追憶の途上

魂の記憶

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終着駅のない旅へ

 | 追憶の途上
「なんで繋がらんねん!?」

接続が途切れたことを知らせる耳慣れない機械音を聞き,僕は途方に暮れていた.

京都の夜,特に早朝未明の時間帯は,たとえそれが夏であろうと涼しいとすら感じるほどの気温になる.

限度を越えることもあって,時にはむしろ寒いと感じることさえあった.

だがここでは違う.

亜熱帯の真夜中は昼ほどではないが,やはり暑く湿度が高いことも手伝って,たった5分の外出でも僕の皮膚は汗ばんでいた.

一方で,この電話機はといえば,まるで機械に意思があるかのように,どうしても内線に繋がってくれない.

既に受話器を置くのはこれで3度目で,もう一度かけようと試みれば,もう一度受話器を置く回数を増やすだけだと容易に想像できる,そんな絶望感.

道行く人に電話の掛け方を聞かとも思ったが,もう深夜の12時を過ぎていて,人通りも少なかった.

100 m程のところを通る高速道路の橙色の灯りが,更に寂しさを醸し出した.

「慣れない事するんじゃないなぁ.」

電話番号を聞いた時に,もうちょっと詳しく連絡方法を聴いておけばと少し後悔したけど,今更何にもならない.

大体普通に公衆電話の掛け方さえはっきりしないのに,内線にまで繋ぐのはどだい無理な話だった.

誰か,助けてくれそうな人は通りかからないか?

辺りを見回して,親切そうな人を探す.

・・・.

あ,いた,あの人に聞いてみよう.

それが彼と僕との出会いだった.







彼は僕よりも若干ぶ厚い唇と褐色の肌という,典型的な南方系の顔立ちをした青年だった.

年のころは僕と似たり寄ったり.

聞けば23歳だと言う.

「日本に行った事があるんだ」

つたない英語で彼が語るを聞くに,東京に友達がいて,その友達の家に行った事があるのだそうだ.

その友達は,親の仕事の関係で以前こちらに住んでいたが,再び日本に戻ることになったとのこと.

僕を安心させてくれているのか,彼の持つ日本についての知識を語ってくれた.

彼はこんな遅くにまだ食事を摂っていなかったようで,近くの屋台で弁当を購入し,その帰り道に僕に捕まったようだった.

彼は僕の示した電話番号に電話をかけようと努力してくれたが,やはり繋がらない.

もう一度挑戦してみたものの,やはり僕が掛けたときと同じようにいたずらに受話器を置く回数を増やしただけに終わった.

受話器を置いた彼は,僕の意中に浮かびすらしなかった提案をもちかけたのだ.

「家が近いんだ.同僚が同じマンションに住んでる.助けてくれるかも.来るかい?」

その時,僕は全く警戒心を示すどころか,驚きすら感じた.

そして

「こんな時間にお邪魔してもいいなら,是非助けて欲しい」

と答えた.

彼とこうして会話しているのは僕が話しかけたからだ.

もし彼が悪人なら,向こうから話しかけてくる.

むしろ,深夜12時過ぎに路上で声をかけてきた外国人を自宅に招くなどという,危険極まりない行為を買って出てくれるのだ.

「僕が彼の立場なら,同じことが出来ただろうか・・・?」

そう自分に問いかけた瞬間,彼は僕にとって幾時間もの刻を共に過ごした親友となっていた.





そんな2年半前の出来事を思い出しながら,僕は窓の外に広がる光景に目をやった.

緩やかに高度を落とした飛行機はタキシングのためにその機首と両翼からギアを降ろし,スピードを極限にまで落とした.

軽微な振動をクルーと乗客に与えた後,着陸した飛行機はタキシングを開始して僕たちをターミナルへと運んだ.



空港から1時間余り後のこと,僕はかつて訪れたあの街の中心街に,かつてと変わらぬいでたちで立っていた.

最後にここを訪れたのが1年半前だったためか,久しぶりに眺める街の変遷はめまぐるしい.

毎日この街に住んでいたなら,日々刻々と流れる微々たる変化など気づかなかったろう.

メインストリートが交わるこの交差点に架かっていた鉄製の無骨な立橋は取り壊され,新しくできた地下鉄の路線に繋がる清潔で近代的な地下道がその役割を引き継いでいた.

銀行のATMで現地通貨を引き出した後,僕は慣れた手つきで地下鉄の切符を購入し,アメリカ風の3本の棒が回転する改札機を通り抜けた.

初めてこの街を訪れた時には開通したての地下鉄だったが今では市民の足として定着しており,利用者数の増加に伴って,運賃の値下げといううれしいサプライズを経験した.

僕は北へ向かう地下鉄に乗る.

およそ5分ごと,恐らくラッシュ時には3分ごとにホームに入ってくる地下鉄を待つのに不快感はない.

乗車駅から4つ目の駅で下車して西に向かう.

「変わってないんだな,この辺は・・・.」

そんなことを思いながら,僕は以前来たことのある建物の前に立ち止まった.

近所のおばさんが僕に何か言っている.

僕は現地語がよく分からない.

何を言っているか分からなかったが,言いたい事はよく分かった.

理解できた内容が「散歩に行っている」ということなので,僕はその建物の前で待つことにした.



どれくらい待っただろうか.

きっと10分ぐらいだったのだろう.

若いゴールデンレトリバー2匹に引っ張られた彼は,僕を見つけるや否や少しはにかんだ笑顔を見せた.

まるで昨日も一昨日も,毎日会っていたような変わらぬ笑顔だった.



人が生まれてから死んでいくまでの,長くもあり,そして短くもある時間.

生命の途上.

それがどのような人生であっても,やがて死にゆくものなら,精一杯生きたい.

一度しか通ることのない旅路であるからこそ,精一杯旅をしたい.

そして,その過程で見るもの,経験するもの,或いは過程そのものが「途上」なのだと僕は自分自身に語りかけた.

これまでに,そしてきっとこれからも僕たちはその人生の途上において,数々の変化にさらされるのだろう.

生き続けることは,即ち変化の途上にあるに他ならない.

当初あったものは,その形を変えて存在し続けるかも知れないし,もしかしたら失われてしまうのかもしれない.

僕らが老いて,互いの表情に深くしわが刻まれる日が来た時に今見た笑顔も変わってしまうのか.

そう考え,一瞬暗く沈んだ僕だったが,見つめた彼の笑顔に刻まれたのであろう年月と共に,深みを得たやさしさを見出した.



「やあ,元気にしていたか?」

そう彼は問いかけた.

・・・,ありがとう.

珠玉の友情に出会えたことに感謝.

僕らがそれぞれの人生の途上で互いに変わっていくのなら,もっとやさしく,もっと深く,もっと熱くあろう.

そして,互いに老いて死ぬまで,いや,魂が存在するなら来世も再来世もこの友情が続かんことを.



僕は彼の問いかけには答えず,誰に語りかけるでもなくつぶやいた.



「・・・僕は帰ってきたよ.」






being on the road...途上であること
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