桜餅と言えば先ず虚子の句が思い浮かぶ。
三つ食へば葉三片や桜餅 虚子
人を食ったような句であるが、大阪から東京に引っ越して間無しの頃、向島の長命寺さくら餅をいただいた時、あまりにもこの通りであることに笑ってしまった。
暗黙のうちにおいしさが通っている。
石鼎の桜餅の句は全句集の中に二句ある。
掲句の前に、
雨を来し人の臭ひや桜餅 大正12年
がある。
セルのような毛織物であろうか、雨に濡れて少々臭ったのであろう、桜餅に雨の日の情趣がかぶさったものである。
「雨を来し人の臭ひや」はとりあえずの句であろう。
やがて、その臭いは雨を運んでやってきた、生身の、呼吸している人間の臭いであると、人なつかしくうけとめたのである。
「雨を来し人ひとくさし」と、畳みかけるように、作者の見た通り、感じた通りに書きなおしている。
ここには虚子のあほらしさはなくて、石鼎の五感が蠢いている。
虚子の句はいつなんどき食べても桜餅は桜餅であると突き放しているが、石鼎の桜餅は「ひとくさし」でもって、その時ならではの桜餅の味わいを文字通り咀嚼しなおさねばならないものになっている。
桜餅らしい屈託のなさが虚子であり、桜餅らしい粘っこさが石鼎であろうか。
ところで、大正11年に柳の句がある。
お神輿の荒れて過ぎたる柳かな 大正11年
全句集において、この次に来るのが、
神輿荒れもみにもみたる柳かな 大正11年
である。
「桜餅」と同様に、「柳」も又、はじめは、「荒れて過ぎたる」と実況報告的であったが、のちに「もみにもみたる」といっそう明確、具体的になった。
而うして、柳の最も柳らしい揺れかたが再現されるという趣きである。
石鼎の全句集を繙いて、こういう手の内を覗かせてもらうような句に出会うと、石鼎の「ひとくささ」がひとしおなつかしく匂ってくるものである。(晨=草深昌子)
三つ食へば葉三片や桜餅 虚子
人を食ったような句であるが、大阪から東京に引っ越して間無しの頃、向島の長命寺さくら餅をいただいた時、あまりにもこの通りであることに笑ってしまった。
暗黙のうちにおいしさが通っている。
石鼎の桜餅の句は全句集の中に二句ある。
掲句の前に、
雨を来し人の臭ひや桜餅 大正12年
がある。
セルのような毛織物であろうか、雨に濡れて少々臭ったのであろう、桜餅に雨の日の情趣がかぶさったものである。
「雨を来し人の臭ひや」はとりあえずの句であろう。
やがて、その臭いは雨を運んでやってきた、生身の、呼吸している人間の臭いであると、人なつかしくうけとめたのである。
「雨を来し人ひとくさし」と、畳みかけるように、作者の見た通り、感じた通りに書きなおしている。
ここには虚子のあほらしさはなくて、石鼎の五感が蠢いている。
虚子の句はいつなんどき食べても桜餅は桜餅であると突き放しているが、石鼎の桜餅は「ひとくさし」でもって、その時ならではの桜餅の味わいを文字通り咀嚼しなおさねばならないものになっている。
桜餅らしい屈託のなさが虚子であり、桜餅らしい粘っこさが石鼎であろうか。
ところで、大正11年に柳の句がある。
お神輿の荒れて過ぎたる柳かな 大正11年
全句集において、この次に来るのが、
神輿荒れもみにもみたる柳かな 大正11年
である。
「桜餅」と同様に、「柳」も又、はじめは、「荒れて過ぎたる」と実況報告的であったが、のちに「もみにもみたる」といっそう明確、具体的になった。
而うして、柳の最も柳らしい揺れかたが再現されるという趣きである。
石鼎の全句集を繙いて、こういう手の内を覗かせてもらうような句に出会うと、石鼎の「ひとくささ」がひとしおなつかしく匂ってくるものである。(晨=草深昌子)
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