松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

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第8次・71才・オートバイひとり旅・走行中・・ロシアビザ出来上がり・・・あしたからラトビアへ

2015年07月17日 | コソボで121カ国目・36万km突破
bikenomatsuo・pcからブロックされました・・のメッセージ。写真の取り込みができなくなりました。
リトアニアの大使館でナチスヒットラーに追われていたユダヤ人にビザを発給し続けた方。
リトアニアに「スギハラさくら公園」があります・「スギハラ・チウネ」(杉原千畝)さんの
モニューメントの写真は見てほしかった。特に安部さんには見てほしかった。

*バイクの松尾→地球の掲示板に載せます・・よかったら見てください。
フェイスブックには載せています


2015年7月15日水曜    くもり    くもり
なにもなし・なにもしない

2015年7月16日木曜     くもり     くもったりはれたり
スギハラ・スギハラ・スギハラ・・・サクラ・サクラ・サクラ・・パークパークパーク
ビリニュス、旧市街地を歩きながら聞いて聴いて歩く。知っている人知らない人・・大きな
川のほとりに「スギハラ・サクラ・パーク」にたどりついた。

オートバイ仲間の相模のコン(小貫高義)さんから戦時中、ユダヤ人に対してビザを発給し
た人がいて「公園」もあると知らせてもらっていた。ぜひその公園に行ってみたいものだ。

わたしもかすかに「スギウラ」さんの名前は知っていた。散歩中旧市街地の街中に「SUGIHARA」
のお店を見つけた時・・アレー聞いたことのある名前だな―。そこは化粧品のお店だった。

お店の人はジャパン・スギウラのことは知らなかった。おそらくユダヤ人に関係するお店で
はないかと・・ひとり思っている。

ホテルでもらった市内マップを元に今日思い切ってその公園にまで歩くことにしたのだ。途
中何人もの人に聞いて歩いた。

地元の人、若い人は携帯で「サクラ・パーク」だろ・・サクラの花が咲いている公園を見せ
てくれた。そうだそうだ、真っすぐ行って左へ・・ありがとう。再び川のほとりについた・・

「ソウリ・スギハラ・パーク」は・・信号を待っていた人に聞く。おー「サクラパーク」・・
「ほらあそこだよ」みたいな親日的な言葉づかい。ホテルを出てから30分以上かかっている。

あった、見つけた・・モニューメントのまわりに桜の木・・ここが「SUGIHA・SAKURA・
PARK」だ。

戦時中外交官だったスギハラさん。ナチス・ヒットラーに追われていたユダヤ人に日夜を問
わず・・ビザを発給し続けて6000人以上命を助けた方・・・

杉原千畝(すぎうらちうね)さんなのだ。自分の身を振り返らず・・おそらく自分は死を覚悟
して「ビザ」発給を続けられたのではないか・・モニュメントを見ながら・・想像した。

すごい決断だったに違いない。いまでさえ・・イヤまして戦時中ことである・・。すごい人が
いたもんだ・・涙がとまらかった。

スギハラさんのモニューメントを見て気持ちがすっきりした・・なんかわたしまで勇気づけら
れた。曇っていたのはいつの間にか青空にかわっている。

さわやかな気持ちでホテルに戻った。毎日ビリニュスの旧市街地を歩いている・・歩けば歩く
ほどきれいな街並み・・どうしてだ・・淡い色遣い・・目につく看板がひとつもない・・

お店の玄関入り口も、なんか暗い・・と最初思っていたが、気持ちが落ち着く原因は・・これ
かもしれない、きっとそうだろうな。

さわやかな気持ちだが・・日本では安部政権「戦争だいすき」「戦争への道」決議案が国会で
決まったっと連絡が入った・・杉原さんの苦労も台無しになる・・

又ゼロの戻るのか・・ナチス・ヒットラーに似た手法・・阿部政権を憎む・・しかし国民が選
んだ政権なのだ・・これも民主主義で仕方ないこと・無関心の現れがこの事態を生んだのだ。

取り返しのつかない事態になる。まだ間に合う・・次回は自民党、公明党に投票しなければい
いことだ、これからが勝負・・。


ロシアビザ出来上がり・・30日間8月15日まで・・・受け取った。よし走れるぞ。
2015年7月17日金曜   はれ     はれ
これまでのくもったりはれたりの天気から・・いつも現れていた東の空に黒い雲が消えている・・
久しぶりに青空に戻ってきた。ロシアビザ受け取り・・17時に受け取った。

きのう18時と言われていたが・・もう少し早くならないか・・1時間だけ早くなっただけ。
2015年7月15日~8月15日までのビザ。

よし・・とりあえず、ロシア・ビザがとれたのであした18日からラトビアまで移動する。
このまま青空が続いてほしいものだ。ジャンバー、カッパ、ズボンを寒さにそなえてけさ出
して準備したが着なくともすむように晴れてほしい。
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第8次・71才オートバイひとり旅・地球走行中・リトアニアでロシアビザ手続き中、新たな課題が

2015年07月14日 | コソボで121カ国目・36万km突破
ロシアビザ」受取は17日か18日になっているが発給してから30日とわかった。
シベリア横断1万キロ・・30日ではちょっときついなー・・途中モンゴルに入って
ふたたびロシアビザとり直すしかないのかな・・と考え中、新たな課題がでてきた。


img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/55/9bcd992c8759624ad54dff25a98aa35f.jpg" border="0">














2015年7月9日木曜    くもり      くもり     夕立
パキスタンや、アルジェリアのようにロシアビザは日本でしか取れないと聞こえてきたので
・・いったいどうなるのかと不安を持ってここまで来た。

きのうロシアビアの申請を終わって・・ほっとした気持ちになり気持ちが楽になった。受け
取りまで10日間ゆっくり休養できる。

2015年7月10日金曜   くもり     雨     くもり
朝から雨模様・・・天気がいいときにベリニュスついてよかったなー、ここんとこぐづつい
た天気が続いている。

2015年7月11日土曜    はれ      はれ
朝・・近くのまわりを散歩・・落ちついた街・・旧市街地は美しい街並み・・きょうは土曜
とあってか・・朝からグループで観光客が何組も中に入っていた。

泊まっている宿はこの市街地の入場門のそばにある。スーパーも近く買い物も便利で助かる。
ビール1本130円ぐらい、ステーキ300g300円ぐらいとベリニュスは物価が安い。

きのうから泊まり客がひんぱんにはいってきた。ヨーロッパの人たちが多いようだ。


















2015年7月12日日曜    はれ    くもり    小雨・・くもり
いい天気にならない・・晴れたり曇ったり雨になったり・・目まぐるしく変わっていく。今
頃はこんな天気なのだろうか、気持ちまで落ち着かない。

朝のうちに近くを散歩・・旧市街地は毎日来てても美しい街並みだ。晴れた日にオイル交換
に向かいたいがはっきりしない天気で躊躇している。

2015年7月13日月曜  くもり    くもり     くもり
朝方青空が広がっている・・きょうはいい天気になるのか・・と思っていたが午後は小雨に
なってきた。

泊まっているゲストハウスは10人部屋、ウクライナのグループ4,5人朝からビール飲ん
で・・ご機嫌だ。これが夜中まで続き携帯で家族と話すのにはうるさくて困ったことだ。

40才に届こうとゆうのにマナーがない、我慢できなくて「うるせー」と怒鳴った。グルー
プで来るとどこの国の人でも態度がでかくなる。お互いに気をつけなくちゃとつくづく思う。


ロシアビザ発給(行)から30日では・・シベリア横断1万キロはきつい・・なー。
2015年7月14日火曜     くもり     くもったりはれたり
ロシアビザについて・・入国してから30日だと理解していた。はっきりさせるためきのう
確かめに行った・・自分の考えとは違っていた。

ビザ発給日から30日になっていると話す。今回もし「7月17日に受け取る場合8月16
日までになる」期間切れ・・おしまいになる・・と重ねて説明を受ける。

うーん1万キロを30日間ではちょっと無理になる。1日400~500キロとして20日
間で1万キロ・・連日走ってのこと・・しかも、今まだリトアニア・・これからラトビア
、エストニアに寄ってと考えている。

走れないことはないがかなりハードになってしまう。ちょっとわたしには無理だな。あわて
てもしょうがない・・途中モンゴルに入ってロシアビザの取り直しをするしかないかと・・
考ええているところ。

新たな課題が出てきた。5000キロで交換している・・今日はオートバイのオイルとオイ
ルフィルターの交換を終わらせた。これで気持ちよく走れる

30ユーロ4000円ですんだ。日本だとたしか7000円ぐらいだった・・日本に比べて
だいぶ安いような気がする。

駅前のタクシーの運転手さんに「オイル交換」してくれるメカニックを聞いていた。運転手
さん達が首をひねっているところに大型オートバイが走ってきた・・ストップをかけて・・
聞いてみよう。

なんと白バイならぬ緑のポリスだった。「ソーリ」オイル交換・オイルフィルターを交換し
たい・・メカニックを・・できたらそこまで引っ張ってくれませんか・・。

日本語で両手を出していつものようにあなたが前・・わたしがうしろと「手話」のしぐさで
・・頼んでみた。

「OK・・ついてこい」4分でオートバイ・サービス店についた。ありがとうございました。
オイル、オイルフィルター交換は30分たらずで終わった。

これまで天気がおもわしくなかったので外出するのをためらっていたが思い切って動いてみ
たら・・天気も青空になってスースーっとことが運んでしまった。














































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第8次・71才オートバイひとり旅・地球走行中・スロベニア~スロバキア~ポーランド~リトアニア

2015年07月09日 | コソボで121ヵ国目・35万km突破
ここんとこ、朝4時過ぎに起きて連日600キロ以上の走行・・7月7日はついに36万kmを突破した。

今年の4月ロシアビザ取り方が変わって・・日本でしかとれないとか聴こえてきたがリトアニアのユースホ
ステルの中にあるエージェントで申請出来た。

気持ちが落ち着いて・・ホッと一安心・あとはシベリア横断して帰るだけ。

























2015年7月4日土曜   はれ     はれ
北に上がって走ってきたのに・・日本の夏を思い出させる日差しが強くて暑い・・。ゆうべは冷房
が入ってわたしは寒く感じたが・・地元のひとは暑いのだろうな。






2015年7月5日日曜    はれ21℃  はれ20℃    はれ29℃
30分出発にロスになった・・オートバイを動かしているうちに倒れてしまい起こせない・・手伝
ってくれる人を待つ・・日曜で歩く人はない・・杖ついて歩く老人はいたが声はかけられない。
車に乗った若い人に手伝ってもらいようやく起こすことができた。

6時30分に出発・・きょうはスロバキア・ブラチスラバ・・ハンガリーブタベストとオーストリア
・ウィーンの中間ある都市まで450キロ。前半はほとんど山並みを走る・・カーブがづーっと続く。

スロベニアの国境と思われる場所を通過・・今国境は使われていないようだ。ハンガリーのブラチス
ラバに到着・・ここも国境があったと思われる場所・・今は使われていなかった。

国境は当然残るけれど「国境事務所」は閉鎖されて無くなっていくようだ。道路がよかったので12
時15分にブラチスラバのホテルに到着。

陽ざしがつよくなって暑かった。市内に着く前プラチバスは斜線で塗りつぶされているのは見たがな
にを意味しているのかわからなかった。

市内に入って・・工事中ばかり・・ナビに従って走るが走れない・・う回して、う回して途中街の人
に聞いて、聴いてようやくたどりつくことができた、13時。きれいな街の中心にホテルはあった。

ブルガリア、コソボあたりに比べて北に上がってきたのに内陸だからだろうか・・暑い気候になって
いる。

朝からコーラだけで走ってきた・・とりあえずビールを飲もう・・夜はレストランのスパゲティ・オ
リジナルを持ち帰りで注文うまかった800円。

あしたは休まないでポーランド・ワルシャワの手前の街ウッチまで走ろう。

2015年7月6日月曜      はれ20℃   はれ20℃    はれ23℃
5時30分に出発、今日はポーランド、ワルシャワの手前ウッチまで・・「ウッチ」の「ウ」書き込
みも出来ない文字tがつぶれた文字・・。

ジャンバーは着なくても寒くない・・長そで二枚で充分だ。今日は600キロの長丁場・・じっくり
あせらないで走ろう。朝方山のなか・・・ひんやりする・・。

高速道がいい・・車も少なく走りやすい。連日、いい天気に恵まれて走っていて気持ちがいい。高速
が途切れて一般道になった・・なんとか迷わずに「ウッチ」についた。

13時ちょっとすぎた・・600キロ、8時間足らずで走りきった。


2015年7月7日火曜   はれ19℃     はれ19℃      23℃
朝起きるのがちょっとつらかったが・・4時過ぎに目が覚めて、そのままけさも5時30府に出発。

今日はリトアニア・首都ビルニュスまで600キロ走る。きのうの朝と違って走っているうちに寒く
なってきた・・・パーキングでカッパの上着を着こむと気持ちがいい走りになった。

このまま行くと13時頃にはビルニュスにつくかもと。今日も天気がよい。高速のような一般道路
のような区別がつきにくい道路。どっちかとゆうと一般道だろうな。それでも120キロで走れる。


















リトアニアの国境か・・係官「リトアニア」はこっちじゃない「ここはベルラーシの国境だ」エエー
っどこまで戻ればいいのだろうか・・「100キロ戻れ」エエー。

そうこうしているうちに若い人男女の車も間違ってきたようだ・・この車について戻れと係官。あり
がとう。

来るの人は「エストニア」から来ていると話す・・「よろしくお願いします」車のうしろについて走
る。ガソリンスタンドがあったら「給油したい」・・「OK」。

20キロも走らないうちに「う回した」と思ったら・・この道がリトアニアへの道・・田舎の農道を
走る。ガススタンドを聞いているうちに彼は先に行ってしまった。

まぁいいやこの道を走ればいいや・・。小さな町で給油をすませナビを入れ直した。相変わらず農道
の道が続く・・アレー行き止まりになった・・工事中だ。

「戻って」走れ・・別れ道まで戻って・・どっちにまわればいいのか地元の人の車に聞く。残り200
キロになってから一向に進まない。

まぁ今日中に着けばいいや・・13時を過ぎた。ガタガタ道の農道を走りきってどうにか本線に出た。
ビルニュス市内に入ってきた、車も多く渋滞の時間になっているようだ。

ユースホステルに着いたのは16時・・連続11時間走った。メーターを見たら700キロ走ってい
た。朝からコーラだけ、受付をすませマーケットへ・・去年の7月にもベラルーシからここにやって
来た・・

前回泊ったホテルは同じ道の300mと近いのでマーケットも同じ。ガツガツ喰ってビールを流し込む。

あした9時にロシアビザについて打ち合わせることになった・・とゆうことは「ロシアビザは」とれる
と言うことだろうな・・

今年4月ロシアビザと取り方が変わって「日本にあるロシア大使館でないと」とれないとの話が伝わっ
てきたので心配していた。ま、あしたの結果を期待したい。

ガツガツ喰ったのがたたった・・トイレのドアー直前のところで漏らしてしまった・・まだ早い時間だ
ったので誰にも見られていない、汚れたパンツをトイレの中で手早く洗った。はずかしいこれで二回目。

氷河が一番きれいなアルゼンチンのカラファテ・ぺリトモレノ氷河・・名前も悪い・・泊まったホテル
でもあと一歩ドアーに手がかかったのにだめだった・・ここでも幸いにとなりがシャワー室だったので
助かった。

2015年7月8日水曜  くもり    はれ     夕立
連日朝4時過ぎに起きて600キロ以上走ってきた・・疲れていたのでぐっすり眠れた。ここのユース
の宿は今日から部屋が満杯で泊まれないと言う・・

内心泊まれなくてよかったと思った・・マーケットまでが遠く、部屋の暗い感じがする。きのう夕方買
い物のついでに前回泊まったゲストに確認にいったら泊まりOKになった。

9時までに荷物をオートバイニ積み込んで「ロシアビザ」の打ち合わせ・・レセプションの奥に事務所
が二つある。ここがエージェントなのだろうか。

若い女性二人、男性一人その事務所「ロシアビザ」について話しを聞く。わたしはカザフスタンやモン
ゴルにも出入りできる「ダブル・ビザ」をどうしてもほしかった。

絵図を書いて説明した。「ダメ」「ロシアビザはエントリ一回だけ30日間だけ」・・と受けつけなか
った。しかたがない・・今日8日受けつけて受け取りは17日か18日と説明。

まぁ、タクシーに乗って自分でロシア大使館まで行くのかと覚悟してしていたがすべて手続きをやって
くれるので助かった。

ビザ代90ユーロ・・手数料30ユロトータル122ユーロ・・約15000円・・を支払った。こん
なにも早く、思っていたい所に簡単に手続きが終わって気持ちが落ちついた。ありがとうございました。

あとは出来上がりを待つだけだ・・移動したゲストハウス代10日間で11000円ぐらいですみそう。
ゆっくり休養できる。




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第8次71才オートバイひとり旅・地球走行中・ボスニアヘルツゴビナからスロベニア

2015年07月04日 | コソボで121ヵ国目・35万km突破
ボスニアヘルツゴビナからクロアチアを通過・・スロベニアへ









2015年7月3日金曜  はれ20℃  はれ13℃ はれ27℃28℃29℃
きょうはクロアチア~スロベニアまで走る。これまで泊まらないで通過した国はス
ロベニアだけ・・

前回14年目に来た時ユースホステルが閉まっていたのでクロアチア・ザグレブから
そのままイタリア・ベニスに向かった。

今回泊ってみよう。あったかい風が出てきたので・・きのうもしかしたら雨かもと思
っていたが・・雨じゃなくていい天気なっている・・

きのう5時過ぎてトイレに行ったが水が出ない・・スタッフの話だと7時にならなけ
れば水は出ないと・・この街の対策らしい。

ちょろちょろの水で歯を磨きひげをそり顔を濡らして6時に出発。今日はクロアチア
通過・・スロベニアまで550キロ。

60キロで高速はおしまい・・山の中の一般道路になってくる。クロアチアに近づ
くにつれて屋根のない家が出てきた。

前回もそうだったが壁一面に銃弾のあと・・屋根は吹っ飛ばされた家をみてきた。個
別に攻撃するようだ・・今回もあっちこっちとばされた家がまだ残されていた。



















ボスニア・ヘルツゴビナとクロアチア国境についた。

ボスニア出国・・クロアチア入国・・どちらもパスポートにスタンプを押すだけ・・
簡単にすんだ・・これだけだと助かる。普段は出国・入国で2時間ぐらいかかるので
ホッとする。

クロアチアに入ったとたんに高速になる。車は少ない・・120~130キロで走る。
今回クロアチア首都ザグレブは通過する。

ザグレブをう回してクロアチア~スロベニアの国境に着く。クロアチアの出国・・建
物はあるが・・係官はいない・・空き家になっている。

みんなスイスイ通過している。へ―「出国」スタンプはもういらなくなってきたのか。
しかしクロアチア入国手続きは必要のはずだけど入国手続きの建物は見えなかった。

今度はスロベニア入国手続き、ここもパスポートにスタンプを押すだけ・・簡単にす
むので助かる。27℃、28℃、29℃と高速に出ている電光標示板・・・走るたび
に上がってくる。

暑い熱い、カッパズボンとジャンバーを脱ぐ。スロベニア・市内に到着。13時15分
・・7時間かかった、だいたい予定どうり。

普通は泊まる場所をナビに入れるがきょうはどうなるのかわからなかったので予約しな
いで来た。タクシーに頼んでユースホステルまで引っ張ってもらう・・タクシー代5ユ
ーロ650円。10人部屋は予約でいっぱい・・三人部屋20ユーロ、2600円。

この10日間で国境9カ所越えてきた。トルコ~ブルガリア~マケドニア~コソボ~
マケドニア~セルビア~ボスニアヘルツゴビナ~クロアチア~スロベニア・・。

スロベニアは・・スロバキア・アルバニアと似たよう名前があるのでたびたび間違う。
雨の対策しっかり準備はしている、いまんとこ、雨に降られなくて助かっている。

スロベニア・首都リュブリャナLjubljana(読めない)泊っているところは高い建物が
ないので落ち着いた街、気持ちまでおだやかになる。

ここユースホステルはキッチンが使えるのであしたあたりはあったかいものを作って食
べよう。




2015年7月4日土曜   はれ     はれ
北に上がって走ってきたのに・・日本の夏を思い出させる日差しが強くて暑い・・。ゆう
べは冷房が入ってわたしは寒く感じたが・・地元のひとは暑いのだろうな。


今回の走りも二か月とちょっと・・残りすくなってきた。

今回走ってきたルート・・


これまで走ってきたルート・・121か国訪問・・オートバイで走った国は111カ国

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第8次71才・オートバイひとり旅地球走行中・セルビアからボスニアヘルツゴビナ・サラエボへ

2015年07月02日 | コソボで121ヵ国目・35万km突破
セルビア・ベオグラードからからボスニアヘルツコビナ・サラエボへ走る













2015年6月29日月曜  はれ    はれ
ベイルートの朝・・コソボに比べてあったかい・・朝の散歩・・近くの公園に要塞が
あった。早くから観光客が来ている。

前回2001年に来た時、二カ所のビルが一部崩壊していた・・いまどのあたりに
あるのかわからない・15年もたったいるのでもう取り壊しているかも・・。

街そのものも活気を感じるし、その当時と比べて明るさがあるようにわたしには感じ
られる。





2015年6月30日火曜    はれ     はれ
午後になってなまあったかい感じなってきた・・これじゃあした雨の中を走ること
になるのか・・。

なんとも気がつく郵便局の女性・・いろいろな切手を・・ノートをめくるしぐさだ
けでわかってくれた・・

ほかの国ではファイルに入っている切手のことに気づいてくれるまで時間がかかる
がここの女性は一発でわかってくれた。切手を買って今日はおしまい。






2015年7月1日水曜    はれ20℃   はれ16℃   はれ20℃
5時30分にホテルを出発・・きょうはボスニアヘルツゴビナ・首都サラエボまで
約300キロ。爆撃で崩壊した二つのビルの保存されているのを朝見つけた。

高速は50キロ足らずでお別れ・・すぐに田舎道に入っていく。セルビアとボスニ
アの国境を過ぎると段々山の中に入っていく・・寒くなってきたが我慢できる寒さ

川に沿ってくねくねの道から高い山に向かって走る。いったん山から下りて再び山
の中に。

ボスニアのサラエボに着いたのは11時半・・300キロを6時間かかる。途中の
高原でスピードメーターは77777・7の表示になった。

1台目のメーターが28万キロ・・なのであと2000キロちょっとでトータル36
万キロ走ったことになる。

街の中にある予約したユースホステル1300円2泊することにした。街には観光客
が結構来ておみやげ屋さん・・レストン・・などにぎやかになっている。

一日いい天気で走っていて気持ちがよかった。

























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第8次。71才・オートバイひとり旅・地球走行中・ブルガリア~マケドニア~コソボで121ヵ国目

2015年06月29日 | コソボで121ヵ国目・35万km突破
写真があっちこっちとんで・・順序どうりになっていません・・整理するひまがなくて・・あしからず・・


ブルガリア・首都ソフィアからマケドニア~コソボまで国境三カ所こえる






2015年6月25日木曜    はれ      はれ
きょうはできれば、ブルガリア・首都ソフィアまで150キロ足らず・・そのあとマケドニア
まで走ってもよし・・ゆっくり11時ホテルを出発。

出発前にロシアからの夫婦がオートバイの写真を撮らせてくれと・・ついでに重い荷物をホテル
から運んでもらった。

おみやげ屋のお兄さんが陶器で造ったカップをプレゼントしてくれた・・ありがとうございます。
おみやげ屋の前に停めていたオートバイ・・出だしの石畳の300mローギアーでいっきに走っ
て転ばなくてすんだ。

朝18℃ぐらいあったが高原に入って寒くなる、出発するときカッパを着たのでよかった。途中
まで高速のいい道になっていたがソフィアに着くころ一般道路の片側二車線に・・

前回2001年に泊ったソフィア郊外の宿に寄ってみる・・当時の道が様変わりして入り道がわ
からなくなった。二度三度回ってみたが探せなかった。時間が過ぎてソフィア市内に泊まること
にする。



































マケドニア経由・・コソボに到着。
コソボで訪問国121カ国目(オートバイで走った国は111カ国目)

2015年6月26日金曜   くもり18℃    くもり8℃    くもり15℃
7時に走りだす・・マケドニア経由コソボまで330キロ。くもり空・・前方には雨雲が見え
てきた・・早めにカッパズボンをはく雨になっても大丈夫、パラパラと雨が来たがそれ以上に
強くならず助かった。

高速からマケドニアの道は山道になってきた。くねくね小さいカーブが続くこんな山道だった
かな―幹線道路からマケドニアに入る道しか覚えていない。

40~60キロのスピード・・・。マケドニアの首都スコビエに到着12時15分。250キ
ロを5時間かかった。

マケドニア銀行でお金を下ろす。大きな銀行だったがユーロはおろせなかった。最初ATMで
下ろす時・・ATMのところまで銀行の女性が来てわたしのカードでは「ダメ」と言う・・

カードを抜いて他の銀行を訪ねていた。先の女性が「お金が出ていると」呼びに来た・・「アー
危なかったなー」現金を盗まれるところだった・・・「ダメじゃなくて出てきたじゃないか」
日本語で怒った。余計なこと言いやがって・・



















3万円分を近くのショッピングビルの中にある両替屋でユーロに替えた・・。もたもたして1時
間かかって13時を過ぎた。100キロ足らずだからコソボに向う。

25キロぐらいで国境・・マケドニア出国・・コソボ入国30分ぐらいで終了。山道が続く16
時コソボ首都プルシュティナに到着・・ゲストハウスは入り組んだ狭い道を走った場所にあった。

近くにオートバイを止めてお店でゲストハウスの場所を聞きたどりついた。市内には―若い人た
ちばかりが目につくな・・学生でもなさそうだけれど・・。

東欧特有の旧い雑貨屋、八百屋で晩飯・ビールの買いだして晩飯。レバノン・トルコ・ブルガリア
・マケドニア・コソボあたりはサクランボの産地なのか・・こっちでは1キロ200円ぐらいと安
い、・・

そう言えば去年グルジアには街路樹にもサクランボがなっていて・・ちぎって(もぎって)食べる
の・・朝の散歩はそれが楽しみだった。

2015年6月27日土曜   くもり12℃     くもり
コソボの朝・・あまりに寒いのでオートバイつけている温度計を見たら12℃だった。もういらな
いとおもってズボン下をはき、ジャンバーを着ている。

セルビア(ユーゴスラビア)から独立したコソボ・その前に同じセルビアから独立したモンテネグ
ロは2001年に走った時まだ独立したばかりのほやほやで国際的にまだ承認されないとき走った。

現在はコソボから直接セルビアに抜けることは出来ないようだ。いったんマケドニアに戻ってセル
ビアに向かうことになるようだ、まだまだセルビアとは仲がうまくいってないと言うことだろう。

イスラエルとレバノンみたいな半永久的にはならないだろうけど・・わからない。ビールを飲みな
がら一日中ネットを見ながら整理した。

ホテルのまわりを少しだけ歩いてみた・・平屋の家は見かけない二階三階建・・コソボって裕福な
んだ・・と思う。


















2015年6月28日日曜 コソボはれ12℃ くもり18℃ くもり15℃  セルビア20℃
一日が長く感じるコソボからセルビアに走る・・7時に出発・・いったんマケドニアに戻ってセルビ
アに向かう。

国境に8時半コソボ出国マケドニアの入国手続きを終えて一路セルビアまで450キロ。マケドニア
で暑くなったのでカッパを脱ぐかどうか迷ったが・・まだこれから400キロ以上走る・・

どうなるかわからないでそのまま走る。すぐに国境が出てきた・・マケドニア国境から100キロ足
らず・・ここからセルビアの国だ。

手続きはスタンプを押すだけ・・これで「いいの」ってゆう感じで終了。マケドニア出国、セルビア
入国両方合わせて10分たらずですんだ。いつもこれだと国境もいいんだがな・・・。

午前中だけで今日は三カ国の国境を通過したことになる。高速が続くのかと思っていたが途中から一
般道路片側一車線が続く。

ブルガリア、マケドニア、コソボ、セルビアは山の中にある国だ。後半再び高速道路になった・・セ
ルビアまで残り30キロで給油・・併設した軽食お店のネットで・・ホテルの予約を入れる。

一泊7ユーロ910円のゲストハウスを予約した。14年ぶりに訪れtるセルビア(当時はまだユー
ゴスラビア)市内に入ってホテルを探す。

近くまで来てるのだが・・わからない。雨が降ってきた・・露天のおみやげやさんが並ぶ場所でホテ
ルを聞く・・ホテルの場所がようやくわかった。

16時にゲストハウスについた。ベイルートの中心街にあった。泊まりを3泊にしたら一泊780円
になった。これまでで2年間の中では一番安く泊まれた。こぎれいで気持ちのいいゲストハウスだ。




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第8次。71才・オートバイひとり旅・地球走行中・トルコイスタンブールからブルガリアに到着

2015年06月25日 | 120ヵ国・35万km突破












2015年6月23日火曜   午前中雨    午後はれ
雨がやんだと思って散歩に出かけた。はげしい雨になって雨宿り。宿に戻ってメーターの
メカニックが来るのを待つ・10時はとっくに過ぎた。

12時前に部屋をたたく・・メカニックが来てくれたようだ。メーターのコードを取り外
して・・2時間ぐらいで戻ってくると。

まぁきょう中に出来上がればいいや。雨が上がっていい天気になった。はがきを出しにポ
ストオフィスに。宿に戻ってきたらメカニックの修理・・新しいコードを付け換えて終わ
っていた。

さっそくテスト運転・・うんヨシヨシ・・これで大丈夫だ。最初メーターの構造からやり
直すのかと思っていたら違った・・メーターにつないでいるコードを取り替えるだけで直
せるのだった。

昔、自転所の電灯をつけるため・・タイヤに発電機のポッチをすりつけて発光させる。メ
ーターもそのたぐいのもだろうと思う、もっとも高度になっているとは思うけれど・・な
にはともあれスピードメーターが直ってホッとした。安心して走れる。

最初ホテルのオーナーがオートバイのうしろに乗って案内してくれていた。右に曲がると
き右肩を・左は左肩を・・たたいてくれと頼んでいた。

「突飛」をわからずに・・かまわずドスンと乗り越えたり・・反対車線をかまわず走った
り・・宿に帰ってから「カミカゼ」だとオーナーが嘆いていた。

「カミカゼ」を知っていた。恐くなってあたしいメカニックに行くのをやめて「出張して
もった」のだろうと思う。

出張してもらって・・修理代、120リラ・・6000円ぐらい。安く上がってよかった。
オーナーありがとうございました。

ゆうべ床の中で修理が済むまであと何日かかかるだろうと覚悟していたが直ってよかった。
さぁ・・あしたから東欧・・とりあえず・・ブルガリアを経由してコソボまで走ってみよう
・・、晴れてくれ―い。
















2015年6月24日水曜     はれ20℃    はれ18℃   はれ23℃
4時に目が覚めてそれから眠れなかった。エレベーターで三階から下ろそうとしたが電源が
入ってないのか動かない、仕方ない一個づつおろした。

6時16分ブルガリアに向かって出発市内から高速に乗るのに戸惑ったがなんとか乗れた。
郊外に出ると車がぐっと少なくなってきたとゆうよりほとんど走ってない高速・・

風もなく
なんとも気持ちのいい今日のツーリング日和。昭和30年代の昔の三橋美智也夕「焼け空
が真っ赤か・・。北島三郎さん「は~るばる来たぜ・・の歌が出る。

9時30分トルコとブルガリアの国境についた入国には時間がかかったがトルコ側は出国
スタンプを押すだけで終了・・グリーンカード購入5000円でブルガリアの入国手続き
に時間がかかった。

10時30分にすべて終了。残り200キロ。トルコ側の道は最後まで気持ちがよかった
がブルガリアの高速は途中から一般道路になって片側一車線。

今日泊まるプロブデブ市内に入って最後の300mは石畳・・敷き詰められていれば問題
ないが河原の道になって止まったらこけそう・・いっきに走りきった。

あーこわかった。ホテルの人に荷物を手伝ってもらい助かった・・13時。両替屋までい
ってトルコのお金をブルガリアに両替泊まり賃を払う2500円程度。

「オールド・プロブデブOld Plovdiv」」旧いホテルであるがこぎれいで気持ちよさそう。
受付には「ようこそ・matsuo」と歓迎の看板が掲げてくれていた・はじめてのことでうれ
しかった。

旧市街地で結構観光客も歩いている。夜ごろごろとカミナリがなっている、あした大丈夫
かな。









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第8次・71才・オートバイひとり旅・いまトルコ・アンカラ・・あした21日から北上します

2015年06月20日 | 120ヵ国・35万km突破
トルコ・アンカラで前歯2本差し歯の治療・・7日間で終了、36000円
あした21日から北上できる・・とりあえずイスタンブール~コソボへ




2015年6月12日金曜   はれ     はれ
レバノンから着いた港、海岸通りにあるホテル・・朝少しだけ散歩・・一日中ネ
ットを打っておしまい。

昼も夜も一階の食堂に焼き鳥コケコッコーを頼んだ、味が良くてうまかったなー。

2015年6月13日土曜   はれ20℃  はれ10℃    はれ20℃
朝6時30分、トルコ首都、アンカラに向かって出発・・550キロ。海岸にす
む地元の人から山に向かって走るから寒いぞ・・とアドバイス。

そうだろうな・・来る時も高い山を越えてきた。きょうも長シャツ二枚着て走っ
てきたが、我慢できない寒さ、カッパを出して着こんでちょうどよくなった。

途中120~140キロで気持ち良く走れて・・アンカラ市内に入っても渋滞が
なく予想より早く13時15分。アンカラの宿についた。

泊まり賃を払う前に・・前歯が折れてしまっているので歯医者さんに行って・・
どのくらい日数がかかるのか・・確かめてから。

仕事は出来るが、勝気なおかみさんに「行ってこい」。土曜だけどやっていた。
さし歯作製・・・12日間、4万円ぐらいかかると40才ぐらいのドクター。

ここからは筆談・・わたしはオートバイで旅を続けている「1週間で3万円ぐら
いに安く出来ないか・・」。彼は400ccのホンダオートバイに乗っていると
携帯で見せながら・・。

OK・それでは「7日間で3万6千円でどうだ」「OK・それではお願いします」
と頼んだ直後・・麻酔注射をかけられて歯型を取り始める。

これから火曜・木曜・土・3回来てフィニッシュ・・とドクターはカレンダーを
見せながら治療は終わった。治療室は4,5室ありドクターがそれぞれ」受け持
っているようだ。

2015年6月14日日曜   はれ    はれ
前歯の治療で・・これから1週間・・ゆっくりできる。歩いていない道を朝散歩。

2015年6月15日月曜   はれ    はれ
今日は何もしない・・・レバノンから送ったはがきがついたとメールに入ってきた
・・6月4日に投函したので10日間ぐらいで着いたことになる、意外と早くつく
もんだ。

2015年6月16日火曜     はれ     夕立・・はれ
14時予約している歯医者さんへ、ごろごろ来て夕立になった・・あわてていたの
か歯医者さんを行きすぎたらしい・・急いで戻っているうちに夕立が激しくなっ
てきたので雨宿り。

歯医者さん、「指し歯」ができていた・・調整してもらいあさって二回目最終調整
して土曜に出来上がると・・今度来るときオートバイを見せてくれとドクター・・
「ok」。




バイクシューズが一部剥げてきた、路上の修理屋さんで直してもらった・・900円。
めずらしいお客さんが泊まっている、リビアの青年、イラクの青年も・・仕事探しに
来ているのだろうか・・・。

メキシコの人もいる。わたしの部屋には韓国、ドイツの青年の旅行者。





2015年6月17日水曜    はれくもり     くもり
朝の散歩のあと、午後からカメラ専用のバッテリーを買いに行く・・きのうホテルの
オーナーにミニバスでの行き方を聞いているがバスがわからない。

地元の人に聞き10分ぐらいで着いた。でっかい、でっかいショッピングセンター
二度も三度も聞いてカメラ売り場へ・・あいにくそこにはバッテリーがない。

街のお店を紹介してもらいタクシーで向かう。小さいお店・・こうゆう小さいお店
が落ち着く.

これまで電源コードを直接カメラにつないで充電していたが・・コードでは「充電
できない」とお店の人の話し・・それでいくらたっても充電できなかったんだ。
仕方ない充電機も買って・・・USBも買った。







2015年6月18日木曜    はれ     はれ
久しぶりにスタンドでオートバイを洗車した100円。予約していた歯医者さんへ
14時前オートバイで行く・・ドクターが出てきて一緒にオートバイと記念写真・・

ドクターは受付の人と話し終わると、今日はキャンセル・あしたとあさってに来て
くれと・・。理由はわからないが・・これまでいた愛きょうのいい受付スタッフが
今日いなくてそれであしたになったのかどうかはわからない。

2015年6月19日金曜     はれ    はれ
14時に歯医者さんへ・・歯を削ったあとが痛みが出てきた・・早く直してほしい
ものだ。前歯がないとちょっとした硬いものもかめないので不自由でしかたがない。

サシバの調整を終わった・・なかなかよく出来ている。あした11時に予約。今日
も夕方から、ごろごろカミナリ・・夕立になった。







2015年6月20日土曜
前歯がないと上くちびるが直接歯に触れて・・なんか炎症を起こしかねないような
感じになってくる。

今日午前中、前歯のさし歯すべてが終わった。セメダインみたいなもので動かない
ように固定した。

取り外さなくても大丈夫とドクターの話し、なかなかすっきりしてきて気持ちがいい。
身体の一部に支障が出るとなんか憂うつになってくる。

これであしたから走り始めることができる。あしたはとりあえず、イスタンブールま
で450キロ走る。

そのあとはセルビア(ユーゴスラビア)から最近独立した「コソボ」に寄って東欧を
北に向かって走るだけ・・

2001年に同じユーゴスラビアから独立したほやほやの国「モンテネグロ」はまだ
国連からまだ承認されていない時だった。

モンテネグロからボスニアヘルツゴビナ・サラエボに向かう時、壁には銃弾のあとが
びっしり残っていた。泊めてもらった民家の人のとなりの家は爆弾でつぶされていた。

途中屋根だけがいたるところで吹っ飛ばされて、首都サラエボの市内では新聞社が崩
壊、近くのビルは丸焦げになっていた、14年前のこと。
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第8次・71才・オートバイひとり旅・地球走行中、シリアの避難者たちといっしょ・・レバノンよさようなら

2015年06月12日 | 120ヵ国・35万km突破
レバノンについて最初から最後まで面倒を見てくれたモンゼンさん







2015年6月8日月曜     はれ     はれ
朝の散歩のほか・・ホテルでネットの更新・ホテルには相変わらずシリアからの泊り客が多い。






2015年6月9日火曜   はれ28℃    はれ28℃
10日間お世話になった「タラルtaralホテルを9時10分に出発。トルコ行きフェリー船のあ
る街トリポリまで80キロ。

急ぐ必要はない・・80キロ走行・・10時20分にトリポリ市内・モンゼン・オートバイ屋に
着く。まずモンゼンにフェリーチケット売り場まで連れて行ってもらった・・フェリーはあした
6月10日20時出港のチケット32500本人とオートバイ。

オートバイでレバノン杉のある所までを頼んだが友だちが用事があってダメだった・オートバイ
で一台で走るより2,3人で走る方がいいとモンゼンは話す。

で、タクシーで行くといくらぐらいだろうか・・往復130キロ5時間で1万円でOKらしい。炎
天下オートバイで走るよりゆったりできるタクシーで行くことにした。








1時過ぎに出発・・山岳地帯を走る・・かなり登ってゆく・・こんな高原に杉が生えているのか・
・道を間違っているんじゃないのか・・森林限界に近い・・広くはない山のふもとに残っているレ
バノン杉地帯についた。

30分ほどレバノン杉の中を歩いた・・数えるほどの観光客。もっと大きなレバノン杉かと思って
きたが・・期待するほどでっかいレバノン杉ではでなかった。杉とゆうより「松」の幹に似ている。

トリポリのホテルには5時過ぎについた。あしたパスポートの「なんとか」で12時にコントロー
ルセンターに行くことになっている・・すんなり行くのかどうか・・不安だな。今はとにかくレバ
ノンから脱出したい気持ちが強い。









シリアの避難者たちと一緒にフェリーでトルコに向かう
2015年6月10日水曜    はれ      はれ
レバノンに来てから20日間すぎた今日でお別れだ。見たかったレバノン杉も最後のきのう見て気持
もおさまった。

朝市場でスモモに似たジュリックを買い塩漬けにした。11時モンゼンの知り合い・・タクシーがホ
テルまで来た。

その足でパスポートをチケットオフィスに預けて17時に取りに行くことになった。そのあとモンザ
ンのオートバイ屋で過ごす・・

17時半になってパスポートを撮りに行くのか・・と思っていたら違った。直接港のカスタムに走る
パスポートは港のカスタムにまわっているらしい・・

ポリスオフィスで「オートバイ走行許可書」を返還・・カスタムでパスポートをしばらく待って受け
取り・・ふたたびポリス・オフィスへ。手続きが終わったのは20時を過ぎていた。

レバノンの入出国手続きは他の国境とは違い・・非常にむずかしく感じる。勝手知っているモンゼン
でさえこの時間・・一人ではどうなったのかわからない。

それにしてもモンゼンはカスタムのすべての人たちと言ってもいいぐらい知り合いになっている・・
33才にしての人脈・・たいしたものだと感心する。モンゼンと別れる「お世話になりました」。

20時出港だけれど・・すでに21時をすぎた。大型バスが次々と到着・・係官に聞くとすべてシリ
ア(スリエ)からの避難者家族と話す。これじゃ船内は満杯になる。乗船前に立ったまま食事をすま
せる。10時過ぎに車の乗船が始まった。

すでに乗り込んでいる・・船内はシリアの避難者、家族連れでにぎやか・・赤ちゃんから5,6才の
子供たち。こども達の服装を見ると豊かな暮らしをしているのではないかと思われる。

一般の人たちは近くの国境から避難しているのではないと考える。ふっと思いだした・・中国で避難
している時日本人家族・・がバラバラになり残留孤児と言われる人たち・・

小さいころ両親とも離れ離れになって・・親の顔も名前もわからず中国で過ごすことになってしまっ
たこども達のことを考えるといたたまれなくなる・・すでに70歳越えるか、そのちかくになるだろ
う。

トルコ・イスタンブルの人通りの多い場所には小学校入る前の子供たち・・路上生活者がたむろして
いる・・小さい女の子・・若い夫婦に何かを聞かれている・・瞳いっぱいに涙をためていた。

紙幣じゃ金額がわからないだろうから・・持っているコインを全部あげた。いまは暖かいからいいけ
れど寒くなってきたら生きていけるのだろうかと心配する・・

もしかしたら他の国から来ているこどもたちかもしれない。役に立てない自分がかなしい。避難者た
ちの船内を見ているとはぐれることがないように祈るだけだ。

戦争は女性、子供たちが犠牲になる。いっぱいになったフロアーの床の片隅に寝袋で場所を確保した。
目が覚めトイレに・・時刻は3時・・フェリーはようやく動き出した。

トラック中心に載せた隣のフェリー、今日はこのフェリー2隻でトルコに向かうのかも。乗船前にイ
ランのトラック運転手とまた、あった。レバノンに向かう時トルコの港であった運転者。

これからイラクに向かうと話す。「ええ―」シリアからだとすぐだけれどイラク国境が閉まっている、
トルコ国境も閉まっている、ヨルダンの国境も閉まっている。

だから・・グルーっと大回りして・・フェリーでトルコ経由イラクに向かうと笑いながら話す・・往
復1カ月かかるらしい。










2015年6月11日木曜    はれ   はれ
トルコの港シリフケに15時に到着。16時でっかい荷物を持ってシリアの人たちが降りたあとに続
いてカスタムに向かう。車とトラックは広場に駐車。

ひとりボケっとカスタムの人が来るのを待つ・・車の運転手は誰もいない・・おかしいな。トルコ入
国手続きに行っているかも・・わたしも入国手続きに走る。

いる、いる下船した2,300人シリアの避難者たち。トラックから荷物を受け取りシリアの人たち
で入国手続きはごったがえしている・・入り口には入場制限する係官も出ている。

避難者たちに交じってポリス・オフィスでスタンプ・・カスタムオフィスで入国税40ドル5000円。
さらにカスタムで最終スタンプを押してもらい、さらに荷物の検査・・すべて終わったのが18時。

きのう、頭の中では、トルコについて15時、手続きが終わらせ16時・・そのあと100キロぐらい
は走れるだろうと計算していたがとんでもない・・下船してから3時間もかかってしまった。

レバノンに向かう時ホテルをやっていると聞いていたのでレストランのあるお店まで走る。覚えていて
くれていたのか・・「おー・・」と声をかけてくれた。

20ドル2400円こぎれいなホテルに泊まる。シャワーを浴びて・・下のレストランで焼き鳥を注文
・・マーケットで冷えたビールを買った・・アーようやく・・休める。

あした朝一番出発を考えたがあしたまで泊まることにした。それにしても・・レバノン・・もっと明る
くてあか抜けしているのではと期待していた。時が経つにつれて・・緊張感が身体に感じるようになっ
た。

街中に兵士の姿、チェックポイント、戦車の姿、など見るにつけ緊張が走る。写真撮っているだけで警
察署に連行されたときは帰国できないのではとビビった。

これほどまでにレバノンのピリピリした警戒はシリア、イスラエルなどの影響だろうと考える。滞在し
ていて楽しさがないのだ・・レバノンはしばらく観光は出来ないのではとわたしは思う。


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第8次・71才・オートバイひとり旅・レバノン走行中・・今度はわたしが警察に連行される6月6日

2015年06月08日 | 119カ国・35万km・国境181カ所走
レバノンから日本への便り・・中学校同級生中心に100枚送る・・日本まで一枚175円











2015年6月4日木曜   はれ   はれ
16時頃・・絵葉書100枚書き終わった・・ふーっつ。10分ぐらいと聞いているポスト
オフィスを歩きながら・・聴きながら・・あった郵便局。

若い女性3人気楽な3人だ。一枚いくら・・175円100枚で17500円、お金が足り
ない。銀行まで行ってATMで下ろし戻って切手を買う。

切手を張るのは女性3人がやってくれた・・これは助かる。一枚づつ貼るのは、結構面倒な
んだ。トリポリでおみやげの切手は買っている・・旧い切手がほしかったがこの郵便局にも
なかった。

あと10分・・5時で郵便局は閉まると・・日本と同じ・・今日本は24時間やっていると
ころもあるが・・・。宿に戻る途中前回の「SATOすし屋」に寄った。

見るからに赤身のおいしそうな赤身・・わたしにとっては最上等品に見える。赤身まぐろだ
け6巻注文・・握っているのは女性・・フィリッピンの人なのかな・・「大きく握って」と
注文。

握っているのを「いいぞ・いいぞ」「ベイルート寿司屋」写真を取りながら応援した。数え
てみたら10巻入っている。13ドル1500円。

はがき書き終わったお祝いだ・・急いで帰って・さっそく食べ始める・・。日本でもあまり
見かけない「ようかん」ににた赤身・・いや―インドマグロににた赤身はうまいなー。まん
ぞく満足。

2015年6月5日金曜   はれ     はれ28℃
はがきを書き終えて気持ちも楽になった。午後ベイルートに来てはじめてオートバイで市内
を走ってみる。地図で見た市内一周・・1時間もあれば戻ってこれるだろうと思って走りだ
す。

あれれー行きたい方向と逆方向・・まーいいや。市内の中に入って渋滞にはまってなかなか
動かない・・。もう帰りたくなった。1時間かかって10キロ、進まない。ようやく海岸に
出た。写真で見た海に岩が二つある。海水浴の人たちでにぎわっている。

宿に戻ったのは4時になっている・・2時間半もかかっていた。まぁベイルート市内をとり
あえず走れたことでよしとしよう。アメリカ人がきのう出ていって、きょうシリア人が出て
いったわたしひとりになった。シリアの人のいびきがものすごかったので今晩はゆっくり休
める。


「警察に連行される」・・帰りはチェックポイントで・・

2015年6月6日土曜 はれ     はれ
バールビックbaal beek遺跡に今日は行ってみよう。ホテルの近くから10時前にミニバスに
乗って・・乗りかえる・・場所について市内の写真を二枚撮った。

そこえ制服ポリスがやってきた。無線で本署と連絡を取っているのだろう。警察の白い車が来
た・・車に載せられて警察署に連行。

いったいどうなっているのか・車の中で今日中に戻れるの不安になる。まぁ「なるようにしか
ならない」成り行きを見守るしかない。

まずカメラの専門家ポリスが調べる。繰り返し過去の写真も見ている。「今日わたしはバール
ビックまで行って戻るのだ」日本語で自分のいいたいことを言う。

年配の私服が来てパスポートの点検・・写真を撮っている。「わたしはレバノンでラストカン
トリー120カ国目自分のオートバイで走ってきた」まったく関係ないことばを佐賀弁を入れ
てはったりをかます。

カメラの点検はおわった・・問題なかったようだ・・警察の白い車でバス乗り場まで戻る・・
10時4分から10時38分まで拘束された。

観光客はわたしひとり・・カメラをまわしていると目立つのだろう・・とにかくピリピリして
るレバノンだ。写真撮るのも注意しなければならない。こっちまでピリピリする心境だ。

バールビック行きのミニバス11時10分に出発。ふたつの高い山を越えてバールビックに着
いたのは13時半。

ローマ、ギリシャの遺跡よりしっかり残っているようにわたしには見える。アメリカ、マレー
シアの人たち10人ぐらいの観光客が来ていた。入場料10ドーラ1200円。

1時間程見学ミニバスで宿に向かう15時。峠にはいった・・写真を撮り続けていた・・
「あーっ」チェックポイントの兵隊の「顔写真」がばっちり写っている。

「ヤバいぞ」これは。退避所にミニバス「ストップ」バスから降りてカメラのチェック・・
すぐに削除すればよかったのに・・そのまま兵隊に見せた。

「景色を撮っていたら・・偶然に兵隊の顔が・・入ってしまった」いいわけが通じるのかどう
か・・日本語でしゃべりまくる。

兵隊待機所から係官・・「いいよ・いいよ」行かせろと言ってるようだ。もしかしたら「逮捕
される」・・一瞬どうなるのかと思ったが事なきを得てホッとする・・。

バスに戻って・・年配のバス・ドライバー「ノーピクチャー」と笑いながら注意された。ベイ
ルートについた、また乗り換える・・ホテルに戻ったのは17時15分・・意外と帰りは早く
ついた。

レバノンを出るまで逮捕されないで過ごせるのか・・心配になってきた。

2015年6月7日日曜   はれ    はれ
トロポリのオートバイ屋・・モンザンがベイルートまで来る・・そのあとツーリイングに行く
予定だった。12時になっても来ない・・きょう用事が出来たのだろうか・・。

実はきのうポリスに連行されたので・・気分がどうしても乗らないだ・・わたしも走りたく
なかったのでかえってよかった。ブログの更新などすませる。
















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