教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

「先生を流産させる会」犯人側視点で解説

2009-04-01 00:00:23 | 経済/経済/社会
(注:当記事は犯人を擁護しているように見えますがそんな意図はなく、事件の理解につながればとの思いで執筆しています)



世間では「先生を流産させる会」という時事ネタで盛り上がっている。
犯人に対しての各々blogでの批判が、どうもわたしには的外れのものばかりにしか見えないので、ここで犯人視点で解説してみたい。

わたしの出身中学はとにかく教員がクソだった。
きょうは詳細は書かないが、とにかく些細なことでぶん殴る、とにかくどんな些細な事でも校則違反適用、とにかく全体主義バンザイ、始終そんな感じだった。
当時そこにいたわたしは生徒を人間扱いしておらず動物扱いしていると感じた。そして今なおそう思っている。

わたしは中学教員に恨みを感じていた。
たかが3年の間のことで人生を棒に振るのはアホだと思ってガマンしたが、残念ながら一生あそこに居続けなければならないとしたら殺人を犯していないとは断言できない。

ちなみに今のわたしは社会人をやっているが、中学, 高校, 大学を卒業して社会人生活にいたるまで、あんなクソどもの集団に遭遇したことはない。
今は恨みは持っていないが今なお心底軽蔑している。

(よくよく考えたら、わたしが絵に描いた二次元の姉ちゃんにしか興味がないとか性的倒錯をおこしたのも、この中学で人類にたいして絶望したからなんかもしれんなあ。そういう意味ではわたしもアダルトチルドレンかも?)

そんないかにも「先生を流産させる会」の犯行に及びそうな人だったら、本事件はどのように写るか。

報道にある単語をいくつかピックアップしてみよう。



> 悪質ないたずら
> ゲーム感覚

少しはそうかもしれないが、主要な動機ではない。
これは怨恨である。
不当な仕打ちを受け、それが不当であると訴え出ることのできない立場に追い込まれたとき、人は相手と同じくらい不当な仕打ちを用いて仕返しに出るのだ。

中学校は非常に閉鎖的な社会であって、それに加えて教員は絶対王政的な権力を有しているため、教員についての苦言を語ることのできる場所は用意されていない。
したがって大人からしたら思ってもみないほど生徒は酷く追い詰められる。
腹をくくって犯行に及んだ場合には推して知るべしである。



> 命の尊さをわかっていない

これは正しい。
なぜなら動物は命の尊さをよく理解できないからだ。
そして生徒を人間あつかいせず動物あつかいし、そのように理解するよう仕向けたのも教員である。



> 個々にはいい子たちで

もとから素行の悪い生徒にのみ恨みを買ったわけではない。
もとはふつうの生徒の恨みを買ったわけなので、ふつうに見たらいい子に見えるのは当然だ。



> 洒落にならないとかいう問題じゃない
> そこから起きる結果が何を引き起こすのか、という想像力と感受性に欠けているように思います

事件の中心メンバーは流産して教員が悲しむのを本心で望んでいたはずなので、これは洒落で行った事件ではないし、結果について理解していたはずだ。
流産したらしたで小躍りして喜ぶに違いないし、とんでもないことをしてしまったとは絶対に思わない。



> 殺人未遂で逮捕すべき

逮捕者が出たらいちばん困るのは教員である。
わたしの出身中学でいえば、毎日だれかに暴行を加えたり、教育と称して100発もぶん殴ったり、女生徒の髪型が気に入らないからといってハサミで切りきざんだり、校則違反だからといって次々に生徒のものを取り上げて私物化したり・・・といった事が明るみに出た場合、いったいどっちが困るだろうか、これは見ものだ。

ついでに言うと、わたしの出身中学では日本国憲法が通用しない治外法権のようなムードになっていて、黙秘権が認められないとかそんな生易しい次元では全然なく身体の自由や財産権までもが侵害されていた。たぶん、北朝鮮なみというのが最も的を得ているだろう。



> 社会の厳しさをしっかりと叩き込むことが大切

これは正しい。
他人の命を大切にしない者は日本国政府から自分の命を大切にされない事をわからせるのは有用な施策の1つだと思う。
今回のような怨恨によるものと疑われる場合、情操教育によって何とかしようという発想は通用しない。



> 命の教育を徹底し、二度とこのようなことがないようにしたい

ヤツらが正しい教育を施しているのであればこれで良いが、この場合は見当違いの判断だ。
殺されてもいいから殺してやりたいと思うほど憎しみを持っているものに対し、ほんとうに命の大切さを教育することは事件防止に効果的だろうか。

二度とこのようなことがないようにするためには、有用な対策方法は2つである。
その1、人間らしいマトモな教育を施す。
その2、たかが中学3年間で人生を棒にふるようなマネは止めておけ、と部外者の大人(たとえば親)が忠告する。

ついでに言うと、わたしの出身中学ならばどうせまた教育と称して10発以上ぶん殴るのだろう。それは事件防止どころか再発促進にしかならないのを肝に銘じておく必要がある。



追伸:

わたしは某中学校に在学したことで、
「わたしは絶対に中学校教員にはならない! こんな人間にはなりたくないからだ」
と心に誓ったものだ。

願わくば全ての教員がそう思われることのない人物であることを。