風わたる丘

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第162回古都旅歩き創作 「赤いロボット人形」

2017-07-06 14:13:59 | Weblog

第162回古都旅歩き 創作

  「赤いロボット人形」 作 大山哲生

岸川紀夫、六十六歳。

岸川は、退職してからはカメラを持って京都の寺巡りをするのを楽しみにしている。

六月のある日、梅雨入り宣言はまだなのに朝から小雨が降っていた。この日は東寺に行こうと思っていたが、雨がその決心を鈍らせた。なぜ、東寺にと自問自答したが、なぜか東寺に呼ばれているような気がしてならなかったのである。

未練がましくテレビを見ていると天気予報では日中は晴れ間もあるということだったので、リュックとカメラを持って家を出た。

 近鉄の東寺駅から西に歩く。突然、眼前に巨大な五重の塔が見えてきた。岸川は少しわくわくした。カメラをバックから取り出すと首にぶらさげて準備万端整えた。

 東寺の境内は広い。東寺は平安時代に都が造営されたときの敷地が、欠けることなくそのままの広さで現存している唯一の施設である。だから東寺の広さを一つの単位として昔の平安京の地図が再現されたといわれている。

 東寺では毎月二十一日に弘法市と言って境内いっぱいに露店が並ぶ。京都の人にとっては北野天満宮の「天神さん」と並んで「弘法さん」と呼ばれて親しまれている。特に十二月の弘法さんは「終い弘法(しまいこうぼう)」と呼ばれ多くの買い物客で賑わう。

岸川は食堂(じきどう)に入った。左奥には、表面が焼け焦げてはいるがほぼ原型をとどめている四天王像が安置してある。

 その四体の像は巨大で、岸川の記憶では奈良の東大寺に似たものがあったような気がした。解説には、昭和五年の終い弘法の失火で建物が全焼したとある。岸川は焼け焦げてなおすごみのあるその像に圧倒されるような心持ちがした。

 その時「のんちゃん」という子どもの声がした。岸川をのんちゃんと呼ぶのは数人しかいない。すべて幼友達である。岸川はあたりをみまわしたが、子どもはいない。

「のんちゃん、ぼくや、やっちゃんやで」

やっちゃんと聞いて岸川の頭の中にある思い出が無理矢理呼び起こされた。それとどちらかというとあまり思い出したくないものであった。

「やっちゃんって、里見康男か」

声は焼け焦げた四天王像から聞こえている。

「そうや、里見康男のやっちゃんや」

「やっちゃん、なんの用や」と岸川は聞いた。

「のんちゃんらとかくれんぼしてたのに探しにきてくれへんからちょっとくたびれたわ」

「えっ、ぼくが探しに行くのをまだ待ってるんか」

「そうや、はよ見つけてえな。場所は七面山のかぶとのくぬぎ」とやっちゃんは言った。

「そんなあほな」と大きい声をだして岸川ははっと我に返った。周りの観光客が岸川を不思議そうにみている。

 六十年ほど前、岸川が小学校三年のときのことである。

 町内には、同級生の男子が三人いた。岸川紀夫と鎌田啓治と里見康男である。

岸川紀夫は、「けいちゃん」と「やっちゃん」にのんちゃんと呼ばれていた。

 十一月のある日、「おい、七面山に行ってかくれんぼしようか」とけいちゃんがいった。のんちゃんもやっちゃんも「おお、やろやろ」と応じた。

 七面山は京阪電車の深草駅から東に十分ほどにある低い山である。

 三人は七面山の中腹まできた。

「そしたら」とのんちゃんは言った。

「かくれるとこはあそこのがけまで。こっちはかぶとのくぬぎまでや。ほなじゃんけんしよ」

 のんちゃんが鬼になった。木にもたれて百数え終わってさがしに行く。しばらく走り回るとけいちゃんを見つけた。ところがやっちゃんが見つからない。小一時間も探しただろうか。やっちゃんは姿を現さない。

 夕焼けで西の空が赤くなった。

「やっちゃーん、もう帰るで」とのんちゃんは大声で叫んだが返事はない。

「けいちゃん、どうしょ。やっちゃん、おらんわ」

「やっちゃんは先に帰ったんと違うか。あいつときどき人をだまして喜んでたからたぶん先に帰ったんやで」とけいちゃんは言った。

「そやな、あいつ先に帰ったんやな」とのんちゃんは答えた。

 のんちゃんが家で晩ご飯を食べていると、やっちゃんのおばちゃんがあわてふためいてやってきた。

「やっちゃんがまだ帰らんのやけど、のんちゃん知らんか」と早口でまくしたてた。

 のんちゃんは、今日のかくれんぼについて話をした。

「わたし、探しにいってくるわ」とやっちゃんのおばちゃんは言った。

「おれもいくわ」とのんちゃんの父親が立ち上がった。かくして町内で十人ほどの大人が捜索隊を作って七面山に向かった。

 一時間ほどすると、おもてが騒がしくなった。のんちゃんの父親が帰ってきた。

「やっちゃんが死んだ。がけに柿の木があったから木に登って枝が折れてがけ下に落ちたようや」

 それから大騒ぎになったが、のんちゃんは何が起こったのかよく理解できなかった。ただ、やっちゃんのお葬式に出たのは覚えている。

 今まで、町内の友だちと遊ぶのがなにより楽しみだったのんちゃんであったが、やっちゃんが死んでからあまり外で遊ばなくなった。けいちゃんも同じ気持ちであったらしく、けいちゃんも遊ばなくなった。

 のんちゃんは、子ども心にやっちゃんが死んだ責任のようなものを感じていた。

「かくれんぼをしなかったらやっちゃんは死ななかった。七面山に行かなかったらやっちゃんは死ななかった」とぐるぐると同じことを考え続けていた。

 その後、のんちゃんは一駅離れた藤森の団地に引っ越しをした。

 そして、やっちゃんの記憶は少しずつ薄れていき過去のことになっていったのであった。

 岸川は、食堂(じきどう)を出た。お堂を出て、岸川は今の白昼夢のようなものについて考えた。四天王像からやっちゃんの声が聞こえたのは空耳だとしても、かぶとのくぬぎに隠れているなんて今はじめて知った事実である。知らないことが空耳で聞こえるはずはない。とすれば、やっちゃんの霊は本当にまだかくれんぼをしていて、あの焼け焦げた四天王像の姿をかりて私に話しかけたのか。

 岸川は、なんともいえない不思議な気持ちに包まれていった。

 次の日、岸川は懐かしい七面山に登った。かくれんぼをしたところは草が生い茂ってはいたが、あの日のままであった。がけは残っていたが柿の木はない。やっちゃんが死んでから、柿の木は切られたらしい。反対側にいくと、子どもの間でかぶとのくぬぎと呼んでいた木の、切り株だけがあった。かぶとむしがよくとれる木ということで町内の子どもはかぶとのくぬぎと呼んでいた。

 白昼夢の中でやっちゃんはわざわざ「かぶとのくぬぎにいる」と告げた。何かあるのかも知れないと思った岸川は、棒きれで根元近くを掘ってみた。なにもない。あきらめて帰ろうかと思ったとき、土塊の中から小さな赤いロボット人形が出てきた。

 岸川は、「あっ」と声を上げた。手で土を落としながらその人形を見ていた岸川の頭に、ある記憶が鮮明によみがえった。

再び。六十年前の伏見深草。

 のんちゃんの長屋の近くに、駄菓子屋があった。本業は傘屋であったようで、子どもの間では「傘屋」と呼んでいた。のんちゃんは十円で二回当てものをした。当てものというのはめったに当たらない。たいていは、はずれであめ玉ひとつというのが常であった。

 のんちゃんは当てものを二回したが、なんと二回ともロボットの人形が当たったのである。一生分の運を使い切ったくらいの出来事だった。のんちゃんは、人差し指くらいの大きさの青色と赤色のロボット人形を一つずつもらった。

 のんちゃんは傘屋からの帰りにやっちゃんに会った。

「やっちゃん、この赤い人形あげるわ。この人形をもってたら高いところからでもピヨーンピヨーンて飛べるんやで」とのんちゃんは言った。

「ほんまか。この人形もってたら高いとこから飛び降りてもへっちゃらやな」とやっちゃんは笑いながら言った。

「そうやで。おれも青いのを持ってるから飛ぶのが得意になるんや」とのんちゃんも応じた。

七 

岸川は、土のついた赤いロボット人形を手のひらにのせてやっちゃんを偲んだ。

「やっちゃん、見つけたで」と小さな声で岸川は言った。

 このとき岸川の心にはあることが引っかかっていた。それは、ひょっとするとやっちゃんは、あの時岸川の言った「高いところからでも飛び降りられる」という言葉をそのまま実行してしまったのではないか、ということである。

「やっちゃん、ごめんな」とつぶやきながら、岸川は生い茂る草の中で泣いた。

 

 後日、岸川は東寺の食堂を再び訪れた。

 焼け焦げた四天王像の前に立つと、

「やっちゃん、七面山で赤いロボット人形を見つけたで。長いかくれんぼやったな。やっちゃんと遊んだ日々は忘れない。やっちゃん、成仏しいや。ぼくはもう少しこの世でがんばってみるわ」とつぶやいた。

 そのとき、左から二番目の像が、微笑んだような気がしたのであった。

 

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1 コメント

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不思議が一杯(^^♪ (光台のお友達)
2017-07-20 09:08:45
暑中見舞いを有難うございますm(__)m

今日も楽しく読ませて頂きました(^^♪

不思議一杯凄く読み易く楽しいです。

どう見ても長州藩の間諜?とは思えませんのですが。。微塵も間諜らしく見せない所が間諜の中の間諜?マイスターMr匠?なのかも知れませぬね?(笑)

大山さまのお人柄が素敵です(^^♪

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