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第151回古都旅歩き創作 「京町家の怪文書」

2017-04-20 17:56:36 | Weblog

第151回古都旅歩き 創作

 「京町家の怪文書」 作 大山哲生

ここは京都大学の箸黒勝之助教授の研究室。

箸黒はいつものように昼食後のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。そこにトントンとドアをノックする者がある。「どうぞ」と箸黒は言った。

 入ってきたのは、三年生の島田啓介だった。

「おはようございます。実は大変なものを手に入れたんです」

箸黒は二人分のお茶をいれた。そして島田が持ち出した古い文書を手にとった。

「実は」島田は話し始めた。

「最近、アルバイトをしていて仕事は樽屋町の京町家の掃除なんです。この京町家は築250年以上経過していてかなり傷んでるのでそれを補修したり掃除をしたりしていたんです」

「ふんふん」

「ぼくは、壁を掃除していたんですが軽く押したら土壁が突然くずれてしまったんです。その時に中をみたらこの文書があったんです」

「島田君、樽屋町の古い町屋というのは、入り口に赤い紅がなかったかい」

「ありました。だいぶかすれていましたが」

「それは、おそらく近藤勇の妾の家だよ」

「うわあ、壁に穴を開けてしまいました」

「終わったことは仕方がない」そう言いながら、折りたたまれた文書をていねいにひろげた箸黒は文章を読み始めた。箸黒の目が大きく見開かれた。

「そんなことが、いや馬鹿な、しかし」と箸黒はつぶやいた。

「先生、どういう内容ですか」

「島田君、ここには『近藤勇は長州の間者(スパイ)』と書かれている。これはとんでもない文書だよ」と箸黒はうめいた。

「文書に書かれていることを事実とするならこういうことになる」

と箸黒は語り始めた。

 

 ここは幕末の京都。

 新選組局長の近藤勇は副長の土方歳三にも言えない秘密を持っていた。

 新選組の最大の敵は長州藩であった。新選組の戦いの多くは長州藩を京都から追い出すことに費やされた。

 しかし、長州の勢力はなかなか一気に追い出せるものではなかった。新選組は、少しでも長州藩にかかわりがあると思われるものを次からつぎへと切っていったが、それでも殲滅はできないのであった。

 そこで近藤は考えた。長州と裏で情報をやりとりする方が得策ではないかと。

 近藤は、八方手を尽くして長州藩の有力者と連絡をとりあうことに成功した。その後、その有力者からは、多くの情報が入ってきた。ただ、真偽を十分に吟味する必要はあったが、それでもないよりは遙かにましであった。

 近藤は長州の有力者と様々な形で接触したが、ある日はたと気がついたことがある。それは、長州藩の動向に関する多くの情報が手に入ったが、同時に近藤も新選組や幕府方の情報も聞き出されていたということであった。

有力者が近藤のことを「あなたはいずれ五万石の大名になるお方だ」と口癖のように言うものだから、近藤はついうれしくなってしゃべり過ぎてしまうのであった。

「これではどちらがどちらの間者がわからない」と近藤は唇をかんだ。

 このことが土方に知れたら大変なことになる。おそらく自分は切腹どころか斬首ということになるだろう。

 近藤は、長州と通じていることを発覚するのを極度に恐れた。

 元治元年、新選組の監察の者から三条の池田屋に長州などの志士が多数集まっているという情報が入った。

 新選組はいきり立った。近藤勇は、隊長十名を集めて「長州の連中は京都で騒ぎを起こすつもりらしい。今からわしの隊と土方隊に分かれて三条の池田屋に向かう」と檄を飛ばした。新選組としては何が何でも殲滅しなければならない相手ではあったが、近藤だけは別の意味で焦っていた。

 それは、長州の誰かから近藤が長州と通じていることを暴露されないかという心配であった。だから、一刻も早く池田屋を急襲して、長州の連中を殺して口止めをする必要があったのであった。

 元治元年六月五日の夜、近藤隊は池田屋の前に立っていた。土方隊はまだ到着していない。近藤は焦りで気が高ぶり、「いくぞ」と声をあげ、池田屋に突入した。後に続いたのは、沖田総司、永倉新八、藤堂平助だけであった。

 たった四人で突入するのは極めて危険な賭けであった。

ふいをつかれた長州、土佐の連中は混乱した。近藤らは切って切って切りまくった。沖田は病で倒れ戦線を離脱した。藤堂平助は、眉間を割られて昏倒した。

 最後まで戦ったのは近藤と永倉であった。やがて土方隊が到着し逃げる連中を次から次へと切った。

 このとき殺害された者七名に及んだ。

 近藤は長州との関わりを暴露される前に倒せたことに安堵していた。

 

「ということになる。事実は全く変わらないがね」

と箸黒は言った。

「しかし、近藤と長州というのは不倶戴天の敵同士ですよね。それが通じていたというのは信じがたいです」

「ぼくもだよ。にわかには信じられないね。この文書を書いた人間が壁に塗り込んだということは見つかるととんでもないことになると恐れたからなんだろう」

「ところで」と島田は冷めた茶をすすりながら聞いた。

「長州の有力者というのは誰なんですか」

「もう少し文書を読み進めてみようか。ふむふむ、なるほど。島田君、この文書によると相手は池田屋で殺害された安田秀敬だ」

「近藤勇としては、何が何でも口封じをしたかったんですね」

「そういうことだ」と箸黒は答えた。

「しかし、それなら長州の安田秀敬はどうして近藤のことをそれまでに暴露しなかったんでしょうか」

「近藤も安田も暴露すればどちらも仲間から裏切り者扱いされるから、二人とも暴露したくなかったんだろう」

「ところで、この怪文書を書いたのは一体誰でしょう」

「近藤と安田がスパイしあっているのをよく知る人物だろうな」

「となると、近藤か安田が書いたとか」

「えっ、島田君。それかも知れないよ」と言うなり箸黒は本棚から数冊の資料を出してきた。

「島田君、これが近藤勇の直筆だ。そしてこれが怪文書。筆跡が似ているとは思わないか」

「そう言えば似てます。ということは」

「この怪文書は近藤自身が書いた可能性がある」

「なんのために。暴露されたら困るのに」

「おそらく、近藤が京都を去ったあと妾を守りたかったんじゃないか」

「というと」

「この文書はいわば近藤を『売る』内容だから、妾が取り調べを受けるような時にこれをみせれば罪が減一等になるかも知れないと思ったんだろう」

「そうか、なんだか切ない話ですね」

二人は、研究室でいれなおした熱い茶をすすった。窓の外には夕焼けが広がっていた。

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