水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

『まなざし〜盲目の俳句・短歌集』より(短歌)

2016-10-19 10:13:51 | 本に寄せて
大森理恵・辺見じゅん編による『まなざし〜盲目の俳句・短歌集』を読了。目に留まった短歌を引いておきます。


    ぬ く も り
・点字器の定規の滑りよき今朝はわが健やけき証(あかし)と思う/村瀬弘
・陽の光りにかかわりはなき眼底(まなぞこ)のたまたまなれど今朝は明るし/杉田守之
・治療院の看板見しや幼ならは足の折れたる子猫連れ来ぬ/徳本清子
・白杖を当てたる故に詫びし我を優しき声は手引きてくれぬ/加藤秋紅
・点字読む独り静かな午下(ひるさ)がり冬陽は我を抱くごと差す/杉山清治
・触れられるものは余さず触れてきて吊り革持つ手に青蕗(あおぶき)匂う/今井幸一
・馬の顔柔らかきものぞと触れおれば「そこは鼻よ」と幼なの声す/泉山トシ
・北斗星あの木の上と差しくるる細き指先光零(こぼ)れよ/新谷義男

    家 族
・亡き母の起ち居浮かびて幼な日の実家の間取り書きて見るなり/馬渡築川
・夫の打つ点筆の音雪解けの樋(とい)より垂(しず)る音に重なる/福士香芽子
・厨仕事みな手探りにする妻は定めし所に決めし物置く/川村荷風
・爺ちゃん死んだらあかんと唐突に纏(まつ)わる孫を膝に抱きしむ/寺下雨鈴
・テレビの字幕読みくれし子の立ちゆきて我に盲いの現実戻る/大竹輝雄
・孫(こ)を膝に点字の絵本読みやれば小さき指は我の指追う/船塚とし
・「盲目の父母が育ててくれました」披露宴に結ぶ子の声明るし/島崎令子
・千手観音心に祈り病む妻に気休めの嘘添えて鍼(はり)打つ/井口雅晴
・駈けて行く子らに負けじと後を追う盲いの吾子は凧を曳きおり/横山昌義
・姉の余命あと一日と医師は今わが掌に指もて知らしむ/久保かずむ
・老い妻の初孫あやす脇に座し小さき手足を飽かず撫で見る/山崎芳久
・盲目の母に馴れしかにべもなく電灯を消し子は去りにけり/徳本清子
・遺品なる老眼鏡を戯れに掛けても見えず母の顔浮く/森道子
・人形の脚と義足へ触れいたる子に戦場の話はすまじ/谷野高次
・星見えぬ幼き我に父母は「金平糖のよう」と教えぬ/鈴木カネヨ
・「ほら見てよ」男(お)の子は螢を我の手に光ると言えり見ゆる心地す/椙山和子
・墓掃除を孫手伝いに来るという電話短く声変わりして/吉田嘉一

    問 い か け
・研ぎ水の澄むまで研げと教われり見ゆる日ありき黙(もだ)し米研ぐ/上林洋子
・罪科(つみとが)を暴くが如く見えぬ眼に光を当てて覗く眼科医/鈴木虎杖
・死ねといい生きよと説きし短夜の葛藤長き夢に目覚めぬ/加藤寛三
・譲るのをまたためらいし全集よ或いは光り戻りくるかも/佐藤節子
・盲い我の年金受くるを妬ましという村の噂を妻は聞き来ぬ/田茂総介
・項(うなじ)剃る剃刀の刃が冷たくて初霜置くとニュースは告ぐる/土田利休太
・視力ありし日は遠かりき密やかに開きては閉ず我が舞扇(まいおうぎ)/竹本登代寿
・五十肩病む人幾人も鍼に来る鮎解禁の近きこの頃/小坂隆介
・耳底を血鳴りめぐりて夏の夜の枕の窪み汗に濡れゆく/小松吟翁
・光ある眼球摘出の予告受く受付口の冷たく閉じて/ざらみのる
・ひと筋の光り失う侘しさよ拳固めて冬壁叩く/湊旅舟
・若き日の雪は輝き夢ありし触るればただに冷たきものぞ/今井幸一
・行政の濁るニュースを聞きながら義眼の脂を洗い流せり/福士重治
・湾岸のニュース聞き終え庭に出ていまだ芽吹かぬ木々に触れみき/寺下雨鈴
・緑とは如何なる色かと問いし友を悲しく想う若葉するたび/杉田守之
・白杖は眼にも勝ると言い棄てて出で来し杖の心もとなく/渡辺春雄
・耳も眼も廃(し)いたる我を何故(なにゆえ)に生かし給うや梅雨冷えに座す/森道子
・盲いには無用の物と補導員はわが部屋の明かり消してゆきたり/村瀬弘
・漢点字なる入門書を前にして脳よ左手(ゆんで)よ頑張りますか/上原米子

    根 っ こ
・忘れいし明り消さんと立ち上がる我を覆いし空気の湿り/橋本辰夫
・雨降れば新たに買いし革靴が獣の臭い部屋に放てり/森山栄三
・転び行く鞠の拾えぬ歯痒さを知る術(すべ)もなき孫はせがめり/清水照子
・スパナもて炊飯器の螺子締めながら旋盤工たりし日の甦(かえ)り来る/村瀬弘
・点字紙を折り曲げ新居の図面ひく寒波の渦の底に潜みて/寺井紀三夫
・郭公は東西ピヨピヨは南北と信号機の音(ね)を歌にして記憶(しる)す/石黒久造
・関りのなき団らんと思いしに歳晩の鐘が闇を深くする/斉野美津子
・つまずけばざるに盛られし若茄子の軋みて鳴れり命あるごと/杉田守之
・歩数にて覚えしトイレの往き帰り鼠の如く壁際に沿う/渡辺みさを
・小鳥の声聞こえて今日も明け初めぬ我の義眼の闇は動かず/大竹輝雄
・我のみの知る悲しみや両の眼の義眼を洗い包みて眠る/上林洋子
・罰せらる如く俯(うつむ)きものを聞く癖となりけり盲いの日より/小松吟翁
・弱視なる眼こられば様々の明かり尾を引く雨降る道に/佐々木靖子
・寝室の冷気しみたる義足着け窓白みきし厨に立ちぬ/鈴木麗香
・薄らなる眼こらせど故郷(ふるさと)はテレビに淡く影のみ揺らぐ/大武操
・弾の傷示し患者は戦場の様ありありと見ゆるごと言う/田代浮木
・物すべて夢には見ゆる人羨(とも)し今宵も闇の眠りに落ちぬ/森道子
・十冊に余る点字のパスカルのパンセを前に折れそうな脚/阿佐博
・「十八歳ですか」しんみりと医師の声告げ難かりしか失明すとは/中條たつ代
・忘れ得ることはあるまじ兵として聴きし玉音真青なる空/山村巖
・パソコンにてなんと名前が打てたとは脳の小抽出(こひきだし)を満たすもの一つ/上原米子
・夫病みて我また病みてロボットの動くが如く二人歩めり/島崎令子

    慈 し み
・見えずともめくれば匂う初暦(はつごよみ)美しき日々眼裏に浮く/大谷展生
・限りある日々とは知らぬ病む友の細りし腕に別れ言いきし/真田梅乃
・近くわが娘(こ)となる人と真向えど触るるもならず瞳こらせり/千葉敦子
・湯上がりの肌が匂える脱衣場に病臭のなき衣服纏いぬ/斉野美津子
・野沢菜の種を蒔きつつこおろぎの分をひと振り大目に蒔きぬ/上林洋子
・読み違う若き朗読奉仕者の漢字瞼に記しつつ聞く/寺下雨鈴
・新聞のインクの匂いふと親し五十年余の縁なき文字も/福田雅一
・郷(さと)を去ると決めてこの道あの路地の思い出探り杖を触れゆく/宮崎茂
・義足には知り得ぬ雪の感触を残れる足にひた踏みしむる/下沢麗香
・見えし頃別れしままの若き顔描くに君の手の皺深く/新谷義男
・縁(えん)にいて今鳴き止めるカナリヤはわが汲みやりし若水を飲む/佐々木千代子
・棺中(ひつぎなか)目の文字二つ賜りて旅立つ盲友(とも)へ風花の散る/谷野高次
・病室へ蘭の一鉢届くらしエレベーターの開きて芳(かぐわ)し/吉田嘉一
・豪雪に倒れしままの山桜触るれば蕾いまだ固しも/徳本清子
・薄れゆく視力に残る白牡丹指触れて知る花弁の薄し/江元保夫
・若かりしわが見えし日のサングラス形見に触るる思いもて拭く/唐木理
・事もなく目を刺されいし小魚の痛みを思う眼を病みてより/大日方玲子

    明 日
・聞きいてもテレビは見ると詠むべしとラジオ歌壇の選者言いおり/林利一
・人の声聞こゆる広さに眼裏の海広げおり岩に坐りて/狩野幸子
・錯覚に非ず閃光走る見ゆわが眼(め)一点まだ生きている/斉野美津子
・眼を閉じて点滴受けつつ今日我は春一番の風の音聞く/加賀和子
・白杖の使い古しを集めきて朝顔の棚小さく作る/村上孝
・両眼の光いくさに失えり逝きし友より幸と生きいん/大湊清次
・農を継ぐ長子に生れて故郷(ふるさと)の畑を打ちつぐ盲いし今も/山村巖
・眠れねば睡眠薬を一つ飲み虫浄土なる入り口に立つ/上原米子
・背かれてなお信じたき心あり友が忘れし傘乾かしつ/佐藤節子
・キャッシュカード盲いの我も使えたりキーの操作を音声に知りて/泉山トシ
・新しき服の色合い尋ねつつ見えぬ鏡に微笑みかくる/長谷川照子
・健やかな眼を持ちてこよ十姉妹(じゅうしまつ)孵る予定を点字に記す/唐木理
・読み終えて嬉しく閉じる点字本悲劇の主に光戻りて/森垣おりえ
・老いてなお手を引きくるる妻よかの黄泉路(よみじ)はゆるり後に来るべし/谷野高次
・確かめてみれば投票過(あや)またず点字くっきり美しかりき/田代浮木
・ぽつぽつの点字に触れし驚きも今は心の支えとなりぬ/日沼よしえ
・人の世の険しさ知らず盲目の幼な無心に琴弾(はじ)き初む/竹本登代寿
・新しき点書読みさし暫くは冴え返る夜の闇に真向かう/小松吟翁
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