース持ってきて正確に作ってもらうことにした。









テント屋で雨対策のカバーを注文


7月12日 水曜 はれ

スースケースをひっぱりながらテント屋にむかう。サイズをはかってもらい簡単にカバーかけるように頼んだ。

きのうの残した「戦争証跡博物館」に行ってみた。一階から3階まであり…3階から順番に観て一階におりて

くるようにと館内案内女性から、説明を受ける。

アメリカ相手にすさまじい、戦い…身の引き締まる攻防に、動けなくなる程写真に釘ずけになり3階だけで一時間

以上かかった。

ツアー客も含めて外国人の来客は多い、わたしと同じように時間がかかっている人も・・。

ベトナム戦争の歴史…おおまかには知っているつもりだがまだ読んでいないベトナム解放…

アメリカといっしょになって戦い続けた南ベトナム隊の首謀者は当然拘束されてしかるべきだが、北ベトナムに

敵対して戦った一般の人たちの処遇をどうのようにしたのか…知りたいものだった。

革命指導者ホーチミン氏の残されている功績、革命記録を読んでみたいと同時に敬意を表したい。

決定的なアメリカとの違いはベトナムは「祖国を守る」目的があった。一方アメリカは何のために戦っているの

かいつもそうだが、わかっていなかったのではないかと思われる。

戦跡会館を出るときには5時に近かった。スーツケースがすっぽり入る…頼んでいたスーツケースの雨用カバーを受け取る。

マジックテープで止められるように仕上がっていた。2500円…ちょっと高いように感じるが仕方ない。

これで土砂降りでもいいぞ。




貼り絵作業所・・



ユーモアたっぷり・・アメリカに対する表現はきびしく・・聴こえた。42歳のガイド当時生まれたばかり・・




7月13日 木曜 くもり

どうしてもみて観ておきたかった、ベトナムの「KUTIクチトンネル」

予約していた…8時過ぎにクチ、トンネルの見学にむかう。

ホテルに迎えにきてもらえるので本当に助かるなぁー全部で10人ぐらい。

途中貼り絵の作業所を見物したあと、そのまま残されているトンネルへ。


ジャングルの中に小さいトンネルを張り巡らせて、ゲリラ作戦はアメリカ兵を戸惑い、させて、

ノイローゼになったものもいる…日本では報道されないが、帰国してからも治らない多くの

兵隊は今も悩まされているとの事らしい。

実際狭いトンネルに入ってみると…よくぞここまで作り上げたものだと感心する。

枯れ葉作戦とと称して 枯葉剤空中散布…はベトちゃんに代表されるように奇形児が多く産まれている。

最近ではイラク、リビアなど横暴で、横着…あまりにも勝手すぎるアメリカには、世界から相手にされない、

時がきっと来る。

それにしても各国の観光とはちょっと違うベトナムには世界からの見学者が多いなぁーと感じる。

この事からしても、アメリカに対する見方は大きくかわる節目に来ているに違いない。

ベトナム戦争が終結してから40年余り…見学に来たのは遅すぎたことを反省している。



このジャングルに







トンネルを250キロ作り上げた・・落とし穴








落ち葉でわからない・・トンネルの入口出口・・ふたすればわからない・・小さいアリにわたしは食われた








ツアーの人たち・・オーストラリア、オランダ、インド、シンガポール、ロシア、日本
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