水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

一首鑑賞(43):筒井富栄「病廊もはなれてみれば輝いて」

2017-05-03 14:38:14 | 一首鑑賞
病廊もはなれてみれば輝いて降誕祭(イブ)のかざりのひとつにみえる
筒井富栄『風の構図』


 筒井富栄の短歌は、自身が「軽短歌」と形容したように人を惹き込む軽音楽のような韻律が一つの魅力となっている。アントニオ・カルロス・ジョビンが作詞作曲した「三月の水」を彷彿とさせるような、名詞を連ねた歌などはその考え抜かれた単語選びと相俟って、鮮やかな印象を与えるものだ。筒井は、シャンソンの歌詞を勉強したことがあったと歌人の稲葉京子に話していたそうで、宜なるかなと思わせる。
 そうした気構えを映して、筒井の作歌人生の前半においては私生活を素材にした歌が極めて少ない。だが生前最後の歌集『風の構図』になると、軽やかな詠い口は健在ながら、境涯を淡く写し取った歌も見え始める。それはちょうど、パーキンソン病の発症と時期が重なる。掲出歌も、病を背景に詠まれた歌であることを読み手に感じさせつつも、その風通しの良さには目を見張るものがある。

  わが窓を覆いてゆれる月桂樹勝利のときを思いてねむる

 この歌も、身の不如意からはおよそ遠いところから始まり、結句「思いてねむる」まで読んで初めて、詠われた「勝利」が今は手中になく遥かに憧れ止まぬものなのだと言外に知れる。筒井の自由な精神をよく表した歌と言っていいだろう。主による勝利の凱旋を高らかに歌った讃美歌「勝利をのぞみ」(『讃美歌21』では471番)も思い起こされてくる。

   勝利をのぞみ 勇んで進もう、
   大地ふみしめて。
   ああ、その日を信じて
   われらは進もう。

 「勝利をのぞみ」の引照聖句で最初に記されているのが、ヨハネによる福音書16章33節である。「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」。
 さて、掲出歌を産み出した筒井は実際にクリスマス前の病棟内にいたのだろう。けれど筒井の自在な魂は病院を抜け出し離れたところにいて、闇の中で病廊の明るく輝く様を眺めている。あるいは俯瞰していたとも考えられ、それはまさしく天使的な高みである。そんな筒井の目には、病棟の中にいる人々の疾病も、いずれ勝利の渦に飲み込まれる希望へと隣接して見えたのかもしれない。
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