深紅の宝器

混乱を紐ときたい。一糸一糸。

もっといじめられておけばよかったよ@その2

2007-04-14 02:46:24 | 深紅
 @その1の続き

 まず、私が中学2年の時に受けたいじめについて書きます。ある中間だったか期末だったかの数学の試験結果が皆悪く、私のいたクラスは担任の意向で再試験をすることになりました。それぞれ希望した日の放課後に受験して良いということで、当時部活に夢中だった私は、練習が厳しくなる前に合格してしまいたいと思い、予告されたその晩に猛勉強をして、翌日には結果を出しました。そうしたら、担任が皆の前で私をベタ褒めしたのです。直後、いじめがはじまりました。
 その内容は、クラス全員からのシカトや、聞こえるか聞こえないかのトーンでされる中傷。すれ違いざまににらまれてみたり笑われてみたり。どのくらいそんな状態が続いたかは覚えていませんが、いじめられている側としてみれば、1分1秒だって長く重い。自分が悪い、自分が悪い、やる気を出したせいだ、皆と歩幅を合わせなかったからだ、と考え始め、ついには・・・

 『勉強したからいじめられたんだ』

という結論を出してしまいました。

 それからは、良い成績をとるといじめられると思い、あえて勉強しなかったし、わかる問題にも答えを記さない等の防衛策をとりました。今思えば、馬鹿なことです。いっそのこと何かの答案を白紙で出して、誰かに何かを伝えれば良かったのかもしれません。

 中2の時のシカト等のいじめはは自然に少なくなりましたが、私の、「勉強したらいじめられる」という感覚はずっとぬけませんでした。学力的には行けるはずの高校を選択することもせず、私のことを「勉強したから」といじめてきた人たちが、「勉強をして」有名進学校に合格するのを、何も感じずに知るばかりでした。

 そんな私が、まっすぐに生きられるはずがありません。この続きはまた後日、@その3に記します。

 しかし、その頃のいじめというのは、きっかけなんて何だっていい、標的が決まればいじめて楽しもうという感覚だったのではないでしょうか。一度標的になると、頭のてっぺんから足の先まで非難されるようでした。私の場合、「スカートのファスナーを上げるより先にホックを留めるのは異常」といったような、どうでもいいようなことで笑われたりしました。よく、『居場所がなくて辛い』とか言いますが、私の場合、『いじめられる者という居場所がある』ことが辛かったです。
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