オートバイで行くインド・アフガニスタンの旅

写真やイラストつきのオートバイ旅行記

no.78 グルドアラの朝

2017-04-05 16:30:32 | オートバイ旅行記
 こうしてこの日もラッキーなことにすんなりと宿泊先が決まったのだが、
ラッキーなのはなにも安全なところに泊まれただけでなく、宿泊代金のみならず、
食事代も無料だったのだ。 オートバイの故障は痛かったが、このところ「泊まる」と
いう面では、ツキまくっている。

 いくらインドの物価が安いからと言って、こちらは長丁場の旅である。
食事はともかく宿代は堪える。 それが「ただ、無料」というのは助かるどころの話し
ではない。

 前日の社長宅にしろ、その前のパタンコットの彼氏にしろ無料だ。
これほどの恩恵があろうか!  以前のデカン高原の川の氾濫の時もそうだが、
インドは懐が深い。 この旅で一番学んだのはそういったことではないだろうか!
「義を見てせざるは勇無きなり」


 あくる日の朝6時である。 突然スピーカーから大音響、何事かと飛び起きる。
まるで歌のようだ。 そう、これはお経なのだ。イスラム教でいえば「アザーン」
朝のお勤めが始まったのだ。 それにしてもすごい大音響。 町中に響き渡る。

 ここフェロセプールはシーク教徒の町なのだ。 そしてここはその礼拝所。
だから大音響で町の隅々に伝わるように流すのだ。

 ここのは木魚にお経といった、そんな生易しいものではない。
ハーモニューム(床に置き、手だけで演奏するオルガン)にツツミ太鼓とシンバル
といった伴奏付ですごく賑やか。 お経というよりまるで歌謡そのものだ。

 歌い手は盲目の人である。 ザラツイタさびのある伸びやかな声で歌う。
思わず聞き惚れる。 ハーモニュームを弾きながらである。


 朝のお勤めが終わった後に彼らはもう一つのお勤めの托鉢に街に出る。
このへんはタイなどの小乗仏教に似ている。 帰ってからしばらくすると
それら托鉢での頂き物で食事となる。

 驚いたことにこの不信心者の僕も席に呼ばれる。

 食卓は意外にもバライティーに富んでいる。 夕餉も同じだ。
その後、20日あまりこのグルドアラに滞在するはめになったが、1日として
途切れたことはない。 宗教とはなんと心の広きことか!
突然に飛び込んんで来た、この見ず知らずの異教徒に、何ら求めることもなく、
歓待したのだ。「窮鳥懐に飛び込めば、猟師もこれを撃たず」ということか?
ちょっと、違う気がするが・・・。

  次回に続く!

   
    3人の演奏者の一人、僕のバイクのヘルメットを被ってご機嫌。 
    当時インドでは今と違ってほとんどヘルメットをかぶっていなかったので、
    珍しいのだ。 ゴーグルも然り。

   
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