水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

『飛行』より

2016-12-28 09:32:49 | 本に寄せて
葛原妙子の歌集『飛行(ひぎやう)』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・高き階のつめたき机に論爭の肱(ひぢ)つくときしなべてさびしゑ
・一生に一度の負を知らしめしその片顏(へんがん)をおもひゐたりき
・感情の反應少き一匹のけものを日毎ひぐれに愛しき
・蠟の燈のゆらぎ支へてをとめあり聖なるもののちかづくに似る
・なにものかはわれを憎まむ雪の夜を素足のごとき睡りおそふに

・わが死(しに)を禱れるものの影顯(た)ちきゆめゆめ夫などとおもふにあらざるも
・わが連想かぎりなく殘酷となりゆくは降り積みし雪の翳くろきゆゑ
・縛(いまし)めに似たるつめたき水捧げ赫々(あかあか)とありきわがたなそこは
・あるひはこれ受身の感情といふならむたなうら痺れひびきゆく水
・審(さば)かるるものの質ありさびしきとき美しきものを凝視する瞳(め)に

・マアキロを椿の花瓣のごとく塗りやはらかき瞼(まなぶた)ひとつが患(や)めり
・羊毛のくもりなす空降(お)りきたる白き眼帶ひとつを壓(お)して
・まなぶたに蝎の如き傷置かばきらきらと更に倨傲なるべし
・マリヤの胸にくれなゐの乳頭を點(てん)じたるかなしみふかき繪を去りかねつ
・矢繼早に蒔きたる黑き種子割れて雙葉となりぬ罪科のごとし

・夏のくぢらぬくしとさやりゐたるときわが乳(ち)痛めるふかしぎありぬ
・おほき薔薇の花瓣の緣(へつり)捲きそめぬかさなれる瞼(まなぶた)とリルケは言はむ
・崖の上にいくつかのともし火の瞳(め)が點(とも)り易からぬひとつの出會を信ず
・やはらかき言葉に寄せてわがくらし探る文(ふみ)ありふところにもつ
・謝罪すべきいくばくの生活(くらし)とめつむれりしかあり、やがて更に瞠(みひら)き

・キリストの讚歌あがりつ野の禱り栗の花群繁(し)みたつあひより
・眦よあをずむまでの樹蔭にて祈禱の書(ふみ)はひらかれにけり
・たのみゐる未來多(さは)ならむうら若き男女の祈禱をわれはよこぎる
・典雅なるものをにくみきくさむらを濡れたる蛇のわたりゆくとき
・いちにんを倖(さきはひ)とせむたいそれし希(ねが)ひをもてば暗き叢

・硫黄と火降りたる太古の街ありきソドムといへりゴモラといへり
・くさむらに立ちたる百合の蕾固し古風なる祈願の姿たもてり
・聖水とパンと燃えゐるらふそくとわれのうちなる小さき聖壇
・殉敎の世ははるかなるしかもいま犧(にへ)のまあかき花びらありき
・眼隈(まなくま)のふかき翳りをのぞきみるさびしき異質を祕めしたましひ

・有限者マリヤの肌を綠色(りよくしよく)に塗りつぶしたるはシャガール あはれ
・思ふこといまことごとく覆へるわが信じゐし德のひとつも
・殘酷にわが飛ばしゆく幾ページひたすらに子を夫を詠むうたなれば
・ひと平(たひら)充(みた)さむと流れ幻聽を伴ふ霧か黑き樅を捲き
・岩山に凍死の捲毛をみなにてセガンティーニ畫く「奢多の刑罰」

・鳥の巢のごとき高原の敎會にこころ逃れてあさきねむりぞ
・その胸よひた思ふなり肋骨が知慧(ちけい)のごとく顯ちたる胸を
・椿の花の赤き管よりのぞくとき釘深し磔刑(たくけい)のふたつたなひら
・石鳥らソドムの森より翔びきたりしかもきらめく尾羽をもてりき
・寒き日の溝の邊(へり)步み泣ける子よ素足のキリストなどはゐざるなり

・ノートル・ダムの雪の夜の内陣かかる刻(とき)いかなる厚き罪をはらむや
・口赤き娼婦に驗(ため)せる異質者のジイドよ彼の「祕めたる日記」より
・まどろみのあひに雪ふる降り繼げり無償を肯ふものを蔽へよ
・薄きみどり射せる頁を繰りゆきてわが讀むはプルースト「スワンの戀」の章
・わが眸(まみ)の切子に針顯ちしづかなりするどきものの復(かへ)らむ兆

・亂視つよき雙眸(ふたまみ)の瞼垂れおもふことといへどもやさしからずよ
・わがもてる諸惡を搾る夜半にてうつくしきものしたたりやまず
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