
ドタバタしているので(って、いつもだなぁ……)ものを考えるためのメモ書きのみ。
私は確信犯的な無神論者だから、原罪なんぞという言葉を使うことにひどく忸怩たるものがある。でもやっぱり、原罪とでも呼ばねば他に呼び方のない戦慄もあるのだ。死んでも許されないだろうなというおののき。私の命など二乗どころか、百乗したって許されないだろうな……。
もう1週間以上も前になるが……luxemburgさんのエントリ「日本軍による性奴隷問題、安倍訪米でどうなるのか」の中で、森村誠一著『悪魔の飽食』に触れられていた。それに対して私が入れた、辛い本だったという簡単なコメントに対して――「どんなにショックでも国民がこれにきちんと正面から向き合わなければと思います」という返事が書かれていた。そう……向き合わねばならないことが、これでもかというほど立ち現れる。眠ることさえも許されないほどの恥ずかしさ。
ごめんなさい、生きていてもいいですか。そう言えば敬愛する お玉さん が好きだという中島みゆきの、その歌のひとつに『生きていてもいいですか』というタイトルのものがあったように思う(違ったっけか)。ごめんねごめんね、私が無神経に踏んでしまった無数の足達よ。そして私の親たちや祖父母達が踏んでしまった足達よ。二度と踏まないよう、感覚を研ぎ澄ましていきたいと思う。いや、性懲りもなく何度も踏んでしまうかも知れないけれども、それは人間として恥ずかしいことだということだけは忘れないでおきたい。あ、踏んだかなと思ったら、すぐにゴメンネと言い、自分の言動を検証する程度の勇気は持ちたい。
長崎市長の伊藤氏が銃で殺された。何か言おうとしても、言葉が出てこない。報道に接した瞬間、17年前に同じく長崎市長だった本島氏が襲撃された時のことをありありと思い出して思考停止に陥ってしまったのだ……。天皇に戦争責任があると思うと言ったことで、本島氏は右翼に殺されかけたのだった。あの時の衝撃は、今も心の隅っこに尾を引いている。伊藤氏狙撃は思想的な背景とは密接に結びついていないかも知れないが(そのあたりは不明。今週はむやみに多忙で、情報を集めたりゆっくり考えたりしている時間がなかった)、それでも「気にくわない奴は抹殺せよ」という短絡的な思考と行動によって「殺害された」のだということだけは間違いない。それは誤っているのだということを、人間は血を流しながら学び続けてきたはずなのに。
ひとを殺すという究極の暴行がおこなわれた、(むろんピッタリ同じではないけれども)ほぼ同じ時期に少年法改正案が強行採決された。教育基本法、国民投票法……エトセトラ。畳みかけるように連続する強行採決のおぞましさ。この国は、いつから独裁政権になったのだろう。それを許し、指くわえて見ていることも、私の原罪なのだと眠れぬ夜に思う。
自らのブログに『美しい季節とは誰にも言わせまい』というタイトルをつけたのはnizanさん だ(私はこのブログのファンである。私などがグシャグシャと考えあぐねて堂々巡りしていることを、ユーモア感覚※に満ちた言葉で鋭く切り取る。もし読まれていない方があったら、ぜひどうぞ。お勧めである)。ポール・ニザンが美しいと言わせまいと叫んだのは二十歳という季節のこと。私はこれを十七だか十八だかで読み、その二十歳に満たない年齢ゆえにピュアに反応したのだけれども……二十歳が遠く去るにつれ、その言葉に対する苦みがいや増した。刻々と遠ざかりつつある青愁の日を悼みながら、やがて死ぬときに自分は生まれてこなかったほうがよかったのだとだけは叫びたくない。羞恥のあまり、私の死に顔を覆ってくれと泣くことだけはしたくない。二十も三十も四十も五十も六十も(以下略)、美しい季節でなどあろうはずがない。
※ユーモア感覚、という言葉に他意はない。感性の余裕、という感じだろうか。私もああいう文章書きたいと思うが、背伸びしても仕方ないんでまあ私は私なりに(恥)。
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脈絡ない文章になった。ひょっとして読んでくださった方があったら、す、すみません……。











このことばが今の私にもたらす感慨は、当時のものとは違うものだけれど、「美しい季節とは誰にも言わせまい」ということばに、そうだ、そうなんだ、と、救われたような気がした、当時の気持ちを忘れないことが、次の世代と手をつなぐ唯一の方法ではないかと思います。
そんな「季節」が自分にもあったということを忘れてしまい、自分を棚の上に乗っけてしまった大人たちが「最近の若者は」といたずらに嘆き、子どもたちを管理下に置こうとしている気がします。胸がつぶれる思いです。
この記事は消してしまったんでしょうか?愛国者の勘違いでしょうか?