BGM Factory〜side-B

背景をながれるもの。音楽。ことば。スピリット。

そんなことができるならここにはいないよ…

2016-05-24 17:29:05 | 持病に寄せて
「障害を 治して毎日 通えよ」と
吾を喜ばせ 困らせもする
(とど)

2011年5月26日 作歌。
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心くばり。

2016-05-23 14:55:10 | 人(またはその作品)に寄せて
さくらんぼ狩りの仕切りの 合間みて
手折ったアスパラ 三本くれる
(とど)

2011年5月28日 作歌、2016年5月23日 改訂。
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『ハンセン病文学全集8:短歌』より(後半)

2016-05-21 19:35:30 | 本に寄せて
引き続き、『ハンセン病文学全集8:短歌』より引きます。これでひとまず抄出は終了です。


『雪椿の里』(山岡響)より
明り差す面あたたかく病む目には輪郭のなきりんごが赤し
半盲のおぼろの視野に現れて人の手が見ゆ持つ白き薔薇
万葉に盲ひの歌のなきことを眼よき日は気付かず過ぎし
盲ひなば海の魚さへおのづからその保護色を失ふと言ふ
触覚に秋の日を白く感じつつ熟れし無花果を掌にせり
指読する点字書の上に降る砂の微粒するどきとがりをもてり
移し植ゑてつきし眉毛に指を触れる眠りの前に目覚めの時に
「始めに言葉ありけり」撫でてゆく指頭にひびく聖書の言葉
わが歌の口述に来てはずむなり豚飼ふ君の作業の話
硬貨持てば金気の匂ひ花持てば花粉の匂ひ盲ひの吾が手
三十年で消滅をする癩者には銭を使はぬと国は言ふとぞ
眠る前唇ふれてたしかむる右手左手に傷なし
足すりて歩む畳の新表わが足裏にさらさらと鳴る
祈る時も祈らぬ時も孤独にて祈りは孤独の中に生るる
盲導柵に添ひて曲りし日のおもて木犀の匂ひ忽ちに濃し
血管痛の痛みも知りぬいく百たびプロミン注射差しし現身
二十年歌の浄書をしてくれし君の右手もしびるると言ふ
戸の外に知覚の残る頬をさらし曇りよりさす冬日を探る
もろかりし爪薄く延びつや帯びぬ菌陰性十年かすかな変化
兵となれぬ身を口惜しみき今に知る罪いくばくか犯さざりしを

『ふゆの草』(山本吉徳)より
妻が手を動かし示す芒の花かすむ眼に白しらと見ゆ
照りかげる背なの冬日の寂しくてベンチに見えぬ眼を閉ぢてゐつ
手を引かるる夜のさ庭のしづもりに桜の花の匂ひを知りぬ
われの眼の再び見ゆる日結ふといふ妻の黒髪腰に届きぬ
吾を看つつ盛りを過ぐる妻あはれ声しっとりと丸味おびきぬ

『黄土』(金夏日)より
黴生えしわが本名の印鑑を拭い清めて今日より使う
いま少し余裕出来なば盲人用無画テレビ一台われは買いたし
盲いたる今のわれより聴覚まで奪うなかれとストマイ拒む
枕辺に無画テレビ置き机には画の出るテレビ置く友らのために
わが裡に罪を感じてキリストの御聖体のパン今朝は拒みぬ
手続きが順調にゆけば障害年金支給さるるは四年後という

『今ありて』(萩原澄)より
滅びたるわが網膜に華やぎて行き交ふ娘らの脂粉のかをる
信じ得る具体を欲りてわれの手に受くる葡萄の房の重たさ
眼に代りのこれるわれの聴覚にたつ物音の形ともなふ
力を込め指なき指にて印を押すこれの署名に人救はれよ
ここに来て共に学ばむ奉仕者の朗読テープにうづもれる書架
やすやすとメスもて切除されゆくに痛み覚えぬわが生きの足

『森岡康行遺歌集』より
わが前に声なく立ちしその人をしばらくの後母とは知りぬ
もろもろの音にたよりて歩むわれ夜霧は杖の音をうばへり
健やかな者の素足が畳踏む音をひさびさに吾は聞きたり
俄雨より点字新聞まもらむとこころ急ぎてわが配りゆく
留守多き君の居室のリラの木をわが覚へとし点字誌入れぬ
痲痺とれし耳敏感に北風を小鳥のこゑを受けとめくるる
押入れの引戸軽きを喜びて手萎えの妻のこゑがはずめり

『遁れ来て』(千葉修)より
無理するな限りに励めと鬩(せめ)ぐこゑ花鶏頭に寄ればきこゆる
何の罪ぞと病みたるわれに縋り泣く母の白髪を見てゐたりけり
爪を切りつつ幾たびも鋏とり落しどうにもならぬ限界にゐる

『石あたたかし』(福岡武)より
建て替へし家の図面も書きて来ぬわが帰るべき家にあらねど
年頃の娘もあるゆゑと婉曲にわが返信は断りてあり
ひとつひとつ小さく諦め生きて来てわれにいのちの一眼保つ
二の腕にはつかに知覚蘇(かへ)りしか汗舐めに来る蝿こそばゆき
人の親となることもなく療園に老いてひひなの白酒を酌む

『夕映ながく』(林みち子)より
一本一本苦しみしのち落とされて指失せし手が語るわが過去
弱視わが願いつづけし罫の濃き原稿用紙を旅に来て買う
おがむ形に両手合わせて物つかむその片腕の患(や)みて窮まる
耳のうしろに僅か知覚の残りいて生きの証のごとく噴く汗
風呂の湯のあつさ加減を舌にみる痲痺せぬところそこのみありて

『ハンセン療養所歌人全集』より
遊びゐて貰ふ年金と羨しまれ萎えし掌のことふるる人なし/麻野登美也
石鹸を拾ひ得ずして君と吾痲痺せし指の曲りを此ぶ/浅瀬石研
萎えし手の人等が多くゐるらしくそこの位置のみ拍手は薄し/ 〃
驚きの視線あつめて後遺症多き吾が裸体あり手術台の上に/小山桂村
塵紙を啣へ厠に探り行く態(さま)をさらしぬ幾つかの眼に/ 〃
手にフォークを縛りて食ぶる吾が側にさはさはとりんごの皮をむく音/ 〃
さまざまな思ひに悶え一日暮れぬ手負猪の如くなりて吾が寝る/春日牧夫
園境に捨てられ居しをよそごとに嬰児は笑みしときけば切なし/ 〃
吾がために本を買い来て読みくるる夜の十二時の盲人会館/上村真治
東京駅で乗換口をさがしておれば問いかけて来る同じ身体障害者/ 〃
さみだれの朝の晴れ間の洗濯物眼は見えなくも白く眩しい/ 〃
探りゆく我を追い来て名も告げず柔き手が手をひきくるる/鈴木一歩
釦かからぬ手萎えの盲いはじらわず女のズボン買いてもらいぬ/ 〃
箸茶碗持ちて食う手になれかしと指の屈伸今日もしており/ 〃
目あき我れ言葉を挟む隙もなし唯ひたすらに代筆をする/田河春之
君が打つ点字の国民年金嘆願書義足の我が仮名ふりて出す/ 〃
七十歳越したる我の代筆代読をあてにしてくる一人ふえたり/ 〃
自らのハンカチを用いて重症者の血を拭いましし貫神父よ/武内慎之助
植毛せし眉にオリーブ油塗りもらいわが正月のたしなみとする/ 〃
軍服を改造したるジャンパーをいつまでも着てゐる仕方なければ/谷脇徹
らい予防法改悪反対の抗議文に今はばからず本名を書く/ 〃
命果てし友の遺品を部屋いっぱいに拡げて吾ら籤引にする/ 〃
私は病人ですと切札のごとき言葉を用意してゐる/ 〃
社会保障費をへらして作りしジェット機か寮舎の玻璃戸ふるわせてとぶ/近間治
見えぬ眼なら縫ってしまえと言われおり痛む眼の手当されつつ/ 〃
忌み嫌はるる癩者に体売る女生きゆくためとさりげなく言ふ/ 〃
手術后の眼を近づけてまじまじと病み崩えし手をみつめつつおり/ 〃
明日穿つ眼に今宵もならはしの眼薬をさして安らぐ思ひ/辻瀬則世
杖と靴に名札をつけていつよりかためらひもなき盲になりゐつ/ 〃
義足包帯着けねばならず人より先に三十分早く起きねばならず/中島英一
私服姿の看護婦さんに逢いしとき他人の如き表情を見す/ 〃
手萎え我口もて釦かけており一つかけては息づきながら/ 〃
月に一度診察台に義足を脱ぎ丸太のごとき足を突き出す/ 〃
わが義足八本目をば修理せんこの先何本履くことにならん/ 〃
ひと日終え重たき義足はずすとき幼児のごとく足振る我は/ 〃
会いに来し弟をそこまでそこまでと義足を鳴らしつつ二キロ歩めり/ 〃
遠き日にオルガン弾きしわが手萎えて今かつがつに鉄琴を打つ/名和あい
わずらわしき雑居ぐらしを語り合うことも時には慰めとなる/ 〃
養はれ生きゐる故に点字奉仕なさむと心澄める日のあり/双葉志伸
人の都合のみ考えてものを頼む弱き立場ぞ盲ひはわびし/牧田文雄
集会に報告の盲会決算書指読できねば暗記してゆく/ 〃
馴らされしものの如くに盲ひわれ介助の不満は耐へて言はざる/ 〃
吐きし血を妻には言はず片附けにかかりて夜の縁を這ずる/松浦扇風
卓一面食みこぼすさまを見せまじと客の去るまで昼餉のばせり/陸奥保介
目が悪く見違ふ沓の右左音の異なる鈴つけて貰ふ/ 〃
誰彼に見られたくなき思ひして唇に下駄探りてはきぬ/村松香梅
墓参終へて来たる草原この辺にベンチがある筈と杖ふりて探す/ 〃
煙管もて畳そこらを叩きつつ銭を探せり癩盲われは/ 〃
吾がこころ素直なる日は故里の生計思ひて足袋をつくろふ/吉田友明
選挙に代筆もならず盲ひ我一票生かさんと幾度も書き習ふ/大味栄
癩の吾ゆえに豆腐が売れぬと嘆く妻鉱山人夫となりて働く/加藤三郎
貧しくて倖もなく働ける妻子には年金却下の書類見せ得ず/ 〃
妻子らは馬鈴薯食ひて働くに吾は癩院に食ひ足らひをり/ 〃
病む吾に心配するなと言伝けて妻は硫黄鉱山に飯焚きにゆく/ 〃
痲痺したる手にてはタオルも絞り得ず雫たるるまま窓辺に干しぬ/北村愛子
産むことは許されぬ園と知りながらクリスチャンの君堕胎をこばむ/ 〃
探り来てやうやく口もて解きたれど包紙の薬は畳にこぼしぬ/小島住男
汗ばみし額に口づけ熱を見る療友(とも)の仕草に瞼うるみぬ/ 〃
癩故に職を追はれて無免許で人力車夫せし頃を偲びつ/ 〃
日に三度越えぬ消費を限度とし塵紙が癩者に支給されたり/坂田泡光
手萎えわが幸とせむ歯を使ひ録音ボタン押せるだけでも/ 〃
退園は煙突からと言いをりし友の棺を火屋に見送る/佐藤忠治
なかなかに寝巻の紐が結ばれぬ吾が萎えし手をくやしさに噛む/鈴木敬蔵
わが名前し瓶に大きく書き来しと言ひつつ探らす准看生徒/ 〃
われ少し吃る癖あり祈りにも声を落としつロザリオ繰りぬ/ 〃
癒ゆる願ひに服みつづけし新治癩薬その反応に両眼失ふ/山本吉徳
闇を裂く青白き光われは見つ廃(し)ひし眼に春の稲妻/ 〃
祈りても足踏みならし叫びても剥離せし目に明暗はなし/ 〃
綱はりて作られし駅の通路あゆみき癩病めるわれの収容の日に/ 〃
病む吾とみまもる母の乗りたれば客車の扉に錠下ろされつ/ 〃
苦しませるために生みたる思ひすといひたる母を今宵は思ふ/ 〃
白き足袋白く洗ひて単純に今あることをよろこぶべきか/吉田美枝子
帰るべき家なくなりし今にして無菌証明書われが手に受く/ 〃

『天のてのひら』(太田正一)より
無花果の完熟とはおのれ真二つに割るることなる無残を思う
聖餐につぐ晩餐のパンの皿捧げ持つ萎えしわが手よ落すな
友の眼をわが眼となしてめぐる丘たんぽぽに飛ぶ蝶もまぶしも
闘病の果の気力の弛みにかときじく老の哭き怒りせり
天地苦しきまでに光りつつ光りつつ見えぬ眼を圧して来る
この牡丹白しと聴くにやさしかる心となりてわれはより添う
彼岸花みなぎり咲けば在り耐えて赦すこころのおのずからなり

『やよひ』(金夏日)より
指紋押す指の無ければ外国人登録証にわが指紋なし

『狂いたる磁石盤』(川野順)より
己れをば弔う夢を吾れは見し安定剤に頼るこの頃
喜びてつくには遠き心にて貰いし杖を蔵いて久し
からだ中でんでん虫の角生やし盲いは生きて行かねばならず
盲いしは栄光の顕われんためなりと聖句に惑いまた読み返す
苦難節集い祈るに涙湧くイエスの為か吾の為にか
キリストを知りたることも悔の如死にたき思いきざし来る今
年金受くる日本人の盲友が別の世界の人種に見ゆる
叫びたき時もあらんに身のみぶり起き臥しのこと記されしのみ
クリスチャンの傲慢という記事ありきとどめて置かんこころ低めて
ひりひりと舌先痛し舌をもて点字聖書の箴言を読む
劣等感捨てよと手紙給いたり答えん手紙のまとまり難し

『日々あらた』(金沢真吾)より
糸を吐く蚕羨しゑ文字にせむ歌溜りたれ吐かむときなく
書きくるる君と口述するわれと合ひし呼吸を乱すなたれも
光恋ふる罰かもしれぬ見えぬ目の明るくて明るくて今宵狂ほし
盲(し)ひし眼にうつつはまぶし露に濡れ桑摘む君がまなざしぞ顕つ
杖音にはたと鳴き止む邯鄲よ汝も聴覚に命生くるか
包まるる黄昏色は盲目のわれに賜ひし平安の色
妻に子に逢はむと島抜け試みたる病友幾十呑みし海峡
子ら持ちて帰らぬと言ふ君の遺骨他人われらの相寄り拾ふ
事故車の辺に寄らば病がうつると言ふポリスの言葉死者を鞭打つ
顔色を窺ふるすべのなきを利し今日は会議に自説貫く
われもかく喜ばれしや受話器より男子産るると君の雄叫び

『花の香ありて』(福島まさ子)より
朗らかに友の年賀の声聞こゆ受話器を支えもらいいる間を
左足いつしかややに下垂して廊下ゆくときちぐはぐに響く
両足を断ちいし媼の亡骸よ小さくなってと担当医の言う
知覚鈍き足に歩めばこそばゆし表替えせし青畳の上
戸口より食堂へ五十歩中央廊下へ百歩と記憶す盲いのわれは
鬼灯の中身を出すに上手なりし姉の幼顔まざまざと顕つ
癩の宣告うなずくわれに医師立ちて乳飲ませよと吾子見やりにき
わが乳首吸っては離す幼子もただならぬ気配感じたるらし
くすくすの鼻吸いやればふと笑みて乳首含みし吾子を忘れず
義妹に負われて帰る幼子をただに見送るわれの術なさ
わが肩に夫の手あたたかくおかれあれど地に沈むばかり吾子との別れ
帰途の車中泣き通しに泣きし吾子とかや義妹の文は今も泣かしむ
島木赤彦全歌集テープ十六巻読みくれし介護員君は今亡し

『憩の汀』(山岡響)より
輪郭の薄れし顔を思ひ居り眼裏の闇うしろに深し
たまさかの晴れし日射しを吸ふ如く光を知りて辛夷咲くとぞ
口述のペンの動きを耳に追ふ筆蹟美しき人と聞きにし
声の便り綴るマイクの向き変へぬ網戸の外は暮れて虫が音
御霊うけ三十二年許されて受くるを待ちきしづめの洗礼
菌陰性となりて二十年癒えざりし心晴れつつ水被きをり
広島の朗読奉仕者うかららの被爆を静かに語り給ひぬ
清めたる義眼瞼に冷たけれ盲ひて会ひしこの季節感
甘き果実食ひつつ思ふキリストの世の無花果は素朴なりしか
監房に縊れし噂病棟の朝の炭火を足しつつ聞きぬ
紅梅の一重八重ぞと探りゆく我は盲の花虻ならむ
癒えよとぞ牧師のいのり受けて居り言葉燦燦と降りくる如し

『五橋のしま』(岩本妙子)より
曲りし手をためらひもなく従姉妹の手に委ね着きぬ叔父のみ墓に
わが義眼の瞳の位置のずれたるを夫が笑へばわれも笑ひぬ

『まなうらの銀河』(沢田五郎)より
お味噌汁麩です熱いです気をつけてと気遣い給う我ら見えねば
読書慰問の人に交じりて小三の教科書読みしが今変声期
二人子を苦しく育てゆく寡婦なりと知らず聞きにき訛りある読書
拠り所人は求めて生きるなり闇の底に編むこの人もまた

『出会ひ』(松永不二子)より
切断と決むるも愛惜すべもなし明日は葬むらむ足洗ひゐる
看護婦が両方のスリッパをおもむろに揃へくれけり片足の吾に
わがために咲くかと仰ぐ長く寝て試歩に出で来し道辺のさくら
病まずとも死ぬより辛き生ありと綴りて友の便りが届く
歩けどもあるけども居場所のなき夢より醒めて臥所に胸なでおろす

『十字架草』(飯川春乃)より
長靴の赤きをはきて新雪を踏みしめ朝のミサに出できぬ
わが萎えしその中の唯一本がカセット扱ふ大切な指
プロミンにつぶるる血管あきらめて足のみに射す点滴の針
たびごとに手の訓練とスローに耐へ時かけ汲みし夫の茶うまし

『遠き山河』(山岡響)より
生温き牛乳ひと口づつふくみ今の失意を噛む如く飲む
讃美歌を口ずさみつつ待ちたりきどの節よりのまどろみなりし
郷愁はいのりに似たれ春蘭の花芽の数を指頭に拾ふ
プロミンは両刃の剣ハンセン病癒えて慢性肝炎を病む
盲ひの闇がもし青ならばいかならむ薄墨の静けさ恵みと思ふ
我が肉のひづみを打ちし癌の影歌に詠めよと内よりの声

『すゞめの爪音』(山本吉徳)より
産めざりし妻が幼子あやすがに寝につく吾の頭撫づるよ
生きすぎても自殺されても困るといふ医師君の言葉が脳裏を去らず
若き日の妻の笑顔が浮びくる潰えし眼に飛天の如く
花を描きリボンをかけてあるといふイースターの卵掌にのせたまふ
わが耳の廃ふればわが背に字を書きて言葉を交すとわが妻のいふ
この西瓜の産地は我の故里か搾りて管より注ぎてもらふ
妻にさへ聞き分けられぬわが言葉さびしくなりて口を噤みぬ
経管栄養受けつけぬ胃を休ませて中心静脈栄養に命をつなぐ
見えるやうな澄みし眼をしてゐるといふ母はわが眼を義眼と知らず
朝宵に口すすぐ水甘ければ飲みたしと思ふ心ゆくまで
われの眼の見えなくなりていつしかも妻に化粧の匂ひ消えたり
深ぶかと炬燵の中に腹這ひて亀になりたる如くわが居る
幸せは吾の病を隠しては望めぬとふ姪の心よ
見て読めぬ身となりて知りぬ他愛なき同音異義語に惑ふ侘しさ
嫌ですと拒めず処方に従ひし弱さが一生の悔いとなりたり
モノクロよりカラーは楽し覚めてなほ心を占むる夢の残像
喜びは生きてしあれば尽きぬもの虫鳴く原を妻ともとほる
啓発の成果といはむか療園に今日も列なす見学者の靴音
人生を返せと訴へし気持が分る痛い程分る

『冬風の島』(永井静夫)より
ポケットに眼鏡忘れず持ちていづいかなる代書けふ頼まれむ
水死に至るひとりの辛苦すらひと日ふた日の口伝に消えつ
硬貨ほどの感覚のこる蹠を愉しむごとく撫でてゐにけり

『楠若葉の島』(森山栄三)より
痲痺の手に点筆刺さるを知らずして舌先に読む点字書の短歌(うた)
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『ハンセン病文学全集8:短歌』より(中盤)

2016-05-21 13:15:58 | 本に寄せて
『ハンセン病文学全集8:短歌』より、引き写しの続きです。(400ページまでです。)
(注)『津田治子全歌集』は秀歌揃いで量もあるので、ここでは意図的に外してあります。


『白樺 第一集』より
静かなる部屋に骨引くひびきこもりばりと音して足首落ちぬ/山本苔花

『青芝』より
代筆の字をば吾が字と思ひたまふ母に眼のこと知らせたくなし/長門英雄
薄れきし視力知らさねば吾が父は週刊誌など送りたまへり/ 〃
吾がうちて誤字あるごとに消しくるる妻もいつしか点字おぼえき/ 〃

『未明の鳥』より
参観人の近づく声に脱ぎおきし義足を床頭台の後にかくす/石川欣司
ゆつくりと歩むほど軋む吾が義足聖体拝領の列につらなる/ 〃
聖水を曲れる指に少しつけ汚れたる身も十字を切りぬ/坂田泡光
自らを嫌悪のふちにつきおとし視察団の前に注視あびゐる/比木登志夫

『河鹿集 第三輯』より
癩病は此の世かぎりと笑ひつつ友ら語るも饒舌ならず/松浦扇風
足萎えの妻をのせたるリヤカーを吾れは曳きゆく桜見せむと/ 〃
不自由者の会にてあれば気兼ねなく食ひこぼす者取り落す者/ 〃
呉服屋は世辞よく品は並ぶれど癩者吾れらに手をふれさせず/ 〃
崩るる身いたはり合ひて生きゆくに籠の小鳥を妻はにがせと/志村清月
産むことも育てることも赦されぬ園の妻女ら雛に慰む/ 〃

『石上の火』(木谷花夫)より
癩園に妊りたれば妻の上に挑み来る仮借なき声よ眼よ
親と子の生活(たつき)許さぬ癩園の規則の中に子を生まむとす
子に感染(うつ)す病ひを恐れ断たしめし母乳を夜半に妻しぼり捨つ
子を遠く行かしむわれら生(いき)の世に又会ふなどと思ふべからず

『輪唱』より
除草奉仕に来てのぞき見ぬガラスびんの底に横ざまの小児の背中/田島康子
ひたすらに畑をおこす痲痺の手にかすかににじみし汗が嬉しき/中村五十路
点字舌読にするよからむとレントゲンフィルムに文字うち来てくれぬ/細田辰彦
点字表さぐり厭きたる唇を花瓶の菊に触りてわが居つ/ 〃
聖堂に一人となりぬ盲ひなる吾れに灯の消されたるらし/ 〃
いつ歩く当もなけれど年迎ふ義足に足袋を履かせて置きぬ/村山東多朗

『一病息災』(田井吟二楼)より
病型の似通ふ顔を鏡面に友と並べて剃られてゐたり
いつよりか隈なくなりし顔の痲痺を髭剃られつつ思ひてゐたり
同郷と知りて話題は果てしなし耳遠き吾と咽喉切開せし君と
今日もまた哀れまれゐる一人にて慰問団へ園歌を唄はねばならぬ
手術して癒ゆる疾を羨しめり癩菌は骨の髄まで侵すに
一病を息災として生きよとぞうれしき言葉わが聞くものか
病む父を忘れよといひ忘るなと言ひて醒めたり子に会へる夢
病まざれば交はることもなかりけむ癒えて去りゆく君もそのひとり

『海雪』より
らいを病む吾がゐることも打明けて婚約したりといふ妹は/北村愛子
夫の先妻が夫をおもふ手紙たへがたし青き陸稲畑に向ひゐつ/ 〃
出頭不能故に外国人登録帳の指母印欄に廃人たるの印捺すと云ふ/高山三郎

『畑野むめ歌集』より
水ぶくれとなるまで知らざりし足の火傷夫が嗤へば吾も笑ひぬ
右の手の動かずなりしを君に言へば左にて書けとこともなく言へり

『白樺 第二集』より
石鹸を拾ひ得ずして君と吾痲痺せし指の曲りを比ぶ/浅瀬石研
鶏が餌を啄む如しと妻は云ふ小夜に点字を我が打ち居れば/岩代一歩
降り出しし慈雨に点書を暫し伏せ聞き入り居れば心うるほふ/ 〃
入り代り入り代りしつつ編まれきし園誌我等継ぎて編みゆく/根岸章
硬貨多く交れる誌代数へつつ猫にも似たるわが掌侘びしむ/ 〃
舌読の吾が態照らすテレビライト幾万の視線にさらす気がする/落合幸雄
舌読に疲れ覚えて食む林檎酸味は痛く舌にしむなり/ 〃

『苔龍胆 第四集』より
亡き母の老眼鏡を用いるにさながらにして合うがさびしき/二宮美穂
わがために離婚となりし妹が吾娘を引取り世話してくれぬ/ 〃

『小見山和夫歌文集』より
卵にも眼があるといふ話には黙して昼のくらやみに坐す
球抜きし左眼を水に冷すとき世界はなべてしづかと思ふ
外科室を背負ひ出されて戻りくる忽ち百の蝉声の中
いま一息いま一息と眼は開きて本の活字の読める日近し
本読むと眼鏡拭きつつ今朝思ふレンズ磨きの詩人スピノサ
悲劇的に批評さるるを常とせりハンセン氏病患者の短歌
容(かたち)よき金魚より次つぎ買はれゆき売れ残るが静かに泳ぐ
湯に入ると解きし義足を脱衣籠の底に隠しぬいたわるごとく
右脚の無き躯を風呂に伸ばすとき右半身がすぐ浮き易し

『棕櫚の花咲く窓』(桜戸丈司)より
ヨブ記の指読に心浄まりゐる濡縁ありく雀の足音

『蘇鉄の実』より
革靴の清しき人等行く傍を探り行く杖の音定まらず/原田道雄
次次と癒えし人等は退園し自治会事務所の大方は後遺症の人等/ 〃

『山霧』より
身寄なく死にたる友の枕辺に財布の銭を吾は数へぬ/丘孝道
吾が死を装ひて墓を建てきといふ三十年経て苔むすといふ/ 〃
足立たぬ友は双手に靴はきて庭に這ひ出づかまきりのごと/清野勇
知覚残る唇のあたりより汗垂りて濡れし点字書舌先に辛し/近間治
忌み嫌はるる癩者に体売る女生きゆくためとさりげなく言ふ/ 〃
病歴に必要なれば拒まれず病み崩えし顔写真に映さる/沼尾神四郎
あしうらに骨白く覗く疵ありて痛み訴へねば妻は怖るる/横山石鳥

『蓑虫』(萩原澄)より
ふりそそぐ光の中に杖止めて佇めば前後左右の孤独
ま探りて生きむ現の拠どなく喉に含嗽の水を鳴らしぬ
探り帰る我を待ち伏せおどろかす娘も杖をもつ盲にて
ジャンケンで決めむとしたるたまゆらにふと気づきたる指の無き手を

『やどりぎ』(林みち子)より
傷しつつ濯ぎ濯ぎし年月に双手の指は遂になくなる
容赦なくうつす鏡に向ひゐて病みくえし身の衿をととのふ
女医の手もメスの先も見えながら瞼の内を切除されゆく
無菌証明書今にしてもらふ指断ちて生姜のごとくなりしわが手に

『風光』より
何を訴へむとするにか吾らの後遺症写せるのみにテレビは終る/深田冽
生きの身の癒ゆることなき障害を苛責なく指数にして示さるる/ 〃

『三つの門〜ハンセン氏病短歌の世紀』より
うつそみの人なる我に心眼を開けとぞ言ふむごき言葉なり/小見山和夫
姥捨の昔のごとも癩の島にひそかに犬を捨てに来るあり/ 〃
点筆を義手に植えつけ探り書きし手紙よ我も唇で読む/田村史朗
本買えばそれを点字とせねばならず人より数倍の本代が要る/ 〃
歌の本買いたくなれば熱心に按摩して廻るおかしくば笑え/ 〃
かたち崩れ誰かわらぬ貌となり再会といふ言葉に杳し/谷脇徹
火葬場の灰捨つる故雑草は逞しく伸び実をつけてゐる/ 〃
標本室の移転をすると看護婦の手に運ばるる瓶の胎児ら/ 〃
送金を依頼する手紙舌打ちに似たる音してポストに落ちぬ/ 〃
印二つ捺しし伝票たしかめて給付されしはタワシが一つ/ 〃
たやすげに神の救いを説かれいる陽に乾きつつこわばる病衣/朝滋夫
百合活けし朝の食卓誰よりも盲の友が喜びくれぬ/芝山輝夫
遺骸(なきがら)の運ばれゆきしベッドにはまだ新しき義足残れる/ 〃
死にゆきし人の金もて供物買ふ侘びしき慣いの相談を受く/ 〃
ひさびさに届きし義姉の便りには破談となりし姪のことのみ/ 〃
ダルマには眉に二つの眼もありて春の畳を起き上りくる/萩原澄
ついにわが唇にも痲痺の及びしか丸と濁の発音ならず/ 〃
失なへば又手の生えるクモヒトデ思ひ見てをり指のなき手を/ 〃
口をもて蜜柑の皮をちぎり剥ぐ風邪に臥せいる夜の乾きに/ 〃
「避けばずば石が叫ばむ」聖書の言葉点字に読みつつおのづと声あぐ/山岡響

『白色白光』(久保田明聖)より
病室の日陰をなせる松の枝切り落しゐる健やけき声
捨てられし己れと知らず子猫二匹箱よりいでて遊ぶ可愛し
痲痺の手の火傷しやすし餅焼くにも魚焼くにも長き箸使ふ
縊らるる日の近づきし七面鳥食ひ足ればみな日向に遊ぶ
致死量の薬を秘めてゐし頃は視力たしかにて足も揃ひをり
足悪き鳩の一羽は群をはなれ餌あさりつつ人をおそるる

『白い視界』(浅井あい)より
手術後はただ白いだけの視界とぞ夫よ言うごとくラジオを買わん
くぼまらぬ痲痺のわが掌の豆二つそこにとどまれ唇にとるまで
かぎ形に曲りし痲痺の小指にも爪は伸びつつ生命かなしき
つきつめて悲しくなれば点字器にわれは対ひ居ぬ肩の凝るまで
帰郷しないから安心あれ眉生えしを告ぐるたよりのあと書にかきぬ
蔑視する人のまなこが見えぬから園外にて発言出来るのだと言う

『苔龍胆 第五集』より
ちよつと眼を貸して欲しいと入り来し友は点字の手紙を出しぬ/田河春之
電灯のあかりを傾にあてており影もつ点字読みやすくして/ 〃
下駄を履き町を歩みていたる夢覚むれば足の傷疼きいる/箱根薊

『投影』(赤沢正美)より
誰も一度考えて身をこはばらす縊死ありし日のライ園の顔
真剣に神への懐疑問ひつめて清清し若き君の便りは
人に言ふ嘆きにあらず選びたるものにもあらず盲ひゆくなり
眼科にて見たる義眼が光りつつ犇きて夜の脳髄ほてる
裏返しにされて虚空を掻く亀が何も見えなくなりし眼に棲む
夢の中の我の眼はまだ見えて覚むれば深き断絶がある
光覚はまだ残りゐて幽かなる救ひの如く夕陽が眩し
残照に祈りの如く静かなる晩夏の海とライ園の島

『深川徹遺歌集』より
いつの世にも吾等癩者のよき理解者は神に仕ふる異国人なりき
社会復帰の職業補導所に来て思ふ両手曲りし者に出来る仕事はないか
無菌者は社会復帰せよといふけれど園長先生あなたは私と食事を共にしますか
垣を越え癩院の吾等誘ひに来るパンパンは病む夫病む子ある人妻といふ
歩けますか一人でものが食へますか答へつつ悲しくなりぬ不自由度認定調査

『光ある方へ』(萩原澄)より
ぎりぎりの訴へをする署名書に拇印を捺さむ指ひとつなく

『虎杖の花』(双葉志伸)より
レントゲンに撮らるる値なき足か医師はつぶさに切断を告ぐ
二時間後切り落とさるる足の毛を剃られつつをり涙湧き来る
痣ひとつ断たれし足と共に消へ命あり霧の中を運ばる
義足着け歩めば泳ぐ形なり持ちし自信が又消えてゆく

『歌祷の日日』(佐藤一祥)より
眼を冷やし臥しゐる吾の傍らにアイロンかくる妻が聖歌を唄ふ
黒眼鏡はづして曇り拭ふとき菊晴の光疾む眼に痛し
炉にかざす妻の両手の萎え著くなすことなさぬ我が手すこやけき
月光の澄めりと言へばうしろより盲ひの友も窓に寄り来つ
紙芝居けふも来て居り療庭に児等より多く大人並べる
朝朝に釦かけくるる妻病めば吾が胸元の今朝だらしなき

『心よ羽ばたけ』(林みち子)より
骨となりて出づるほかなき石の門海に入る日に赤赤と映ゆ
生きの限りくりかへさるる菌検査物体のごとくメスに切られて
眠るまに視力失せゆく怯えもち醒めたる時はあたり見まはす
手術にて光復りしよろこびのあふるる君の墨太き文
今ありてなすべきことの吾にあり指あらぬ掌にペンを結ふる

『冬の花』より
かつてわがバイオリンひきし双の手は箸も使えぬまでに萎えたり/生駒一弘
盲動線の切れる処に咲きている山百合の匂いを道しるべとす/ 〃

『いいぎりの原』(内海俊夫)より
縦縞の木綿着ることを強ひられし療養所を恋ひ懐しみ君の老いたり

『落葉の炎』(鈴木和夫)より
わが鼻を診て手を洗ふ若き医師きれいな仕事ではないとつぶやく
死刑囚の友の書類は癩ゆゑにピンセットにて抓まれしといふ
豚の顔見てゐてこころふとさびし豚には眉も睫毛もありぬ
死んだ魚の目玉の方が美しいと或る日洗顔しつつ言はれき

『睡蓮の花』(板垣和香子)より
哀しみにつながりをもつ金指輪指のなき掌にまたのせて見る
手術台に定着されし現し身に伝はりてくる腐骨切る音
足の疵大きく切開したるらしこの夜の看護婦われを離れじ
萎えし手にペンをしばりて書きながら安らぎてゐる吾に気付きぬ
心までさいなむ病ひの捨て場とも詠みたる歌のノートかさみぬ

『花までの距離』(政石蒙)より
職業の欄に療養中と書きぬ思ひ直して無職となせり
盲人の隣りに目明きを間配りて月見の宴の卓を囲みぬ
肉親に拠るな頼るな甘ゆるな言ひつつ遂に具体は言はず
傷のある手にビニールの袋をかぶせ年の終りの風呂浴みてをり
誕生日を祝ひて君の贈りくれし小包訃報のあとに届きぬ
病みたゆむ口唇なれば許されよ君の手紙によだれこぼしつ
足首を挫きても痛まぬ痲痺の深さ痛みなき痛みを言ひて嘆かふ
兎眼(とがん)なる固き言葉に医師の言ふつむりきれざる眼の乾く
幼児を見るは稀なるらい園を出できて動物園に子供見てゐる
手伝ひの大方が手足不自由なり気持だけでは事はかどらず
盲人の機関誌編集に眼を貸して君らの勁き心を窃む

『風光る』(太田正一)より
おおらかに点字読むとも言ひ難し舌読一頁六分にして
点字探り読みたる舌にこの夕の熱き葱汁ひりひり沁みる
読み進む点書の点の浮立ちて苦しみをときまた愛をとく
触れて知る乏しき中に生きつぎて菊の花咲き柊匂う
読むことに慣れたる舌に牡蠣の肉なめらかに冷たく触るるさびしさ
閉ずるなく萎えしわが目に炎天の光はしみて押してくるなり
朝より祈りたくなく読みたくなく出で来て海の風に吹かるる
病長くあり経るゆえか苦しみに涙は出でず喜びにのみ
夕光に片明りする磔像かひとりを希い独りはさびし
母が手にもみ柔げてくれし指のかくかたくなに曲つてしまいぬ
白き布拡げし如くすがすがと盲いてときに裡をみつむる
舌読に穢れし点書に火放てば止めどもあらぬ蝉の歓声
舌にうけて主の聖体のあなかろくわがため神父は黙して祈る
笑いても泣きても同じ表情と言わるるを泣けば涙の出づる
罪と罰三十時間のテープと書左に提ぐれば左に傾ぐ
命終のきわまでわれをさいなまんひとつのみなる読み書きの慾
虹という言葉もきかずおおかたははろけくなりぬわが身のめぐり

『地の上』より
盲い我が盲いらのボタンかけている唯それのみに心がはずむ/原田道雄

『熊笹の道』(笹川佐之)より
点の数調べつつ一字を舌に読み言葉となれば声に出して読む
(箴言)百十九頁読み終へぬ予定より早し五十時間にて
一字づつ点の位置言ひて厚相に送る歎願書姉に打たしぬ
危険の札さげられ遠く来し媼の癩園につきてくつろぐあはれ
心打つもののみ舌に我が読まむ痲痺及ぶ日のさけがたければ
舌読にほてりし舌を犬の如垂らして夜気にふれしめており
痲痺の手の点筆の角度を舌先に確めながら歌稿書きゆく

『海光』より
わが汗の下着を濯ぐ夫の背に人の見えざる手を合せたり/北村久子
顔も知らずわが声たよりに添ひきしとつぶやく夫に涙こみあぐ/ 〃

『苔龍胆 第六集』より
見えそうにさも見えそうに見えぬ眼にあかるく映る初日の光/鈴木一歩
花になり生れて来よと霜枯れの桜草の下にインコを埋ずむ/原仁子

『山茱萸の花』(青木伸一)より
鳶口にかけて引上げし老いの死体ころがすごとくして担架に乗せつ
夜勤当直医起す勿れと言ひ給ひ言絶えまししと聞くだに哀し
わが骨は患者とともに納めよと言ひ遺し給へり志賀園長先生
職員地帯と患者地帯を分つ石塀にからす瓜の蔓のぼりつめたり
みごもりし妻に中絶をとどまらせし姉亡く吾子は孫つれて来ぬ

『樹瘤』(朝滋夫)より
風化する歳月のなかのやまひゆゑ一頭の獏を飼ひならしいる
われらみな満足な四肢もたざれば客なる君が麦酒を酌むも
患んでより握手をされしことのなき手を握らるる訣れの際に
世の人のもつとも感動する場面われらには辛し〈砂の器〉は
古代より穢を祓ふならはしの祓はれしものの行方には触れじ

『なぎの窓辺に』(高橋寛)より
胃癌病む父看取りゐる妹が電話を取れと金送りきぬ

『とちのは』(島田秋夫)
逝きし君の手垢のつきしこの聖書木の葉のしをり幾枚も出づ
枝うつる小鳥の低き声聞ゆ吾等のうたふ聖歌の間に間に
痛む足に補装具着けて「わが恵み汝に足れり」の聖句はかなし
この指に指輪を贈ることもなく三十年経て妻の爪切る

『この島を』(北田由貴子)より
わがために婚期おくれてゐし姪よ後妻に嫁ぎゆきたり許せ
先妻の子を僻まさず育てむといふ姪の眼のかがやける見つ

『寂光』(鈴木靖彦)より
入浴の後噴き出づる玉の汗痲痺せぬところあきらかにして
己が産みし卵を食ひつ子を食ひつ金魚は池に増ゆることなし
ひさびさの新入園者癩初期の顔伏せてことば少なく坐る
補聴器をはづしてねむる雨の夜無音ならざる無音の中に

『白樺 第四集』
ダイヤルを指で回せぬ人もゐて電話ボックスに箸備へ置く/加賀谷幸蔵
当選者の辞退続きて繰り返す役員選挙に白票多し/根岸章
遺骨抱き帰りゆくあり死者の残す金のみ持ち去る遺族らもあり/ 〃

『声』(大津哲緒)より
この道に馴れて朝あさ杖ふるる電柱あり花咲くさるすべりあり
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『ハンセン病文学全集8:短歌』より(前半)

2016-05-19 13:52:03 | 本に寄せて
『ハンセン病文学全集8:短歌』を読了。目に留まった歌を引いておきます。(案外手間取っていて、とりあえず200ページまでです。)


『ゆうかり』より
若くして目盲ひし友は悲しけれ夢みることを楽しみとする/花房苑羊

『藻の花』より
盲なる友はこの頃口をもてまさぐりにつつ靴を穿き居る/内野清作
吾が足の切開かれて骨を削ぐひそけき音のさびしかりけり/ 〃
理髪場の鏡にうつる我が顔は母に似てゐる姿くずれし/亀田鶴夫

『高原歌集』より
舌の尖に点字読む人ありと聞けどわが舌の痲痺も遠からじと思ふ/古谷弘
故郷の母に出すべき手紙なれど住所偽り書くが悲しさ/川辺清澄

『楓蔭集』より
眼の見えぬ吾が夢夜ごとなつかしき光りに物はありありと見ゆ/小川水声
真夜なれど村人たちに会はずやと罪人のごと忍びかへりぬ/壱岐耕人
終列車の時をはかりてたらちねは迎へたまひぬ道のなかばまで/ 〃

『新万葉集と癩者の歌』より
点字歌書日毎いだして感覚のにぶりし指をなほもたのみつ/桜井丈司
病家より二町程来しアダンの蔭に郵便受はおかれてありぬ/城山達朗
ふるさとの人言繁し去りゆけば去りゆきて後言止むものか/ 〃
盲目わが籠りひそけし永き日を九官鳥と物言ひくらす/隅青鳥
ホルマリン消毒の香もそのままに我の歌稿はとどくにかあらむ/ 〃
朴の葉のひとひら苞(つと)をぬぎたりときけば眼うらに見えくるものを/秩父明水
潦(みづたまり)きらり病む眼に沁むるさへうら哀しけれ春の光は/ 〃
痲痺したる個所は蚤さへ食らはざる吾身ほとほといとしまれつも/ 〃
一夜寝て朝は明けたる療院にふるさとの方角我は聞きにき/小川一男

『萩の島里』より
裁縫をしながら針でためしみる知覚なき手を淋しみにけり/西坂松惠

『九州療養所アララギ故人歌集』より
いのち死して吾に果すべきことと思ふ解剖承諾書に吾が名をしるす/野添美登志
同病の友がよこしし年賀状眼見えぬ吾は握らせ貰ふ/新開玉水
眼を抜きて痛みは去りぬ物忘れせし心地にて今朝は寝て居り/水原隆

『白砂集』より
月の磯に友と別れて戻り来ぬ義足を脱げば砂のこぼるる/太田井敏夫
穿き古りし吾の義足はねもごろに紙に包みて海に流しぬ/ 〃
跫跖(あしら)の痕かげし瓦(いらか)で掻きにつつ灰のむしろに坐せるヨブかも/合田とくを
まなじりにかすかに残るうす明りこのはかなさをひたたたのみつ/谷口岩出
拭ひても猶ながれでる黒きインクの夢ばかりみて吾は眼を疾む/ 〃

『冬潮』(綾井譲)より
ゆうべ死にし友の名前は朱に書かれ食事異動の伝票が来つ
今にして癒えなば食ふに困るてふ友の話は笑はれなくに
跳びあがりとびあがりして見てゆきぬ臥れる窓に童べふたり
徒然に囲ふ碁なれどなぐさまず碁石は匙にすくひとりつつ
巣立ちしていまだ日あらぬ雀の仔盲らの住ふ部屋に来遊ぶ
冷めきらぬ人焼く竈のほとぼりを身に感じつつみ骨を拾ふ
このあたり胸のところと思ひつつ拾ひ納むるここだくの骨

『村上多一郎歌集』より
癒えぬべきたどきしらねば服薬も怠りにけり家貧しくて
おのづから間遠くなりし仕送りを心定めて断りにけり
辛うじてたもつ瞳にしむばかり淡紅きざしふくるる山桜

『仰日』(伊藤保)より
病める身を諾ひて神に縋るわが妻に身ごもる子をおろさせぬ
基督のみ声ありありと夢に顕ち病める肉群(ししむら)撫でて行かしぬ

『菴羅樹』より
己が足あはれなるかな切り断たれゐる鋸の音うつつに響く/山口義郎
足もとの離被架の下はさむざむと一つの足の今無しと思ひぬ/ 〃
手術室は咳一つなきしづけさに時時きこゆ骨を切る音/山下涙草
声たたぬわがさし迫る用事には火鉢の縁をまづ叩きけり/木村美村
盲なる友とわれとが相寄りて肩ゆすぶりつ声の立たねば/ 〃

『青磁』より
さげすみに堪へきし忿(いか)りはりつめて杖にて探りゆく風塵の道/辻瀬則世
ゴム紐やチャックを附けし物を着つつ手萎えし今の不自由に馴れ居ぬ/ 〃
九つの爪はくされて落ちしかば現身のことをしづかに為さむ/瑞丘莞爾
表情に笑へずなりて何時しかに笑はぬことが性格となりぬ/須田洋二
釦一つ紙にすくいて拾ひたり握力のあらぬ指がかなしく/ 〃
手の冷えを言はれて驚くその冷えを如何にか知らむ自が手と言へど/ 〃

『小島に生きる』より
涙腺まで癩浸潤し感情のともなはぬ涙をしばしば落す/松島朝子
病む吾の我儘として黙す夫突放されしよりも侘びしく/ 〃

『稜線』より
下駄のまだ履ける間は初期などと何処まで淋し炬燵の話/高木誠市
あつけなくポストの底に落ちゆきし手紙が吾れをつきはなす音/ 〃
松の実のおつる音すらきこえ来るほどしづまりし午後の一刻/ 〃
遺骨すら拒否せる親が若干の遺金は受けて口をつぐめる/笠居誠一
健やかな人ら住みゐる街のさま船よせて吾らひそかに見つむ/斎木創
天刑病と書きたる辞典のそこだけに墨を濃くぬりしばしやすらぐ/浜野加津夫
己が罪と記すべき処に己が己がと重ねて書きし昨日の日記/石井毅

『木がくれの実』より
癩を病む我を見給ふ父の眼は死ねよと如し生みの子我に/杉田相子
生れ出でしことのあはれを思ひつつ秋に芽生えし朝顔を抜く/ 〃
針もてばおのづから心さだまりてをみなの性のかなしさを思ふ/山室のぶ子

『光明苑』より
童等の爪切り奉仕に不自由者の人等並べり菊かをる廊下に/高崎あつし
鉛筆の芯のとがりを唇に残る知覚で検べつつ書く/信原翠陽
陽溜りの芝生のぬくみ伝はらぬ吾が掌に静かな怒り/ 〃
日本語は未熟なれどもみおしえを説く牧師の眼は濡れてゐるらし/ 〃
籠ぬちの目白に風の吹きをらむ盲導鈴に連れて高鳴く/山田法水
爪切り奉仕孫の様なる子を前に差し出す手は歪みきりたる/ 〃
総身の麻痺しつくせる吾癩は酷暑に汗の出でぬくるしさ/酒向琥珀
高鳴の籠の小鳥を真似しつつ軒をつたひて盲はゆけり/森脇桜国

『澪』より
日に幾度か用足しにのみつたひゆく壁は盲ひの手垢に汚れをり/真山道夫
港祭の花火見てをり空爆にわななきし夜の砂浜に来て/ 〃
「私たちは罪人ではない」プラカード軒にたてかけデモ解散す/浅野繁

『苔龍胆 第二集』より
くちびるにて点字習ふなり何時の日か我に来たらむ喜びの為/田中一心
足萎の父は足投げ子は大の字に聖体拝領の祈りふけゆく/南条朗人

『あらくさ』より
失ひし視力思はずひたすらに点字をさぐる指先いたはる/野村徳二
曲りたる指に力をこむる故吾がもつ針はみな曲りをり/松島朝子
触読にひたぶるなるときかなしかなし球ぬきし眼にも力凝らしつつ/深田冽
点字器もてうちたる文字にも個性あり友よりの文読みつつおもふ/ 〃

『藤の影』(太田井敏夫)より
新聞の三面記事を読むときに盲蹇(めしひあしなへ)しづかにあつまる
手の悪き者ばかりなる部屋にして林檎にさまざまの食べ方があり
さらさらと梨の皮剥ぐ人見れば五本の指が揃ひてありぬ

『天河』(滝田十和男)より
父病むが科あるごとく罵られ川べりに独り笹舟ながす
癒えゆきて身を商ぐとか少女舎にわれの手套を編みにしものを
看護婦が眼反らせと強ひしとき拇指はあはれ切落されぬ
拇指なき足にあはせて足袋は穿く血もかよふがに綿くれ詰めて
一茎の菫のごとき歌なすを頽(くづ)れかたぶく身の希ひとす

『陸の中の島〜全国ハンゼン氏病患者短歌集』より
舌に読みし点字を炭火に乾かせり朝より細き雨降りやまず/一条司
師の歌も聖書も舌もてまさぐれり今年の春より点字覚えて/ 〃
摘出し眼球見よと言はるれど吾は左眼閉ぢ担架に乗せらる/泉京子
「発言の時は名を云へ」と言はれれば警官の前に誰も黙しゆく/宇佐美章
進みゆく赤旗の集団にも入りがたき病にあれば歌だけ歌ふ/ 〃
軽快証明を受けても職に就けぬと云ふハンゼン氏病者の嘆きを聞け/大味栄
患者らは手錠をはめてでも連れて来よといふ園長を憎しみやまず/甲斐又一
つながれて獄に死にたる病友が院長絞首刑と壁に残しぬ/ 〃
非癩児童とさげすまれつつ新しきランドセル背負ひ喜ぶ子らは/菊池たけし
退職金受けるに印鑑証明書送れと云ふ偽名の印鑑のみ持ちをり吾は/北邦夫
通学を拒まれゐるのも知らぬらしランドセル背おひゆく新入生四人/北村愛子
らい患者を強制収容すべしと叫ぶ光田健輔に文化勲章あり/小見山和夫
病む吾等覗かれてをり人間のもつとも嫌な眼の色と思ふ/ 〃
力合せハンゼン氏病と改めしを放送はまだ癩療養所と云ふ/斎藤雅夫
幾度も匙落しては食む飯の十匙が程に汗は流れぬ/坂田泡光
帰りゆく妻を送りて来し吾にゆるされし道はここにて絶ゆる/相良明彦
盲動線をさぐりなづめる吾が態を記者が写真に撮りてゆきしと/ 〃
知覚なき足とおもふにあかぎれて今宵痛むは嬉しくてならぬ/佐々木三玉
讃美歌をうたひつつ思ふ三日前自殺はかりし人苦しみゐるを/ 〃
癩を病む吾に兄上は村も名も偽り書きて林檎送り来る/隅広
姉は死ねと妻は生きよと云ひて来る便りを置きてただに切なし/富永友弘

『灌木地帯』
半盲と記されてある吾がカルテ眼が一つ書かれてありぬ/永山鉄山

『苔龍胆 第三集』
唇が突出る思ひするという三年点字読み来し君が/大石桂司
乾ききりて血の噴く思ひもせしと云ふ点字読みつぐ唇あはれ/ 〃

『あかつち』
社会復帰を主題にはずむ論の中敗北の過去もちて黙する/玉島道夫
癩院に吾が病みしより父も兄も役場を追はれ炭焼くときく/相良明彦
送り来し伯父がかたみのズボンより税督促の古葉書出づ/ 〃
傘をうつ雨はげしくて辻道に盲導鈴の音をうしなふ/ 〃
復帰せし友らが生活のきびしさを救癩の日のラジオにて聞く/ 〃

『盲導鈴』
世に遺る業は出来ねど癩われは盲人の為に点訳学ぶ/池上哲夫
友の死を告ぐるスピーカーを無感動にききつつ穢れし繃帯を巻く/ 〃
みよりなき癩院の児等が交際に心用ふるをあはれと思ふ/高原邦吉
息絶えし友の枕べに寄りあひて残しし銭をかぞへ居るかも/ 〃
廊下ゆく足音にも夫夫の病状性格感情の起伏等知らるるあはれ/ 〃
ペニシリン塗りし眼帯かけて寝る閉ぢぬ瞼の乾き恐れて/秩父君代
吾が夫の舌読すべき点字聖歌集春の日差にさらして置きぬ/ 〃
手萎え吾が炊きたる飯を鬢白き義兄はさりげなく食べて下さる/ 〃
おゆびなき足を窃かに洗はむと夕ぐれきたる部屋にうづくまる/横山石鳥
安静のみが癩穿孔症の療法と知りつつ働きぬ骨侵すまで/ 〃

『黒薔薇』(壱岐耕)より
食べものをはさみて口に運びゆく蟹見てをりて悲しくなりぬ
断(き)れし指ふたたび生えるはずもなく全治といふも悲しき病ひ
傷いえしプロミン治療の例として裸のからだ人に見らるる
一心に柿の貝殻虫こそげゐき病む身のけがれすすぐ思ひに
唇に今日火傷して気のつけば何時かここにも痲痺及びゐる
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