水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

#通読 2016年10月分まとめ

2016-10-31 09:49:26 | 聖書通読
◆10月11日
新改訳テトス3:5「神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました」。洗礼による新生は一度だが、聖霊は私達を日々〈更新〉して下さる。讃美歌「来る朝ごとに」を思う

◆10月13日
ヘブル1章「神は、むかし父祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました」預言者の語りは部分的だが、御子は立居全てにおいて神を体現(3節)。主の後に生きる恵み!

◆10月16日
エゼキエル33:31「…民は来て、あなたの前に座り、あなたの言葉を聞きはするが、それを行いはしない。彼らは口では好意を示すが、心は利益に向かっている」民は預言者の同胞。詩編137のバビロンとはわけが違う。私達も御言葉を慕いつつ、利益に目が行っていないか?

◆10月25日
かつて教友に献身を勧められ、祈って示された聖句が、エゼキエル44:13「彼らは、祭司としてわたしに仕えるために近づくことはできない」だった。召命が無くて志願はできない。けれども、そんな私にも教会で様々な役割が与えられている(14節)。心を込めて奉仕したい

◆10月27日
口語訳ヘブル11:15〜16「出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。しかし実際、彼らが望んでいたのは…天にあるふるさとであった」今の教会には移住者が結構いる。母教会を慕いつつ、ここで神がなさろうとするご計画に目を凝らす者を主は慈しむ

◆10月31日
かつて驕った私は狂い、東京から放り出され、寛解まで何年も要した。ダニエル4:29「社会から追放されて…七つの時を過ごすのだ。そうしてお前はついに…神こそが人間の王国を支配する者で、神は御旨のままにそれをだれにでも与えるのだということを悟る…」 正に我が事
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