
函館を、スーパー白鳥10号がしずしずと出ていきます。まだ、朝7時。
夜明けの早い北国ですが、ひっきりなしに降り積もる雪で、周囲は薄暗い感じがします。
僕らはすでに、この時点で朝食をすませていました。
函館朝市の食堂へ行ったのです。道南食堂は函館では超メジャーとのことですが、
朝市のどんぶり横町が改装中で、お店がほとんど開いていないというのもありました。
でも何はともあれ、ミックス丼、ほっけ、鮭ハラスなどを朝からヘビーになるほど食べました。
うに、イクラの美味しさは言うまでもなし。
その後函館〜青森〜弘前と移動し、今日の第2のハイライト・津軽鉄道へ乗るべく、五能線で
五所川原へと到着です。
太宰治ゆかりの地を走る、津軽鉄道。
ご存じの方はいらっしゃるかと思いますが、ここには「ストーブ列車」が走っています。
それに乗りに行ったのですが、なんと観光客が多すぎて、座りきれないという事態が発生。
昨日の函館に続いて、意外なほどの観光客の多さでした。
ストーブ列車は、古い客車(旧型客車)の車内にだるまストーブを設けてあり、
風情と懐かしさでいっぱい。
石炭で燃やすストーブは身体が火照るくらいの暖かさ。そして、車窓は地吹雪。
地元の商工会の観光アナウンスの話す、彼らの優しい津軽弁。
僕らは途中、金木駅で下車。ここには、太宰治の実家(斜陽館)があるのです。
太宰治...本名津島修治。今年で生誕95年になります。
津軽屈指の大地主の六男として生まれた彼は、むしろ大地主の子であることに
屈折した罪意識を抱くようになりました。
「しかし私は賎民でなかった。ギロチンにかかる役の方であった」...
「自分は罰せられなければいけない」と...。
足下から身体を冷やすような寒風の中、
裏寂しい駅前から歩くと見えてくる津島家の偉容。
太宰の家は、想像以上に大きかった。
階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて
約680坪の大豪邸。
「斜陽」「HUMAN LOST」...そして「人間失格」などの、
読み耽った、太宰の作品が頭をよぎります。
この閉鎖的な家と、意外なほど開放的で瀟洒な津軽という土地が、太宰を作った。
その断片に踏み入れることが出来て、良かったです。
>>斜陽館、なんとかして行きたかったところでした。
だから、着いたときは感無量でした。
時間を、お金をかけてでも行く価値がある。
そう思いました。
>>津軽は、たしかにうら寂しいところでした。
でも、町に流れていた三味線の音色は胸に染み渡り、
こころの奥にある<日本人の源流>のようなものを
ブルブル震わせる魅力がある土地でした。
夜明けの早い北国ですが、ひっきりなしに降り積もる雪で、周囲は薄暗い感じがします。
僕らはすでに、この時点で朝食をすませていました。
函館朝市の食堂へ行ったのです。道南食堂は函館では超メジャーとのことですが、
朝市のどんぶり横町が改装中で、お店がほとんど開いていないというのもありました。
でも何はともあれ、ミックス丼、ほっけ、鮭ハラスなどを朝からヘビーになるほど食べました。
うに、イクラの美味しさは言うまでもなし。
その後函館〜青森〜弘前と移動し、今日の第2のハイライト・津軽鉄道へ乗るべく、五能線で
五所川原へと到着です。
太宰治ゆかりの地を走る、津軽鉄道。
ご存じの方はいらっしゃるかと思いますが、ここには「ストーブ列車」が走っています。
それに乗りに行ったのですが、なんと観光客が多すぎて、座りきれないという事態が発生。
昨日の函館に続いて、意外なほどの観光客の多さでした。
ストーブ列車は、古い客車(旧型客車)の車内にだるまストーブを設けてあり、
風情と懐かしさでいっぱい。
石炭で燃やすストーブは身体が火照るくらいの暖かさ。そして、車窓は地吹雪。
地元の商工会の観光アナウンスの話す、彼らの優しい津軽弁。
僕らは途中、金木駅で下車。ここには、太宰治の実家(斜陽館)があるのです。
太宰治...本名津島修治。今年で生誕95年になります。
津軽屈指の大地主の六男として生まれた彼は、むしろ大地主の子であることに
屈折した罪意識を抱くようになりました。
「しかし私は賎民でなかった。ギロチンにかかる役の方であった」...
「自分は罰せられなければいけない」と...。
足下から身体を冷やすような寒風の中、
裏寂しい駅前から歩くと見えてくる津島家の偉容。
太宰の家は、想像以上に大きかった。
階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて
約680坪の大豪邸。
「斜陽」「HUMAN LOST」...そして「人間失格」などの、
読み耽った、太宰の作品が頭をよぎります。
この閉鎖的な家と、意外なほど開放的で瀟洒な津軽という土地が、太宰を作った。
その断片に踏み入れることが出来て、良かったです。
>>斜陽館、なんとかして行きたかったところでした。
だから、着いたときは感無量でした。
時間を、お金をかけてでも行く価値がある。
そう思いました。
>>津軽は、たしかにうら寂しいところでした。
でも、町に流れていた三味線の音色は胸に染み渡り、
こころの奥にある<日本人の源流>のようなものを
ブルブル震わせる魅力がある土地でした。












斜陽館…猫澤は太宰など学校で習った「走れメロス」くらいしか呼んでいないので、昔から国語力に長けていたieに比べ語る資格すらないのですが、「斜陽」という言葉…「鉄道の斜陽化」などと一般的に今は使われていて猫澤もよく使うんですけど、太宰が創った言葉だものね…せめて「斜陽」くらいは読まないとね…
ストーブ列車は「俗化」されすぎ…爺は普通に走る「ぢーぜるかー」で十分っす…とまた人混み嫌いの猫澤でした。
忙しい中書き込んでくれてダンケ〜。
>ストーブ列車は「俗化」されすぎ…爺は普通に走る「ぢーぜるかー」で十分っす…
たしかに俗化してしまっていたけど、あの旧型客車が風雪まみれで走っていることに感激!感動!感謝!しますた。
でもたしかに行きの五能線キハ40もえがっだ〜。
弘前城の桜を観に、千葉からトゥインゴで行ったことはあるのですが(遠かった・・)そのときは五所川原のほうまでは行けませんでした。いつかぜひ(しかも真冬に)行ってみたいところなんです。うらやましいぞ!
>弘前城の桜を観に、千葉からトゥインゴで行ったことはあるのですが
すごいですね、弘前は確かに遠い!
くるまですんごく遠くへ行きたいです...。
冬の東北はすごく良いですが、
701系(冬は着雪してかっこいいですけど)ばかりなのは、大幅に風情を削いでいる気がします。旧型客車、50系が闊歩していたころが懐かしいですね。