原石鼎

一枝の椿を見むと故郷に
 『頂上の石鼎』 深夜叢書刊

 縫ふものに尺八の袋や春の雪    昭和10年

2012年02月11日 | 2月・石鼎句鑑賞
 中七、尺八の語に<たけ>のルビが付いている。ふらんす堂の「原石鼎句集」の扉には尺八を吹く石鼎の写真があり、頭を少し右に傾げ気味に眉根をよせた様子はやや神経質そうな雰囲気、尺八を手に持って撮っただけの写真ではなく、実際に音を出しているところを撮ったのかもしれない。指付きは繊細で、楽器演奏向きの長い指をしている。左手が下、右手が上に尺八の指穴を押さえているのは一般的な尺八の持ち方とは逆で、もしかしたら石鼎は左利きであったのか?と思われる。

 新学社版に掲載の「荻の橋」の小文に、「月の良い晩などはじっとしてをられなくなる程、なにがなし唆のかされて、書をよむ心地さへしなくなる。さういふ時に私はよく尺八をもって裏の橋へ出かけたものだ。」という吉野山時代を知ることができる。俳句を読む限り石鼎は目の人であると思っていたが、尺八の演奏を趣味としているならば耳も相当に良かったであろう、石鼎の聴覚の句を調べてみるのもおもしろそうだ。
 
 しかし、掲句はほぼ無音。尺八の袋を縫っている女性(自分で縫っているのではあるまい)の姿と、窓の外に降る春の雪が見えるばかり、絵のような静かな一句である。大事にしている尺八を入れる袋が縫い上がるまでをじっと見つめている石鼎、女の膝の上の布地はどんな色目だったろうか、少し暗めの色だったろうか、着物や帯の余り裂だったかもしれない。尺八の袋は直線にしくしくと縫うばかりであろう。窓に見える雪は光りながらすーっと糸を引くようにまっすぐに落ちてゆく。二人にとって十分に満ち足りた安息の時間であったにちがいない。(清水和代=春塘)

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