手作りの塾と、明日へ

一念発起して立ち上げた私塾。
難しいのは、承知の上。自らが、どこまで行けるものか。峠の向こうにあるものを確かめに行く。

ご無沙汰である

2017年07月23日 14時47分18秒 | 日記
久しぶりに投稿などしてみようと思う。

投稿が怠りがちなのは、まずは暮らしに余裕がないからということがある。
次に、記憶を呼び起こして、わざわざ文章にしようと思えるような材料が私生活にないからということが、その理由として挙げられるだろう。

暮らしに余裕がないというのはその通りだが、題材が特にないということについては少し説明が要るだろう。
ないわけではないが、昨今の私の暮らしの中では、頭を悩まされることとか、重ためのことがどうしても目立つので、
そんなものを題材に文をしたためるには、今の私はあまりにも疲れてしまっている。

疲れているなどと口に出してしまうと、私の現在の状況を知る人なら、
「自殺するんじゃねえ?」
とすぐ思われてしまいそうで、私のように長らく社会の底辺を一人、もがき歩くように生きている者は、
発言には余計に気を遣わねばならない気がするのだが、こういったキーワードは全くの禁句である。

今回特に書き記したいお題があったからではなく、単なる気まぐれである、投稿する気になったのは。
で、とりあえず最近見た映画のことだけ、ちょっと触れて終わりにしようかと思う。

「僕だけがいない街」。
藤川竜也、有村架純主演の、比較的最近放映された映画のようだが、かなり良かった。
最近テレビ放送されたものを途中から視聴し気に入ったので、見逃した部分が気になり、その日のうちにレンタル店でDVDを借りて、
冒頭から最後まで一気に見通した。

作品のジャンルとしては、あまり私の好みではないミステリー物である。
母親を殺された主人公が、タイムスリップのような現象を利用して過去に遡り、真犯人を探し、事件を未然に防ごうとする話だった。

繰り返すが、私の好みの話ではない。
が、計4回ほど繰り返しそのDVDを見てしまった。
同じ映画を一時にそんなに繰り返して見るほど、本来の私はそれほど映画好きでも物好きでもないし、暇もない。
冒頭口にした通り、暮らしに余裕がないのだ。

やらねばならないことが山積みのようになって、いつも時間や、その他の得体のしれない何かに追われ続けているような、そんな生活をしている。
こんな書き方をすれば悲壮感がさらに漂ってしまうだろうが、なに、自ら選んで進んでいる道である。同情されるには及ばない。

私のツボにハマる作品はたいてい、共通点があるように思う。
主人公の境遇や性格に共感、親近感を持てて、物語の中に感情移入ができるものを、私はとりわけ好むようだ。
だが、そういった作品に出会えるのは稀だし、好みの要素が揃っているような作品でも、やはり作り方が下手だと面白く視聴することはできない。

私の私塾の志も、そこを気をつけねばならないと思う。
塾の方針も良い、講師としての学力も良い、だけども、それを実践するところができていなければ駄目だ。
すぐれた文芸作品は、荒れた今のような時代にも生み出され続けている。
今回のこの映画に出会い、また改めてそれを知らされ、励まされた想いだ。

素晴らしい作品の中には、「理想」や「人間らしい、血の通った想い」「他への思いやり」が溢れているように思う。
形としてはミステリーというジャンルでありながら、愛や感動を謳って宣伝された作品などより、かえって愛や感動を覚えることがある。

理想や愛は、現実社会の中では残念ながら、人の欲や争いの中に埋もれがちである。
誰かがそれを社会の中で謳い上げなくてはならない。
誰かがやってくれるのを待つのではなく、私がそれをやりたいと願う。
理想や愛を叫ぶ声がなくなったとき、世の中はいったいどのようになってしまうのか。
その声は決して絶やしてはならない。


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