きょうを生きて living in a moment

毎日 死ぬ直前までひとは生きている。

どうせ死んでおわる人生なら

本当に本気で生きてゆきたい。

高橋兄弟が教えてくれた奇妙な兄弟

2014-01-20 06:45:23 | 日記
食事の時、高橋兄弟が教えてくれた
肉の兄弟のはなしを時々思い出すことがあります。

その兄弟は変わったことや
ひとを驚かすことがすきで
お兄ちゃんがバイクを運転し
後ろに弟が乗り
女子校の前を
女子高生が帰るところを
バイクで走り
怖いお面を弟が被り

わぁ ‼︎ って

後ろを振り返り女子高生をびっくりさせるのが好きだったそうだ。

そんな二人がべテル奉仕者になった。

その二人はほうしが嫌いだったそうな

ある日ふたりは

奉仕で家から家に歩きながら

こんな会話をした。

(にいさん…。

こんな馬鹿なことして永遠の命

えられるのかな ぁ ?)

( こんな

馬鹿なことしてるから

永遠の命 えられるんだ。

なにいってるんだ。)

このふたりの会話は

笑えるけど

実は深い意味を教えてる会話だ

ラフカディオ ハーンの

寒い晩

一枚の毛布を

兄さんさむかろ

お前こそ さむかろって

ゆずりあいながら

朝を迎え死んでしまった兄弟をふと

思いだしました。

そんな変わった兄弟を注目した

高橋兄弟も素晴らしいと思います。

昨日高橋兄弟を思い出し

花の写真を貼りたくなったのが

何か偶然に思えなくて





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ものみの塔 配送車

2014-01-19 12:45:02 | 日記
いまは、世俗の運送会社で雑誌を会衆に配送していますが、35年前は沼津べテルからべテル奉仕者がトラックで配送していた。帰りの空になったくるまに各会衆から寄付の野菜が届けられました。べテルに持って帰ったらなになに会衆から取れたにんじんですとかそーゆー発表を聞きながら食べるべテルがつつましく感謝の感覚で仕事している時間がありました。

自分の属してた会衆が配送の中継点でもあったので、お昼に姉妹たちが希望者で順番にべテル奉仕者と一緒にお昼ご飯をご馳走するという時間がありました。
当時独身で貧しかった私はその場所によばれてお昼ごはんわ一緒に食べる時間がとても多楽しみの時間でした。

今でも覚えているのは、北海道の旭川会衆から来た高橋兄弟と言うサングラス眼鏡をかけた兄弟です。

その兄弟は、べテルのいろいろな奉仕者の特徴について話してくれました。

わずか1時間のその昼食の時間はほんとに楽しい時間でした。

遠くの会衆とべテル奉仕者が緊密にながった時間でもありました。

高橋兄弟今頃どうしているだろうかなぁ。






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朝のしじまに

2014-01-17 18:02:29 | 日記

35年前

入れ代わり立ち代わりさまざまな人が

自分の家にやってきた。

今でも印象に残っているのは

体重40kgのやはり華奢な男Yが

家に転がり込んできた。

当時会衆の兄弟が家にダブルベッドを持ってきてくれたので

4畳半の畳の間にダブルベッドの周りに緑のカーテンをして仕切った

窓にはカーテンがなく吹きさらしの木の窓があった。

昔は結構寒くて家全体が冷えていた。

ある凍えるような寒い朝

ベッドのカーテンを越しに鶴のような形が見えた

カーテンを開けると

華奢なY兄弟が一本足でまるで鶴が立ってるかのように背中を丸め

朝の暗がりのしじまにじっとしているではないか?

しばらく時間がたつと

右足でたって左足を挙げていたのが

きゅっと

右足があったところに左足をつけて右足を挙げるではないか

(兄弟どうしたんですか?)

とたずねたら

あまりにも冷えるので右足で畳を温めていて

左足が冷えたら

温まった右足を置いていたところに交互に足を置いて忍んでいたようだ。

その様子が本当に鶴の姿に似ていた。

 

昔は変わった兄弟たちがいたもんだ。

Y兄弟も今頃何をしているだろうか。

 

 

 

 

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詐欺で思い出したこと

2014-01-16 20:27:17 | 日記

今から35年前のことだ。

会衆に妙に他人に愛想や他人のいうことに同意する兄弟が忽然と

現れた。

華奢な男で名前を齊藤と言っていた。

東京の成城会衆出身ということだ。

仲間の兄弟だということを強調していた。

都会にはさすがに変わった兄弟がいるもんだ。

ところが住むところも食べ物がないということだった。

会衆の兄弟たちはいぶかりながらも助けた。

その当時

4畳半一間のアパートに住んでいたのだが、

ある日暗がりのアパートに奉仕の帰りに家路について

驚いた。

人が中に入っている。

窓をこじ開けて4畳半に立っていたのは

あの齊藤兄弟だった。

そして住むことがないのでここに住まわせてくれというのだ。

その当座兄弟愛を示さなければならないと信じてから

いぶかりながらも共同生活をすることにした。

その当座お金がなかったけど

輪をかけて食費を払わない。

唯一の収入源は雑誌で売ったお金だ。

当時は二部150円の現金収入だった。

驚いたことに齊藤兄弟はものみの塔のラッピングに使用した失敗作のものみの塔を

はさみできれいに切って新しい雑誌に見せかけて家の人に売っていたのだ。

その後齊藤兄弟はいなくなった。

後日 東京の支部から東京の成城会衆出身の齊藤と名乗る男が会衆にやってきて

詐欺を働くので注意するようにという発表があった。

齊藤という華奢な男は生きていたら60代だと思うけど

寒空の中どうしているだろうか?

 

 

 

 

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寸借詐欺にご注意を

2014-01-15 19:25:19 | 日記

結局  詐欺だったようだ。

寸借詐欺という種類みたいだ。

他人の良心をの働きかけてお金を拝借する老人が最近増えているようだ。

知らなかった。

どうしていとも簡単に騙されたのだろうか?

 

まず小奇麗な身なりをしている。

丁寧

困った表情がリアル

最初お金をかりるそぶりを見せなった

それでこちら側から親切にお金を貸そうかと思わせるような

考え抜いた会話をする

自分の偽の住所をすらすら書く

着いたらお礼に何かを送ると約束する。

何時に送ると念をもって話す

 

すべては念入りに仕組まれた詐欺だった。

こうような老人がネットを見ると最近全国に出没しているらしい。

 

困った人をみたら皆さんも慎重になって

 

わたしの恥かしい経験を思い出してご注意ください。

 

経験のない人はすべての言葉を信じという

箴言の言葉が久しぶりに思い出しました。

 

 

 

 

 

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