明日のためにごにょごにょ 心の断捨離

話すは離す。心のしがらみを離す。ご批判大歓迎。自分のために自分を励ます言葉をごにょごにょしています

昨日から今日のごにょごにょ

2017年06月18日 | 日記
10何年ぶりに友達から連絡が来て、久しぶりに会って昨日は高野山に行った

いいとこだな
行くと必ずでっかい木に抱きつくんだが
今回もやってきた

なんだか心の中や身体の中の黒いもんを吸い取ってもらえてる気がして1、2時間もすると身体や気持ちがほんのり楽になったような気がする
すごく曖昧な言い回しだが感じかたは人それぞれなので許されよ

運良く[生身供] を運ばれるところも見られて良かった、良かった

さて、本題
実はわたくしここ一週間
人生で、えらいキツイな…
ってひとつでも同情してもらえそうな辛いことが立て続けにあってな
こんだけ重なったら死にたくなるの、わかるわって思ってもらえそうなほど落ち込んでて
そしたら、このタイミングで「高野山に行ってみたい」
って連絡くれた友達

生きていくことの苦しみを全部この身に押し付けられた気分だったわたくし、御廟で罰当たりにも呪詛を吐きこの世を呪ってしまいます
愚か者め…


なのにお大師様はこんなわたくしにさえ救いをくださった
ような気がする

参道に戻るとお茶をいただける休憩所があるんだが、そこでお坊様が法話をされてて
高野山には数えきれないくらいに参っていたが、初めて聴いた
聴いたら自分でもなんだか理解できない感情が溢れだして
とにかく泣いた
どのくらい泣いたかわからなくなるくらい長い時間
その間ずっと友達とお坊様はそばに、ただ黙ってそばにいてくれた

昨日はそれだけ

昨日はそれだけなんだけど
今日、昨日までものすっっっっっごく執着していた気持ち手放してもいいかな?って
なんかな、踏ん切りが付いたみたいな感覚
涙と一緒に執着する気持ち
執念のようなものが少し、ほん少し出たんかな?とね


信じる、信じないは勝手だけどな
わたくしには、昨日のことは
「導かれた」
としか思えてならない

今は一週間前より身体は相変わらずだが、心は穏やかな気がする

欲深き凡人ゆえに、この心の平穏がいつまで続くかわからんが

ちなみに、わたくし真言宗の信者じゃないよ



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