小さな出来事、大きな足跡

小さなことを積み重ねて気が付くと自分の型ができている。取るに足りない事にも意味はある。

宿題の内容による…

2017-07-23 14:30:00 | 身辺雑記
好きなものは結果的に計画的な仕上がりだった。

例えば夏休みの絵日記をつけるという類は苦労しなかった。むしろ大好きで弟の日記の宿題までやっていたくらいだった。実は今でもブログのほかにも日記つけてるくらい。
どこかに行かなくてもスイカ食べたとかテレビ観てたとか普通に書いていて
その片鱗がこのブログにもあると思う。私の日常に華々しい話は特にない…。

読書感想文も好きだったのですぐ終わったなぁ。
言われなくても本はいくらでも読む。
そういえば母が感想文用に独断で「キューリー夫人」を購入し
徹夜で読んで号泣し、素晴らしいと大絶賛したことがあった。
自分はそこまで感動できないと子供心にプレッシャーで結局その年にその本は読まなかった。
とはいえずーーーっと気になっていて、何年か後にこっそり読んだ。
感想は…母のあの時の気持ちにしっくりきそうな話。
本との出会いもタイミングってあるよねー。


理数系は苦手で理科の自由研究とかどうすればいいかわからなかったので放置
虫の標本を作る目的で父や弟と一緒に虫とりにいそしんだこともあった。
近所にいる様々な種類を標本にするのがやりたかったのに、バリエーションまったくなく
例えばセミにしても同じ種類の輩しかいなくて個別の見わけもつかなくて
「こいつらの縄張りなのかうちの近所は…」と衝撃だったが今思えば当たり前か。
クラスにセミの絵日記みたいな研究結果を出してきた子がいて、今日はよく鳴いたとか
今日は静かだったとかどう見ても理科じゃないだろって内容なのに宿題をしたとして受理されてたのには衝撃だった。理数系は衝撃ばかりだった。

図工や家庭科については才能がなさ過ぎて基本的には母にやってもらうことも多かった。
人並みのことが全然できなかったので早いも遅いもなく夏休み終了間際の母の都合による
というところだった。
我が家は弟も超絶不器用で一生懸命自分で作って「雑なのでやり直し」と言われた
ことがあった。全力を尽くしても異常な仕上がりということが世の中には起こること
を知って欲しいな。
ちなみに弟のリベンジ作もまったく改善が見られない出来の作品だったがそれは受理してもらえたそうだ。

今は夏休みの宿題はなくなったが人生の宿題は山ほどあり、それは終わりがない。
これはコツコツやるしかないねー。


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