きょうを生きて living in a moment

毎日 死ぬ直前までひとは生きている。

どうせ死んでおわる人生なら

本当に本気で生きてゆきたい。

言語と思考

2017-07-15 06:41:34 | 日記

日本語は主語を明確にいわない。


だれが


というより 主語をなくすことで


そのときの目にみえない雰囲気をそこはかとなく


言い表すのに優れている


そのさい


いとをかし


のように奥床しくいいあらわせる。



それに対して


英語は主語を明確にする。


ある行為をしたのが、I なのか YOU なのか


HE なのか


だから動詞も何も主語まみれ



責任だけ明確にして味気ない言語になってしまう。



いつでも言語にidentityを確立してしまう。



しかしフランス語


T'en vas pas


て っ ヴァ っ パ っ


あぁ


弾けて表現してるではないか?



主語も動詞も弾けてゆきながら表現している



まさにliving in a moment の世界だ


わたしは瞬間 瞬間 を弾けてゆく感覚を味わいたいのだ。



いとをかしなど言っていたら


瞬間をすべて塗り潰し否定してしまうのだ。



アメリカ野郎のようにI だの YOU だの SHE だの


どうでもいいのだ。


わたしはフランス語を勉強したい。


あの弾ける発音をしてわたしの内面を表現したい




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1 コメント

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弾けちゃってますね 笑 (新緑)
2017-07-15 16:03:12
自分が外国語で話す時の変化や変化しない部分なんかは興味深いと思うので
仰りたい事はなんとなく理解できます。

その上でつくづく思うのは
いろいろな言語を話す人と接しましたが
何語を話しても結局はその人次第
その人の資質や心持ちが現われるのだということです。他者との向き合い方とかいろいろ。

もう全く興味がない書物 聖書
最も多くの言語に翻訳されたと書物と聞いてましたが
あの中の愛の定義にありましたね
たとえわたしが人間やみつかいのいろいろな言葉を話しても愛がなければ何の価値もありません
というような言葉
それを久しぶりに思い出しました。

暑いので引き続き弾けちゃってくださいな。

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