笑われて・笑わせて・オートバイひとり旅16年・122ヵ国 道に迷い・親切に泣き・走った38万キロ・「バイクの松尾」

国境206ヶ所・赤道直下4ヶ所・2000年10月57才から2015年10月72才まで15年間・記録。やぉーなかったばい。

オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・タイ、首長族・白いお寺

2017年06月10日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ


6月4日日曜

5月26日日本を出てから一ヶ月ちょっと過ぎた。原因がわかったような気がする。これまで何回か経験した

ことでもある。

自分で言うのもなんだけけれど…自分の顔が自分でもわかるような血色のいい顔になっているのに気づく。

無添加の食べもの、飲みもののせいじゃないのかと…。

特にビールの成分が体に影響を及ぼしてるのではないのかと考えている。

現地の食べ物は、特に好きなものなどはないが…それなりに食ってきた。タダ、真相はわからない、笑い。


次の国へ出発しよう…

なんだろうか、なんかもう一つ溶け込めない感じもしているミャンマー…あとでこたえは出てくるかもしれない。

もうお寺さんのビルマ、ミャンマーこれぐらいでいいだろう。

スクーターはタイとミャンマー国境に預けたままになっている。



ホテルのフロントにタイ国境「タチレク」までの飛行機を頼んだ。あした5月5日 月曜 13時マンダレ発

タチレク行きを予約してもらった93ドル-約9500円

タクシーだと1200円だが…朝9時30分…320円の乗合バスで向かう事にした。

飛行機のチケット、長距離バスのチケットなどはホテルから旅行会社に連絡して 、すぐにホテルに

チケットを届けるシステムになっているようだ。よくはわからないが・・


ミャンマーとタイの国境・・タチレク



6月5日月曜 はれ

ミャンマーよ さようなら、ふたたびタイへ

ミャンマー、マンダレー「ビーナス」ホテルを9時30分ミャンマー空港に乗合バスで出発。

途中お客さんを拾って走る。11時に着いた。首都の空港としては小さな方だろう。

首都はネピドーまたはネーピードであることをネットで分かった・・すみませんでした。

13時05分ミャンマーとタイと国境「タチレク」空港まで約1時間…

今回は途中の空港に降りないで直接向かうとスチューワデス。

マンデラー飛行場


タチレク飛行場

今回も小回りが利くプロペラ機、乗客は全員揃ったののだろう…。定刻前12時45分飛び立った。

きょうはタチレクから約70キロの街、チャンレイまでスクータで向かうので…

一刻も早くとびたち、到着してほしい。

14時に到着…手続き…を終えて、荷物の取りは…待合室で待っているとリヤカーで運んで来た。

こんどは、国境までタクシーで向かう。呼び込みのタクシーに乗ったら乗合だった。

15時に国境に着くと…残ったミャンマー紙幣をタイ紙幣に両替屋ですませる。

国境での出国手続き、タイの入国手続きもスムーズに終わった。

おーよしよし



スクーターを預けている駐車場へ。顔を覚えてくれていたようだ。

駐車料金1日160円…16日分の2400円程支払う。

駐車場兼食堂のおばさん達と記念写真を撮ってお世話になりました。バイバーイ。

さーこれから「チャンレイ」まで、70キロ走る。

グーグルマップで調べていた、一本道でわかりやすい街だ。60キロ過ぎて右に入る交差点がわからない。

いつもの手を使うしかない。

信号で止まったスクーターのお兄さんにチャンレイの街の中心「ヲッチタワー」時計台まで引っ張ってくれと

頼んだ。

たまたまチェンライまで行くと話したお兄ちゃんこころよく、OKしてくれた。

ところが、中心部に近ずいた時、そこを右に向かって「2キロ走れ」ときた。

「ありがとございました」クラクションを鳴らして別れる。

すぐにわからなくなって来た、こんどは女性二人乗りのスクーターに、「ヲッチタワー」まで引っ張ってもらった。

Uターンして別の方向に走っていった。ありがとうございました。

ホテルは時計塔のすぐ近くだ…ところが街の人、商店の人に聴いても要領をえない、おかしいな…

電話してもらっても電話に出ない…商店主によく見てもらった。

時計塔の交差点の通りを間違っていた。そこらに着いてオートバイやの奥さんに聞いたら、二軒先にホテルは

あった。



チャンレーイ市内中心と思われる時計台・・泊っているホテル時計台から100m・・1700円

なんだかお化け屋敷みたいな入り口だなぁ…へーこれで部屋満室?「today fool」の看板が出ている。

えーいっぱいで泊まれないのか、中に入ってみると薄暗い部屋中にテーブルを囲んで4人ほどのお客さん。

予約している「ジャパン、マツオ」です。中年の女性は名簿を見てる。

あったあった…これ「JAPAN matsuo」

予約一泊でよかったなぁ…こんな薄暗いんじゃ…明日別のホテルを探そう…



でっかい重いバックを3階までおばさんとあげる。薄暗い部屋とは違って、パッと明るく広い1700円

これなら連泊してもいい…直ぐに気持ちが変わる。800円の一階はドミトリーで男女出入りしている。

安いから人気があるのだろうか。

まわりはレストラン、飲み屋さんが続いている晩めしはもちかえりで注文ビールはホテルにあった。







6月6日火曜 はれ
どこにもいかず、夕方お寺に行こうとしたが5時で終わっているとホテルスタッフ。

今日は日記の下書きをして終わり


白いお寺、ホワイトテンプルとゆうらしい













6月7日水曜 くもり 昼 雷大雨 1時間半 でやんだ くもり

他の国では見たことのない、白か銀で仕上げたお寺か神社の写真を見てなんとも気になっていた。

お昼にトクトクタクシーで約30分。到着したらぽつぽつの雨からカミナリが鳴り、はげしい雨になる。

白銀色…なんとも不思議な色あい、雨の中でも際立つ、青空よりもかえって曇りの方が似合うお寺かも

しれないと、自分勝手に想像する。

おみやげ屋さんで1時間ほど観光客の人たちと雨やどり。

その間、チェンジマネー(両替屋)の女性に正式名称を聴いたら「ホワイト テンプル White temple」と

紙に書いて教えてくれた。

ネット翻訳で「白い 寺院」と出てきた。白い創りのお寺さんのなのだ。わたしには白ではなく銀色にみえるなぁ。

小雨になったので、本殿に入った。仏さんが描かれている。本殿ははだしで入る。

金色の仏像を見てきたので、一段と神秘的な白銀の世界が迫ってくるものを感じる。

雨がやんで観光客がどどーと繰り出してきた。気になっていたものを見れたので気持ちが静まった。




6月8日金曜 くもり はれ

旅行バッグがほころび始めてる。破れないうちに自分で縫ってみるか…針道具を出した。これじゃちょっと無理だ。

近くの修理屋さんに頼んだほうが無難だな。ホテルのオーナーに教えてもらった場所…

閉まっている。シャッタ前にいた地元に人にたずねると「亡くなった」と話す。目の前に広がる市場の中に

もあると言う。



食べもの、下着、洋服、鮮魚、肉屋、日用品広大な市場の中にある修理屋さん探すのは容易じゃなないないだろう…

入って二軒目の下着売り場のおばさんに「このバックを修理したいんです」目の前を指さす…中年男の人がいた。

無理して押し込んできたので大きく破けそうになっているチャックの箇所と本体がむき出しになっている。

この二箇所。

靴修理屋さんの手さばきはほころびを縫い付けて…「本体」部分には自転車のパンクに使う接着剤を塗りつけて、

乾くのを待ってから貼り付けておしまい。

きれいに仕上がった。持ち場持ち場でこなしてさすがプロだと感心した。その間15分ぐらい、750円。

あっとゆうまにに終わった。ありがとうございました。


ついでに市場の中を見て回り、モンゴ、名前知らないくだもの、汗ふき、小型タオル二枚。

最後に「硬くないよ」と肉やのおばさんさんを信用して300g以上のかたまりを買った…500円。

ホテルのキッチンを使わせてもらいさっそく焼いて食ったみた。うそじゃなかった

やわらかくてうまかった…久しぶりのステーキ中身は生…いっきに腹におさまった。


首長族の村の暮らしを訪問

















首長族村の暮らしを訪ねた・・

6月9日土曜 はれ

二、三日前わたしが泊まっている近くに「首長族」を訪問したことがあると、バリ島に移住している。

同じ松尾圭子さんからメールを受け取った。

いやー行って見たいなぁ…今度はオートバイ仲間横田サナエさんも、一緒に写っている首長族の写真

付きで送ってくれた。

この写真があると言葉はいらない、「見せるだけ」ホテルのオーナーに見せると、なんと25キロの所に

あると話す。タクシー代…往復300バーツ…1000円ぐらいだと…。

おおラッキー、タクシーを呼んでもらった。今12時だ…本線からわき道に入り狭い道路を走って30分ぐらいで

ついた。



おい茂った森の中ひとり入場料300バーツ…約1000円で首長族の村に入ってゆく…果たしてどうなっているの

だろうか緊張するなぁ…

立て札が立っている…この立て札立ち入り禁止かも…女性もいるようだ…おそるおそる「はーい、こんにちわ」

入ってもよかですか」合掌ポーズであいさつ…

この入り口を起点い右まわり、左回りも出来ると言ってるように聞こえる…

全員、首には金色の…ワッカをつけている。この人たちは首長族と言われてる人たちなんだ…

一軒一軒家に中には織物機械で手作りのマフラー見たいもの織り込んでいる。

佐賀、嬉野弁が通じたのだろう…なごんできたとろでいっしょに写真ば撮らせてくんしゃい。



入れ替わり立ち替わり写真におさまった。アイパッドの写真、簡単にこなす。

親父さんらしい人が出てきた、鼻をもぎって捨てる格好と、足でけっとばす仕草を見せたら、4人とも大笑い…

おれいに、分けてくださいと200バーツ…600円を渡した。

同じようなわらぶきに似た屋根、歩いているうちに小さな子供をけっこう見ることができた。

わたしは73才…指であらわす。あなたはいくつ…34才と指でおしえてくれた。

子どもさん4人いると話しんしゃった…

さらに歩いていくと、1才、2才のおとこ、女のこどもがいた。


この女の子たち5才になったら金の首輪をつけると話しば、してくんしゃった。

5才になったばかりの首ををつけている女の子もいた。お母さんお話では肩がこるとも話していた。

実際おばあさんが見本を見せてくれた…いやー重い、重い、大人の首輪2・3キロあるような重さを感じたなぁ。

こんなに重かったら肩がこるのもありえるなぁ。そう言えばお風呂に入る時も首輪は外せないと

話してくれた。

慣れれば問題ないのかなー。

「いくつなの」「15才」パーと片手で…15才…近くには同じ15才の女性もいた。5才からつけていると話す。

なんともかわいい娘さんたち。



村の半分を過ぎた頃…ここでは首輪はつけていない人がほとんどだった。どうなっているのだろう…

首輪のこと正式な名前は…佐賀、嬉野弁では聞くことはできなかったが

「カーデン ロング ネック KARDEN LONG NECK」と ホテルのオーナーが

教えてくれた。



また、なぜに女性だけ首輪をつけてるのだろうかも聞くことはできんやった。


どうもお邪魔しました、ありがとうございました。





ゆで卵じゃなくて、焼き卵いらんかねー・・二個買った60円



ガソリンタンク5リッター・・ちょっと走るのには心配だったので予備タンクの5リッターを買った。これで少しは
安心して走れそう。



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