華氏451度

我々は自らの感性と思想の砦である言葉を権力に奪われ続けている。言葉を奪い返そう!! コメント・TB大歓迎。

「留学生の素朴な疑問」に答えてみた

2007-04-24 22:55:12 | 雑感(貧しけれども思索の道程)

 luxemburgさんが、自宅で預かった短期留学生から出た「素朴な疑問」を紹介しておられる。「私なりに全て答えたが、非常に難しかった」そうだ。「Under the Sunの皆さんならこれらの問題にどのようにお答えになるだろうか」という一文もあったので、Under the Sunの隅っこにいる1人として私もちょっと考えてみた。熟考したわけではなく、考えている途上なのだけれども、いったん答えを試みる(それぞれの質問についての詳しい説明は、上記のエントリをお読み下さい)。

1. どうしてみんな制限速度を守らないのか
 
 これは私にとって、今まで考えてもみなかった問題だった。ひとつには自分が車を運転する習慣がないため、実感としてわからないということもある。したがってどう考えればいいか迷うのだけれども……。もしかすると日本では、「法律はオカミの都合で勝手に決めているものであり、国民とはあまり関係ない」という感覚が底流に流れているのかも知れない。あっ、そう考えれば政治に対する関心の低さも頷けるなぁ。

2. 憲法9条というモデルは日本に成功をもたらしたと考えられるが、どういう必要があって変えるのか
 変えたい理由は、堂々と軍事力を持ちたいからだ(現在もむろん実質的には軍事力はもっているのだけれども)。集団的自衛権とやらを正当化したいと思っているのだ。だが、積極的に「変えたい」「変える必要がある」と思っている人達は、そんなに多くない。大多数は、変える必要性を感じていないと思う。どんなことでも「今、現在あるもの」を変えようとする声が大きく響くのは当たり前で(今のままでいいんじゃないの? と思っている人は特に大声を上げたりしない)、それは決して多数の声ではないことを世界に訴えたい。

3. どうして安倍は明らかに日本の威信を傷つけるとわかりながら、従軍慰安婦などの問題であのようなことを言うのか
 威信を傷つけるなどとは思っていないから、言うのである。彼は逆に、過去の過ちを認めれば威信が傷つくと思っているのだ。よく考えれば変な話だが、「自分が間違っていた」の一言が言えず、かえって何だかんだと屁理屈をこねて強引に「自分が正しい」ことにしてしまう人間は(日本だけではなく、おそらく世界中に)時々いる。ちょっとでも弱味を見せるのがイヤなのだ。それは本当はひ弱な人間であることの証拠なのだけれども。こういう首相を持つことは、日本の恥である。  

4. 日本はどうして死刑を廃止しないのか
 死刑廃止を訴える声も多いのだが、いまだ廃止への道は遠い感もある。なぜだろう。……おそらく「悪いことをすれば罰を受けるのは当然」で、特に悪いことの極みである殺人を犯した場合などは「自分の命で償うべき」という感覚が根底にあるのだろうか。そして死刑廃止を言う場合のひとつの理由は「国家に、人間の命を奪う権利まで与えていない」ということなのだが、その観点は抜け落ちることが多い。「国家と個人」を対峙させて考える習慣があまりないせいかも知れない。 

5. 何故石原を選ぶのか
 石原は200万票を超える得票数で当選したが、東京都の有権者数は1000万余。つまり石原を「支持」しているのは都民の20%程度である。残りは反石原か、もしくは「カンケーねぇよ」。問題は次の疑問にもある「投票率の低さ」だ。

6. 何故日本の選挙はここまで投票率が低いのか
 まさしく、「どうでもいい」と思っている人が多いのだろう。政治に何か期待するのは間違いだ、何を言ってもムダさとか、勝手にやってろと思っているのだ。

7. 日本人はNHKを公正と信じているのか
 多分、公正だなどとは思っていない。というと言い過ぎかも知れないが、無条件に信じているわけではないと思う。

8. 何故大学生は勉強しないのか
 私も勉強しない学生だったから恥じ入るばかりだが……ひとつ言えるのは日本の場合、小学校からずっと勉強というのは「つまらないもの」だからかも知れない(いや、おもしろい面もあるのだけれども)。「なぜなのか」「自分はどう思うか」とゆっくり考える余裕なく、慌ただしく「知識」を詰め込む。あまりおもしろくないけれども、やっておかないと将来苦労するよとか、やっておかないと損するよと言われて義務としてやり、その延長で大学にも行く……からではないだろうか。勉強というのは義務ではなく権利なのだとわかったとき、大学生も勉強するようになると私は思う。

◇◇◇◇◇

「最終的に彼の一番大きな疑問は、どうして日本人はここまで悪い政治に黙っているのか、ということであった」と、luxemburgさんは終わりの方で書いておられた。

 うーん、なぜだろう。もしかすると日本人はかなりのニヒリストなのだろうか。「こんな国、どうなってもいい」と思っているのだろうか。これはちょっと落ち着いて考えてみよう……。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント (5)   トラックバック (3)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「恩」という言葉のまやかし | トップ | クーデターを許すな »
最近の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます! (luxemburg)
2007-04-24 23:50:46
こんな中途半端なエントリーに謎の童話作家、華氏451度さんからのお答えをいただけるとは感激です。私がどう答えたかという話題が忘れられたところでそのままにしようと思っていたのですが、書かなければ、と思っております。

「大学生が勉強する」の中身の問題では? (kaetzchen)
2007-04-25 00:57:10
3月まで半年間,某公立大の理系学部で教えてた kaetzchen です.学生が勉強するかどうかは,大学の雰囲気・1年次のしつけ・学部学科の違い・卒業時に国試などがあるか……などの様々な要因があるのではないかと思いますよ.

詳細は McRash さんの「日本の大学はディプロマ・ミル?」 http://mcrash-f2.workarea.jp/archives/2007/02/post_112.html にもちょこちょことコメントしておきましたので,皆さんも大学史の復習として読まれておかれると幸いかと.

うちの学科の場合は4年卒業時に,あたしの学科の場合も卒業時に国家試験がありましたから,どうしても詰め込み・がり勉にならざるを得なかった部分はありましたね.(但し国立の薬学部になるとわざと国試を受けずに研究者になる男子学生が結構いる) まぁ,医・歯・薬・獣医は実質的に博士課程まで9年制ですから,やむを得ない部分もあります.

つまり,luxenburg さんたちの議論は大多数の「私立文科系」ばかりで,私ら少数派の理科系の詰め込み地獄のことなんか完全に無視されてるんだなぁ(笑)

んで,お遊び私立文系へのとりあえずのお薬.
1)語学の単位で苦しめる.2年までに第1を16単位・第2を12単位・第3を8単位,最低でも取らないと退学にする(笑) ちなみにあたしは12・12・8・8取りました.せっかくの暇な教養軌間は語学に没頭しましょう.できれば数学もやって欲しいけど.

2)いまの30代に多いんだけど,他人を見下すバカが多い.喜怒哀楽のコントロールができないのか,へらへら笑ってると思ったらいきなりキレる.この4月から奨学金がもらえて,目が見えなくなっても良いように臨床の某診療科のレジデントになりまして,この手のバカの十年前の青春時代の分析をしてたり.ただ,目が見えないと勉強がつらいですね.勉強したくてもできないというのは情けないです.

3)大学生が勉強しないといっても,あたしら理系みたいに目的があって突っ走っていくのとちがって,私立文系はそういうタイプの学生が少ない.つまり大学に入ってから自分探しをしているのだな.この自分探しについてはもう眠いのでまたいずれ.
ある程度の知識の詰め込みは必要 (kaetzchen)
2007-04-25 01:18:24
あと一つ.華氏さんは考え違いをしていると思います.

いま40代後半というのは,日本の教育史でもっとも詰め込みが激しかった年代にあたります.

だから,いま50代前半~40代後半の常識でものを考えると,「ゆとり教育」によって完全に頭がパーの白紙になってしまっている若者のことを理解することは不可能です.

# 大学3年の物理の授業で,分数と比の話をするはめになるとは驚いた!小学校で習ってないんだよなー
こちらで (luxemburg)
2007-04-26 23:15:32
こちらで議論が盛り上がっているとは知りませんでした。なぜ大学生が勉強しないかについてもちょっと書いてみたいと思っています。他人を見下す若者たち、他人を許せないサル、と立て続けに読んで確かにちょっと怖くなってきました。昔から若者というのは年寄りの頭が古くて固いのをバカにしてきてそれはそれでよかったのですが、最近はむしろ若者がとっくに克服されているはずの80年くらい前の間抜けな観念を得々として語るので怖くなってきますね。おじいさまを尊敬しているという進化の止まったどこかの政治家のせいでしょうか。
 ついていけないと思うくらい新しいことを言ってもらえた昔の人たちがうらやましいです。
日本教養の基礎はやはり漢文 (kaetzchen)
2007-04-28 11:43:46
差別用語を敢えて使うと「支那と朝鮮」ですけど,日本人は自らが「支那と朝鮮」の出来損ないだという自覚に欠けますね.これは恐らく秀吉の朝鮮侵略 → 鎖国へと到る政策の流れの中で醸し出されたものではないかと思うんですよ.その証拠に,まともな武家や農家では四書五経は絶対的な教養だった.つまり江戸時代も中国古典は細々と読み継がれていたわけ.私が「勉強しない大学生につける薬は大量の外国語の押しつけ」と言っているのは,そういう基礎がない奴にでかいつらさせてたまるもんかという考えがあります.

例えば,マルクスにしてもヘーゲルにしても,元の独文や英文を読みこなす力ができて,初めて「翻訳に頼らない」読解が可能となる訳でして.レーニンも同じですね.原文のロシア語が読めて初めて理解が出来る.理科系でも,私らが学生の頃は数学科と言えばまずフランス語の読み書きを覚えて,ブルバギを読むのが卒論だった.お茶大の「品格」氏は岩波文庫の邦訳を読ませて卒業させるそうな.お茶大も堕ちたものである.知性以前の問題だ.翻訳は知性が抜け落ちているものだということは,翻訳書を出版した経験があれば誰でも持っているはず.

luxemburg さんの言われる「若者がとっくに克服されているはずの80年くらい前の間抜けな観念を得々として語る」は,所詮,教育勅語程度の知ったかぶりに過ぎません.私の親父は教育勅語をすらすらと間違いなく暗誦できたから「優等生」とされただけであって,それならば「金日成語録」「毛沢東語録」「スターリン語録」「米軍憲章」でも同じことだ.暗記力の違いで偉い・劣るが決められてはたまらない.要するに「和魂洋才」とは「知ったかぶりのアリ競争」なのです(笑)

アリやハチの成虫は若い時は幼虫の世話をしたり巣の構築をします.あの六角形の巣の構築はまさに知的行為と言えるでしょう.ところが年老いると彼らは食物探しへと向かうのですね.つまり,私たちが日頃みかけるアリやハチは年老いていつ果てるともない成虫なのです.そして,雨風に打たれて,自然に彼らは死んでいくのです.80年前の教育勅語などを偉そうに暗誦するような若者は,まさにアリやハチ以下とも言えるでしょうね(笑)

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

3 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
留学生の素朴な疑問・・・私の答え (A Tree at ease)
 先日、留学生の素朴な疑問と称して、留学生にぶつけられた質問をただ羅列するエントリーをあげた。  本当は、この中途半端なままで終わろうと思っていたのだが、華氏451度さんが答えを書いてくださったので、私もこのまま放り出すわけに行かなくなった。で、私が彼に...
素朴な疑問 (るるどの覚書)
わからないことがあるとよく質問をする。 "There is not a stupid question to ask. Not asking is stupid"だと心の底からそう思う。 (人の心の奥に踏み込むような質問や個人的に攻撃したり、人心を傷つける質問はもちろ
「「留学生の素朴な疑問」に答えてみた」を考えてみた (Phinloda の裏の裏ページ)
メタ【謎】になってしまった。 いえ、私は基本的にすぐ影響を受けるので、 誰か答