風わたる丘

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創作小説 「約束」

2016-10-18 06:27:27 | Weblog

「約束」    作 大山哲生

清川光夫は、中学校の教師であった。その年は二年三組の担任としてがんばっていた。

清川はクラスを六つの班に分けている。そして、班活動のひとつとして各班にノートを一冊ずつわたして班ノートにしている。班ノートとは班の中で順番に持って帰り、日記のようなものを書く。朝の会で、清川は六冊のノートを集めそれを読んで担任からのコメントを書いて帰りの会で返す。

 生徒の考えていることや人間関係を素早く把握できるので清川は班ノートを熱心に指導していた。

 五月のある日、清川が班ノートを見ていると四班の秋島美保が書いていた。

『私はバラの花が好きです。私が特に好きなのはフェアリーローズという青いバラです』

 実は、清川もバラが好きである。ここにもバラのファンがいたのかと清川はうれしくなった。しかし、例え趣味が一致したとしても必要以上に個人に接近するわけにはいかないのが教師と生徒の宿命なのであった。清川は、『青いバラはすてきですね』というコメントを書き込んだ。

 しかし、フェアリーローズというバラは聞いたことがない。家に帰ってバラの図鑑を二冊調べたが出ていない。青いバラというのはそんなに数は多くない。有名なものなら必ず図鑑にでているはずである。

 清川はなんだか狐につままれたような気持ちになった。しかし、このことで秋島美保を問い詰める筋合いのものでもない。彼女が例え夢の中のバラを好きになったとしてもそれは認めてやらないといけない。

 秋島美保は重い病気であった。小学五年の時から入退院を繰り返し、中学校に入学してからは一日も登校できていなかった。医者の判断では余命いくばくもないということであった。そこで両親は、娘が生きている間に中学校生活を体験させてやりたいとの思いから、二年生から中学校に登校したのだった。

 秋島の余命がいくばくもないことはクラスの生徒たちは知らない。清川は、そのことをかくしておくのが辛かった。

 でも、クラスの女子が秋島美保と仲良くしてくれていることが清川はうれしかった。

 五月には校外学習があった。行き先は京都府立植物園であった。清川は電車の中で秋島に「フェアリーローズがあるといいね」と言った。秋島は、にこっと笑って応えた。

 京都府立植物園で整列すると注意を聞いて生徒たちは解散した。芝生で走り回る者、グループで園内を回る者。生徒たちは、思い思いのやり方で京都府立植物園を楽しんでいた。

 清川は、園内を案内してくれた担当者に「フェアリーローズって言うバラはここにありますか」と聞いた。担当者は「フェアリーローズですか。私も長い間バラの世話をしてきましたが、そんな名前は聞いたことがないですね」と言う。

 清川はますます不思議な思いにとらわれた。

 もうすぐ夏休みとみんなが浮かれ出した頃に秋島美保は緊急入院し、ほどなくして亡くなった。清川が朝の会でクラスの生徒にこのことを伝えるとあちこちで嗚咽が聞こえた。清川は辛かった。

秋島美保のお通夜にはクラス全員が参列した。女子は全員なきじゃくっていた。清川もこみあげるものがあった。

清川は読経を聞きながら、秋島美保に最後の楽しい学校生活を送らせてやれたかどうかを自問自答していた。もっといろいろとできることはあったかもしれないが、担任としてやれるだけのことはやったと思いであった。

 ただ、フェアリーローズについては、いったいどういうバラなのか彼女に聞くことは永遠にできなくなった。

 あれから、三十年経った。清川は定年退職して趣味の生活を送っている。

 ある日、三ヶ月だけの教え子であった故・秋島美保の言っていたフェアリーローズをインターネットで調べてみた。するとある園芸ショップのページに「フェアリーローズ」という青バラが出ているではないか。説明を読むと、昨年発売された新作のバラということであった。

 清川は驚いた。三十年前に秋島美保はなぜフェアリーローズの出現を予言できたのだろう。名前だけならいい当てることもできようが、青バラであるところまで言い当てるのはどう考えても不思議だった。

七 

 ある日テレビの園芸番組を見ていると、バラの育種家が出ていた。

テロップには『バラ育種家。フェアリーローズなどを作出』とある。

その育種家の名前は秋島陽一。秋島、えっ秋島。あの秋島美保と関係があるのだろうか。調べて見ると、秋島陽一は故・秋島美保の兄であることがわかった。秋島陽一はフェアリーローズの作出について、

「三十年前に病気で亡くなった妹と約束したんです。将来青いバラを作ってみせるって。そうしたら妹が、そのバラができたらぜひ『フェアリーローズ』と名付けてほしいと言ったんです。三十年経ってやっと妹との約束を果たすことができました」というエピソードを明かしていた。

 清川は、切ない気持ちになった。あのとき秋島美保は兄と約束したバラについて班ノートに書いたのだ。彼女はそのバラを生きて見ることができないことを知っていたのだろうか。彼女の心の中で描いた青バラは、きっと美しいものであったに違いないと思われた。

清川は、すぐに近所のホームセンターを回りフェアリーローズの苗を買ってきた。しばらく鉢のまま育ててそのあと、地植えをした。

 本を見ながら切り戻しや剪定をした。その甲斐あってか、次の年の五月には青いバラが二輪咲いた。それは、楚々としてはかなく美しい青色だった。

 清川はそのバラを見て、秋島美保と三十年ぶりの同窓会をしたような気がしたのであった。

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