水の門

背景をながれるもの。ことば。音楽。スピリット。

『旅人の木』より

2017-03-18 15:42:03 | 本に寄せて
雨宮雅子の歌集『旅人の木』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・病みびとに諭(をし)へられたり顔施(がんぜ)とふことば後背のごとくうるはし
・瞑想は夜にきたりて先人の代々のひたひの翳ふかめしや
・また神にいちにんの死者委ぬると白き花々運ばれて来(き)ぬ
・地にひくきあけぼのすみれに屈みたり虔(つつし)むことのなほわれにあり
・錫色の空より洩るるひかりありかの聖顔を拭ひし手あり

・靄だてる聖霊降臨節(ペンテコステ)の水無月や素肌をつつむ白きブラウス
・たましひといふおぼろなるもの包み雨季のブラウス透けやすきかな
・うすずみの風流れをり白昼に髪染めゐるはゼフィールならむ
・梅雨の雲またたれこめて胸元の銀のくさりをそそのかしをり
・生き方といふは死に方へ傾くや頭上夕映の雲のばらいろ

・月光に泰山木は花かかげ悲傷(ピエタ)の掌より水こぼれたり
・意志が遺志となりゆくまでをさざなみの時間流れて鷺白く立つ
・目覚めとはよみがへること朝鳥のこゑにまぶたを明るませゐて
・台風の近づくけはひ無花果は重たき熱の実となれるらし
・波の上を〈人〉歩みたる遠き世に水は歓喜を知りたるならむ

・浴身の胸に創痍の旧りたるはこころならざる身体のこと
・祝祭の絆すくなくなりにしを亡き父の庭には山茶花明るし
・おんがくのやみたるのちを満ちきたる闇の底ひに悲苦のかがやく
・復活を約されし人か木を伐りて木を負ひて画面のなかにふりむく
・ひかりより出でてひかりへ還れよと飛翔の一羽こゑなく喩(をし)ふ

・朝は聖なる時間空間オフィスの硝子へだててまた無人なり
・みづからを尋ねあぐねて近づけり「夜の終り」へテレーズ・デスケルーへ
・朴の花匂ふ水辺も去年となり聖なることば読まずありにき
・ときに太鼓の音のみひびき雨の日の聾学校は謐(しづ)かなりけり
・しづかなる聾学校の登校日髪ひからせてくるは神の子

・かたつむり雨後のひかりに歩み出で安息日の木草うるほふ
・喪服にて往き来の日なか貫きて首夏身のうちのあをき小流れ
・立葵顕はるるごと原爆の日の影として咲きあがりたり
・ひとすぢの百日紅の道称(たた)ふここを過ぎにし永き〈時〉あり
・深夏の闇まとひ来てうす光る聖盤の水に近づかむとす

・ひしひしとレモンを搾り係累のおもひの外のごとき時間よ
・わが額のカインのしるしむらさきの痣を濃くして杜鵑草(ほととぎす)咲く
・怒ることまれまれとなり滾つ湯に捏ねたるものを迸(ほとばし)らせつ
・けふひと日よきもののみを見むとして光の雫めぐすりを差す
・坂の上に教会ありし幼年の風景すでに版画のごとし

・遠ざかりまた近づける声ありて降誕祭(ノエル)ゆふべの坂のぼりゆく
・山越えてきしを至福とおもひつつ口腹の欲離(か)れゆくごとし
・こゑ枯れて冬をこもるに企つることあるらむといふ手紙くる
・選択はよきとわろきの二つなればよきを思へと言ひたるはよし
・太初(はじめ)に言(ことば)ありていのちの宿りしを 剃刀に水打たせてをりつ

・はぐれゆくわれにてもよし九階の朝のひかりにパンを裂きをり
・赤ワインくだりしのみどしづまりて花ひらくやうに夜が来てゐる
・世の苦楽識(し)りにしよはひ河骨(かうほね)の黄なる水照りに囲まれてゐつ
・心身のはげしき飢餓に屹立しアテネ文庫の青春ありき
・未来見ゆるやうにて見えぬこと恃みまなさき塞ぎ百合活け終へぬ

・晴天をつらぬく鵙のこゑ高し告知といふはかかる明るさ
・しろがねの霊的空間 しろがねに揺るる芒穂わけて人来ぬ
・忘れては生くる厚顔朝ごとに卵二つを割りて落しつ
・翼とは嘉きものならむ精神をはばたくやうに思ふ日あれば
・夕茜冷えゆくころにわれは見ぬルオー描ける「深き淵より」

・人の世の出口いづこと見わたせば終夜青き灯をともす非常口
・百合の蕊切りて呵責もあらざりし昼寝の胸に指を憩はす
・「荒野に呼(よば)はる者の声」なく朝のきて冷たき牛乳(ちち)のグラスを置けり
・戴冠の合歓のうすべに仰ぐときわが守護天使ふとしもはばたく
・世のために来たまひし神を世は識(し)らず青銅いろとなれる冬菊

・哭(な)くちからいまだあるゆゑ哭かざらむカミツレの茶の香り立たせて
・受難節淡く曇れり温室の「旅人の木」のかたはらに来つ
・衰へて匂ひ濃くなる花を捨つおのれうとめるごときおこなひ
・あかねさすさねさしさがみ山百合の賑はしく咲くひとなだりあり
・つまさきより下ろさず平らに歩を運ぶ歩行瞑想といふがありけり

・はろばろと続ききし世よ無花果の繁みにうすく陽の流れをり
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