風わたる丘

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第159回古都旅歩き創作 「禅問答」

2017-06-09 14:13:43 | Weblog

古都旅歩き

 

第159回古都旅歩き 創作 

 「禅問答」  作 大山哲生

吉川は、峠山中学校の校長室で昼食をとっていた。今日は午後に校長会があるので少し早めの昼食である。

 まだ四時間目の授業の最中であるのでとなりの職員室は静かである。今日の校長会は長くなりそうである。しっかりと腹ごしらえをしておかなくてはならない。

 そのとき、教頭が校長室に顔を出し、「校長先生、お電話です」と声をかけた。

「はい、ありがとう」と切り替えて受話器をとると指導課からだった。

「吉川校長ですか。今度新採用者対象の研修会の講師をしていただけませんか。日にちは七月五日です」

「内容は」

「禅問答と教育といったものでお願いしたいと思います」

吉川は、しまったと思った。大学の卒論に仏教哲学をとりあげたことを誰かに熱く語ったことがあったが、それが指導課に伝わってしまっていたのである。

「研修の対象者は男女併せて五十四人。場所は京都の禅寺でお願いします」

 ここまで決まっているなら、吉川が今から断ることもできない。吉川は、渋々承諾した。

 研修の当日まで一ヶ月ある。禅問答にかかわる資料を集めているうちに、吉川はこの講師をますます難しく感じていった。こんなので九十分もしゃべる自信がない。

 そもそも、禅問答と教育とどういう関係があるのだろうか。だいたい指導課は何を考えているのだろう。吉川は、大いに疑問だった。しかし、すでに研修の案内は各校に配布されてしまっているから、新採用を感心させるくらいのことはしゃべらなければならない。

 吉川は、あれやこれやと考えをめぐらせたが、まあどうにかなるだろうと開き直った。時間が余れば、生徒指導の話でもすればいいだろう、と。

 当日は京都の禅寺に若い新採用の教員が五十四人集まった。全員が出席したようだ。研修に使う部屋は畳であるが、全員いす席で吉川のすわる講師席もいすである。この寺では囲碁や将棋のタイトル戦も行われたことがあるらしい。

 講師の紹介のあと、吉川は前に立って自己紹介をした。

「えー、私は吉川六郎と申します。峠山中学の校長をさせていただいています」そういって会場を見渡すとこんな研修は迷惑だという表情がありありと見てとれる。吉川は、これはだらだらと話をしてもだめだなと直感した。よし、質問してひとりずつ当ててやろう、と吉川は決めた。

「では、代表的な禅問答から。風が吹いて旗がはためいています。風が動いているのか旗が動いているのか、どちらでしょう。では当てていきますので自分の考えを答えてください」

 会場にざわざわと動揺が走る。皆姿勢を正して苦笑いをしている。

「そしたら、そこのあなた」

当てられた者は決まり悪そうに立ち上がると「私は風が動いていると思います」と言う。二人目をあてると「風も動いているかも知れないが、目に見えているのは旗。だから旗が動いていると言えると思います」と言った。

 数人をあてると、風派、旗派、両方派に分かれた。吉川は妥当なところだと思った。

「禅問答では、『おまえの心が動いている』なんていうことを師匠が言うようです」というと「なあんだ」というため息のような声が一斉に漏れた。

「これね、訳のわからない答えのようですが、授業中に発問して子どもたちに答えさせるとまさに『こどもの心が動く』わけです。今のあなた方のようにね」

若い教師たちは一様に頷いている。吉川は、我ながらかっこいいまとめ方をしたと思った。一応、禅問答の話はしたので指導課への義理は果たした。

吉川は、残り時間を生徒指導などの話に費やした。

全部話し終わると吉川は、コップの水を飲みながら「何か質問はありませんか」と言った。

「はい」と手をあげる者がある。体調がよくないのかマスクをしている。

「はい、どうぞ」と吉川は言った。

「私は、岡山の賀陽貞遠の子としてこの世に生を受けました。14才で得度し、その後中国へは二度渡り修行をしました。では講師の先生に質問です。こういうふうに拍手します。どちらの手が鳴りましたか」と話すとそのままいすに腰を下ろした。

 吉川は、この質問者が何を言いたいのかわからなかったが、ただ、最後に禅問答をしかけてきたことはわかった。

「えー、両手を打ち鳴らす、どちらの手が鳴ったかという質問ですが、ちょっと難しい質問で私の心が大いに動揺している音が聞こえます」

 会場に笑い声が響いた。マスクの質問者はそのまま座った。

「そう言えば」

吉川は考えた。

「今日の研修会で唯一の笑い声だったな。もう少し笑いをいれないと退屈しそうだな」

 吉川は、残りの時間をいい授業の仕方について自分の経験をまじえてしゃべった。

 翌日、吉川は指導課に電話した。

「昨日の研修会はまとまりのない話で申し訳なかったですね」

「いえいえ、なかなか有意義なお話でしたよ」

「まあ、全員出席してくれたことだけが救いですね。ハッハッハ」と吉川は笑った。

「いえ、一人だけ欠席していました」

「えっ、だって五十四人いましたよ」

「当日は指導課の者が受付にいまして確かに五十四人を確認しました。でも、欠席の連絡が一名あったんです」

「その人は欠席の連絡はしたが、やはり出席したとか」

「いえ、それはないです。校内で生徒指導にあたっていたのは校長も見ています」

「そしたら、なぜ五十四人いたんですか」と吉川は聞いた。

「それがよくわからないんですよ」と指導課の担当者はため息混じりに答えた。

 吉川は電話を切った。

 五十三人しかいないはずの研修会に五十四人いた。五十四番目の人間はいったい誰なんだろう。

 吉川は昨日の研修会を思い出した。そのとき、妙な違和感を感じた。

 そうだ、質問をしたあのマスクの男だ。たしか、岡山の賀陽貞遠の子としてこの世に生を受けたとか十四才で得度したとか言っていた。中国で修行をしたとも言っていた。

「これはひょっとすると」すぐに吉川は手元の書物を調べ始めた。

「やっぱりそうだ」吉川はすぐに指導課に電話をかけた。

「昨日の研修会で質問をした男だが、彼の言ってることはそのまま臨済宗の祖、栄西の生い立ちなんだ」

「えっ、そうですか。ぼくも聞いていて変なことをいう人だなと思いました。いくら目立ちたいからといっても悪質なジョークですよ」

「いや、あの質問をした男が栄西そのものだとしたらどうだろう。五十四人いた理由も成り立つわけだろ」

「そんな、馬鹿な」

 吉川は電話を切ると、信じられないことをぬけぬけと言った自分がおかしかった。

 吉川は、書物を何冊か調べているうちにある事実を発見した。

それは、昨日すなわち七月五日が栄西の命日ということであった。

 

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