きょうを生きて living in a moment

毎日 死ぬ直前までひとは生きている。

どうせ死んでおわる人生なら

本当に本気で生きてゆきたい。

夢をあきらめないで

2016-10-29 15:56:03 | 日記
25歳くらいだったか


ちょっとしたことで


心が傷つき


小さな木造の一軒家に


ひとりでうずくまり


頭に毛布をかけていたときだ。



きょーだーい!


と明るく玄関から声がするではないか。


会衆の高校生の女の子ふたりが


嬉しそうにもじもじしながら学校帰りの自転車を


降り


玄関に立っているではないか?


落ち込んでいた自分に聴かせたい曲がある


といいカセットテープを差し出した。



そこには2人がデュエットで歌った歌が収められていた。


岡村たかこの


夢をあきらめないで


という曲だった。


あーなーたのー


ゆーめ を あきらめないで


と訴えるよいに歌ってくれた彼女たち



この子達に励まされてあのとき切り抜けられた。



歌を歌ってくれたふたりはその後


集会にこなくなった。



いまでもこの曲がふと流れるたび


込み上げてくるものがある。






ジャンル:
ウェブログ
コメント (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 湖の美しさ | トップ | 夜の尾道 »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (worried-boy)
2016-10-31 18:04:56
懐かしさと切なさを感じるエピソードですね。
「夢をあきらめないで」が流行ったのは昭和の終わり頃だったでしょうか。学校の合唱コンクールか何かで歌った記憶が・・・・。

きっと、高校生の女の子2人、普段bereshitさんから元気をもらっていたんでしょうね。だから、今度は自分たちが元気をあげる番だと、いろいろ相談して一緒にテープレコーダーの前で歌ったんでしょう。何回も録り直したりして。そういう光景が浮かぶようです。もしかするとちょっぴり恋心もあったりして・・・。

私もbereshitさんの紡がれる文章や、写真から元気をいただいたり、思索の種をいただいたりしています。受けるばかりですが。
Unknown (小雪)
2016-11-01 00:04:08
誰かのために 走り出すような
まっすぐで 強く優しい 愛情を
今の私は持っているのだろうか と考えさせられる。

手をさしのべて ピシッと払いのけられた経験が
私を臆病にさせたのかな。
それは、相手の気持ちをわからずに 近づいた自分が悪いのだけど。

誰かの助けになりたいと はりきって動いた後には
自分が寝込んでしまう。

願うほど、何も出来ない自分が情けなくなって
誰かの悲しみに敏感であればあるほど辛いから
自分に出来ること以上は抱え込まないように
鈍感になる事を覚えてしまった。

高校生のように動くことは出来ないけど、
湧き上がる優しい気持ちで 動いていけるかな。


胸を打つエピソード ありがとうございます。
お二人が今も幸せでありますように。
Re:Unknown (bereshit007)
2016-11-02 05:53:10
小雪さん

なにかに傷ついてしまったのかな?

でも本心は愛情でいっぱいなんでしょうね。
Unknown (小雪)
2016-11-03 09:03:51
心に傷を負った人に近づくには、巧みさなどいろんな事が求められるのに、優しい気持ちがあれば何か力になれるはずと思う幼稚な心が私にはありました。性懲りもなく近づいて、心はぐさぐさに刺されたけど、苦しかったのは彼女の方だったのだと今は思います。

アドラムの洞窟に来て、端っこで休ませてもらいました。
ダビデは近寄りがたかったけど、痛みを知るまなざしがありました。

ダビデを慕って集まる人たちを見ていました。
勇士たちの体には、深く悲しい傷がありました。

幼い私に貴重な食物を分けてくださいました。
有り難かったです。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL