家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

富士山も南アルプスも見えた

2017-02-13 16:23:09 | Weblog
海鮮料理を食べて刺身を残すなんてこと考えられない。

だが毎回この事実は起きてしまう。

タイとヒラメが舟盛りで出てくる。

舟にはアワビもサザエも刺身で乗船している。

舟以外にはイセエビ カニ ナマコ イカ刺し などがテーブル狭しと並ぶ。

ビールで乾杯したあとには金目鯛の煮付けが出てきて日本酒の熱燗を飲んでいると「さあ、これから食べてね」と言ってカサゴのフライあん掛けが出てくる。

もう食べるのに忙しくて飲むことを忘れるほどだ。

男7名で食べたにもかかわらず今年も残ってしまった。

という竜宮城状態の翌朝西伊豆を走っていると富士山も南アルプスもはっきり見えた。

青い海の上に陸地があり雪を頂いた富士山や南アルプスの山々が空の下に連なって見える。

我が国土が、いかに美しい姿をしているのかが、はっきり実感できた。

近すぎて見えない景色は、ちょうど良い距離を置くと、こんなにも感動できるものなのだ。

いったい何度この道を走ったことか。

なのに今まで見たこともない美しさなのだ。

昨日の竜宮城にはいつも声かけしてくれる中心人物が欠席した。

彼は昨年12月に突然先立ってしまった。

こうして集まった友人たちと一緒にいると気が楽になり当然冗談も飛び出す。

彼と一対一では、まだ癒されていない部分が鮮血を滴らせそうだ。

一対全員なら怖くない。

この鮮明な富士山を彼に見せたいと思わない。

なぜならこの景色は彼からの贈り物に思えるからだ。

松崎にある山の家という野天風呂に入った。

熱めの湯は湯船に入ると一瞬にして癒しの温度に変わる。

「ああー」と口から流れ出る。

空は青く小鳥たちが逆光で黒く見える枝の間を飛び回る。

皮膚から浸透してくる何ものかが我が身の深部にまではびこっていた何ものかを追い出す。

自宅の風呂では出て行かない何ものかが、この露天では簡単に出て行く。

楽しいという掛け替えのない幸せは辛さ悲しさを乗り越えさせる仲間によって強く生み出される。

あの人恋しい彼は、この喜びを常に浴びていたかった。

その人恋しい彼に連れて行かれないように帰路は安全第一で走った。

ひょっとしたら、この考え方これも彼の贈り物かも知れないなぁ。
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