水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

一首鑑賞(38):寺下雨鈴「読み違う若き朗読奉仕者の」

2016年12月23日 14時07分01秒 | 一首鑑賞
読み違う若き朗読奉仕者の漢字瞼に記しつつ聞く
寺下雨鈴(大森理恵・辺見じゅん編『まなざし〜盲目の俳句・短歌集』より)


 目の不自由な方への代読ボランティアをかれこれ三年三ヶ月続けてきたが、つい先日「卒業」させていただいた。小さい頃から朗読が好きだった他は別段そうした経験があったわけではなく、代読サービス開始の8ヶ月ほど前に開かれた「代読ボランティア養成講座」に参加し一から勉強して臨んだのだった。
 約三年間サービスの利用者の方はお一人きりだった。しかしこの方は向学心旺盛で、私達ボランティアも様々なジャンルの本を読ませていただき、途中からはメールで、全盲や弱視のみならず様々な障害について、また癌や認知症などの研究・医療に関する最新の情報も頂戴し、大変有り難かった。
 『まなざし〜盲目の俳句・短歌集』は、私がボランティアを続けるうちに徐々に視覚障害への関心を深め、隣市の図書館で借りて読んだ本で、全盲および弱視の方々がお作りになった俳句と短歌が集められている。掲出歌は、私どものような代読の奉仕者との間での機微を詠んだもの。状況が手に取るように伝わる巧みな一首だ。
 代読サービスが私の住む市の図書館でスタートして間もない頃、その利用者の方は「一言一句正確に、というよりは大意を掴めればいい」といったことを仰った。しばらく代読をこなすうちに、実際問題そのような気構えでいないと対面朗読は成り立たないのだということが分かってきた。毎度あらかじめ「下読み」できるわけではなく、ぶっつけ本番で読むこともあったから、時々読めない漢字などが出てくる。その場合は、漢字の部首や旁(つくり)などを説明したり、文脈から語義を推測して言葉を言い換えて読んだりした。また、「なるべく速く読んで下さい」というご希望だったので、視線と滑舌が追いつく限りの速いスピードで読んだが、そうすると読んで通過してから単語の読み違いに気付くこともしばしばだった。(あ。。。)と内心思いつつもどんどん先へと読み進める方が大切。そういう時は密かに冷や汗をかいたが、回を重ねるに従い、段々物怖じしなくなっていった。
 代読の時間は一回1時間半。三人のボランティアが付き、一人30分ぶっ通しで読み上げる。これが結構なハードワーク。そのため、発声や早口言葉の練習はいつしか毎日行うようになっていった。お蔭でスタミナはついたが、果たして聞き取りやすい発音になっていたかどうか。最近、郵便局の休日窓口に行って、発売されて3日の「冬のグリーティング切手を下さい」と言ったところ、局員の方は「星のグリーティング…」とかもごもご呟いて、切手の引き出しを探し、レジパネルを凝視した上で「売り切れました」とキッパリ述べた。もう?そんなことが??と頭に沢山の疑問符を並べつつもすごすご引き下がり、翌日の月曜日に別の局へ行ったら無事購入できた。そんな調子だから、私の代読に耳を傾けて下さるのも、実はかなり注意力を要することだったのかもしれない。
 こうした拙い読み手だったにも拘らず、利用者の方は不平一つこぼさず辛抱強く聴いて下さった。乳がんを患って精神的支柱がぐらぐらしていた頃に折よく代読ボランティアの募集があり、それに意識を向けられたから、私は五年間の集中的な治療の間にも生活の張り合いを得て、何とか乗り切れたのだと思う。代読にとりあえず区切りをつけた私の頭に浮かぶのは次の聖句である。「だから、今それをやり遂げなさい。進んで実行しようと思ったとおりに、自分が持っているものでやり遂げることです。進んで行う気持があれば、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。」(コリントの信徒への手紙 二 8章11〜12節)
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