前回、極小独立国家というのも、いいんでないかい?という突飛な妄想を書いた。悪乗りして、ますますしょーもない続編を。「こんな国」を覗いてみた……という妄想である。(馬鹿話してる暇があったらもっと現在の切実な問題を真面目に考えろとおっしゃる方もあるだろうな……すみません。実はこのところ心身の調子が悪い。ペースを取り戻すためには好きな本を淫するように読みふけるか、くだらないことを考えるのが一番……少なくとも私の場合は。というわけで、覗いてくださってあきれかえった方、御容赦のほど)
言い訳めいた前置きはそのぐらいにして――
2×××年3月◇日(土曜)午前10時前
場所はアサボラケ国の役場……ではない、国会議事堂前の大広場。
10時から今月の住民総会……ではない、国会が開催されるので、広場には三々五々住民が集まりつつある。議事堂は鉄筋コンクリート造の堂々4階建てで中にちゃんと大会議室もあるのだが、気候のいい時はたいてい広場で開催されるのだ。
80年ばかり前に「日本」という名で呼ばれていた国は既に存在せず、現在はほとんど無数と言ってよいほどの極小国家に分かれている。こんな形になったのは、「旧日本」ばかりではない。実は100年ほど前から世界中でミニ国家の独立が相次ぎ、結果として昔の国名は跡形もなく消えてしまった例もいくつかあるのだ。世界中見渡せばミニ国家といっても人口100万人単位の所もあるが、アサボラケ国はミニ中のミニ。山林がある関係で国土の割に人口は少なく、7000人にやや欠ける。弱小国、などと言う人もいるが、住民、いや国民は気にしていない。なぜなら人口が少ないせいで、直接民主制を実施できるからだ。定期国会は毎月1回、ほかに何かあれば臨時国会が開かれ、そのつど18歳以上の国民が議事堂に集まる。むろん出席率100%とはいかないが、50%以上の出席がなければ議会が成立しないので、隣近所で誘い合わせて出かける習慣がつき、いつもだいたい60%は堅い。
山田一太郎も妻の春子と一緒にやって来た。友人の鈴木良夫一家がゴザを敷いて座っているのを見つけ、自分達も隣に持参のゴザを敷く。ちょっと挨拶をかわした後、開会までの時間を世間話でつぶす。
「今日は、みいちゃん達は一緒に来んかったんか」と良夫が聞く。みいちゃんというのは一太郎・春子の長女で、アサボラケ国立銀行で働くシングル・マザー。昔は銀行といえば合併に次ぐ合併で巨大組織だったらしいが、今はどの国でも従業員100人に満たないのが普通である。アサボラケ国立銀行の場合など、せいぜい50人程度ではないか。その娘は去年、ナニワ国の大学を卒業した。ナニワ国はアサボラケ国から約200キロ離れた、この地域最大の国。アサボラケ国にはまだ大学はなく、大学に進学したい若者はみな外国の学校に行かねばならない。比較的近いヘイジョウ国あたりの大学なら自宅から通学できるが、ナニワ国の場合は難しく、一太郎の孫娘も在学中は大学の寮に入って週末ごとに帰国するという生活であった。卒業後はこちらで小学校の教師をしている。
「いやあ、実は今日は孫の結婚式なんや。当人同士と親だけでやるっつうことやから、ワシらは出んけどな」
「えっ。知らんかった。相手は何処の息子や」
「おまえは知らんわ。ナニワ国のほうで、知り合うたらしい。イセ国の生まれや言うてた」
「えっ。イセ国の子ォと、コクサイケッコン」と良夫は目を丸くしたが、別に国際結婚に驚いたわけではない。今日び、国際結婚など珍しくも何ともなく、アサボラケ国の国民にしても国際結婚の方がはるかに多い。驚いたのは、イセ国という相手の男の所属国に対してである。イセ国は王制を採っている。国王はテンノーと呼ばれ、旧日本国の「象徴」と呼ばれた一族の末裔であるらしい。一太郎も良夫も詳しいことは知らないが、テンノーはシントウと呼ばれる宗教の祭主でもあるらしい。ほかにもナス国とかハヤマ国とか、いくつかテンノーの一族を元首として戴く国があり、それらの国々は宗教的な親近感に基づく友好条約を結んでいる。それはともかくとして、これらの国家は国民のほとんどがシントウの信者であると聞く。
こういう「ひとつの宗教の信者達が集まった国」は、ほかにもある。そして、シントウの信者は他の多くの宗教の信者がそうであるように、異教徒との結婚をしぶる。国際結婚が当たり前とはいえ、良夫らの知る限り、これまでアサボラケ国民がイセ国の国民と結婚した例はない。イセ国は鎖国しているわけではないが、帰化条件が厳しいとか、信者以外の他国人が観光であれ商用であれ3日以上滞在する場合はビザが必要であるなど、他国との交流にやや消極的なせいもあるだろう(もっとも、そういう国はシントウ国家以外にも幾つもあるが)。
「いや、生まれがイセ国いうだけや。別にシントウの信者いうわけやないんやと。で、大学出てすぐナニワ国の国籍取ったそうや。仕事もナニワ国でしとる」
「ふうん。で、国籍はどうするんや」
ミニ国家がひしめき合うようになってから、いくつも国際条約が結ばれた(むろんすべての国が、すべての条約に調印しているわけではないが)。そのひとつに、夫婦が別々の国籍を取得することを認める、というものがある。婚姻関係を結ぶのは個々人の問題であり、夫婦は法律上の単位ではないという考え方から出てきたものだが、国籍が違うと実生活上で面倒なことが多く、別国籍の夫婦はごく稀にしか見られない。
「こっちの国籍にするらしい。婿になる子ォは、アサボラケ国が好きで、ここに住みたい言うとるそうやし」
「そやかて、ここからナニワ国まで通うのは難儀やで。あんたの孫娘は職場が近くてええやろけど」
「いや、こっちで働きたいんやて」
「ふうん」と良夫はちょっと嬉しそうな顔をする。アサボラケ国の人口は7000人弱だが、これでも随分増えたのである。独立国家になった頃は、5000人台であったらしい。人口が増えたのは出産が多いためではなく、ここ20年ばかりの間に他国からの帰化者が相次いでいるためだ。むろんアサボラケ国から他国に国籍を移す者もいるが、それよりも帰化する人数の方が多いため、じりじりと人口が増えてきた。やたらに増えるのも困りもの、という面はあるが、この国に魅力を感じてくれる人が多いのは国民にとって快い話だ。途中で随分失敗もしたが、すべて自分達で決め、自分達で手作りしてきた国なのだから。
突然、春子が「あっ、ばばさまが来た」と叫んだ。視線の向こうに、車椅子に乗った婆さんの姿が見える。アサボラケ国最高齢者、そして首相の田中アンナさんだ。いやしくも?独立国である以上、元首(代表)は必要である。元首の選び方は国によってさまざまだが、30年ほど前まで、この国では議会の議長が首相を兼ねていた。ちなみに議長は選挙によって選ばれるのではなくくじ引きで決まっていたのだが、何の権限もない飾りであっても、1度はなってみたい人間はいるらしい。くじの不正が続出してゴタゴタした結果、国会で「最高齢者を首相にしよう」ということに決まったのだ。108歳の田中アンナさん(彼女が生まれた頃は、子供にカタカナのしゃれた?名前をつけるのがはやっていたらしい)が首相になったのは2年前。当時から多少ボケて……ではない、認知症のケがあったが、首相の仕事など大したものではない。他国との外交の場で挨拶してさまざまな文書に署名するとか、国会の開会時や学校の入学式・卒業式で挨拶するといった程度だから、少しぐらいトンチンカンでも用は足りる。入学式で「あけましておめでとう」と言ったり、国家公務員が作成した短い挨拶の言葉も忘れて突然にオペラのアリアを歌い出したりすることもままあるが、それもまあご愛敬だ。アンナさんはむかし声楽家として活躍していた人なので、今でも(さすがに声量は衰えたが)声はいい。実のところ、紋切り型の挨拶よりも、ソプラノの詠唱を聴くほうがいいと思っている人も少なくない。
そしてひとつ大事なことは、アンナさんは現在のような極小国家乱立になった時代の生き証人でもある。かつて日本と呼ばれていた国が音を立てて崩壊し始めた頃はまだ子供だったそうだが、その後20年近く続いた動乱は目の当たりに見聞きしている。歴史の証人としても貴重な人物なのである。何しろ当時の事情を知っている人は次々と亡くなっているのだから……。
首相が到着し、いよいよ国会の開幕――続きは適当な時に、また。
言い訳めいた前置きはそのぐらいにして――
2×××年3月◇日(土曜)午前10時前
場所はアサボラケ国の役場……ではない、国会議事堂前の大広場。
10時から今月の住民総会……ではない、国会が開催されるので、広場には三々五々住民が集まりつつある。議事堂は鉄筋コンクリート造の堂々4階建てで中にちゃんと大会議室もあるのだが、気候のいい時はたいてい広場で開催されるのだ。
80年ばかり前に「日本」という名で呼ばれていた国は既に存在せず、現在はほとんど無数と言ってよいほどの極小国家に分かれている。こんな形になったのは、「旧日本」ばかりではない。実は100年ほど前から世界中でミニ国家の独立が相次ぎ、結果として昔の国名は跡形もなく消えてしまった例もいくつかあるのだ。世界中見渡せばミニ国家といっても人口100万人単位の所もあるが、アサボラケ国はミニ中のミニ。山林がある関係で国土の割に人口は少なく、7000人にやや欠ける。弱小国、などと言う人もいるが、住民、いや国民は気にしていない。なぜなら人口が少ないせいで、直接民主制を実施できるからだ。定期国会は毎月1回、ほかに何かあれば臨時国会が開かれ、そのつど18歳以上の国民が議事堂に集まる。むろん出席率100%とはいかないが、50%以上の出席がなければ議会が成立しないので、隣近所で誘い合わせて出かける習慣がつき、いつもだいたい60%は堅い。
山田一太郎も妻の春子と一緒にやって来た。友人の鈴木良夫一家がゴザを敷いて座っているのを見つけ、自分達も隣に持参のゴザを敷く。ちょっと挨拶をかわした後、開会までの時間を世間話でつぶす。
「今日は、みいちゃん達は一緒に来んかったんか」と良夫が聞く。みいちゃんというのは一太郎・春子の長女で、アサボラケ国立銀行で働くシングル・マザー。昔は銀行といえば合併に次ぐ合併で巨大組織だったらしいが、今はどの国でも従業員100人に満たないのが普通である。アサボラケ国立銀行の場合など、せいぜい50人程度ではないか。その娘は去年、ナニワ国の大学を卒業した。ナニワ国はアサボラケ国から約200キロ離れた、この地域最大の国。アサボラケ国にはまだ大学はなく、大学に進学したい若者はみな外国の学校に行かねばならない。比較的近いヘイジョウ国あたりの大学なら自宅から通学できるが、ナニワ国の場合は難しく、一太郎の孫娘も在学中は大学の寮に入って週末ごとに帰国するという生活であった。卒業後はこちらで小学校の教師をしている。
「いやあ、実は今日は孫の結婚式なんや。当人同士と親だけでやるっつうことやから、ワシらは出んけどな」
「えっ。知らんかった。相手は何処の息子や」
「おまえは知らんわ。ナニワ国のほうで、知り合うたらしい。イセ国の生まれや言うてた」
「えっ。イセ国の子ォと、コクサイケッコン」と良夫は目を丸くしたが、別に国際結婚に驚いたわけではない。今日び、国際結婚など珍しくも何ともなく、アサボラケ国の国民にしても国際結婚の方がはるかに多い。驚いたのは、イセ国という相手の男の所属国に対してである。イセ国は王制を採っている。国王はテンノーと呼ばれ、旧日本国の「象徴」と呼ばれた一族の末裔であるらしい。一太郎も良夫も詳しいことは知らないが、テンノーはシントウと呼ばれる宗教の祭主でもあるらしい。ほかにもナス国とかハヤマ国とか、いくつかテンノーの一族を元首として戴く国があり、それらの国々は宗教的な親近感に基づく友好条約を結んでいる。それはともかくとして、これらの国家は国民のほとんどがシントウの信者であると聞く。
こういう「ひとつの宗教の信者達が集まった国」は、ほかにもある。そして、シントウの信者は他の多くの宗教の信者がそうであるように、異教徒との結婚をしぶる。国際結婚が当たり前とはいえ、良夫らの知る限り、これまでアサボラケ国民がイセ国の国民と結婚した例はない。イセ国は鎖国しているわけではないが、帰化条件が厳しいとか、信者以外の他国人が観光であれ商用であれ3日以上滞在する場合はビザが必要であるなど、他国との交流にやや消極的なせいもあるだろう(もっとも、そういう国はシントウ国家以外にも幾つもあるが)。
「いや、生まれがイセ国いうだけや。別にシントウの信者いうわけやないんやと。で、大学出てすぐナニワ国の国籍取ったそうや。仕事もナニワ国でしとる」
「ふうん。で、国籍はどうするんや」
ミニ国家がひしめき合うようになってから、いくつも国際条約が結ばれた(むろんすべての国が、すべての条約に調印しているわけではないが)。そのひとつに、夫婦が別々の国籍を取得することを認める、というものがある。婚姻関係を結ぶのは個々人の問題であり、夫婦は法律上の単位ではないという考え方から出てきたものだが、国籍が違うと実生活上で面倒なことが多く、別国籍の夫婦はごく稀にしか見られない。
「こっちの国籍にするらしい。婿になる子ォは、アサボラケ国が好きで、ここに住みたい言うとるそうやし」
「そやかて、ここからナニワ国まで通うのは難儀やで。あんたの孫娘は職場が近くてええやろけど」
「いや、こっちで働きたいんやて」
「ふうん」と良夫はちょっと嬉しそうな顔をする。アサボラケ国の人口は7000人弱だが、これでも随分増えたのである。独立国家になった頃は、5000人台であったらしい。人口が増えたのは出産が多いためではなく、ここ20年ばかりの間に他国からの帰化者が相次いでいるためだ。むろんアサボラケ国から他国に国籍を移す者もいるが、それよりも帰化する人数の方が多いため、じりじりと人口が増えてきた。やたらに増えるのも困りもの、という面はあるが、この国に魅力を感じてくれる人が多いのは国民にとって快い話だ。途中で随分失敗もしたが、すべて自分達で決め、自分達で手作りしてきた国なのだから。
突然、春子が「あっ、ばばさまが来た」と叫んだ。視線の向こうに、車椅子に乗った婆さんの姿が見える。アサボラケ国最高齢者、そして首相の田中アンナさんだ。いやしくも?独立国である以上、元首(代表)は必要である。元首の選び方は国によってさまざまだが、30年ほど前まで、この国では議会の議長が首相を兼ねていた。ちなみに議長は選挙によって選ばれるのではなくくじ引きで決まっていたのだが、何の権限もない飾りであっても、1度はなってみたい人間はいるらしい。くじの不正が続出してゴタゴタした結果、国会で「最高齢者を首相にしよう」ということに決まったのだ。108歳の田中アンナさん(彼女が生まれた頃は、子供にカタカナのしゃれた?名前をつけるのがはやっていたらしい)が首相になったのは2年前。当時から多少ボケて……ではない、認知症のケがあったが、首相の仕事など大したものではない。他国との外交の場で挨拶してさまざまな文書に署名するとか、国会の開会時や学校の入学式・卒業式で挨拶するといった程度だから、少しぐらいトンチンカンでも用は足りる。入学式で「あけましておめでとう」と言ったり、国家公務員が作成した短い挨拶の言葉も忘れて突然にオペラのアリアを歌い出したりすることもままあるが、それもまあご愛敬だ。アンナさんはむかし声楽家として活躍していた人なので、今でも(さすがに声量は衰えたが)声はいい。実のところ、紋切り型の挨拶よりも、ソプラノの詠唱を聴くほうがいいと思っている人も少なくない。
そしてひとつ大事なことは、アンナさんは現在のような極小国家乱立になった時代の生き証人でもある。かつて日本と呼ばれていた国が音を立てて崩壊し始めた頃はまだ子供だったそうだが、その後20年近く続いた動乱は目の当たりに見聞きしている。歴史の証人としても貴重な人物なのである。何しろ当時の事情を知っている人は次々と亡くなっているのだから……。
首相が到着し、いよいよ国会の開幕――続きは適当な時に、また。











もっとも,ヘルヴェチアの場合はちょっとえげつない部分もありますが……。結構,理想化してあの国を見ている人も多いし。(^^;)
# Helvetia というのはラテン語の正式名。フランス語だと helvetique になりますな。
日本人は本来のどかな民族のはずなのに、いつの間にか隣人・隣国に対する冷酷さと敵意が日本人の心を支配するようになっているように思えてならない今、このような適正規模の共同体ののどかな風景と、異なる共同体が平和裏に共存する姿を私たち一人一人が想像してみるのも悪くない。
この第二話、福島県矢祭町がインスピレーションのもとかと思ったのですが、ちがいますでしょうか?
続編、続々編、続々々編を期待します。
吉里吉里人のヘタクソななぞり、というのが近いかもですね(笑)。でも、小さい子供の頃、どこかでほったらかしにされてる物置なんぞに、「オイラたちの独立宣言」なんぞといって立てこもったりしませんでした? そんなくだらん遊びはせんかった? シツレイ。
村瀬さん、どうも。矢祭町ですか?その町のことは実はほとんど知らないのです(無知)。おもしろそうですね。どんな町なのでしょう?
http://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020004&WIT_oid=icityv2_004::Contents::1184
私が聞き知っている話だと、すでに当選回数を重ねた山田町長(名前うろ覚えですが)が引退しようとしたら、市長を慕い評価する町民に必死に引き止められたというエピソードがあります。市長や助役の給与を下げ、行政の透明化を推進し、国から独立独歩を貫く、そういう町です。また、住基ネットへの参加を拒み通している数少ない自治体の一つでもあります。